8.戦場の覚悟
瑞希はヴォルフガング指導の元、魔力操作の基礎技術を改めて教えられていた。
体内の魔力を感じるところから始まり、それを体外に放出する技術。
対象の魔力許容量を見極めてからの魔力送出技術。
ここまでは、おさらいのような感じだ。
「では次に、相手の魔力を感じ取り、波長を合わせる技術を教えましょう」
傍で見ていたアルベルトが、驚いたように声を上げる。
「ヴォルフガング?!
それは『高度な魔力操作だから、いつかできるようになればいい』とお前が告げた技術だろう?!
初心者に教える技術ではないはずだ!」
ヴォルフガングが人の良い笑顔で応える。
「ミズキ様はここまで、実に流麗に魔力を操って見せています。
昨日魔力操作を覚えたばかりとはとても思えない水準。
これなら、魔力同調もすぐできるようになるでしょう」
『魔力同調』――瑞希が昨日、耳にした単語だ。
「魔力の波長を合わせれば、同調できるの?」
「理論はその通り、シンプルなものです。
ですが、生体の魔力はさらに呼吸のような、強弱の波が加わります。
その波の大きさを見極め、自分の魔力の波長をそれに合わせるという魔力操作が必要になる。
理論ほど、簡単な操作ではありませんよ?」
ヴォルフガングが片手を掲げた。
「さぁ、この手にミズキ様の手を重ねてください」
言われた通りに手を重ねる。
それに合わせて、ヴォルフガングが自分の手に魔力を込めた。
「さぁミズキ様、私の魔力に同調し、あなたの意志で私の魔力を操ってみてください」
言われるがままに自分の魔力を、感じ取ったヴォルフガングの魔力に似せていく。
波長も圧力も存在感も、そして熱さえも完全に一致させ、ヴォルフガングの手を包んでいた魔力を動かしてみせた。
集中している瑞希の額には、玉のような汗が浮かんでいる。
ヴォルフガングの魔力は不規則に波長が変化し、同調を拒んでいるかのようだった。
それに合わせて瞬時に同調を追従させていく。
ヴォルフガングの魔力はさらに複雑に変化を繰り返し、瑞希も必死に食らいついた。
三十分ほど、魔力同調の追いかけっこを繰り返していると、ヴォルフガングが声を上げた。
「――そこまで!
それ以上は魔力の使い過ぎです。
ここで休憩しましょう」
瑞希が大きく息を吐き、重ねていた手を下ろした。
傍で見ていたアルベルトが、不思議そうな顔でヴォルフガングに尋ねる。
「今度のは随分と時間がかかったな。
やはり高度な魔力操作は、ミズキにはまだ早かったか」
ヴォルフガングは大笑いを始めた。
「ははは! とんでもない!
私が全力で抵抗し続けたというのに、ミズキ様は最後まで同調しきっていましたよ。
同調だけなら、手を合わせた瞬間に完全に終わらせてしまったくらいです。
面白くなったので、つい遊び心で抵抗してみせてしまいましたが、惨敗しました。
確かにこれは、前代未聞の魔導の才能だ」
アルベルトが固唾を飲んでヴォルフガングに尋ねる。
「……国内屈指の魔導士であるお前の魔力操作が惨敗したと、そう言ったのか?」
「ええ、その通りですよ?
ついでなので、ミズキ様の限界まで魔力を使わせました。
――ミズキ様、今の魔力残量や精神力や体力の消耗具合をよく覚えておいてください。
それ以上消耗すると、命の危険が迫ってきます。
なるだけその範囲で魔導を使うよう心がけてください」
疲れ切った顔のミズキがヴォルフガングに尋ねる。
「たった三十分で限界になったんだね。
≪意思疎通≫なら一時間でもこんなに消耗しないのに、なんでかな?」
「ミズキ様が魔力を大きく消耗するように、私が振り回していたからですよ。
だというのに、ぴったりと張り付くように同調を続けていた。
なので過剰に魔力と精神力を消耗したのです。
≪意思疎通≫程度の術式なら、丸一日維持していても問題ないでしょう」
「……もっと持続時間を延ばす方法はないのかな」
「魔力総量は鍛えてもほとんど変化しません。
ですが精神力や体力を鍛え、それを魔力に変換することができます。
あとはより繊細な魔力操作を行うことで、さらに魔力の消耗を軽減させることも考えられるでしょう。
もっとも、今の時点で超一流水準の魔力操作技術です。
これ以上繊細となると、私にもそれがどんな世界なのか想像が付きませんよ」
瑞希が弱々しい微笑みで頷いた。
「おおよそ理解したよ。
――じゃあ、十分間≪意思疎通≫の術式を停止するね」
そう宣言した瑞希は、その場で床に大の字に寝転んでいた。
ヴォルフガングもそれでようやく思い出し、愕然としていた。
「そうか、ミズキは≪意思疎通≫の術式を維持したままあれをこなしたのか!
