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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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89.魔族

「ラウさんが人間じゃなかったなんて……」


 馬車に揺られながら、アニカが呟いた。


 瑞希は気の抜けた気分で告げる。


「まさか、あんな悪魔も居るなんてね。

 結構人間臭いし、アニカが安心して通ってたのも分かる気がするよ。

 悪い人じゃない感じがする」


 エーベルヴァイン男爵は困惑した表情で告げる。


「悪魔だとか魔族だとか、何の話をされていたのですか?

 さっぱり意味がわからない会話でしたが」


「白竜教会――創竜神と敵対してる勢力だよ。

 でもラウさんは、そう言った勢力と距離をとって生きてる悪魔なんだろうね。

 暴力が嫌いってのも、嘘じゃなさそうだったし。

 人間の子供たちに好かれてるのだって、人柄がいいからだろうし」


 ユリアンがアニカの肩を優しく叩きながら瑞希に尋ねる。


「それで、どうするの?

 ラウのこと、レッド公爵やシュワルツ公爵に知らせるの?

 人間に敵対してないけど、悪魔ではあるわ」


 瑞希は肩をすくめて応える。


「黙っていても、心を読まれて知られちゃう。

 だから先手を打って、こちらから言うしかないね」


 瑞希が手のひらを広げ、≪映像通話≫の画面を二つ作った。


「赤竜さん、黒龍さん、話があるんだけどいいかな」


 レッド公爵が微笑みながら応える。


『何かな?』


 シュワルツ公爵は静かな表情で応える。


『手短にしてくれ』


 瑞希が明るい表情で二人に告げる。


「霧の神の眷属として二人に命じます!

 二人は貧民区画に近寄らないこと!

 あそこに住む悪魔を、私の許可なく滅ぼさないこと!

 ――理解できたら返事をして?」


 レッド公爵の微笑みが凍り付き、シュワルツ公爵が目を見開いていた。


『状況を説明してもらっても、構わないかい?』


「貧民区画に住んでる、腕の良い情報屋が居るんだよ。

 その正体が悪魔だったんだ。

 でも人間と敵対しない、平和的な悪魔だった。孤児院に寄付までしてるんだよ?

 王家としても、良質の情報源を失う訳にはいかないんだよ。

 それに巧く交渉すれば、悪魔側の動向を知る手がかかりになる。

 滅ぼすより、生かして協力してもらった方がいいって判断したんだ」


 シュワルツ公爵が真顔で告げる。


『相手の爵位はわかるか』


「本人が『子爵と呼ばれるだろう』って言ってたから、子爵なんじゃない?」


『ならば、滅ぼすのも簡単だな。

 大した力を持っていない小物だ。

 人間に害をなさないなら、見逃すことは可能だろう』


「……ちなみに、子爵ってどのくらいの強さなの?」


『全力を出しても、貧民区画を壊滅させるのが精一杯、といったところじゃないか?

