83.静かな丘の歓迎夜会
シュティラーヒューゲルの王宮では、ドライセン王国一行を歓迎する夜会が催されていた。
リーゼロッテはミハエルにべったりと引っ付き、一緒に食事を堪能しているようだった。
ソニアを歓迎する者も多くいたのだが、それに輪をかけて瑞希の周りには人が集まっていた。
(なんでそんなに集まるかな……
私、今回の主役じゃないんだけど)
必死に微笑みを維持しながら、シュティラーヒューゲルの貴族たちを捌いていく。
ようやく波が途切れたところで、壁際で控え、エステルを抱き抱えていたアニカの元へ辿り着く。
「どう? エステルの機嫌は悪くなってない?」
「ええ、穏やかにお眠りになられています」
エステルの様子を確認している瑞希の元へ、ドライセン国王とシュティラーヒューゲル国王が姿を見せた。
「凄い人気だったね。
誰が主役か、これじゃあわからないというものだ」
「ええ、私も戸惑っておりますの。
――シュティラーヒューゲル国王、一つお伺いしたいのですがよろしいでしょうか」
「ん? なんでも聞いて欲しい」
「昨年の戦争の映像を、この国の信徒たちも見たのではないですか?」
「ああ、あの創竜神様と、ミズキ殿下によく似た少女の映像だね。
調査を行ったが、信徒は全員、映像を見たと思っていいようだ。
創竜神様より神格が上の存在の化身として、ミズキ殿下を見る者も民衆には居るらしい。
――いったい、あの少女は何者だったのだ?」
(こんな東の信徒にまで映像が届いてたか……。
リーゼロッテだけじゃなかったんだな。
『周囲の信徒』の範囲、広すぎないかな?!)
瑞希はドライセン国王の目を見る――ドライセン国王が頷くのを確認してから、瑞希はシュティラーヒューゲル国王に告げる。
「あれは霧の神の娘ですわ。私の祖先にあたる方ですの。
どうやら生前は、創竜神を愛玩動物のように可愛がっていたらしく、あの時も創竜神に無茶を言っておりました。
創竜神も『有無を言わさず力を持っていかれた』とぼやいていましたから、きっとそんな力関係なのでしょうね」
シュティラーヒューゲル国王が目を見開いた。
「竜の巫女でもないミズキ殿下が、創竜神様のお言葉を聞いたと言ったのか」
「私の中の霧の神の血が、それを可能にするのではないでしょうか。
神格的には、創竜神は霧の神の従属神に近い存在らしいですから」
「なるほど、それで『霧の神に従え』と創竜神様がお命じになったのか。
納得した。
――ところで、そちらがミズキ殿下のご息女、エステル殿下かな?
なぜエステル殿下から創竜神様の神気が漂っているのか、理由を聞かせてもらっても構わないか?」
瑞希は苦笑をして応える。
「他の者には内密にしてくださいませね?
――エステルは先ほど言った、霧の神の娘、その魂を宿す子供ですの。
人としては余りにも強大な魔力を抑え込むため、創竜神に協力してもらっているのですわ。
ですから、今のエステルは霧の神の気配と、創竜神の気配が混ざり合ってますの」
ドライセン国王が楽しげに笑った。
「創竜神を扱き使うのは、ミズキも変わらないということだ。
あまり他所の神様に迷惑をかけるんじゃないよ?」
「あら、ちゃんと相談して、納得して頂いてから力を借りてますわよ?
『扱き使う』だなんて、人聞きが悪いですわ」
シュティラーヒューゲル国王が困ったように微笑んだ。
「それだけ、神格に違いがあるということだろう。
それが創竜神様の御意志なら、我々は従うだけだ。
そんな霧の神の血を入れたドライセン王家と縁続きになることを、私は喜ばしく思う」
国王たちが瑞希の元から立ち去り、入れ替わるようにソニアとオリヴァーがやってきた。
「姉様の方が主役みたいな夜会ですわね。
私はほとんど目立ってませんわよ?
――ところで、お父様との相談はどうなりましたの?」
瑞希が疲れたように微笑んだ。
「あーそれ? それについては『判断が付かないから様子見しよう』という結論になったよ。
小さくて大人しい国に見えて、この国もとんでもない国だね」
ソニアが小首を傾げた。
「それは、どういう意味ですの?」
「あれ? ソニアは聞いてないの?
――オリヴァー、ソニアに話しちゃって大丈夫?」
オリヴァーは逡巡した後、頷いた。
「妃になれば知らされる事です。
今知っても、変わりはしないでしょう」
「そっか、ならいいか。
――この国はね、結構物騒な国なんだ。
国が抱えるかなりの人材が、殺人術を護身術として身に着けてる、そんな国。
『竜の巫女を守るため』らしいけど、巫女の傍仕えは下手な暗殺者よりも腕が立つんだよ?
