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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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84.陽だまり

 瑞希は白竜神殿の休憩所で、ぐったりとベンチに横たわっていた。


 ユリアンが心配そうな顔で瑞希に声をかける。


「ちょっとミズキさん、大丈夫?」


「大丈夫……ちょっと強すぎる『場』の力に酔ってるだけだから。

 慣れれば平気だと思うけど、感覚を調整するのに時間がかかってるだけ」


 レッド公爵が楽しそうに笑った。


「ははは! 感覚が鋭敏過ぎるのも考え物だね!

 ここは特に太い霊脈が通っている場所だ。

 おそらく瑞希は、その霊脈の中に流れるあらゆる魔術的要素を感じ取ってしまっているんじゃないかな?」


 瑞希は少し思案してから応える。


「それどころじゃないね。霊脈の先にあるものまで感じ取れちゃってる気がする。

 見ちゃいけないものまで見えそうになって、必死に回避してる最中だよ。

 ……なんで霊脈の先に悪魔が居るの?」


 レッド公爵の笑いが凍り付き、真顔で瑞希に尋ねる。


「霊脈の先に、悪魔が? そんな兆候、私には感じ取れないが」


「とても遠いけど、確かに居るよ。

 場所の特定は――だめだ、まだ眩暈めまいが邪魔して、それは無理。

 でもこの大陸のどこかなのは間違いないね」


「相手の強さは分かるか?」


「それもまだ無理かな……勘でいいなら、前に倒した『伯爵』よりずっと強い気がする。

 あれとは比べ物にならないんじゃないかなって」


「それは有害な状態にあるか、判別は付くか?

 ――たとえば、封印の元にいるかどうか、だ」


 瑞希がしばらく思案してから応える。


「力を封じられてるんじゃないかなって気配は感じる。

 それが封印のせいなら、そういうことなんだろうね。

 ――何か知ってるの?」


 レッド公爵の表情がやわらいだ。


「ならば、心配する必要はないだろう。

 あまりにも強力な悪魔は、強い霊脈の上に封印する事があった。

 周囲から創竜神様への祈りの力を集めて、封印を強化するんだ。

 強力な封印だが、悪魔が復活すれば諸刃もろはけんとなる。

 だからこの封印を施された悪魔は、ごくわずかだ。

 今の時代にも封印されたままなら、候補は絞られる」


「それって誰なの?」


 レッド公爵が微笑んで告げる。


「白竜教会の人間ではない瑞希が、そこまで知る必要はないよ。

 長い年月をかけて力を弱め切った後、巫女たちが滅ぼす相手だ。

 ――瑞希はその存在に決して近寄ろうとしてはならない。

 君の魂はその存在に耐えきれず、命を落とすだろう」


「……わかったよ。確かに、私の手に負える気もしないからね」


 シュワルツ公爵が呆れたように告げる。


「ここからあそこに封印された悪魔の気配を感じ取るなど、やはり人間技ではないな。

 霊脈を辿れること自体も驚きだ」


「私の魔術は因果を操る魔術だからね。

 辿るのは得意なんだよ。

 ――ユリアンさん、今はさっきの結界を張る余裕がないから、騎士団での警護をお願いね」


 ユリアンが微笑んで応える。


「わかったわ。やっぱり騎士を大勢連れてきて正解だったわね。

 少人数でグロッキーになったミズキさんとエステルを同時に守るのは、難しいもの」



 アニカの胸でエステルが泣き出した。

 手早くエステルの状態を確認したアニカが告げる。


「……エステル殿下のおしめを替えてまいります」


 ユリアンが慌ててアニカに声をかける。


「一人で行動しちゃだめよ!

 ――五名、付き従いなさい!」


 アニカが困惑したように告げる。


「先ほど確認しましたが、女性用お手洗いの中に入ることになりますよ?

 男性騎士は立ち入れません。

 他の信徒さんのご迷惑になります」


 ユリアンが厳しい目でアニカに告げる。


「その程度は我慢してもらうしかないわ。

 ――あんたたち、きっちり中で警護しなさいよ!」





****


 アニカが女性用お手洗いに入り、続いて護衛の騎士たちが中に入っていく。

 中には数人の若い利用信徒が居て、不審者を見る目つきで騎士たちを見つめ、顔を歪めていた。


「……皆さん、外で護衛をしていてください。

 信徒のみなさんのご迷惑のようです」


「……そのようですね。では、外で待機いたします」



 アニカがエステルのおしめを変え終え、エステルをおしめ交換台に寝かせたまま、汚れた手を洗っていた。

 ――手を洗い終わって振り返ったアニカの目には、エステルの居ないおしめ交換台が映っていた。


「――?! エステル殿下?!」


 慌てて室内を見渡すが、人の気配はない。

 そのまま外に飛び出し、待機していた騎士にアニカが叫ぶ。


「エステル殿下が居なくなりました! 不審者を見かけませんでしたか?!」


 騎士たちは狼狽ろうばいしながら顔を見合わせた。


「……いえ、あれから出ていく者はいましたが、入っていく者は居なかったはずです」


 アニカが舌打ちをして騎士に告げる。


「今すぐこの事をミズキ殿下とユリアン様にお知らせしてください!

