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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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76.公務の副官

 ――三月。雪解けも終わり、春の息吹を感じる季節だ。


 瑞希はアルベルトとエステルを連れて、霧の神の神殿跡の前に居た。

 案内人はブラント枢機卿、随行者はザビーネとアニカをはじめとした従者十人、ユリアンやハンス侯爵子息をはじめとした近衛騎士十名と、兵士三十名だ。

 既に慣れてしまいつつあるが、やはり王族の移動ともなると大袈裟になりやすいと感じていた。


 目の前に広がるのは、石作りの巨大な苔むした白亜の門。どことなく、ギリシャ建築を思わせる作りだ。

 だが古代遺跡という割に、汚れてこそいるが風化している様子はない。


 エステルを胸に抱いた瑞希が、ブラント枢機卿に尋ねる。


「ここが霧の神の神殿跡ですか?

 確かに魔力で満ちていますが、どのあたりが超常的なのですか?」


 ブラント枢機卿がミズキに笑顔で応える。


「見ての通り、遺跡が全く風化していないのですよ。

 千年以上前のものだと伝わっていますが、この遺跡の材質に傷を付けられる人間は居ないと言われています。

 材質も『石材にとてもよく似た何か』だと言われていますが、はっきりとはしておりません」



 ブラント枢機卿を先頭に、全員で門をくぐっていく。


 遺跡にまつわる話を聞きながら、参道と見られる広い道を歩いていった。

 おそらく、かつては多くの人間が行き交ったのだろう。幅は十メートル以上はある。


 いくつかの休憩地点と見られる広場を経由して、三十分ほど歩いていく。


「本当に広い遺跡なんですね……」


「敷地の広さは王宮全体と比べても、遜色がありませんからな。

 それだけ、当時の人間社会で大きな役割を持っていたのでしょう。

 聖職者が詰めていたと思われる部屋も、数多く存在しますよ。

 ――さぁ、ここが終点です」


 辿り着いたのは、一際ひときわ広い空間だった。

 直系三十メートル程度の、円形の広場だ。

 中央には石の巨大な台座があり、かつてはそこに何かがあったのだろうと思われた。


「ここはどんな部屋なのですか?」


「『祭壇の間』だと伝承されています。

 元々はこの場所に、巨大な石碑が立っていたそうです。

 ですがそれも遥か神話の時代の話。

 神話の時代に大きな戦争が起こり、石碑はその時に破壊されたと伝わっています」


 アルベルトが瑞希に尋ねる。


「ミズキなら、石碑の姿を見れたりはしないか?」


「どうでしょう……そんな古い時代、とぼしい手掛かりで辿れるかはわかりません」


「だが、数千年前の初代様の姿は辿れただろう?

