71.静かなる丘の王子
「オリヴァー・アルト・シュティラーヒューゲル第一王子です。
先ほど、ソニアの夫として国王陛下に認めて頂きました。
つまり現在はソニアの婚約者、来年には夫となる予定です」
目の前に現れたのは、明るい碧の髪の毛と、深い緑の瞳を持った優しい印象の美青年だった。
(うわ、ウィッグじゃなくて地毛……さすが異世界……)
ドライセン王国は、元の世界の人間と同じような雰囲気の人間ばかりだった。
異世界感バリバリの人間に会うのは、今回が初めてだ――自分を除けば、だが。
瑞希は動揺を隠しながら、微笑みを張りつけて応える。
「瑞希・ニーア・ドライセン王太子妃ですわ。
よろしくお願いいたしますわね、オリヴァー王子。
あなたのような方が弟になるだなんて、光栄ですわ」
ソニアが鋭く切り込んでいく。
「姉様、地をさらけ出して話して下さって構いませんわよ?
オリヴァーには『リーゼロッテと同じ感じよ』って伝えてありますし」
「なんで本人の許可なくそういう事ばらすかな?!
これでも王太子妃としての面子ってものがあると思うんだけど?!」
ソニアが肩をすくめた。
「姉様の傍に居ると、『威厳』とか『威光』とか、ちっぽけすぎて無価値に思えますから、気にする必要はありませんわ。
常識に羽が生えて遥か世界の彼方に飛んでいってしまいますもの」
「どういう意味?! 非常識の塊だってソニアも言いたい訳?!」
「あら、もう誰かに言われてしまったのですか?
それでもなお、まだお認めにならない……これはやっぱり、手が付けられませんわね」
ソニアが冷めた笑みで首を横に振っていた。
「なんでみんなして私を非常識扱いするのかな?!
私は普通の、平凡な十五歳だったんだよ?!」
「ですが、神の手で異世界に連れてこられてマッハで魔導を上達させて人間離れした魔術ばかりお使いになる化け物におなりですわよね?
あげくの果てには神の子をお腹に宿すとか、これが非常識の塊じゃなかったら何が常識なのか見失ってしまいますわよ?」
「好きで宿した訳じゃないんだけど?!
私だって祖先の魂が子供に宿るとか予想外だよ!
しかもとんでもない奇跡を平気で起こして『たいしたことない力』とかほざくし!
そんな子供の育児をこれからする身にもなってくれる?!」
ソニアが柔らかく微笑んだ。
「申し訳ありませんが、その頃私はシュティラーヒューゲルで王子妃となっているはずですので、お手伝いはできませんわね。
出産後、しばらくはこちらに居ますけども、姪っ子の顔を確認出来たらあちらに移住いたしますわ」
「え?! 学院はどうするの?」
「退学、ですわね。通えなくなりますし」
「社交界の友人とは疎遠にならないの?!」
「仕方ありませんわ。この国とシュティラーヒューゲルは距離がありますもの。
あちらで改めて友人を作って参りますわ。
それに、異世界で友人を作るよりは、ずっと簡単だと思いますわよ?」
「そうなんだよねぇ……大変だったよ……それでもほとんど増やせてないけどさー。
私も退学して育児に専念するし、ある程度したら社交界に出ないといけないかと思うと気が重たいんだよー。
――こうして話せる相手が減るの、すっごい寂しいんだけど。どうにかならない?」
ソニアがニコリと微笑んだ。
「霧の神は『できる範囲で力になってほしい』と仰ってました。
私は遠くシュティラーヒューゲルから姉様の非常識な人生を応援いたしますわ」
「いーじーわーるー!」
ソニアがクスクスと笑い、呆気に取られていたオリヴァーに向き直った。
「――ご覧のとおり、十二歳のリーゼロッテとだいたい同じ精神年齢ですの。
ご理解いただけまして?」
リーゼロッテが唇を尖らせた。
「ちょっと! 私は竜の寵児としての自覚をもって生きてきたよ!
霧の神の眷属の自覚がほとんどないミズキと一緒にしないでよ!