 つまり、下手に手を出しに行くと貧民区画の人間が全滅する。

 動くときは慎重に動け』


 瑞希が眉をひそめた。


「ラウさんは、そんなことをする人じゃないよ」


『追い詰められれば、何をするかはわからん。

 それだけの力がある、ということだけ覚えておけ』


 レッド公爵が真顔で瑞希に告げる。


『霧の神の眷属からの命令だ。

 我々には逆らうことができない。創竜神様から”従うように”と言われているからね。

 だから言われた事は守るが、その結果人間に被害が出ても、我々は責任をとれないよ』


「もちろん、これは私が王太子妃として責任を持つ話だよ。

 私は王都市民の命を背負ってる。

 一人だって無駄に命を奪わせるつもりはないよ」


『それならば結構だ。

 ――話は以上かい?』


「うん、それじゃあね」


 画面を消し、瑞希が大きくため息をついた。


「――はぁ。赤竜さん、すごい怒ってたなぁ。

 黒龍さんは冷静だったのに、あんなに怖い赤竜さんは初めてだよ」


 ユリアンがきょとんとして瑞希に尋ねる。


「そんなに怒ってたの? 真顔だったけど、怒ってる様子じゃなかったわよ?」


「画面の向こうで、魔力が怒り狂ってた。

 黒龍さんが『赤竜さんは怒るとたちが悪い』って言ってたの、なんとなくわかっちゃった。

 あの人、根は凶暴な人なんだね」


 アニカが小首を傾げて告げる。


「時折見かけるレッド公爵は、いつも微笑んでらっしゃる陽気な方、という印象でしたが……

 そんなに怖い方なんですか」


「んー多分、悪魔が大嫌いなんじゃないかな。

 帰ったら理由を聞いてみよう」





****


 瑞希は帰宅後、早々にレッド公爵とシュワルツ公爵を呼び出していた。


 リビングで紅茶を飲みながら、瑞希が尋ねる。


「なんで黒龍さんは冷静で、赤竜さんはそんなに怒ってるの?

 二人の違いって性格だけ?」


 シュワルツ公爵が静かな表情で告げる。


「赤竜は元々、凶暴な竜だからな。

 普段は陽気な仕草しぐさで誤魔化しているが、本質は変わらん。

 私はどちらかというと、のんびりとした性格だ」


 レッド公爵が苦笑を浮かべて告げる。


「黒龍が『のんびり屋』? 冗談はよしてくれ。

 私ほどではないとはいえ、君も充分、凶暴な竜だろう」


 瑞希が小首を傾げた。


「じゃあ、似たような性格って受け止めておくけど、それでどうしてそこまで態度に差が出るの?

 赤竜さん、今も頭に血がのぼってるでしょ?」


 レッド公爵が真顔になって瑞希に告げる。


「私は今まで数えきれないほど、悪魔たちに殺される竜の巫女を見てきた――もちろん、竜の寵児ちょうじを含めて、だ。

 それが、人間に関わろうとして来なかった黒龍との大きな違いだ。

 『無害だから見逃せ』と言われても、納得などできない。

 命令だから、従っているだけだ」


 シュワルツ公爵が静かな表情で告げる。


「赤竜、お前は人間に入れ込み過ぎるからだ。

 その上で、入れ込んだ人間が死地に向かうのを見守り続けた。

 その結果死なせてしまった後悔が、悪魔に対する復讐心に繋がっているのだろう」


 瑞希が小首を傾げた。


「そんな大好きな人たちだったのに、みすみす死んでしまう場所へ向かうのを見てるだけだったの?

 もっと手助けしてあげられなかったの?」


 レッド公爵の持っていたティーカップに、ピシリとヒビが走った。


「すまない瑞希、言葉を選んでくれると助かる。

 私も、こんな場所で暴れたくはないんだ」


 シュワルツ公爵が静かに笑った。


「瑞希、今のお前の質問は、あまりにも赤竜の心をえぐり過ぎだ。謝っておけ」


 瑞希が慌てて頭を下げた。


「うわっ! ごめん赤竜さん! そんなつもりで言ったんじゃなかったんだ!