これは才能や前代未聞などという、安っぽい言葉で片づけて良い代物じゃない!」
アルベルトが驚くほど、ヴォルフガングが取り乱していた。
「ヴォルフガング? どうした?」
ハッと我に返ったヴォルフガングが、咳払いをしてから口を開く。
「≪意思疎通≫は魔力の消耗自体は少ないですが、高い集中力と高度な魔力操作が要求される術式です。
そんなものを維持したまま、あれだけ繊細な魔力操作を並行してこなしてみせた。
それだけでも、既に人間業じゃありませんな。
しかもこれが、昨日魔力操作に目覚めたばかりだと言う。
このミズキ様の技術水準に、並の魔導士は百年かけても辿り着くことはできないでしょう。
それほどの境地です」
アルベルトが真剣な表情で言葉を受け取り、考え込んだ。
「……なぁヴォルフガング、ミズキを魔導学院に通わせる意味があると思うか?」
「判断が難しい所ですな……
体系的な魔導知識を修める必要はあるでしょう。
ですがたとえ国内最高峰の魔導学院であろうと、おそらく教師の力量が著しく足りていません。
一方で、教養においてミズキ様は大きく劣っているはず。
極端に歪な学力をしていると判断せざるを得ない。
魔導を極めて短時間で履修し、残りの時間を教養の履修に費やす――そんな結果になるのではないでしょうか。
しかし同年代の貴族たちと縁を結ぶ価値はあります。
メリットは確かにありますが、魔導を修めるという一点においては、熟練の魔導士に師事する方がより良い結果を産むでしょう」
アルベルトとヴォルフガングが、頭を突き合わせて腕を組み考え込んでいた。
魔導を上達させるだけなら、それこそヴォルフガングが己の持つ技術や知識を叩きこむことで瞬く間に伸びていくだろう。
だがそれでは、瑞希はより歪な存在となり、人生を送ることに苦労することになる。
瑞希の生活品質向上を図るのであれば、教養科目を克服し貴族たちと交流をしていく方が、今後の人生を豊かにするだろう。
瑞希がこの世界の人間であれば、断然学院に通うことをヴォルフガングは勧める。
だが瑞希は異世界人で、いつ元の世界に戻るか分からない身だ。
このままこの世界に骨を埋めるつもりがないのであれば、学院には通わず魔導士に師事する道を選んだ方が、より良い結果を得られる可能性が高い。
アルベルトが大きくため息をついた。
「神自身が、ミズキが元の世界に戻る方法を模索していると告げたという。
ならば戻れないことを前提に、彼女の道を示しておく方が良いのではないか?」
「ですがそれは、殿下の願望が多く含まれた結論です。
ミズキ様ご自身が帰りたがっている以上、勝手に道を決めてしまうのは憚られますな」
瑞希が休憩を終え、「よいしょ!」と声を上げて立ち上がった。
「ふぅ、ようやく魔力と精神力が回復したよ。
それで、二人は何を深刻に悩んでるの?」
アルベルトは、ヴォルフガングと話し合った内容を全て伝えた。
「――つまり、ミズキが進みたい道に進むのが一番だろうと、そういう結論になった。
お前には選択肢が多く、どれも先が見えず不安だろう。
だがどの道を選ぼうと、私は全力でミズキの人生を支援するつもりだ」
瑞希は静かに「そうだね、ありがとう」と呟いていた。
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瑞希は昼食の時間まで、ヴォルフガングとの魔力同調を繰り返していた。
回数をこなすほど振り回される度合いが減り、持続時間が伸びていく。
四度目で一時間を超えても平然と魔力同調を維持し続けた瑞希に、ヴォルフガングは降参した。
「――そこまで!
