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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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66.迎撃

 ――十月。季節は流れ、秋となっていた。



 魔力は相変わらず巧く扱えず、ろくな魔術を行使できていない。

 得意だった情報戦の、一切が封じられていた。


 瑞希は細々ほそぼそと講義を受けながら、暇な時間はリビングで書類を眺めて過ごしていた。


「北方諸国連合軍、凄いことになってるね。

 ドライセン王国の軍事同盟国だけじゃなく、彼らの関連同盟国まで参加してくるなんて。

 デネブ国王って、やり手なんだねぇ」


 ドライセン王国より北方に位置する国家、その過半数以上の名前が書類にはしるされていてた。


 アルベルトが微笑んで応える。


「我が王国軍は増強が済んで第一軍と第三軍、合わせて三万。

 第二軍一万はシュトルム領をしっかりと守っている。

 これに北方諸国連合軍五万が東方に睨みを利かせているからな。

 二方向から攻められるくらいなら、なんとか持ちこたえられるのではないかと思う」


 瑞希が書類のページをめくった。


「霧の神の信徒の志願兵……五万人も居るの?!

 凄い人数じゃない?!」


 アルベルトが頷いた。


「ああ、予想を遥かに超える人数だ。

 生きた壁にしかなれないが、それでも下手な国家の侵攻など押し返せる程の人数だ。

 白竜教会の私兵団も各国から集まり、三万人ほどが国内に常駐している。

 合計八万人が南方を固め、守ってくれている。

 数万規模の正規兵を相手取るのは難しいが、一万くらいなら押し返せるはずだ」


 瑞希が書類のページをめくって数字を確認して考え込んだ。


「……でも、人数が多すぎて食料がギリギリだね。

 収穫直後なのに、市民も冬を越すのが精一杯じゃない? これだと」


「なるだけ持ち込んでもらってるんだが、国内に居る人間に配給しない訳にもいかないからな。

 最悪のケースで王都まで攻め込まれても、籠城ろうじょうする余裕はないだろう。

 お前の出産が終わり冬が明ける頃、国外から食料を買い求めることになるな。

 志願兵たちに支給する武具で、正規兵の備品も払底ふっていした。

 とても長期戦が出来る状態とは言えない」


 瑞希が書類のページをめくる。


「……白竜教会の私兵団は、国外でも備えてくれてるんだ?」


「これ以上は国内で抱え込めないからな。

 各国の国境で軍事行動の邪魔をするような形で協力してもらっている。

 彼らとしても、自分の国の方が過ごしやすいしな」


「西方はそんな対応になってるんだね。

 ……東方と南方は、情報が入って来てないね」


「東方諸国とは、もともと疎遠そえんだ。

 南方はやはり、情報を伏せているようだな。

 どちらもいつ動くのか、監視を続けている最中だ」


 瑞希が書類を閉じてテーブルの上に置いた。


「――はぁ。とんでもない出費になっちゃったね。

 これに加えて食料の買い付けなんてしてたら、国庫がからになっちゃうよ」


 アルベルトが苦笑した。


「戦争など、そういうものだ。

 国外の白竜教会影響下にある商人から、なるだけ安く買い付けられないか、今から交渉している。

 だが彼らとしても、戦争は稼ぎ時だ。

 割り引いてもらっても、平時より割高になるのは避けられないだろう」


「なんとか出産まで持ちこたえて次の収穫を迎えたとしても、また攻めてこられたら耐えられないね……」


「その時は心苦しいが、ミズキの魔術に頼るしかないな。

 お前がアルトストック軍を追い払った時の力を見せつければ、もう攻めてくる国は居なくなる。

 だが来年から税率をしばらく上げるしかなくなるし、民衆の不満は高まるかもしれない。

 国民には、苦しい思いをさせることになるな」


 瑞希が大きなため息をついた。


「そっかー……。

 せっかくお祝いしてくれた人たちに負担ばかりかけて、申し訳ないなぁ。

 その分、きちんと良い国にしていかないといけないね!」


 アルベルトが力強く頷いた。


「ああ、もちろんだとも!

 そのためにも、この苦境をきっちり乗り越えないとな」



 王太子の部屋に、兵士が慌ただしく駆け込んできた。

 アルベルトが立ち上がりながら振り向いて告げる。


「何事だ!」


「敵襲です!」


 アルベルトがけわしい顔で告げる。


「どこからだ!」


「北方、シュライヴ皇国が動きました!

 斥候からの報告で、数はおよそ二万!

 現在、ルートヴィヒ侯爵率いる第一軍が迎撃の準備を進めています!

 マイヤー辺境伯率いる第三軍も、半数がそちらに向かうとのことです!