怖い国だよね。
逆に、王族の身辺警護としては頼もしいだろうけど」
ソニアの表情が固まっていた。
「え? それはどういうことですの?」
「だから、リーゼロッテの傍仕えをするカタリナさんも、そこら辺の給仕も、素手で人を殺せる人たちなんだよ。
おかげで素性調査をしても、きな臭い素性の人が多くて不審者を特定できないんだ。
でもそんな人たちで固めてるから、私が敢えて魔術で守る必要もほとんどないかなって、そういう話になったの。
彼らが対応しきれない時だけ、私が魔術で対応しようって」
ソニアがオリヴァーに振り向いて尋ねる。
「オリヴァー、それは本当のことですの?」
オリヴァーが頷いて応える。
「竜の巫女を狙う人間は、実は結構居るんだ。
危険な使命を、創竜神様から命じられる事もある。
それに対応できるよう、我が国は人材を育成している国なんだ。
ただし、あくまでもこれは、巫女を守るための力。
それ以外の事に使われるのは、王族警護ぐらいだ。
ミズキ殿下が言うほど、物騒な国という訳でもないさ」
ソニアが頭を抱えた後、吹っ切れたように顔を上げた。
「守る為の力なら、仕方ありませんわね!」
オリヴァーが嬉しそうに頷いた。
「ソニアなら、理解してくれると思っていたよ」
どうやら、ソニアも納得できたようだ。
ソニアが『結婚中止!』と言い出さなくて良かったと、瑞希は密かに胸を撫で下ろしていた。
瑞希がオリヴァーに尋ねる。
「結婚式はいつやるの?」
「五日後ですよ。準備は万端ですが、ソニアのドレスの確認や直し、予行練習がありますからね。
さすがに、明日いきなり婚姻の儀を行う、という訳にはいきません」
「そっかー、それじゃあそれまで、私たちゲストは暇だねー。
何をして過ごそうかな」
「リーゼロッテに街を案内してもらってはいかがですか?
もちろん、こちらからも護衛を付けますよ」
瑞希は悩んでいた。
この王都の市民たちは、歓迎ぶりが余りに烈しい。
かといって、せっかく来たのに王宮の客間にこもり切り、というのも寂しい話だ。
「ん~、まぁなんとかなるかなー!
じゃあリーゼロッテに案内してもらおう!」
****
エステルを胸に抱いた瑞希の前で、リーゼロッテがミハエルと手をつなぎ、元気に手を振って歩き、その後ろをカタリナが見守るように歩いている。
ミズキの右隣にはアニカとユリアン、左隣にはレッド公爵とシュワルツ公爵。背後にはハンス侯爵子息。
周囲を近衛騎士二十名が取り囲んでいた。
「ねぇユリアンさん、なんなの? この厳重な囲いは……」
「あら? だってあなたの魔導でも危険を察知できないのでしょう?
相応の対応をとるべきじゃない?
あなたは俊敏性に優れるという訳ではないわ。
魔術が間に合わない状況がないようにしているつもりよ」
「そこはその通りかもしれないけど、事前にわかってるなら対処する方法はあるんだよ?
ここまで大袈裟な団体になる必要は、ないんじゃないかな……」
レッド公爵が楽しそうに微笑みながら尋ねる。
「対処というのは、どういう意味かな?
今の君は何かの魔導を使っているようだが、結界を張っているようには見えない。
そんな君が、どうやって自分より速く動く相手に対応するんだい?」
少し考えた瑞希が、振り向かずに背後のハンス侯爵子息に命じる。
「ハンス侯爵子息、今すぐ最速で私の首を落としなさい」
「御意」
周囲が状況を認識するより前に、次の瞬間にはハンス侯爵子息が剣を抜き放ち、瑞希の首筋を迷いなく背後から切りつけた。
咄嗟にユリアンが反応できない速度――当然、瑞希に反応できる速さではない。
だがその剣は瑞希に届く前に、破裂音と共に弾かれていた。
ハンス侯爵子息が瑞希に尋ねる。
「これでよろしかったでしょうか」
「うん、ぐっじょぶ! 剣を納めていいよ」
ハンス侯爵子息が満足げに剣を腰に納めた。
瑞希に心酔しているハンス侯爵子息は、瑞希の命令ならば疑問を感じることなく応じる。
見事な忠犬と言えた。
瑞希がユリアンを見て告げる。
「ね? こんな大掛かりな人間は要らなかったでしょ?」
レッド公爵が目を見開いて瑞希に尋ねる。
「今のはなんだ?
何が起きた? どんな魔術なんだ? なぜ首が落ちていない?