 私は周囲を探します!」


 騎士たちが慌ててユリアンたちの元に駆け戻るのと同時に、アニカが周囲に視線を走らせる。

 赤ん坊を抱いている人間の元へ近付き、エステルではないか確認をしていく。


(他に赤ん坊を抱いた人間――居ないか。

 何か……何か手掛かりは――)


 目についたのは、風に揺れる神殿の勝手口だ。

 どこに繋がっているかは分からないが、中途半端に開いていた。


 勘に従ってアニカは勝手口をくぐっていく。

 そこは神殿の裏手。長い路地が続いていた。


 遠くでエステルの泣き声が聞こえたような気がして、アニカはそちらへ走り出していた。


(エステル殿下、ただいまお救い致します!)





 路地をいくつも抜けた先で、アニカは一人の女性が赤ん坊を抱えて走っているのに追いついていた。


「そこの人! 赤ん坊を確認させて頂きます!」


 女性は一瞬後ろを振り返ると、顔をしかめた後、まっすぐ前を見て走る速度を上げていった。

 その女性は乱暴に走っているのに、赤ん坊は不自然なほど泣き声を上げる様子がない。


 女性の足止めをしたいが、それでエステルに怪我を負わせるわけにもいかない。

 ひたすら女性を追いかけては身体を掴むが、その都度、手を振り払われ、逃げ続けられていた。





 女性が袋小路に行きついていた。

 肩で息をする女性が抱いているのは、間違いなくエステルだ。

 寝ているようで、起きる気配はない。


 アニカは冷たい表情で女性に告げる。


「その子を返しなさい。そうすれば命だけは助けてあげます」


 女性が不敵に笑うと同時に、アニカの背後を三人の男たちが取り囲んだ。


「……なるほど、仲間の居る場所におびき寄せたのね。

 ならばもう、手心は必要はないわね」


 そのまま振り向きざまに振り抜いたアニカの手刀が、男の喉笛を断ち切っていた。

 その手には、隠し武器の刃が輝いている。

 男たちが動揺する暇も与えず、残った男二人の喉笛も次々と断ち切っていった。


 血まみれになったアニカが、冷たい声で女性に告げる。


「もう一度言うわ。その子を返しなさい。そうすればなるだけ苦しまないように殺してあげる」


 手から血をしたたり落とすアニカを、女性はおびえた目で見つめていた。

 だがエステルを返す素振りは見られない。


「……では死になさい」



 素早く間合いを詰めたアニカの手刀が、女性の喉笛を断ち切った――手ごたえはあった。



 アニカは自分の目が信じられず、言葉を漏らす。


「――ユリアン様?! なにをしてらっしゃるんですか?!」


 アニカの目の前に広がる光景――それは自分の左腕を犠牲にしてアニカの刃を受け止めつつ、右腕で誘拐犯の首を掴み上げるユリアンの姿だった。


 ユリアンが叫ぶ。


「アニカさん! エステル殿下を保護して! ――早く!」


 我に返ったアニカが、はじけるように動いて誘拐犯の女性からエステルを奪い取った。

 それを確認したユリアンは女性の腹に膝蹴りを入れた後、地面に組み伏せていた。

 誘拐犯の女性はどうやら、気絶してしまったようだ。


 ユリアンが負った傷は、決して浅くない。

 血に染まる腕をかばいながら誘拐犯を抑えつけるユリアンを、アニカは呆然と見ていた。


「……ユリアン様、いったい、なにをなさっているのですか!」


 ユリアンが怒りを隠さぬ表情でアニカを怒鳴りつける。


「あなたこそ何をやっているの! あなたは私の言葉を聞いていたの?!

 『日の当たる道を歩きなさい』と言ったでしょう?!

 なんなのそのザマは! そんな血に染まったドレス、あなたには全く似合わないわ!

 たとえ困難でも、手を汚さずに済む道を選びなさい!」


 アニカの顔が後悔で歪んだ。


「――ですが、私の不注意でエステル殿下がさらわれたのです!

 殿下を取り戻す義務が私にはあります!

 殿下を無事に取り戻すためなら、私の手など、いくら汚れようが構いません!」


「失態を責められるのが怖くて、一人で奪い返したかっただけでしょう?!

 奪い返せば、深く責められることはないものね!

 でもね! そうやって独断で動いた結果、取り逃がすことだってあるのよ!

 なにより、あなた一人の力など小さいの! それを自覚しなさい!