 千年前なら、辿れるんじゃないか?」


「……では、やるだけやってみましょうか」


 エステルをアルベルトに預け、ミズキが遺跡の因果を辿っていく。

 そのまま手のひらを広げ、≪過去視≫の画面を作り出した。

 そこに移るのは、現在と変わらぬ遺跡の姿だ。


「……やはり、千年前には既に破壊されてますわね。

 三千年前程度では、因果の気配が変わりません。

 そこで大きく因果が乱れ、辿るのが難しくなっています。

 その付近の時代で、とても大きな力を伴う『何か』があったのでしょうね」


 アルベルトが瑞希に尋ねる。


「石碑を破壊したという戦争か。

 大きな力というのは、どのくらいの力だ?」


「とても強大な――おそらく、古き神の力でしょう。

 戦争の時期も、三千年以上前、としかわかりません。

 長い時間、力の余波が残っていたのだと思いますわ」


 ブラント枢機卿が興味津々で画面を覗き込んでいた。


「ミズキ殿下の魔導はすさまじいですな。

 そんな遥か古代の事までわかってしまうのですか」


 瑞希は苦笑を浮かべて応える。


「この場所が霧の神に深い因縁がある場所のようですから、なんとか追えました。

 ここ以外では、おそらく無理でしょう」


 瑞希が石作りの台座に近寄り、そっと指を添えた。


「……わずかに、霧の神の気配の残滓ざんしを感じます。

 おそらく石碑は、霧の神の気配で満ちた物だったのでしょうね」


 立ち上がり振り向いた瑞希の目に、エステルの姿が映った。


「あら、エステルがご機嫌ね。

 この場所が大好きみたい」


 アルベルトがエステルを見る――エステルは穏やかに寝息を立てていた。


「寝ているエステルの気持ちがわかるのか?」


「魔力が嬉しがっている時の波長です。

 この子は気持ちが魔力に出やすいのかもしれません。

 もしかしたら、初代様もこの場所に居たのかもしれませんわね」


「だが初代様は、霧の神が神として昇格する直前に生まれた子供なのだろう?

 その時期にこれほど巨大な神殿が建立こんりゅうされていたとは思えないのだが」


 瑞希が俯いて思案した。


「それもそうですわね……では、霧の神の気配を感じ取って、それで喜んでいるのかしら」


 瑞希が改めて周囲を見渡した。


「それにしても、本当に不思議な場所。

 ここに居ると、なぜか神の世界を思い出しますわ」


 ブラント枢機卿が目を見開いて瑞希に尋ねる。


「ミズキ殿下は、神の世界をご存じなのですか?!」


「ええ、ほんのわずかな時間、そこに居ましたから。

 あそこも今思えば、濃密な神の気配が満ちた場所でしたわね。

 ここに来るまでは、そんなことを少しも思わなかったのに。

 この場所に来たせいかしら」



 その後も神殿各所を回り、いくつかの場所で因果を辿っては見たが、やはり≪過去視≫が発動できる場所はないようだった。

 神殿を出て野営を張り、昼食をとった後、一行は帰路についた。


 馬車の車内でエステルの寝顔を見ながら、ミズキが呟く。


「結局、エステルは一度も目を覚まさなかったね」


「この子は寝てる時間が長いな。母上もそこは不思議に感じているようだった。

 他の子より、寝てる時間が長いとな」


「寝る子は育つと言うし、すくすく成長してる最中なんだよ。

 寝ている間でも、魔力制御が巧くなっていってる。

 創竜神が、エステルをあやしてるのかな」


 アルベルトが苦笑を浮かべた。


「創竜神に子守こもりをさせてる、なんて白竜教会に知られたら大事おおごとになりそうだな。

 この事は秘密にしておけよ?」


 瑞希も苦笑を返した。


「そのくらいはわかってるよ。

 でもエステルの気配、霧の神の気配と創竜神の気配が混じり合って、凄いことになってるんだけど。

 これが悪影響を出さないといいなぁ」


「仮にも神の気配だ。

 悪い結果にはならないだろう」


「だといいんだけどね。

 来月からアルベルトたちは三年生か。

 私はそろそろ、公務の準備だなぁ。

 今の体調なら、軽い公務くらいはできそうかな」


 ザビーネが柔らかく微笑んで瑞希に告げる。


「ミズキ殿下はお若いですね。

 体力を鍛えていた影響もあるのでしょう。

 ですがくれぐれも過信なさいませんよう、ご注意ください」


「はーい」





****


 ――四月の午前。


 瑞希の前には一人の男性文官がたたずんでいた。

 いくつもの書類選考と瑞希の素性調査を潜り抜けた、副官候補の一人だ。

 二十代中盤の働き盛り、深い栗色の髪の毛を撫で付けた、『ザ・仕事人間』といった風情の男性だ。

 やや神経質そうだが、文官の割に精悍せいかんな顔つきで、男性が告げる。


「トーマス・エーベルヴァイン男爵と申します。

 文官歴十年、必ずやミズキ殿下のお力になれると確信しています」


「……今この部屋に居るのは、私とユリアンとあなただけですわ。

 遠慮なく、素顔をさらしておはなしできないかしら?