 ただ、どうしてそんなに苦しんでまで見守るだけだったのか、それが不思議で!」


 シュワルツ公爵が瑞希に微笑みながら告げる。


「前にも言っただろう。見守るのが我らの役割だ。

 どうしても人間の手に負えない場合のみ、我らは手を出すことを許される。

 その許可がなければ、勝ち目がどれほど薄かろうと見守るしかない。

 だから赤竜は、精一杯勝てるように人間に力を貸す。

 私は人と関わらぬようにし、許可が下りたら悪魔に手を下す。

 それが我らの違いだ」


 レッド公爵がフンと鼻を鳴らした。


「だが黒龍も思い知ることになる。

 入れ込んだ人間を、死地に送り込まねばならない苦しみをな。

 ――想像してみろ。瑞希を悪魔との勝ち目のない戦いに送り込む時を。

 それだけで名状しがたい不快感で暴れたくなるぞ」


 静かに微笑むシュワルツ公爵の持っていたティーカップにも、ピシリとヒビが走った。


「……なるほどな。これは確かに不快だ。

 貴様、よくもこんな思いをあれほど重ねてきたな」


 瑞希は頬を引きつらせて告げる。


「あー、できれば、食器は大事にして欲しいかな、なんて……」


 シュワルツ公爵が苦笑を浮かべて告げる。


「すまなかった、今修復する」


 その言葉と同時に、シュワルツ公爵の持つカップのヒビが、またたく間にふさがっていった。

 瑞希がその様子を眺めながら感心していた。


「へぇ、そんな術式もあるのか~。面白いね!」


「瑞希は因果に特化した術式ばかり使っているからな。

 他の分野の術式は、ほとんど研究していないだろう。

 竜には竜の、人には人の、そして悪魔には悪魔の魔導がある。

 種族の特性にあわせて術式が発展しているからな。

 そういう意味で、お前の魔導は別系統の魔導と言えるかもしれん」


「あー、即興魔術主体だから、人間の魔導かと言われると、ちょっと違う気はするよね。よく魔法と間違われるし。

 ――ねぇ、『悪魔』と『魔族』って、どうして別々の呼び名があるの? 意味が違うの?」


「『魔族』が正式名だ。奴らも自分たちをそう呼ぶ。

 『悪魔』は人間が奴らを呼ぶときの俗称だ。

 今の人間社会では、こちらの方が通りが良い。

 だから我々も奴らを基本的に悪魔と呼ぶ。たったそれだけの違いだ」


「ラウさん――魔族の情報屋が、『魔族も生きてる』とか『食事もする』って言ってた。

 それってどういう意味? 神と魔族って、同じような存在じゃないの?」


「それを教えていいのか、私には判断が付かない。

 神については教えて良いと許可はもらっているんだがな。

 知りたければ、その情報屋から聞いて来い。

 奴らも当たり障りのないことなら教えるだろう。

 だが知り過ぎれば、お前は苦しむことになる。

 俺は、知らん方がお前のためだと思うがな」


 瑞希が小首を傾げた。


「それはどういう意味?」


「お前が魔族と戦わねばならなくなった時に、余計な苦しみを背負うことになる、という話だ。

 ――ヒントをやろう。

 その情報屋が、人間と敵対する勢力に寝返り、王都市民を殺したとする。

 お前はどう対応する?」


 瑞希が俯いて思案した。



 敵に寝返ったのであれば、滅ぼさざるを得ない。

 人の命を奪ったなら、それ以外に選択肢はないだろう。

 だが果たして、ああも言葉を交わしたラウを滅ぼすことが瑞希に出来るのか――自信は持てなかった。


 『知り過ぎれば余計な苦しみを背負う』とは、つまりこういうことなのだろう。

 深く知らなければ、ラウが言ったように魔族を『虫をつぶすかのように命を奪える』のだ。



「……つまり、魔族の命は、人間と変わらないんだね」


 シュワルツ公爵が静かに告げる。


「その答え合わせをしたければ、情報屋に確かめに行くがいい。

 だが私は、何も知らぬまま戦う方を勧めるがな」





****


「ラウさーん! またきたよー!」


 カウンターの奥から、フードを目深に被った人物が姿を見せる。


「……またお前か。昨日の今日で何の用だ。

 売れる情報は全部売っちまったぞ」


 瑞希は、騎士の背後に隠れるよう身を縮めていた若い女性の従者を、ラウの前に突き出した。


「どう? ご要望の若い女性なんだけど。聞きたい事があるんだよ」


「おお! いいねぇ! さては貧民区画に来るのが初めてってところか?

