72.創竜神
――朝。
瑞希はオリヴァーに付き添われながら、リーゼロッテやカタリナと共に白竜神殿を訪れていた。
「なんか、ここに来るのは久しぶりだなぁ。
えーっと、新しい司祭は決まったの?」
リーゼロッテが振り向いて応える。
「うん! フュンフシュタイン司祭って人だよ!
若いけど優しい人ー!」
「そっか、優しい人ならよかったね。
じゃあ今日は、リーゼロッテの祈りって奴を見学させてもらうね」
「うん! いいよー!」
祭壇の前にリーゼロッテが跪く――その途端、彼女から静かに神聖な気配が漂ったように感じていた。
そのまま静かな表情で黙って祈りの姿勢を取り、微動だにしなくなった。
(なんか……会話をするのがはばかられる空気だなぁ。
創竜神のことも少しは聞きたかったんだけど)
『え? 私の事を知りたいのですか?
瑞希様ならお応えしますよ?』
頭の中に響いた声にわずかに驚き、辺りを見回すが、周囲は遠くで静かに祈りを捧げる信徒が数人いるだけだ――『そういうことか』と瑞希は理解した。
(ちょっと創竜神、いきなり話しかけるの止めてよ。
びっくりするでしょ?)
『あー、すんません。じゃあ今度から”オレオレー、創竜神だけどー”って言いますね』
(いやそんな詐欺電話みたいなことはしなくていいんだけど。
なんで丁寧語なの?)
『霧の神の子も同然の瑞希様を相手に、ため口なんて畏れ多い。
そんな事が霧の神にばれたら、後が怖いので私にはできないですね』
(そっか……そんくらい力関係に差があるんだね……
ところで、私は竜の巫女じゃないのに、なんで会話できるの?)
『赤竜や黒龍もそうですが、神の眷属だからじゃないですか?
半分は神のような存在だから、私と波長が合いやすいのでしょう』
(わかるようなわからないような)
『霧の神の居た、”神の世界”に足を踏み入れた事がある、というのは本当ですか?』
(んー? ああ、この世界にくる直前に居た世界のこと? 本当だけど)
『それがもう、とんでもないことなんですよ。
普通の存在は、あの世界に耐えられなくて、魂が砕け散るんです。
あそこに居て平然としていられる時点で、瑞希様も強い力を持つ神の仲間なんですよ。
私と会話できる程度、それに比べたら小さなことですよ?』
(ふーん、そんな場所って印象は全然ないんだけどな。
まぁいいや。ここにくれば、また創竜神と話が出来るのかな?)
『瑞希様がお望みならお応えしますよ』
(じゃあもう一つ聞くけど、創竜神は未来が見える?)
『私の神格では、そんな力はもってないですね。
なんとなく”あれ、雨が降りそうだな?”くらいの感覚で、これから悪いことが起こりそうな気配はわかりますけど』
(そっか、あんまり頼りにならないね)
『力不足ですいません……創世の神から預かったこの世界を、今も一生懸命運営してるんですけど、いや大変ですよ』
(ああでも、この間はお腹の子に力を貸してくれてありがとね。
わがままとか言ってなかった?)
『ははは……”ちょっと力を借りるね、神竜ちゃん!”って有無を言わさず力を持っていかれました。
あの方は生前から変わりませんね』
(そっか……ごめん、母親として代わりに謝っておくね)
『いえいえ、久方ぶりに”神竜ちゃん”と呼んでいただけて、私も嬉しかったですし。
今の”創竜神”というのは、半分は創世の神の名前を借りている形。
”神竜”と呼んでもらえる方が好ましいですし、”ちゃん”づけされればさらに嬉しいですね――もちろん、相手によりますが』
(そうなんだ? 私も”神竜ちゃん”って呼んだ方が良い?)
『そこはお任せしますよ。呼びやすい方でお呼びください』
(じゃあ創竜神のままでいっか。お腹の子にも、そう教えておこうかな)
『あの方の魂を持つ人間からなら、是非”神竜ちゃん”と呼んで欲しいですね』
(よっぽど初代様に懐いてたんだね……愛玩動物だったってのが理解できちゃったよ)
『ははは! それは事実ですから、仕方ないでしょう――さぁ、そろそろリーゼロッテの祈りが終わりますよ』
(ああ、じゃあ今日はこの辺でね。また機会があったら話そうか)
『はい、お待ちしてます』
リーゼロッテが静かに立ち上がり、瑞希に振り返った。
「ねぇミズキ。創竜神様と何を話してたの?」
「ああ、聞こえてた? 祈りの邪魔をしちゃってごめんね?」
リーゼロッテは首を横に振った。
「さすがに、ミズキくらい神格が上の存在の会話までは聞き取れないよ。
なんとなく、創竜神様と話をしてる気配を感じてただけ。
創竜神様は『んー、世間話かなー』って言ってたけど」
「創竜神、同時に会話が出来るんだね……まぁ神様だし、当然か。
世間話っていえば世間話だね。たいしたことは全然話してないよ」
「そっかー。じゃあ行こうか兄様――兄様? どうしたの?」
オリヴァーは、瑞希の顔を見つめて頬を引きつらせていた。
「いや……竜の巫女でもないのに創竜神様と会話をしていたと聞いて、少し驚いていただけだ」
瑞希がオリヴァーに微笑んだ。
「ああ、私も急に話しかけられて、少し驚いたよ。
でも今まで霧の神と話してきてるから、そこはもう慣れちゃったかな」
「そういう体験って、慣れるものなんですかね……」
「一時期は毎晩話してたしなぁ。
そこは毎日話をしてるリーゼロッテも変わらないんじゃない?
