86.ファミリープランニング
――オリヴァー王子とソニアの、婚姻を祝う夜会。
大勢の貴族たちの祝辞を受け取り終わったソニアたちの元へ、瑞希たちが近寄っていった。
「さすがに、今夜の主役はソニアだったね」
ソニアが苦笑を浮かべて応える。
「今夜も姉様が主役だったら、さすがに不貞腐れますわ」
瑞希が優しくソニアの目を見つめる。
「霧の神に代わって言葉を贈るよ。
おめでとうソニア。幸せになってね」
ソニアが嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。
必ずなってみせますわ」
瑞希が眉をひそめて微笑み、ソニアに告げる。
「あーあ。これでソニアとはお別れか。
術式で会話が出来るとはいえ、やっぱり寂しいな」
「仕方ありませんわよ。
こことドライセンでは、距離がありますもの。
頻繁に会うことも難しい距離です」
「そうだよねぇ。
軍隊を連れているとはいえ、片道三週間だもん。
忙しい王族が時間を確保するのは、ちょっと厳しい距離だね」
「姉様は王太子妃、私もじきに同じ立場になりますものね。
会えても数年に一度くらいの頻度になってしまいそうです。
次に直接お会いするのは、子供が大きくなってからかも知れませんわね」
「お互い、世継ぎを産むように頑張らないとね。
――そういえば、小耳に挟んだんだけど『本当はリーゼロッテが王位を継ぐ予定だった』ってどういうこと?」
オリヴァーが微笑んで告げる。
「リーゼロッテの持つ白い魔力は、創竜神様の強い加護の証です。
あの魔力を持つ者は、我が国では王位継承順で最優先として扱われるのです」
瑞希が小首を傾げた。
「でも、リーゼロッテはミハエルに嫁ぐことがほとんど決定してるよね?
なんでそんな話になったの?」
オリヴァーが苦笑した。
「ミズキ殿下が王室に入っているからですよ。
創竜神様は通例よりも、霧の神と縁を結ぶことを優先したのです。
リーゼロッテが神託を受けて告げたことなので、間違いはないでしょう」
「縁を結ぶって、直接霧の神の血をこの国に入れる訳じゃないのに?
なんか納得いかないなぁ……ちょっと創竜神に直接聞いてみるね」
「は?!」
目を見開いて驚くオリヴァーたちを余所に、瑞希は創竜神に波長を合わせていく。
「ちょっと創竜神、なんでリーゼロッテが王位を継がないか、説明しなさい」
『え?! 瑞希様?! なんでそこでも会話できるんですか?!』
「細かいことはどうでもいいから、さっさと説明する!」
『あ、はい。
”なんとなく、縁を繋いでおいた方が良い気がするなぁ”って思いまして。
予感みたいなものですね』
「ぼやっぼやの内容だね……神様がそんなことでいいと思ってるの?」
『リーゼロッテの望みでもありますし、彼女の望みなら最大限叶えたいですから。
それに、私が未来をはっきり見ることが出来ないのは、以前お伝えした通りですよ。
それでも予感があったので、”一代くらいならいいかな”って』
「……創竜神、正直に言いなさい?
『霧の神の眷属の傍に、竜の寵児の血を入れたかった』んでしょ?
あなたが霧の神の傍に居たかっただけ。否定する機会は与えます」
『……ご想像にお任せします』
瑞希が深いため息をついた。
「まぁいいよ。その予感とやらを、信じておく。
うちとしても、創竜神の加護を使える人間が傍に居るのは頼もしいし」
『あ、それなら喜んでください。
リーゼロッテは竜の寵児の中でも力の強い子ですから。
必ずお役に立ちますよ』
「どこのセールスなんだか……用件は以上だよ。じゃあね」
小さく息をついた瑞希に、頬を引きつらせたオリヴァーが告げる。
「申し訳ありませんが、我が国の祭神とそう気軽に会話するの、止めてもらってもいいですか」
ソニアも困ったように微笑んで告げる。
「完全に命令口調でしたわね……
会話の内容は分かりませんでしたが、予感ってなんのことですか?」
瑞希がソニアに応える。
「ああ、『なんかそうした方が良い気がする』んだってさ。
創竜神ってアバウトな神だね。
霧の神はもうちょっとしっかりしてたんだけどな」
「複数の神と会話した経験のある人間も、姉様くらいですわよ……
こんな非常識の塊の姉様と離れ離れになってしまうのは、やっぱりどこか寂しくなってしまいますわね」
「何言ってんの。非常識を嘆いてたんだから、そこは喜んだらいいじゃない。
エステルが傍に居ると、私なんか目じゃない非常識が襲ってくるよ?」
「……なんとなくそれでも、姉様がエステルを上回りそうな気がするのが怖いですわね。
王家に非常識の塊が二人も居るとか、どんな将来になるのか想像もつきません。
ですがドライセン王国のこと、よろしくお願いしますわ」
瑞希がニコリと微笑んだ。
「それはばっちり引き受けるよ!」
****
翌日、ソニアとの別れを惜しみながら、ドライセン王家一行はシュティラーヒューゲル王国を出発した。
旅程は順調に消化され、今夜もユリアンを招いてのお茶の時間を楽しんでいた。
ユリアンの隣に座り、頬を染めながら幸せそうに微笑むアニカに瑞希が告げる。
「……ねぇ、本当にいつの間にそこまで仲良くなってたの?