 アニカほどじゃないが、これは美味い。

 ――いいだろう、何を知りたい? 言ってみろ」


「魔族の命って、人間の命と同じなの?」


 ラウが腕を組み、顎に手を当てて黙り込んだ。


「……俺は、それを知らん方がいいと判断するが、それでもその情報を買いたいのか?」


「なんで? その理由を先に教えてよ」


「お前は今後、魔族の勢力と戦う機会がきっとあるはずだ。

 この国で老いて死ぬまでに、少なくとも一回くらいはな。

 その時に余計な事を知っていれば、お前は余計な苦しみを背負うだろう。

 それが原因で命を落とすこともあるかもしれない。

 下手をすれば、それがきっかけで国が滅ぶ。

 俺としても、この国に滅びられても困るんだよ。

 これでも、王都市民の一員のつもりだからな」


 瑞希がフッと笑った。


「黒龍さんと似たようなことを言うんだね。

 でももう、それは答えを言ってるようなものだよ。

 ――つまり、同じ命なんだね」


 ラウが腰に手を当て、深いため息をついた。


「――まぁいいだろう。

 ご想像の通り、魔族は人間と同じ、地上の種族だ。

 独特の生態をして、独自の固有能力を持つ――だが本質的には同じ命だ。

 街の無法者を、どぶ川の水で煮詰めたような存在――それが魔族だ。

 地上の種族だから、子を産むし、食事もする。そして飢えれば死ぬ。寿命もある。

 人間は神と等しい存在と思っているが、種を明かせばその程度の、小さな存在だ。

 俺たちから見れば、人間の器に神の眷属という中身が入っているお前の方が、よほど異質な存在に映る」


「そんな魔族が、白竜教会に封印されてるの? なんで?」


「それは竜に聞けば教えてくれるだろう? なぜ俺に聞く?

 ――まぁいい、俺が知る範囲でなら教えてやる。

 遥かな古代から、魔族は神と争ってきた。

 ――正確には、魔族と人間が地上の覇権を争っていたところに、神が人間に肩入れしたらしいがな。

 魔族は負け続け、負けるたびに人間の時代が訪れた。

 だが魔族が力をたくわえると戦争を起こし、人間を支配しようとした――その繰り返しと言われている。

 ある時から、人間に手を貸す存在が古き神から創竜神に変わった。

 創竜神は魔族が二度と力をたくわえられないよう、各地に封じた――それが封印だ。

 その時から、封印を破壊して復活しようとする魔族の勢力と、封印を維持しようとする創竜神の勢力の争いに変わった。

 ――それが現在まで続いているって訳だ」


 瑞希が眉をひそめて告げる。


「なんだか……ややこしい話だなぁ。

 結局、魔族と人間が戦争をしていた結果、魔族が封印されたってことでいいかな?」


 ラウが楽しそうに笑った。


「ははは! まぁその理解でも間違っちゃあいないさ!」


「どうして魔族が私たちを狙う可能性があるって、赤竜さんは言ったんだろう?

 魔族の狙いは封印を壊す事なんでしょ?

 その封印って、私たちと関係なくない?」


「んーそれには報酬がちっと足りないが……まぁこの際だ、おまけで教えてやろう。

 封印を弱めるには、生贄が効果的だ。

 普通の人間でもいいんだが、強い力を持つ存在を生贄にすると、より強い封印を破壊できる。

 よく狙われるのが、竜の巫女や竜の寵児ちょうじだな。

 同じ理由で、古き神の眷属であるお前やエステル王女も狙われるだろう。

 特に古き神は、仇敵みたいなもんだ。恨みがこもってる分、狙われやすいだろう。

 お前は充分に注意をしておけよ――今日の情報は、これで売り切れだ」


 背を向け、カウンターの奥に姿を消そうとしたラウに、瑞希が叫ぶ。


「ちょーっとまったー!!

 ……魔族の勢力の情報って、買えるのかな?

 今、魔族がどんな動きをしてるのか、少しでも情報を売ってくれる?」


「……その情報は高いぞ?

 お前に払えるとは思えないが」


「赤竜さんと黒龍さんには、ラウさんの命が保証されるような命令を伝えておいたよ。

 この命令を破れる二人じゃないから、ラウさんが貧民区画に居る限り、二人に滅ぼされることはないと保証するよ。

 ――もちろん、人間と敵対した時は別だけどね」


 ラフがフッと笑った。


「身の安全を先に保証してくれた訳か。

 ……いいだろう。今日みたいな新鮮な若い女の感情、それである程度は売ろう。

 だが種族を裏切る情報は諦めてくれ」


「わかった! 今日はありがとう! また今度遊びに来るよ!」


「できれば来て欲しくはないんだが……止めても無駄だろうな。好きにしろ」


「何時頃なら時間が空いてるかな? 他のお客さんが来てない時間が知りたいんだけど」


「俺は人間相手の商売だ。夜なら店は閉めてるし、客は来ない。

 だが、夜の貧民区画にお前が来るのか?」


「細かいことは気にしない! じゃあね!」


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