過去
桜志は彼女に誘われるがままに家に行った。彼は悩みながらも、最終的には彼女の背中を追いかけていた。
桜志は『このチャンスをものにする』と心に決めていた。
「ここ」
彼女は一言告げるとまたスタスタと歩いていった桜志は置いて行かれないようにするので必死だった。
「大きな家だね」
「無駄に大きいだけだよ」
「お邪魔します」と言いながら彼女の背中を追いかけた。
道中、廊下には様々な展示品がありどれもかなりの値がありそうなものばかりだった。
「ここが私の部屋」
「綺麗だね」
桜志が案内された部屋の壁には、彼女が描いたであろう風景画諸々がたくさん飾られていた。
その中に1つ、僕の目に留まった作品があった。それには、桜の木の下で優雅にバイオリンを奏でる少年がいた。
表情は春風のように柔らかく、今まさに曲の盛り上がりを奏でるときだとでも言うような角度でバイオリンを挟んでいた。
「これが気になるの?」
「この中にいる人は誰?」
彼女は少し間をおいて言った。何か躊躇っているような気もした。
「私の幼馴染」
先程から同じように声の抑揚はない。でも、少し侘しさがあった。
「良ければ、彼のこともう少し聞かせてほしい」
少し間が空いてから、ゆっくり慎重に口が開いた。
「私の幼馴染の名前は佐原春夜。名前通り4月の春に生まれた。彼は5歳からバイオリンを始めて丁度その頃くらいに私達は出会った」
淡々と語られていき、彼女は僕に丁寧に彼のことを話してくれているのだとわかって、僕も真剣に話を聞いた。
「彼はバイオリンに真っ直ぐで濁りのない川のように滑らかな人だった。春夜はもともと心臓が弱かったけど、一生懸命、でも楽しく練習してた。私はそんな彼を応援してた。はじめは体が弱いのに、バイオリンに打ち込みすぎて死なないかとか、心配してたけど、最終的には彼の熱意に負けた」
そう語る彼女は、悲しそうでもあり、記憶として大切に残しているような表情をしていた。
そう思うと、さっきから変だ。話している内容すべてが過去形になっている。
僕は気になって、咄嗟に聞いてしまった。