いい加減教えてくれても良くない?」
アニカは力強く微笑みながら応える。
「殿下と言えど、それをお伝えする訳には参りません。
ですが殿下にはお礼を申し上げます。
私がこうして陽だまりに居られるのは、全て殿下がご支援くださったからです」
ユリアンが瑞希に告げる。
「そういえばそうよね。
ミズキさんがあの夜、お茶の席を設けなければ、多分この瞬間、私の横にアニカさんはいなかったわ。
どうしてああまでして、私たちをお茶に誘ったのかしら。聞いてもいい?」
瑞希が微笑んで応える。
「二人の因果を見たからだよ。
『良い因果がこの先にある』ような気がしたから。
簡単に言えば、仲良くなる気配を感じたからだね。
私とユリアンさんの時と同じだよ。
ユリアンさんの理解者が増えるなら、その手助けをしたいと思っただけ」
ザビーネが静かな表情で告げる。
「アニカが良縁に恵まれたのは喜ばしいですが、今後に問題も抱えてしまいましたね。
――ミズキ殿下、エステル殿下の乳母を、今後どうする予定なのですか?」
瑞希が困りながら微笑んだ。
「それなんだよねぇ。
ユリアンさんたちが結婚する時期や、子供を授かる時期で変わってくるだろうけど、アニカがずっと乳母を続けるのは難しくなるよね。
産休で構わないなら、私はアニカに乳母を引き続き務めてもらいたいと思ってるんだけどさ」
ザビーネが驚いた顔で瑞希に応える。
「出産休暇を終えたら、乳母に戻ってきて欲しいということでしょうか。
歳の若い乳母ならそれは珍しくありませんが、アニカの年齢では体力的に難しくなる可能性があります。
それでも構わないと仰るのですか?」
「今のアニカなら、エステルの乳母に最適だと思うんだ。
前のアニカは、エステルに命の重さを教えるのに、少し不安を感じてた。
でも今のアニカなら、エステルにそれをきちんと教えられるんじゃないかと思ってさ」
アニカが戸惑う表情でユリアンを見つめた。
ユリアンはアニカに微笑みを返した後、瑞希に告げる。
「ミズキさん、気が早いわよ?
今はまだ、私が婚約を申し込むことが決まっただけ。
オーバードルフ子爵の了承も得ていないのよ?
それにアニカさんが婚約期間中に不幸になれば、私は婚約を解消する約束をしてるの。
婚姻なんて、その後の話になるわ。
――アニカさんが私との婚姻に耐えられるか見極める期間を仮に三年程度と見積もったら、アニカさんが子供を授かるのは五年後から七年後くらいかしら。
エステルが五歳から七歳くらいの時期で、半年から一年は出産休暇を取ることになる。
王族の乳母が仕事に穴をあけるには、時期が悪いわね。
それについて、ミズキさんはどう考えてるのかしら」
瑞希がユリアンの目を見据えた後、アニカの目を見つめた。
「……帰ったらすぐ結婚して、ぱっぱと子供を産んじゃえば?」
「は?!」
ユリアン、アニカ、ザビーネによる三重奏だ。
「だって、そうすればエステルが三歳になる頃には戻ってこれるでしょ?
教育を施すのに最適な時期を逃さずに済むよ?
乳児の世話くらいなら、正直言って誰でもいいし。
五年以上先になったら、アニカは三十歳前後になっちゃうよ?
そんな年齢で出産なんて大変だし、若いうちに産んだ方がいいに決まってるじゃない。
育児はそっちでも乳母を雇ってもらってなんとかしてもらいつつ、こっちも融通は利かせられるし。
なんならアニカの子供も一緒に面倒見れば手間が省けるし?