それにもうすぐ私は十三歳だよ!」
「あ、一応少しはあるって認めてくれるんだね……」
思わず瑞希がこぼしていた。
ソニアがリーゼロッテの頭を撫でていた。
「そうね、この冬でリーゼロッテも十三歳ね。
そういえば姉様と兄様の誕生日ももうすぐですわね」
「ああ、そういえばそうだね。私は今年で十七歳だ。
――オリヴァーさんは今年で何歳なの?」
オリヴァーがおどおどと微笑みながら応える。
「えっと、今年で十六になりました」
「ふーん、じゃあソニアと同い年ってこと?
第一王子が十六歳って、ずいぶん若いね?」
「両親が若いので。弟が二人おります。
まだ幼いので、連れてくる事はできませんでしたが」
「ふーん……子供は何人くらい産ませるつもり?」
「はい、やはり四人か五人は欲しいかと」
ソニアが顔を真っ赤にしてむせていた。
「姉様?! 初対面でなにをお聞きになってますの?!」
瑞希がニヤリと笑った。
「私の時には『王族の責務がどうちゃら』って澄まし顔で言ってたのに、自分のことになると照れるんだね?
――どう? 実際に言われると恥ずかしいでしょ?」
ソニアが悔しそうに口を引き結び、真っ赤な顔で俯いていた。
「それにしても四人か五人……
オリヴァーさん、案外、性欲旺盛なタイプ?
ロールキャベツ系男子なのかな?」
「オリヴァー、で結構ですよ。
そうですね。どちらかというと、がっつり食べる方だと自覚しております」
ソニアが真っ赤にな顔でオリヴァーに叫んでいた。
「オリヴァー?! それ本当に?!」
「夜を明かしてもソニアを解放してあげられるか、自信が持てません。
今から初夜が楽しみですね」
軽妙な笑い声を上げるオリヴァーの肩を、瑞希が叩いた。
「オリヴァー、それは止めてあげて。
いくらソニアに体力があっても、身体が持たないから。
それに付き合うの、ほんと~~~~~に大変なの。
ほどほど……ほどほどにね?!」
瑞希の視線は背後のアルベルトに向かい、アルベルトはさっと目をそらしていた。
オリヴァーが残念そうに応える。
「そうですか……では、ソニアが三回気絶したらそこで止めますね」
「どういうことですの?!」
ソニアが秒で食いついていた。
その肩を、瑞希が優しく叩く。
「よかったね、たった三回で済ませてもらえるって。
優しい夫だと感謝するといいよ?」
「兄様はどれだけ烈しい人だったんですか?!」
ソニアの視線を受け、アルベルトがそっと背を向けて紅茶を飲んでいた。
瑞希が微笑んでオリヴァーに告げる。
「まぁでも、最初の三日くらいは全力でもいいんじゃない?
ソニアは私より体力あるし、その後にお互い話し合って丁度いい回数を調節すれば!」
「そうですか! そうですよね! いやあ、今から楽しみだなぁ!」
とても爽やかな微笑みを浮かべるオリヴァーを、瑞希が微笑ましく見つめていた。
(ああ、かんっぜんにアルベルトと同じタイプだ)
その後も、真っ赤な顔で狼狽えるソニアをおもちゃにしながら、瑞希はオリヴァーとのコミュニケーションを楽しんでいった。
****
夕食の時間となり、食卓に新しい顔が加わっていた。
「ソニア、なぜ私に背中を向けて座っているんだ?
教えてくれないだろうか」
「知りません。ご自分の胸に聞いてください」
つんとそっぽを向いているソニアに、瑞希が告げる。
「どうしたの?
何をそんなにふてくされてるの?」
ソニアは反応せず、目をつぶってそっぽを向いたままだ。
「そっか。オリヴァーはもういらないんだ?
