知るために
ベンチに積もっている雪を手で払い除けると、そこに2人。ちょこんと座っていた。
桜志たちは特に話すこともなく、ただただ氷の湖を眺めているだけだった。
そんな時に隣にいる彼女がポツリと呟いた。
「雪って1色しかないから落ち着くよね」
「そうだね。真っ白な所にぽつんと立っているのが僕は好きだな」
「私も。皆初めて降ってきたら『雪合戦』とか言って賑やかになるのに何度も降るうちに、『寒いから嫌い』ってすぐに意見を変える。雪なんてどんな時も平等に私達に降っているのに、どうしてだろう」
桜志は彼女の言葉にはっと驚くものの、黙っていた。
彼女の空気はどこか寂しい。そして、どこか遠くにあるものを見つめているような目をよくする。
儚い空気を纏う人は大体、心の中で思うところがあるけれど、周りには言えなくて、気持ちの吐き出し場所がない人がそうなる傾向にある。
彼はそんな経験をしたことがあるためそういう考え方をしていたと同時に、『自分に何ができるのだろうか』と考えていた。
そして、最終的に思いついたのはしょうもないことだった。
「君は、雪にあついね」
「何言ってるの?」
「いや、変な意味じゃないさ。ただ、雪ひとつに思考を働かせ、疑問をもつ。そうそうできることじゃないさ」
「私は、単にコロコロ意見を変える人が嫌なだけ。それでいて、自分の都合の悪い状況下では責任を投げ出し、自分の意見さえも簡単に消してしまう」
「ははっ。まるで僕のことを言ってるみたいだ」
「そう?貴方はそういう人なの?そう見えないけど」
『君の目に映る僕はどんな人?』
桜志はふとそんな疑問を抱く。彼はよく周りから容姿端麗だと言われ、気がつけば周りに人がいる状況下にいる人だった。
そのため、人間関係でこじらせたことは今の今まで一度だってない。きっとそれは己のコミュニケーションが上手いからだろうと考えていた桜志はハッとされた。
みんなと関われているのは、自分の意見を主張してこなかったからだ。『遊ぼ』と言われたらすぐ『いいよ』と言う。『もっとこここうしたら?』と提案されれば、それに従う。
こういう流れた人生を送ってきた桜志に比べ、彼女は彼とはまた違う道を歩んできたのだろう。
レールの初めから別の所にいたんだと、桜志がいた環境よりも自分の意見について考えることがあったり、相手も気持ちについて考える機会が多くあった。
だからこそ、そういう疑問が生きている中で生まれる。それはとても意義のあることで素敵なことだとも思った。
「僕は、自分の意見を言わない。言う前に周りが僕に提案してくれる。だからこそ、己を主張するタイミングがいつの間にか消えている。僕は周りの流れに沿っていかなければならないんだよ。だから思う。君は凄いよ」
「私は、自分のことが好きじゃない。私は黒い何かに囚われているから。それを振り払うことなんか叶わないから」
「『黒い何か』って、自分でも正体はわからないの?」
「わからない。でも、絵にしたことはある」
「見てみたい」
彼女は絵が描けたのか。 抑揚のない声、表情のなさからは、感じられなかった。
桜志は、絵を描く人とは、いつも元気でエネルギッシュな人達ばかりが集っていると思い込んでいた。
奇想天外な表現をするする人というのは、そもそも頭が柔らかくなければならないからだ。
つまり、彼の中ではいわゆる『変人』と呼ばれる者が次々と素晴らしい作品を作っていく。そんなイメージを持っていたのだ。
「私の家に来る?」
2人の間に数秒の間があったあと初めて口に出したのは、なんと『家に来る?』だった。
彼の心はのんびりとした気持ちでいたのに、急に心拍数が上がったような気がしていた。