放課後
桜志はどんどんと忙しくなってきた。生徒会長による推薦で突如演奏祭への参加が決まり、期限は1ヶ月と短め。その限られた時間でどれだけ自分の実力を発揮できるか、自分との勝負が始まった。
それに加え、澪川のお願いを聞いてしまったがゆえに日々かかるプレッシャーの量も増えてしまう。
それでもやる。やるしかない。むしろ、みんなの前で演奏する機会を与えてくれて感謝している方だ。桜志はそう自分を鼓舞してやっている。
「お疲れ様」
蓮夜はチャイムが鳴った後、水を持ってやってきた。その時丁度桜志はハンドケアをしている最中だった。
「ありがとう、蓮夜」
「今日も練習か?吹部よりも頑張ってんじゃないか?」
「そんなことはないよ。部活として一生懸命やってる人達に申し訳ないよ。それに、吹くのと弾くのはまた別物だからね」
桜志は蓮夜から貰ったペットボトルの中身を一口飲んでからそう答えた。
そんな中、教室内でもう一人頑張っている人がいた。
澪川は夕陽が射し込む教室でまだペンを走らせていた。集中している最中で、演奏が終わった事に気づいているのかすら不明瞭なくらいだった。
真横から煌々と照らされ、目の虹彩が露わになっている澪川は、まさに情熱に燃えている狂った画家だった。
それから、桜志と蓮夜は澪川が筆を止めるまで黙って待っていた。
普通なら気まずくなりそうな所だが、不思議と暖かい空気が場の雰囲気をも和らげた。
「ふぅ~。終わった」
「お疲れ様」
「蓮夜さんいたんですか?」
彼女はさも驚いたように目を見開き、蓮夜のことを見つめた。
「ずっと集中してるからそっと帰ろうかと思ったけどやめたよ」
「やめてくれてありがとうございます」
桜志は冗談交じりの会話でも、澪川は無表情のまま言うものだから、ついおかしくなって笑ってしまう。
太陽ももう沈むという頃に、空き教室の中を片付けて校門を出た。桜志と蓮夜は別の方向に家があるのでそのまま解散し、下校時は桜志と澪川の二人きりになった。
「澪川さんは、どのくらいの頻度で絵を描いてるの?」
「私は、ほぼ毎日描いてる。桜志君が腕が鈍らないように毎日弾いているのと同じで、タッチを安定させるためにも毎日何かしらは描くようにしてる」
静かな声でそういった。それはまるで何かもっと大切なものを忘れないためとでも言うような言い方だった。
とうとう日が沈み辺りも暗くなってきた頃に、桜志達はそれぞれの家についた。
「あ、桜志君。練習してる時の一生懸命な姿、ちゃんと下描きまで終わったから」
「ありがとう」
澪川は絵の進捗状況について説明した。桜志は報告は別に必要ないと思っていたが、そういった丁寧な所に、少し愛着が湧いた感覚があったのを忘れないだろう。
いつもシンプルで、余計どころか、少し足りないくらいの情報を言ってくれる。
でも、どこか心の中を満たされるような、そんな感覚を味わわせる澪川は、だんだん桜志の中で必要不可欠な存在へと化していく。
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