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引き受けた相談たち

 次の日、春風が軽やかに舞う中、朝の5時台に起きて湖の前で演奏していた。


 桜志にとって、朝の演奏はとても気持ちの良いもので雑音などが一切ないことが最大の長所だった。


 神秘性を漂わせる清冽な湖水の色は、桜志の疲れを癒やすと同時に日々日常での邪念をも追い払うものだった。


 癒やしの朝のひとときを最大限活用するために、この時間を好んで練習しに来ている。  

しかも、湖の周りには住宅地がないため、騒音問題に発展することもない。


 バイオリンという音量の大きい楽器を扱う桜志にとっては、最高の場所であった。

 彼は感じる。森の木々は彼の演奏を聴き、湖面は波を鮮やかに躍らせながら聞いていると。それはそれは、桜志にとって、とても素晴らしい環境だった。




 登校時間内に学校に着くと、廊下には生徒会の会長である雲野(うんの)の姿があった。


「なあ、今度の演奏祭でさ、バイオリンのソロやってほしいんだけど、無理かな?」


「できないことは無いけど、どうして?」


「1つ、枠が空いてるんだけど、部活内でのものは全て入れたし、時間を拡張させる必要のない部ばかりでどうしても時間が余ってしまうんだ。だから、折角だし冬極君にやっもらいたいなと」


 彼は桜志に正直に事情を話していく。桜志は話を聞いている最中、腕を組みながらどうしようか悩んでいた。


「分かった。引き受けるよ。その枠には本当に僕が入ってもいいの?」


「勿論!むしろ生徒会側からぜひやってほしいと願っていたところなんだ。なんせ、君の演奏は日本をも轟かす名奏者だからね。そんな人の演奏を僕らがただで聴くことができるなんて、これ以上の幸せはないと思うくらいさ」


 途中から嘘だか本当高わからないというような素振りを見せながらも、桜志は快く引き受け、放課後早速、空き教室を使って練習し始めていた。



「桜志〜。お前引き受けることにしたのか?」


「蓮夜。うん。やることにした。せっかくの文化祭だからみんなに楽しんでもらわなくたちゃと思って」


「桜志はホントにお人好しだよな」


「そんなことないさ。もう少し僕は自己中心的だと思う」


「それはまだまだ自己分析が足りてない証拠だな。一度周りを見渡してみると良い。きっとみんな桜志のことをいい奴だと答えるさ」


「冗談はよせって」


 2人は少しの間だけ話すと、蓮夜は部活の方に顔を出しに行き、再び1人の時間が続いた。

 すると今度は、別の人が訪ねてきた。



「桜志君、一緒に帰らない?」


 桜志は演奏練習に一区切りついた頃に話しかけてきた人の方に振り向くと、そこには澪川がいた。


「えっと、今日はバイオリンの練習をここでやることにしてて、帰りも遅くなる予定だから今日は無理かな」


「それなら、私は邪魔じゃないってこと?」


「邪魔なんかじゃないよ」


「それなら、ここで聴いて待っていてもいい?久しぶりに演奏聴きたくて」


「いいよ。だけど親御さんに許可とか必要なんじゃない?」


「・・・大丈夫」


「? わかった」


 多少の間に少し困惑したがすぐにもとに戻り、演奏する体制になった。


「今何の曲を練習してるの?」


「チャイコフスキーによって作曲された『くるみ割り人形』にしたんだ。文化祭で演奏できることになって、今日から練習を始めたばかりなんだけどね」


「既に凄く上手だよ?」


「ありがとう。でも、僕は納得がいってないんだ。もっと曲に感情を込めたいし、昔弾いた事があるとはいえ、サラッとしかやってないから、練習量が足りていないんだ」


「でも、演奏祭なら後2ヶ月もあるよ。だから今根詰めてやる必要はないんじゃないかな?」


「楽器を扱う人たちにとっては、圧倒的に時間が足りないんだ。自分と作曲者の納得のいく演奏をするのが、僕たち奏者の最終的ゴールであり、目標なんだ。そのためには、僕の場合だと毎日バイオリンに触れ、感覚を失わず、そこから如何に自分の中で腑に落ちる演奏をできるかが重要なんだ」


「そうなんだね。じゃあ、あんまり時間がないんだ」


「そういう事」


「ねえ、突然だけど私の絵のモデルになってもらえない?勿論、桜志君の時間を割くつもりは全く無くて、ただ演奏している時の様子をずっと見れればいいの。私今すっごく貴方のことを描きたくなっちゃった」



 桜志は悩んだ。練習というのは、音楽(曲)に向かって自身がまっすぐぶつかっていき、試行錯誤しながら大成させていくものであり、その過程は人に聴かせたり見せたりするものではない。

 よって、己の音楽への忠誠心を裏切るか、友達からの提案を引き受け、満足させるか。それはまさに究極の選択だった。




「分かった。引き受けるよ」


 本番のことを考慮し、人がいる状態で練習することにより、実践的で緊張感を持って取り組むことができる為、自分のためにもなるし、曲を成功させるためにも必要な一要素であると見なし、どちらの選択も取った桜志であった。


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