それに年末の大奇跡の映像でも見れば、多分すぐに慣れるよ。あれも派手だったし。
見てみる?」
「……どんな体験だったんですか?」
「んーと、じゃあ分かりやすいように、霧の神の礼拝堂に行ってみようか!」
****
――信徒たちが祈りを捧げる中、歩を進めていく。
瑞希はオリヴァーの横で、彼が神の彫像を見上げる姿を見ていた。
オリヴァーが困惑しながら尋ねる。
「この彫像が……動いたんですか?」
「動いたよ? 目も動いたし、微笑んだし。
目撃者は多いんだよ。私の結婚式だったから」
「信じられません。どう見てもただの彫像じゃないですか」
「そうだよねぇ。だから神の奇跡なんだろうけど――そうだ、映像も見てみる?」
「映像? どんな魔術なんですか?」
「うまくできるかわからないけど、ここは祈りの力と霧の神の気配の残滓があるから見せられる気がするんだ」
瑞希はさっそく即興でアレンジした≪過去視≫の大画面を霧の神の彫像の胸のあたりに作り出した。
その大画面に、霧の神が降臨していたときの映像が流れている。
信徒たちも、突然のことに驚いて言葉を失い、画面を眺めていた。
神が去ったところで映像が終わり、大画面も掻き消えた。
瑞希が満足して頷いた。
「――うん、思った通り、ここだと楽に映像を流せたね!
……オリヴァー? それにリーゼロッテにカタリナも、どうしたの?」
カタリナが瑞希に尋ねる。
「今のは、魔導術式……なのですか? 過去の光景を映像として見せる術式など、存じませんが」
「ああ、あれは我が家に伝わる術式、そのアレンジだよ。
この世界じゃ失われちゃった術式なのかもね。
赤竜さんは似たような術式を使ってたよ?」
オリヴァーが瑞希に尋ねる。
「今のが……本当にあったことなんですか?」
「そうだよ? この場所に残っていた記憶を呼び起こしたんだ」
リーゼロッテが呆然として瑞希に尋ねる。
「霧の神って、あんなに強い神様なの?」
「ん? ああ、リーゼロッテはあの術式を経由して、霧の神の気配を知ることが出来たのかな?
――そうだね、あのぐらいの神様だよ」
瑞希を見つめたリーゼロッテがぽつりと呟いた。
「なるほど、非常識の塊……」
「なんでリーゼロッテにまでそんなことを言われるのかな?!
あなただって、常識からはかけ離れた存在なんじゃないの?!」
「私は自分が凡人なんだなって、生まれて初めて思ったよ」
「どこが?! 王家の生まれで竜の寵児とかいう、スーパーエリートじゃない!」
「でも私は、神の血なんて引いてないし。
瑞希は『魔術が使えない』って国を滅ぼしかけてたはずなのに、なぜかあっさり魔術を使ってるし」
「神の血は好きで引いてる訳じゃないし! 生まれた家がたまたまそういう家系だっただけだよ!
魔術はこの場にある魔術的な要因の力を借りて使ってるだけで、負担はほとんどないし!
ひいき目に見ても、私とリーゼロッテ、大して違いなんてないよ?!」
「私は魔術なんて使えないもん!
創竜神様の加護を受けることが出来るだけだよ!」
「私は神の加護なんて受けてないよ?!
魔術なんて、この世界ではだれでも使える技術じゃない!」
カタリナが二人の額に手を乗せて制した。
「お二人とも、礼拝に参られてる皆様の邪魔になります。
少し冷静になって、続きは帰ってからいたしましょう」
****
レッド公爵がにこやかに告げる。
「瑞希ほどの非常識の塊を、私も長く生きてきて初めて知ったくらいには非常識だよ?
リーゼロッテはどちらかというと、平凡な子だね」
リーゼロッテは勝ち誇ってガッツポーズを天に掲げ、瑞希は床にひれ伏していた。
「なんで?! リーゼロッテだって充分非常識じゃない!」
半泣きで叫ぶ瑞希を、オリヴァーが助け起こして椅子に座らせた。
シュワルツ公爵が静かに語る。
「だから、お前の今の体内魔力環境で、術式を成立させること自体が神の奇跡だと、何度言えばわかる。
いくら場の力を借りようと、本質は何も変わっていない。
それどころか、場に残る一年前の記憶を魔術的要因にするなど、並の魔導士が出来る事ではないぞ?