 この程度の相手でも殺さなければ目的を達成できないほど、あなたの力は弱いのよ!」


 アニカは涙を流しながら、その言葉を聞いていた。

 護身術を覚え、ごろつき程度は平気な顔で撃退できるようになってから、自分を『弱い』と評した人間は居なかった。

 だが目の前に居るユリアンという男性は、力も、生き方も、遥かに力強いと感じていた。

 それに比べて、自分の力のなんと小さなことかと嘆いていた。


 言われた通りだった。

 エステルをみすみす奪われたことを責められるのが怖かっただけだ。

 その恐怖が独断専行に繋がった。

 責任感など、言い逃れでしかなかった。



 アニカが涙声でユリアンに尋ねる。


「一つだけ、教えてください。

 なぜ左腕を犠牲にしてまで、私の刃を止めたのですか。

 仕立師のあなたにとって、その腕の傷は無視できないもののはず。

 そうまでして、なぜその女性を救ったのですか」


 ユリアンがアニカの表情を見つめた後、微笑んで小さくため息をついた。


「言ったでしょ? 『あなたは危なっかしい』って。

 あなたが進むべき道は、そっちじゃないわ。

 だからきちんと、あなたが陽だまりに進める道を教えてあげただけ。

 それで怪我を負うくらい、大した問題とは思わないわね」


「ですが! その腕では仕立師を続ける事が難しくなりますよ!

 騎士としても! 第一線で活躍する事など無理です!

 あなたの将来を奪ってまで救われる価値など、私にはありません!」


 ユリアンが優しく微笑んで告げる。


「私は女性の人生を幸せで彩ることに幸福を感じる男なの。

 これであなたが陽だまりの中を歩けるようになるなら、私の人生は満たされるわ。

 だからあなたはもう、手を汚さずに生きて行きなさい。

 ――この傷ではあなたの言う通り、騎士として満足な働きは出来ないわね。

 将来のない伯爵のお嫁さんなんて、なっても得はないわ。

 急で悪いけど、あなたとの婚約の話は撤回させて頂戴。

 いい男を、ちゃんと捕まえるのよ?

 ……あなたに服を作ってあげることも、もうできないかもしれない。それだけは残念かしら」


 アニカがしばらくユリアンの顔を見つめた後、ゆっくりとユリアンに近づいて膝をつき、その傷付いた左腕に触れた。


「お願いがあります。

 それを聞いていただいてもよろしいでしょうか」


 ユリアンがきょとんとした顔で尋ねる。


「あら? なにかしら。

 今の私でできることなら、応じてあげるわよ?」


「……婚約の話は撤回なさらないでください。

 どうかあなたの伴侶として、私を選んでください」


 ユリアンが神妙な顔でアニカに告げる。


「あなたがこの傷に責任を感じる必要などないわ。

 これは私の力が及ばなかっただけの話。

 私がもっと早くあなたに追いついていれば、他の男たちだって殺させはしなかった。

 それができなかった未熟な男の負った傷のことなど、早く忘れてしまいなさい。

 アニカさんには自分の人生を、きちんと歩んで欲しいの」


 アニカが首を横に振った。

 涙をためた目で、ユリアンの目を見据えた。


「私が心から、ユリアン様の伴侶になりたいと、人生をお支えしたいと願っているのです。

 責任感などではありません。あなたほど素敵な男性とはもう、巡り合えないと確信しているだけです。

 『いい男を捕まえろ』と、先程おっしゃいましたよね?

 ならばもう、のがしません。お覚悟なさってください」


 ユリアンが呆気にとられたあと、優しい微笑みに変わって告げる。


「物好きな子ね。

 私みたいな個性で、将来の道も絶たれた男の伴侶なんて、苦労しか待ってないわよ?

 私は女性が不幸になるのを見過ごすことはできないわ。

 ――あなたは私の伴侶になることで、幸福になる自信があるの?」


 アニカが力強く微笑んだ。


「あなたと共に生きられるのであれば、そこが私の陽だまりです。

 ならば幸福に満ちた笑顔で、ユリアン様を照らしてみせます」


 ユリアンが満足そうに微笑んだ。


「――いいわね。

 今のあなた、とっても力強いわ。

 その気持ち、忘れないで居てね。

 あなたのその笑顔のご褒美に、婚約だけはしてあげる。

 でもこれから、たくさんの苦労が待ってるわ。

 その中であなたの笑顔がかげったなら、私はそこで婚約を解消する。

 あなたの笑顔が輝き続けていたなら、私はそこで婚姻を申し込む。

 ――それでいいかしら?」


「ええ、構いません。

 私はようやく陽だまりを見つけたのです。

 この暖かい場所を、私は決して手放したりなどいたしません。

 必ずユリアン様を納得させて見せます」


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