瑞希は間違いなく、結界を張って居なかったはずだ。
なのになぜ、剣が結界で弾かれていたのだ?」
シュワルツ公爵は、呼吸も忘れたように瑞希を見つめていた。
瑞希が小さく息をついた。
「そっか、赤竜さんや黒龍さんでも、この魔術は読み解けないのか。
――霧上家の≪隔絶≫の結界を、因果逆転の魔術で展開してるんだよ。
≪隔絶≫の結界はあらゆる因果を遮断する結界。
この結界を超えられるのは、理屈を無視できる神の奇跡だけ。
それを因果逆転の魔術で隠蔽する事で、結界を張ってないように見せてるだけだよ。
街中で魔術結界を張っていたら、目立っちゃうからね」
ユリアンが眉をひそめて瑞希に尋ねる。
「何を言っているのか、全然聞き取れないわ。
分かるように説明してくれる?」
瑞希が苦笑してユリアンに応える。
「つまり、私が張っている結界は『私が結界で守られる』ことを保証してくれるんだよ。
『全てを防ぐ結界』が今、私を守ってるってこと。
これなら聞き取れた?」
シュワルツ公爵が戸惑いながら瑞希に尋ねる。
「因果逆転の魔術などという魔法に等しいものを、今の瑞希は使っているということか?」
「魔法に等しいの? ≪映像通話≫の魔術だって、因果逆転の術式が含まれてるよ?
つまり、みんながいつも見てる魔術の、『ちょっとした』応用だよ。
結構疲れるから普段はこんなことしないけど、今日、外出してる間くらいは維持できるよ。
周りは暗殺者だらけみたいな街だもん。それなりの準備はしてから出かけてるよ」
ユリアンが恐る恐る、瑞希の肩に触れた。
その手は弾かれる事なく、瑞希の肩を触っている。
ユリアンが困惑したように瑞希に告げる。
「やっぱり意味がわからないわ。
魔術結界を張っているのに、なぜあなたの肩に触れるの?」
「そりゃあ触ることはできるよ。
私が≪隔絶≫で遮断しているのは、私の命を脅かす因果。
ユリアンさんの手は、そんな因果を持ってないんだもん」
レッド公爵が苦笑して告げる。
「どう考えても、それが魔術だとは思えないね。
それが術式だとして、どんな術理なのかも理解できない。
――やっぱり瑞希は瑞希だね。『考えたら負け』だ」
ユリアンも苦笑して手を引っ込めた。
「高位の竜が理解できないものを、私が理解できる訳が無いわね。私も考えるのは止めるわ。
――でも、あなたを守るのは近衛騎士の職務。
このまま警備は続けるわよ?」
瑞希が微笑んでユリアンに応える。
「一度これで出掛けちゃったんだから、帰れとは言わないよ。
それに騎士が守ってくれるなら、途中で結界を解いて休息も取れるから、私も楽が出来るしね」
瑞希が先頭を歩くリーゼロッテに声をかける。
「ねぇリーゼロッテ、これはどこに向かってるの?」
「この街を巡るなら、まずは白竜神殿かなって!
創竜神様に最初にご挨拶するのが、信徒の定番だからね!」
「いや、私は信徒じゃないんだけどな……ま、そこはいいか。
――カタリナ、あなたたちが付けている護衛はどこに居るの?
オリヴァー王子が『護衛を付ける』って言ってたけど、あなた一人?」
「騎士が大勢囲んでいるようでしたので、周囲に紛れ込ませています。
有事の際には助勢に加わりますので、ご安心ください」
「ほんとうに暗殺者と変わらない動きをするんだね……」
瑞希は歩きながら周囲を見渡し、再びカタリナに尋ねる。
「ねぇカタリナ、この街、なんかおかしくない?
そこら中から創竜神の気配を感じるんだけど」
カタリナが瑞希に振り向いて応える。
「ここでも創竜神様の神気を感じ取れるのですか?
――この街はとても強い霊脈の上に立っています。そのせいではないでしょうか。
白竜教会でも聖地の一つと言われる由縁です」
瑞希がふと見ると、リーゼロッテがジトっとした目で瑞希を睨んでいた。
「私でもここじゃ創竜神様の気配を感じ取れないのに、なんでミズキは感じ取れるの?!
私は竜の寵児なんだよ?! 納得が出来ないよ!」
瑞希が小さくため息をついた。
「リーゼロッテは、魔力の強さと『竜の寵児』っていう立場に頼り過ぎなんだよ。
そんな乱暴な魔力制御じゃ、感じ取れるものも感じ取れないよ?
もうちょっと魔導の鍛錬をしてみたら?」
レッド公爵が笑いながらリーゼロッテに告げる。
「ははは! 私たちでも、ここでは創竜神様の気配を感じ取ることなどできはしない。
瑞希の言葉なんて気にしちゃだめだよ! この子がおかしいんだから!」
ミハエルが微笑んでリーゼロッテの頬に触れた。
「ほらほらリーゼロッテ、笑ってよ。いつもの笑顔を見せて?
姉様の魔導は魔法みたいなものなんだから、人間が真似できると思わない方がいいんだよ」
瑞希が頬を引きつらせて告げる。
「私、ミハエルにまで人間扱いされてないの?!
あなた少し性格変わった?!」
「姉様、私ももうすぐ十三歳ですよ?
いろんなことを勉強し、リーゼロッテを妻として迎える準備を進めています。
妻を第一として考えるのは、当然ですよ」
(あの可愛かった私のミハエルが……時の流れって残酷だよね……)
世の諸行無常を痛感しつつ、瑞希たち一行は白竜神殿へと向かっていた。