もう魔力操作で私が教えられることは何一つありません。
既に私の遥か上の技術水準、私が逆に教えを請いたいぐらいです。
国内でミズキ様に魔導技術を指導できる人間は、もういないでしょう。それほどの腕前です。
あとは自己研鑽を続けて頂くしかありません。
これ以上魔導を伸ばそうと思ったら、魔導知識を広く深く修めるという方向しかない」
「そっかー、ありがとねヴォルフガングさん。
いい練習相手だったよ。
じゃあこれから私は、魔導知識一本に打ち込めばいいということだね」
「もちろん、習得した知識を実践して慣れるという過程は必要ですがね。
それもミズキ様なら、すぐにこなしてしまうでしょう」
瑞希が少し考え、ヴォルフガングに尋ねる。
「魔導学院の教養科目って、どんなものなのかな」
「庶民や貴族の生活全般の一般常識を前提として、国内の政治制度や文化や歴史、軍事に関する知識まで幅広く履修することになりますな」
つまり、その前提となる一般常識が最低でも入試で求められることになる。
魔導学院を卒業した後ならば、この世界で生きて行くのに苦労することはないだろう。
それが世界を救うのに必要な知識かはわからない。
だが瑞希がこの世界で生きて行くならば、有って損はない知識だ。
「……他に、私がこの国で生きて行くのに必要な知識や経験ってあると思う?」
アルベルトが腕組みをして唸った。
「ん~、国賓とはいえ、上流階級と付き合うならば貴族の作法や言葉遣いは覚えておいて損はないだろう。
異世界人だからと免じてくれる人間ばかりではない。
必ず無作法に白い目を向ける人間が出る。
それは必ずミズキに悪い作用をもたらすはずだ。それは可能なら避けた方がいい。
同時に、それができるようになれば社交界で活動する事も経験しておいた方が良いな。
国内の上流階級に人脈を作るなら、社交界は必須だ。
そこでの振舞い方を覚えておけば、国外に応用していく事もできる」
瑞希が少し深刻な顔になって再び尋ねる。
「……戦闘経験は、しなくてもいいのかな。
私は戦争から逃れられないんじゃないか……そんな予感があるんだ。
もう間接的にシュトルム王国の兵士を大量に殺してしまった後だし、今さら人殺しを躊躇うのも違う気がする。
それは元の世界で元の生活には戻れない事を意味するかもしれないけれど、私が命を奪ってしまった事は事実だし」
ヴォルフガングが人の良い笑顔で瑞希に語りかける。
「その話も聞いておりますが、あれは不可抗力と考えることもできますよ。
霧の神は死の神でもある。死の権能を持つのです。
霧の神が手段を選ばず世界を救おうとすれば、必然的に死を振りまくことになる。
結果がどうなるかを知らなかったのですから、ミズキ様が責任を感じる必要はないでしょう」
瑞希は静かに首を横に振った。
「……『知らなかった』では済まされないよ。
その言葉を使っても、私の願いで人が死んでしまった事実は変えられない。
もう私は、それを経験する前の私には戻れない。
なら、人を殺す事を恐れていてもしょうがないと思うんだ。
もちろん、率先して殺したいと思う訳じゃないけど、必要なら自分の手をいつでも汚せるようになっておくべきじゃないかなって、そう思うんだ」
ヴォルフガングが優しく、諭すように語りかける。
「人を殺す者は、殺される覚悟を持つ必要があります。
ミズキ様は、殺される覚悟を持つことが出来ますかな?
戦場の隅で、人知れず無残な死を遂げることになっても構わない覚悟は、持てますか?」
瑞希は目を下げ、思い悩んだ後、覚悟を決めた目でヴォルフガングを見つめ返した。
「……それが人を殺す者の責務なら、私は覚悟を持って臨みます」
ヴォルフガングが優しい眼差しで、包み込むように瑞希を見つめた。
「その覚悟、確かに見届けました。
ですがそれでも、無理に戦争に参加することは避けなさい。
あなたの心は、殺し合いには向いていない。
たとえ遠回りになろうとも、殺さずに済む道が在るならそれを選びなさい。
殺し合いは、最後の手段としておきなさい」
瑞希は静かに、黙って頷いた。