 私の傍に仕えるなら、そのくらいができる方でないとお話になりませんわよ?」


 エーベルヴァイン男爵がニヤリと微笑んだ。


「では失礼を承知で申しますが、ミズキ殿下も素顔をお見せいただいてもよろしいのでは?

 お互いが素顔をさらし合ってこそ、信頼関係は生まれるものではありませんか?」


「……それもそうだね。

 私の素顔なんて、夜会で何度もばらしてるし。

 知ってる人は知ってることだもん。

 この場で隠す必要もないか」


 エーベルヴァイン男爵が満足げに頷いた。


「ええ、もちろん殿下のそういった噂は、事前に調べ上げております。

 王族となられて随分ずいぶん経ちますが、庶民の振る舞いはお変わりないようだ」


「私の噂を?

 あんなでたらめの方が多い噂の中から、私の素顔を調べたっていうの?

 うっそだぁ。

 そんなの、各国諜報部ですらできなかったことだよ?」


「私は王宮内部で働く人間です。

 諜報部の密偵よりも王宮内部に通じています。

 信頼できる人間の数も、比較になりません。

 その人脈の差ですよ」


 瑞希はエーベルヴァイン男爵の目を見据えながら思考を巡らせた。


「……本当に理由は人脈だけ?」


「いえ、殿下が王宮に来られてから、不審な人間を魔導でほぼシャットアウトできるようになりました。

 あれ以来、王宮内部に入り込める密偵は居なかったはずです。

 他国ならいざ知らず、殿下がいらっしゃる我が国の王宮を探れる密偵など、存在しません。

 王宮の外で嗅ぎまわる人間より、王宮内部で幅広い人脈を持つ私の方が有利だった。それもあるでしょう」


「……そのお堅い口調はどうにかならない?

 肩がこっちゃうんだけど」


 エーベルヴァイン男爵がフッと笑った。


「それはご勘弁を。

 これは仕事中の私の姿。

 己の気持ちを切り替えるための、私のスタイルです。

 完全なプライベートでもない限り、これを変えるつもりはありませんので」


「ふーん……ならそのままでもいいよ。

 私は公務で何をすればいいか、把握してる?」


「体力が回復されるまでは、いくつかの決裁書類に目を通して頂く程度になるかと。

 その後は王都の視察なども、随時ずいじ行うことになるでしょう。

 ご公務に慣れてこられたあたりで、内政に対して意見を出すことも可能となると思います。

 その後も雑務は全て私が処理いたしますので、殿下はまとめ終わった書類に目を通すだけで済むはずです。

 そもそも王太子妃の公務など、さほど大したことは致しません」


「まとめ終わった書類に目を通して決裁するだけ?