じゃあ、私がオリヴァーをもらっておくね」
「――姉様?! それはどういう意味ですか?!」
慌てて振り向いたソニアに、瑞希はにんまりと笑って見せる。
「ソニアって、実はブラコンだったんだね。
オリヴァーはアルベルトによく似てるよ。
それだけ仲が良かったんだね。
――そんな相手なら、私もちょっと興味がわくし、愛人として囲ってしまってもいいかなって」
「姉様ってば?! なにをらしくない事を仰ってるんですか?!
第一、オリヴァーの意志はどうなるんですか?!」
「えー? オリヴァーは敬虔な創竜神の信徒なんでしょ?
なら私が『愛人になれ』って言ったら、断れないんじゃない?」
ソニアがおそるおそるオリヴァーの瞳を見つめた。
オリヴァーは爽やかな笑顔で応える。
「もちろん、私にはそれを断る権利がありませんね!
創竜神様は『霧の神に従え』と仰ってましたし。
霧の神の眷属であり、現在は霧の神の代行者とも言えるミズキ殿下には従わねばなりません」
瑞希がわざとらしくオリヴァーの胸にしなだれかかって見せた。
「ソニアが『要らない』って言うなら、私の遊び相手としてオリヴァーをもらっちゃっても……いいよね?」
「だめです! いくら姉様でも、オリヴァーは渡せません!」
ソニアは慌ててオリヴァーの体を瑞希から引き剥がし、抱え込んで居た。
そんな必死なソニアの顔を見た瑞希が、ニヤリと楽しそうに笑っていた。
その笑顔で全てを悟ったソニアが、顔を真っ赤に染めて俯いて瑞希に告げる。
「……姉様、これはさすがに、意地が悪いのではありませんか?」
「そうかなー? 夕食の席でもへそをまげてるソニアを、ちょっと素直にさせただけじゃない」
「王太子妃ともあろう者が、他の異性にしなだれかかるなんて……そういう遊びも、姉様らしくありません」
「人妻をやってもうそろそろ一年、子供もできたんだよ? このくらいはなんとも思わなくなるよ」
ヴォルフガングが微笑んで告げる。
「今のミズキは、お腹の子の影響を強く受けているそうだからね。
きっとお腹の子の性格が、そんないたずら好きの性格なのだろう。
多少らしくないのは、仕方がないだろうね」
アルベルトが小さく息をついた。
「遊んでないで、冷める前に食べてしまおう」
和やかな夕食の時間が進んでいく中、唐突にリーゼロッテが隣のカタリナに尋ねる。
「ねぇカタリナ、子供を作る時って、女は大変なの? 気絶するとかしないとか、相手をするのが大変だとか、よくわからなか――」
「殿下はそのようなことを知る必要がございません。お気になさらず、お食事をお楽しみください」
「……はい」
しょんぼりと肩を落として、黙々とフォークを進めるリーゼロッテに、ミハエルが微笑んで告げる。
「そういうことは、これから私が勉強することになってるよ。
そうしたらリーゼロッテにも教えてあげるよ!」
カタリナが絶妙に複雑な表情で苦悩しているようだった。
どうやら子作りの知識を与えたくないらしいが、相手はリーゼロッテの婚約予定者。
ならば踏み込むべき関係でもないのかと、傍仕えとしての在り方に頭を悩ませているのが見て取れた。
ヴォルフガングが人の良い笑みでリーゼロッテに告げる。
「ははは、そういうことは人によっても変わるんだ。穏やかに子供を作る夫婦も、当然居る。
あれは単純に、アルベルト殿下やオリヴァー王子が、普通の人よりとても烈しい人だ、という話だよ。
おそらくミハエル殿下は、穏やかに子供を作る夫となるだろう。
リーゼロッテ王女が心配をする事は、なにもないよ」
瑞希がカタリナに尋ねる。
「ねぇカタリナ、リーゼロッテってもう十三歳になるんでしょ?
そんなに無防備な状態にしておいていいの?
