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右手がぐんと引かれた。
耳のようなかたちをした跳ねッ毛が特徴的な、やや青味がかったアッシュブロンドを揺らしつつ、氷柱が言った。「渡さない!」
すると、待っていましたとばかりに、今度は左手が引かれた。とても、強い力でぐいっと引かれ関節がペキっと鳴る。
豊満な胸がぼくの二の腕を包む。ふたつのメロンが、柔らかなメロンドクッションがぼくの片腕をつつんで放さない。「私も、氷柱さんには渡さない!」
「先輩……」
ふたつのメロンの持ち主――黒紐先輩は見上げ調子で、潤ませた目をぼくに向けてくる。その瞳には、非難の色があった。「茂木くんは、吸盤もひっついちゃうようなぺったんこがいいのね!」
「えっと――その……」
「孔明くんは私のもの。これから、楽しい楽しい腑分けが待っているのだ! メスの準備は万端だ! オスはないが。とりあえず、押忍!」
「ふ、腑分け?」
物騒な単語にぼくはたじろぐ。
発現の後半は無視だ。なぜ体育会系的な掛け声をあげているのかも、このさいは捨て置く。氷柱の言動に関しては、深く考えてはいけないのだ。考えたら負けだ。却ってこっちが混迷するだけだ。
氷柱は、そんなぼくの心情などまったく気にしない。彼女の手が蠢く触手の所作で、ぼくの頬へと伸びてきた。
ひたりと冷たい感触。
彼女の手を覆うアーマーリングのさきっぽが触れたのだ。掻き毟るように、金属がぼくの表皮をなぞって、
「こっちを向いて」と言う氷柱。顔立ちに尖ったナイフのような妖艶さがあった。ぼくはうっかりを目を逸らしてしまった。
負けじと先輩も氷柱に倣う。
感じられていた弾力が遠のく。膚の暖かさがなくなった。
メロンから解放されたと思うのも束の間のこと。背後から接近する新たなる弾力。先輩は、美しくくびれた身体をぼくの背中におしつけたのだった。「こっちを向いて」
ぼくと先輩はあまりにも密着しすぎたていた。
ゆったりしたワンピースの布地越しなのにもかかわらず、彼女の筋肉の女性特有のなだらかさと、脂肪のふくよかさが感じられた。ぼくはドキマギを通り越して、愚息こもごも気を緩めれば昇天しそうだ。
天を衝きそうだ。
「この――バイタ!」氷柱が先輩を睨んだ。
先輩の口撃。「この――ネクラ!」
「ネクラはあなた」
「じゃあ、バイタもあなた!」
「どっちでもいいわい!」ぼくは彼女たちを振り切ろうと、この一瞬のすきを見逃さず、走り出す。逃亡への挑戦は――むなしくも失敗に終わった。――同時に、両腕を引かれたのだ。弾性に富んだゴム鞠のようにぼくの身体は、うしろへと巻き戻されてしまう。
「ひゅがッ!」
肺がつぶれた。
きっとカエル的な音が、ぼくの口腔からひょっこり出たはずだ。
むせかえる。
――どうして、こんな目に会っている?
両天秤、両手に華……といえば聞こえはよい。がしかし、「女は魔性」と偉い偉い先人は言った!
ぼくはたばかられないぞ!
これは罠だ! ワーなんていわないぞ!
けれど、ぼくの意思など彼女らのまえでは盲腸いじょうに意味がなかった。ギギギと両手を無理繰り伸ばされて、
車裂きになった。
暗黒時代のヨーロッパの処刑法。
痛いです。
とっても痛いです。
脱臼しちゃった。甲子園にいけない身体になっちゃった。
甲子園、いかないけど。丸坊主とかイヤだし。さわやかじゃないし。むしろ暑苦しいだけだし!!
――ところで、これはなんのバツゲーム?