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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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90.ユリアンの婚約祝い

 ――王宮のサロン。


 クラインが静かに紅茶を口に含んでいた。


「――それで、その方がアニカさんなの?」


 アニカはガチガチに固くなりながら応える。


「オ、オーバードルフ子爵の娘、アニカでございます」


 ユリアンが微笑みながらアニカの背中を撫でていた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ?

 ここにいるのはミズキさんのお友達なんだから」


 ゲルトが呆れたような目でユリアンを見ていた。


「聞きしに勝るオネェだな……これで異性愛者だってんだから驚きだ」


 イーリスが静かな微笑みで告げる。


「でも、近衛騎士団の次期団長候補最有力の人ですわよ?

 シュトロイベル公爵が強力に推薦なさってるらしいと聞きます。

 剣の腕では、近衛騎士団の中でも勝てる人が居ないとも噂されてますわね」


 コルネリアが呆れたような顔で告げる。


「でも、王太子妃を敬称抜きで堂々と呼べる精神はタフなんてもんじゃないよね……

 普通、相手が許可してても周りが許さないし、本人も怖くて呼べないよ。

 ――あ、アニカさん。子爵令嬢同士、仲良くしようね」


 ロルフが穏やかに微笑んで告げる。


「婚姻予定のないコルネリアさんと、伯爵夫人予定のアニカさんでは、もう既に格差がありますよ?」


 イーリスがのんびりと告げる。


「なんだかんだ言って、このお茶会のメンバーは有力な家の人間が多くなりましたわね。

 我がグローサシュタイン家やゲルトのデーンホフ家も、外交官として飛び回ってますし」


 瑞希が驚いてイーリスに尋ねる。


「そうなの?! いつのまに?!」


「あの戦争以来ですわね。

 白竜教会に対して我が国――というより、ミズキ殿下の影響力が高くなったのを見計らって、お父様たちが周辺国の外交官に任じられましたわ。

 私たちがミズキ殿下と、縁が深いからでしょうね」


 アルベルトが静かな表情で告げる。


「明日はフェッツナー伯爵の婚約披露の夜会だ。

 ここに居るメンバーは、なるだけフォローしてやって欲しい。

 アニカは社交界に不慣れだ。おそらく、一人では対応しきれないだろう」


 アリシアが柔らかい微笑みで告げる。


「同性愛者疑惑のあるフェッツナー伯爵が、突然晩婚するんですもの。

 いくら頭角を現している騎士とは言え、とげのある言葉はたくさん浴びるでしょうね」


 この国の結婚適齢期は十五歳から十九歳だ。二十歳も半ばになれば、立派に晩婚と呼ばれてしまう。

 瑞希から見れば、ユリアンもアニカも充分若い。そこは未だに納得がいかない感覚だ。


 アニカが力強い眼差しで告げる。


「そんな心無い言葉などには負けません!

 大丈夫です!

 『あーこのうるさい人間の喉笛なんて、すぐに断ち切れるんだよなー』とか思っていれば、大したことありません!

 犬が吠えてるようなものです!」


 相手の命を握っている勝者の余裕、といったところだろうか。

 心理的には相当に有利だろう。


 アルベルトの頬が引きつった。


「話には聞いているが、そんな真似を夜会でやるなよ? そもそも刃物は持ち込めないからな?

 ――まぁ実際、騎士のエリート筆頭のようなフェッツナー伯爵と婚約するんだ。

 他の令嬢や並の夫人など、負け犬同然だろうがな」


 クラインが瑞希に尋ねる。


「それで、エステル殿下は今、どうなってるの?

 ミズキ殿下もアニカもここにいたら、誰が世話をしてるの?」


 瑞希が微笑んで応える。


「アニカの補佐を新しく選定したんだよ。

 エステルもまぁまぁ受け入れてるみたいだから、短時間なら彼女に任せて大丈夫」


 ユリアンが眉をひそめて微笑んだ。


「でも、私なんかの婚約を王宮の夜会で祝うだなんて、大袈裟過ぎないかしら。

 普通、私の家で開くものじゃない?」


 瑞希が微笑んで告げる。


「二人とも私の傍仕えで王宮暮らしなんだし、ここは我が家も同然じゃない?