エステルと一緒に育てるなら、それを踏まえてアニカの補佐になれる代理の人を探すよ。
まぁ、アニカの二人目以降の子供の事を考えると、確かに厳しいかもしれない。
若いうちにまとめて産みたいってなったら、それが落ち着くまで働ける状態にはならないだろうからね。
そこはユリアンさんの家の家族計画になるから、口出しはできないけど。
――ここまでで、質問とか疑問とか、ある?」
ユリアンが眉間を指で押さえながら、しばらく思案していた。
「……まず、私は女性を不幸にするつもりはないの。それは理解してる?」
「アニカが不幸になるとでも思ってるの? ユリアンさんの人を見る目って、その程度?」
「……婚約すら、オーバードルフ子爵の了承も得ていないの」
「仲人に私が付くと言って、断れる人だと思う?」
「……子供を授かる時期なんて、神様でもなければ分からないわ」
「神の眷属、つまり神の仲間である私が”多分大丈夫”って言ってるんだけど?」
「……その根拠を聞いてもいいかしら」
「アニカが近いうちに子供に恵まれそうな気配を出してるからだけど? 私の魔導、そんなに信用できないかな?」
ユリアンが疲れたように項垂れた。
アニカが戸惑いながら瑞希に尋ねる。
「ですから、なぜそうまでして私を乳母にする事に拘りになられるのですか?」
瑞希が微笑んで告げる。
「アニカはエステルと相性がいいんだよ。
アニカに抱かれてると、エステルが喜ぶんだ。
アニカの言うことなら、エステルは素直に聞いてくれるような気がする。母の直感だね。
だから、アニカが道を間違えない人になったなら、乳母に最適だと思ってるんだよ。
――ユリアンさんが傍に居て、道を間違えるなんて事、ないよね?」
「それはもちろん、その自信はございますが……」
「当然、これは命令でもお願いでもないよ。ただの提案。
ユリアンさんが納得するまでアニカを見極めて、それから婚姻をするのでも構わない。
アニカには自分の出産までの間だけ、乳母を務めてもらう――そんな未来でも、私は別にいいと思う。
単にもう一つの可能性を、私が見出しただけ。
せっかく出産の気配が出てるんだから、逃したらもったいないかなってね」
ユリアンが疲れたような微笑みで瑞希に告げる。
「貴族の子供なんて、養子縁組も珍しくないわ。
つまり二人目以降は親戚から養子を引き取るという手があるの。
本当にアニカさんが近いうちに子供を授かるのなら、そんな将来設計でもいいんじゃないかしら。
でも婚約を飛ばして婚姻だなんて、それこそ変な噂の元になるわ。
耐えられるとしても、アニカさんを辛い環境に置きたくはないわね。
――だから私としては、別の乳母を用意した方が良いんじゃないかと思うんだけど」
瑞希がザビーネに尋ねる。
「ねぇザビーネ。この場合の理想的な婚姻までの最短プランって、どうなると思う?」
「帰国後、半年の婚約期間を経て婚姻、でしょうか。
婚約期間は慣例で半年から一年程度です。学生の場合は卒業を待つことが多いので、数年に及ぶこともあります。
稀にもっと短い期間の方もおられますが、周囲が熱愛を認めるくらいでなければ、悪い噂が立つでしょう」
「じゃあユリアンさんが当初考えていたプランを、ザビーネはどう思う?」
「出産年齢が三十歳を超えると、魔導の補佐があっても身体の負担が大きくなり、後を引きます。
アニカは二十四歳ですから、早期に婚姻を結び、出産を目指すべきではないかと存じます。
当初のプランでは、いっそのこと実子を諦める――そんな考えも現実味を帯びる年齢です。
実子を諦めてしまえば、乳母を務め続けることも当然可能でしょう」
瑞希がアニカを見た。
「アニカは、どうしたらいいと思う?」
アニカが戸惑いながら応える。
「申し訳ありません。
お話が急展開過ぎて、頭がついて行きません」
瑞希が小首を傾げた。
「もっとシンプルに考えればいいよ。
ユリアンさんの子供を産みたいか、生みたくないのか。
どっちかな?」
アニカが頬を染めながら、目を落として応える。
「それは……もちろん、産めるなら産みたいとは思います。
ですが私がエステル殿下のお役に立てるのであれば、実子を諦めて乳母を務める道も、捨てがたく思います」
瑞希が腕を組んで唸っていた。
「ユリアンさんとアニカに育てられたなら、養子でも良い子に育ちそうだしねぇ。
アニカほどエステルに気に入られる人って多分、滅多に居ないから、乳母としては捨てがたい。
でも私の都合で実子を諦めさせるのは、やっぱり悪い気がするしなぁ~」
ザビーネが優しく微笑んで告げる。
「別に、この場で全てを決める必要はございませんでしょう?
当面はアニカを乳母から外す気がないご様子ですし。
婚約期間中に今後を決めれば、それでよろしいかと」
「ん~。まぁそれならどの道でも選べるから、それが無難かな」
ユリアンが疲れた微笑みで告げる。
「――ふぅ。
なんとか話が落ち着いてくれたわね。
いきなり何を言い出すのかと思ったわよ。
あなたはせっかち過ぎるわ。
あなたの言葉は重たいの。それを断る方がどれだけ大変か、よく考えてから物を言いなさい」
「はーい」