少しはきちんと教えた方がよくない?」
カタリナが真顔になって応える。
「リーゼロッテ殿下は王女と言う肩書をお持ちですが、竜の寵児であらせられます。
社交界にお出になることもなく、神殿で礼拝を続ける人生を歩まれます。
周りには我々傍仕えが居ますので、不逞な輩を近付けることもありません。
心配はご無用です」
「ふーん……竜の寵児もよくわからないんだけど、そんなリーゼロッテがミハエルと結婚なんてできるの?」
リーゼロッテが元気になって応える。
「創竜神様は『結婚したいの? いいよー』って言ってたし、結婚して子供を産む寵児が居ない訳じゃないんだよ。
それに、今までは各地を巡らされてたけど、『結婚するならそこで祈っといてー』って言ってたから、ミハエルの妻にはなれると思うよ!」
「えっと……創竜神ってそういう言葉遣いを本当にするの?
私たちの前に現れた創竜神は、もっと神様というか、王様っぽい口調だったんだけど……」
リーゼロッテが小首を傾げた。
「あーあの映像、私も見てたよ。
いつもはあんな話し方をしないのに、らしくないよねって創竜神様に言ったら『いやー、さすがに信徒に示しがつかないからさー』って言ってたよ?」
「……ちなみに、普段リーゼロッテと話してる時の創竜神だったら、どんな感じになってたと思う?」
「んーと多分――」
『俺俺。わかる? 創竜神なんだけどさー。
信徒にしておくにはまずい人間が、なんかいっぱいいるねー。
”霧の神に従え”って、言っておいたはずなんだけどなー?
そういうの、困るんだよねー。
しょうがないから、全員破門ね』
「――って感じかな?」
その場の人間の頬が引きつっていた。
体験した事実とのあまりの剥離に、ただ戸惑っていた。
『オレオレ詐欺』みたいな入りからして、瑞希は頭がくらくらしていた。
「創竜神、そんなにフランクなの? それでも結局破門は破門なんだ?」
レッド公爵が微笑みながら告げる。
「竜の寵児は、竜種に愛される人間だ。
それは創竜神様も含めて、竜種全てが当てはまる。
竜種は寵児の前で、態度を軟化させるんだよ。
それが神託での言葉遣いに現れているのだろう」
シュワルツ公爵が続く。
「神の言葉を信じられない者が『信徒』の資格を剥奪されるのは当然だろう。
神を信じてこその信徒だ。
信徒が神を信じて捧げる祈りこそが神の力であり、悪魔を封ずる力となるのだからな」
瑞希が感心しながら応える。
「へー、創竜神もそうなんだ? 霧の神も『信徒の祈りが力の源だ』って言ってたよ。
この世界の神様って、みんなそうなのかな?」
レッド公爵が頷いた。
「少なくとも、古き神はそうだったと聞いている。
全ての神のことを知っている訳ではないから、『この世界の神全て』がそうかは、断言が出来ないな」
ソニアが静かにグラスを傾けた後に告げる。
「……ふと思ったんですけど、この場に神と直接対話したことのある方、多くありません?
ちょっとそういう方は挙手して頂けますか?」
瑞希とリーゼロッテ、レッド公爵とシュワルツ公爵――だけじゃなく、ソニア以外の全員が手を挙げていた。
ソニアが戸惑うように声を上げる。
「どういうことですの?! みなさんいつの間に神と話したんですか?!」
オリヴァーがソニアに優しく微笑んで告げる。
「伝承にある創竜神様の眷属である赤竜と黒龍、さらには霧の神の眷属であるミズキ殿下と、我々は会話をしている最中ですよ?
三人とも神の血脈、つまり神同然の存在です。
当然、この場の全員が手を挙げますよ」
リーゼロッテが、こてんと首を横に倒してソニアを見た。
「もしかしてソニア、ミズキが神様だと思ってなかったの? 器は人間だけど、概念は神様なんだよ?」
ソニアは言葉を失って乾いた笑いを上げていた。
瑞希が小さく息をついた。
「その神の眷属が生む子供も、神の眷属だよ。
ソニアはこれから神の叔母になるんだから、しっかりしてよね?」
「……常識に帰ってきて欲しいですわ」
ソニアの虚しい呟きは、和やかな笑いに包まれる夕食の空気に溶けて消えて行った。