 二人の仲を見せつけるためにも、私が主催した方が人は集まるでしょ?」


 アニカが困ったように眉をひそめた。


「王太子妃主催で、近衛騎士隊長と乳母の婚約を祝う夜会……気が重たいです」


 ユリアンが楽しそうに微笑んでアニカに告げる。


「あら、もう笑顔がかげりそうな気配ね。

 そんなことで本当に大丈夫かしら?

 私に力強く宣言してみせたアニカさんは、どこに行ったの?」


 アニカが頭を振ってから、力強い眼差しをユリアンに向けた。


「いえ! もちろんこの程度、乗り越えて見せます!

 ユリアン様の隣は、誰にも譲りません!」


 コルネリアがぽつりと呟く。


「お熱いわね……ちょっとうらやましいわ」


 瑞希が告げる。


「アニカのフォローもお願いするけど、同時に国外の噂も漁ってみてね。

 知り合いの外交官も招待してるから、私も聞いてみるよ!」





****


 ――王宮の夜会会場。


 王太子妃である瑞希が主宰し、傍仕えの近衛騎士ユリアン・フェッツナー伯爵と、乳母のアニカ・ドリー・オーバードルフ子爵令嬢の婚約を祝した夜会だ。

 近衛騎士団の関係者や、瑞希の交友関係者が多く参加する夜会となった。

 軍部の重鎮であるルートヴィヒ侯爵一家やシュトロイベル公爵一家、マイヤー辺境伯一家も参加している。

 珍しく王太子妃が主催する夜会ということで、それ以外の貴族たちも多く詰め寄せていた。


(うーん、思った以上に大袈裟な夜会になっちゃったな)


 一方、アニカの関係者はオーバードルフ子爵一家のみだ。

 学生時代から現在に至るまで、交友関係は全くない。

 それ自体が攻撃の種となっているようだった。


 アニカは大舞台ですっかり固くなり、その緊張をほぐすのにユリアンは苦労しているようだ。

 祝辞と共に告げられる嫌味は笑顔で受け流していたが、やはり無理をしてるのが見て取れた。


 瑞希もアルベルトと共に緊張をほぐそうと何とか話しかける。


「大丈夫? 顔色が悪いよ?」


 アニカはそれでも微笑んで応える。


「この程度、ユリアン様の妻となるなら、慣れておかなければなりませんから!」


 それに応じるように軽妙な声が聞こえてくる。


「ははは! その意気だ、アニカ嬢」


 輪に加わったのは、シュトロイベル公爵とその嫡男マルティン、そしてマルティンの婚約者であるクラインだ。

 シュトロイベル公爵が微笑みながらユリアンに告げる。


「とうとうお前も身を固める気になったか。

 どうやら良縁に恵まれたようだな」


 ユリアンが肩をすくめ、苦笑を浮かべて応える。


「この年齢になって、ようやく私を一人の男として認めてくれる女性に出会えたわ。

 まだ婚約の段階だけど、婚姻までいけるといいわね」


 アニカがユリアンの横で力強く告げる。


「私はユリアン様の隣を譲る気はありません!

 必ず婚姻まで辿り着いてみせます!」


 シュトロイベル公爵が楽しそうに笑った。


「ははは! 熱愛だね!