――ともかく、そんな命の危険を伴う行為は慎め」
瑞希がむくれながら応える。
「死ぬ感じは全くしなかったし、できると思ったからやっただけだし!
危ないことなら事前にわかるよ!」
レッド公爵が苦笑を浮かべた。
「我ら上位四頭の竜ですら理解が及ばない存在だ。
そんなことを平然とこなせてしまえても、不思議ではないんだがね。
瑞希のやることに関しては、『考えたら負け』と思うしかないね」
シュワルツ公爵が瑞希に尋ねる。
「それで、なぜ今日は白竜神殿に行ったんだ?」
「ああリーゼロッテに、祈りが終わったらちょっと聞いてもらいたいことがあったんだよ。
『この場所でリーゼロッテが祈ることに、どんな意味があるのか』ってね。
だって、この土地って封印されてる悪魔が居ない国でしょ?
シュトルム領とデネブ領は別として」
「それで、創竜神様は何と? 直接言葉を交わしたのだろう?」
瑞希が頬を染めて応える。
「……世間話してたら、聞きそびれちゃった」
オリヴァーが遠い目になった。
「我が神と世間話して時間を潰すの、できればやめてもらってもいいですかね……」
リーゼロッテが瑞希に告げる。
「じゃあ明日、私が神殿で聞いてきてあげるよ」
「え? すぐ済むし、今ここで聞いちゃえばいいじゃない」
リーゼロッテが眉をひそめた。
「いくら竜の寵児でも、会話できる場所は限られるんだよ?
ここじゃあ創竜神様の声が届かないよ」
瑞希が小首を傾げた。
「できない訳が無いよ。あの場所で会話できるんだから、ここでも会話できるよ?」
リーゼロッテがむくれて応える。
「いくら非常識のミズキでも、創竜神様のことで私にできない事をできる訳、ないじゃない!」
今度は瑞希がむくれた。
即座に簡易の即興術式を組み上げて声を上げる。
「ちょっと創竜神! 聞こえてるでしょ? 質問に応えなさい!」
『ええっ?! 瑞希様?! なんで声が届くんですか?!』
「そんなことは後回し! 『この王都でリーゼロッテに祈らせる意味』は何?!」
『あ、はい。
――そこの霊脈の構造だと、周辺国家に祈りが届きやすいんですよ。
ですから、リーゼロッテには全体的に封印を強化してもらう役割を担ってもらおうかなーって。
もちろん、他の巫女たちも使って、封印はさらに強化してますよ』
「それでリーゼロッテに、この地で結婚してもいいって言ったんだね。よくわかったよ、ありがとう」
『……ところでこの会話、外部に漏らすのやめてもらってもいいですか?
私の威厳とか威光が陰るんで、勘弁してほしいんですけど』
「ここに居るのは身内だけなんだからいいじゃない。
細かいこと言わないの! もう疲れたから切るね」
瑞希がリーゼロッテの顔の前で肩をすくめ、半目でニヤリと笑って見せた。
「……できたけど?」
リーゼロッテは涙目で悔しそうに歯ぎしりをしている。
レッド公爵とシュワルツ公爵は黙って苦笑を浮かべていた。
オリヴァーとカタリナは言葉も出せず、事態を理解できていないようだ。
リーゼロッテが涙目でレッド公爵に泣きついた。
「赤竜おじさま! どうしてミズキはあんなことができるの?!」
レッド公爵が苦笑を浮かべたまま応える。
「創竜神様でも理解できない事を、我々が理解できる訳が無いだろう?
なぜかできてしまった、としか言えないんだよ。
――瑞希、何をやったんだい?」
瑞希が腕を組んで満足げな笑みで応える。
「霧の神と会話する時の応用だよ。
自分の魔力の波長を、創竜神の波長に合わせただけ。
ここは神殿から近いし、それだけで会話が出来る気がしたんだ。
――つまり、ただの魔力制御だよ。
術式は、会話の内容をみんなに聞かせる為の、簡単なものだね」
シュワルツ公爵が頭を抱えていた。
「だから、どうしてその体内魔力環境でそんな芸当が出来るんだ。
神の魔力に波長を合わせるなどという真似、我々ですら不可能だぞ」
瑞希がけろりと言い返す。
「慣れたら簡単だよ。やらないからできないだけだって。
今の私に出来て、リーゼロッテや赤竜さんや黒龍さんにできない訳、ないじゃない」
オリヴァーがぽつりと呟いた。
「だんだん理解してきました。
本当に『考えたら負け』、なんですね……。
その上で自覚してくれない、と。
厄介な人なんですね」