 なんだか思ってたよりやることが、まるでないんだね」


「そうなるように仕事を整えるのが私の職務となりますので、必然的にそうなります。

 どうしても王族の判断が必要になった際には、随時ずいじ確認は取らせて頂きますが、それで済むはずです」


 瑞希がユリアンを見て尋ねる。


「ユリアンさんはどう思う?」


 ユリアンは微笑みながら告げる。


「いいわね。中々の逸材よ。

 『その程度で済ませるのが必然』と言い切れるなんて、かなりのやり手ね。

 それだけの能力だもの、陛下の下でもバリバリ働いていたんじゃない?」


 エーベルヴァイン男爵が不敵な笑みでユリアンに応える。


「ええ、そのように生きてきた自負は持っていますよ、フェッツナー伯爵。

 陛下から直々に『ミズキ殿下の力になってみないか』とお声をかけて頂き、今この場に居ます」


 瑞希が驚いてエーベルヴァイン男爵の顔を見た。


「え?! 男爵なのに陛下に名前を覚えてもらってたってこと?!」


「文官は爵位を得られる機会がとぼしいですからね。

 下位貴族の文官など、基本は雑用ばかりですよ。

 それを嫌がって道を外れる者も居ますが、私は国家のために働き続けました。

 己の地位などよりも民の笑顔をたっとぶ――私の人脈は、そういう人間ばかりです。

 ですので、汚職などとは無縁の人脈と思ってくださって結構です。

 そうして生きているうちに、汚職の証拠をまとめ上げて報告することもありました。

 おそらく陛下には、そのおりに名前を覚えて頂いたのでしょう」


 つまり、汚職を嫌悪する人種、ということだろう。

 単純に言ってしまえば潔癖症だ。


 瑞希が腕を組んで考えこんでいた。


「うーん……例えば、私が慣例や通例と外れた事を要求したらどうする?」


「それが法に反せず、民に迷惑をかけない行為であるならば応じて差し上げますが、それが何か?」


「それが文官たちに迷惑をかけるような事でも?」


「ただの殿下の我儘わがままであれば、私は拒否いたします。

 ですが国のため、民のためのものであるならば、私は力の及ぶ限り応じますよ」


 頭の固い人間、という訳でもなさそうだ。

 それなりに柔軟な対応もできる人間だろう。


 瑞希が手を打ち鳴らした。


「よっし! エーベルヴァイン男爵! 君に決めた!

 私の副官、よろしくね!」


 エーベルヴァイン男爵が意外そうに目を見開いて瑞希を見た。


「……よろしいのですか?

 他にも面談が終わっていない候補者が居たはずです。

 その中には、私より有能な者も含まれますよ?」


 瑞希はニヤリと笑って見せた。


「こういうのはね、フィーリングが大事なの。

 『あ、この人となら巧くやっていけそうだな』って、思わせたら勝ちだよ。

 今回はエーベルヴァイン男爵の勝ちってこと!」


「失礼ながら、お伺いしてもよろしいですか?

 ただフィーリングのみでお決めになったと、そういうことでしょうか。

 それは少し、納得するのが難しいのですが」


「私は異世界の人間――この世界では、型破りな人間だからね。

 私の言い出すことは、堅物な役人には受け入れがたい物ばかりだと思う。

 でもエーベルヴァイン男爵はそういうこともなさそうに見える。

 国のため、民衆のためにというこころざしを強く持ってる人なのも好印象だね。

 そこは私とこころざしを共有できるところだと思うよ。

 その上でユリアンさんの査定でも優秀な人と言われた。

 私がエーベルヴァイン男爵を選ばない理由の方が見つからないぐらいだよ」


 エーベルヴァイン男爵がふっと再び笑った。


「フェッツナー伯爵の事を、余程信頼しているのですね。

 王宮では彼をいとう貴族ばかりです。特に令嬢やご婦人受けが悪い。

 ミズキ殿下がフェッツナー伯爵を重用ちょうようしていることを、疑問に思う声もあります。

 その事に付いては、どう考えておられるのですか?」


 瑞希は肩をすくめた。


「言いたい人には言わせておけばいいんじゃない?

 王宮に来てから、好き勝手に噂され続けてきたし、そういうのはもう慣れたよ。

 ユリアンさんほど優秀な騎士を私は知らないし、信頼できる人だと心から思ってる。

 ――エーベルヴァイン男爵は、ユリアンさんが嫌い?」


「いえ? 彼を評価できない人間の目が腐っているだけだと判断しています。

 確かに、フェッツナー伯爵の個性は、飛び抜けて型破りです。

 ですが彼は、他人のために動ける誠実な人間です。

 個性が異端だからといって、嫌う理由になど成り得ません」


 瑞希が微笑んで右手を差し出した。


「なら問題ないね! これからよろしくねエーベルヴァイン男爵!」


 握手を交わす瑞希たちの後ろで、ユリアンが告げる。


「そんなに本人の前で褒めないでくれるかしら。

 さすがに恥ずかしくなるわ」


 照れているユリアンの前で、瑞希はエーベルヴァイン男爵と微笑みあい、今後の成功を確信していた。


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