 ユリアンは今後、近衛騎士団の団長として騎士たちを牽引してもらう男だ。

 未婚のままでは格好がつかないと思っていたが、こんな素晴らしい女性が伴侶となるなら、安心して次の団長に推薦できるというものだ」


 横から低く重厚な声が響く。


「確かに力強いお嬢さんだ」


 瑞希が振り向いた先に居たのは、ルートヴィヒ侯爵と現近衛騎士団長、マルクス侯爵だ。

 ルートヴィヒ侯爵が不敵な笑みで告げる。


「これほどのお嬢さんと婚姻できるなら、私もユリアンを団長に推薦するのはやぶさかじゃない。

 ――どうだマルクス騎士団長。お前の後任として、ユリアンは相応しい男だろう?」


 マルクス騎士団長もニヤリと笑う。


「ユリアンは隙のない男だが、理解者が少ないのが唯一の欠点だ。

 だがアニカ嬢なら、ユリアンを立派に支えてくれるだろう。

 二人が婚姻さえすれば、私もユリアンを後任として推薦しようと思う」


 軍部の重鎮を前に固まっているアニカの背後から、マイヤー辺境伯が声をかける。


「奇遇ですな。私も二人が婚姻できるなら、推薦できると確信しているところですよ。

 ユリアンは個性的過ぎて、理解されにくい男です。

 そんな男に良き理解者が現れた――実にめでたいことでしょう」


 第一軍から第三軍の司令官、そして近衛騎士団長――軍を預かる重鎮がそろい踏みである。

 しかも全員がアニカとユリアンの婚約を祝福し、婚姻を望んでいる。

 その上、大勢の前で『二人が婚姻するならユリアンを次期団長へ推薦する』と、口をそろえて告げた。

 これでもう、次の近衛騎士団長はユリアンでほぼ確定だ。軍部重鎮の仲間入りが約束された瞬間と言える。

 当然、周囲は騒然となっていった。


「ははは! 賑やかな集団だ! 私も混ぜてもらっていいかな?」


 瑞希が振り返る先――国王と王妃だ。


「アニカ、お前には乳母として、日頃からミズキとエステルの力になってもらっている。

 そんなお前がユリアンという優れた騎士の伴侶になるという。

 これほどめでたいことはないだろう。

 私もお前たちの婚姻が成就する日を楽しみにしているよ」


 王妃がアニカに告げる。


「アニカ、困った事があったらいつでも相談してくれていいのよ?

 エステルは大変な子でしょうけど、これからもよろしくね」


 さすがのユリアンも、この状況にしばらく呆気にとられていた。

 だが、フッと微笑んでアニカの背中を優しく叩いた。


「アニカさんなら、これしきのプレッシャーには負けないわよね?

 それとも、私の作ってあげたドレスでは力不足だったかしら」


 アニカは自分の白いドレスに一度目を落とした。

 マーガレットを意匠に施した、『真実の愛』や『信頼』という意味を込めた一着だった。

 ユリアンがアニカのために忙しい仕事の合間を縫い、自らの手で作り上げた最初の服でもある。

 『アニカの人を愛する心や信頼する心を支えたい』という、ユリアンの思いやりが形になった服――その一着だけでも、ユリアンがどれほどアニカに心を添えているのかがわかるというものだ。


 アニカは力強い眼差しで国王を見据えて微笑んだ。


「はい、国王陛下! 私は必ず、ユリアン様の妻の座を勝ち取って見せます!

 そして生涯をかけて、ユリアン様をお支えしてみせます!」


「ははは! その意気だ。その気持ち、決して忘れないで居て欲しい。

 私たちもユリアンには大いに期待している。

 そのユリアンを支えるアニカにも、同じように期待しているよ」


 国王と重鎮たちと共に笑顔で会話をするアニカからは、いつの間にか肩から力が抜けていた。

 アリシアとロルフ、イーリスにゲルト、コルネリアやアニエルカも合流し、和気あいあいとした会話を交換していた。

 ミハエルとリーゼロッテも後から合流し、アニカと微笑みあっていた。


 しばらく場を楽しんだ後、国王や重鎮たちが次第に場を離れていき、アリシアたちも知人への挨拶に向かっていった。

 最後に残ったのは瑞希とアルベルトだ。

 瑞希がアニカに告げる。


「これでもう大丈夫かな? 私も他の知り合いに挨拶に行ってくるよ!」


 アニカが微笑んで応える。


「はい! ありがとうございます、ミズキ殿下!」


 瑞希とアルベルトもアニカとユリアンから離れ、少し様子を伺った。

 国王を筆頭に王族全員、そして軍部重鎮たちに祝福された婚約に、ケチを付けられる人間などほとんど居ない。

 それでも『次期近衛騎士団長の妻の座目当ての婚姻だろう』と、嫌味を告げる輩は居た。

 だが以後のアニカは力強い微笑みで全ての攻撃を跳ね除け、鉄壁の防御を発揮していた。


 そもそもアニカは子爵令嬢であり、王宮の従者であり、なにより王女の乳母に選ばれた人間だ。

 本来の力を発揮できれば、伯爵夫人相応の対応は余裕でこなせるだけの教養を備えている。


 それを見届けた瑞希は、気持ちを引き締めて次の場に向かっていった。


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