 同時に、友軍に支援要請を出しています!」


 アルベルトが頷いた。


「ご苦労! 下がれ!

 何かあれば、また報告をしてくれ!」



 部屋から慌ただしく駆け出していく兵士の背中を、アルベルトはけわしい顔で見送っていた。


 瑞希も神妙な顔で俯いて思考を巡らせていた。


「多分、同数程度をぶつけて足止めして、友軍と一緒に撃破するプランだね。

 シュライヴ皇国は白竜教会の勢力が弱いから、私兵団じゃ足止めにならなかったか」


 アルベルトがソファに腰を下ろし、ため息をついた。


「そのようだな。

 だが、予定通りだ。

 友軍と力を合わせれば、撃退は可能だろう。

 この隙を突いて東が動かなければいいんだが……」


「東に配置してる五万の兵を、全て動かす訳じゃないんだし、大丈夫じゃない?

 たとえ東が動いても、シュライヴ皇国を撃退した兵力が東に向かえば間に合うはずだよ。

 ちょっと忙しいだろうけどね」


「だが王都の守備が一万だ。

 霧の教会の私兵団を合わせても一万三千。

 これ以上は動かせない。

 あとは友軍に頼るしかない」


「王都の守備は誰が担当するんだろう?

 マイヤー辺境伯も北に向かっちゃうんでしょ?」


 アルベルトが顎に手を当てて考え込んだ。


「おそらく……残った人材であれば、シュトロイベル公爵家嫡男、マルティン・フォン・シュトロイベル伯爵だろう。

 第三軍の中で頭角を現していると聞いている。

 ここで活躍すれば、マイヤー辺境伯の跡を継いで第三軍司令官の話も浮上するんじゃないか」


「マルティンさんって……クラインの婚約相手?!

 はぁ……クラインにも心配させちゃうなぁ」


 アルベルトが苦笑して瑞希の頭に手を置いた。


「この状況で、安全な場所に居られる軍人など居ない。

 軍人の婚約者なら、その程度は織り込み済みのはずだ」





****


 ――王太子のリビング。


 王都から二万の兵が北へ向かって数日が経過した。

 学校を休んだミハエルやソニアもリビングでソファに腰を下ろしている。


 ソニアがため息をついて告げる。


「これで、勉強の遅れを取り戻すのが面倒になりますわね」


 アルベルトが苦笑して応える。


「王族は身の安全が最優先だ。諦めておけ」


 ミハエルは楽しそうに紅茶を飲んでいる。


「私はリーゼロッテと一緒に居られる時間が増えて嬉しいです!」


 少し低くなった声でミハエルが応えた。

 リーゼロッテと仲良く微笑んで、不安を感じている様子はなさそうだ。

 瑞希がミハエルに告げる。


「背も高くなってきたし、声変わりしてきて、ミハエルがだんだん男性っぽくなってきたね」


「姉上? 私も十一歳ですよ? 少しくらいは大人に近づきますよ!」


 リーゼロッテが頬を染めて微笑んだ。


「可愛いミハエルも好きだけど、男らしいミハエルも好きだよ?」


 頬を染めて見つめあうミハエルとリーゼロッテを見たソニアが、小さくため息をついた。


「羨ましいですわね……私の相手、早く見つかるとよろしいのですけれど」


 アルベルトが微笑んでソニアに応える。


「今回で戦功のあった有力貴族子息の中から、何人か候補が出るだろう。

 その中に相性のいい男がいることを願っておけ」



 唐突にリーゼロッテが天井を見上げ、立ち上がったあと、窓に向かって歩き出した。

 ミハエルが小首を傾げ、その背中に声をかける。


「リーゼロッテ? どうしたの?」


「……何か来るよ。あっちの方角から」


 アルベルトがリーゼロッテに目を走らせた。


「その方角は東……東方諸国が動くというのか。

 タイミングが悪いな。

 だが友軍で持ちこたえさせられるはずだ。

 ――ともかく、状況の確認を指示してくる」


 アルベルトが立ち上がり、部屋を出ていった。


 まだ窓の外を無感情に眺めているリーゼロッテに瑞希が近づき、声をかける。


「ねぇリーゼロッテ。どうしてまだ見ているの?」


「……なんだか嫌な感じがするから」


 友軍が負ける、ということだろうか。

 それほどの大戦力を東方諸国が差し向けたとしたら、王都などひとたまりもないだろう。


 瑞希が静かに告げる。


「ザビーネ、近衛騎士たちに連絡を。

 どんな状況にも即応そくおうできるよう、準備を急がせて。

 最悪でもミハエルが生き残れば、ドライセン王家の血は残る」


 ザビーネが黙って頭を下げた後、部屋を出ていった。

 ミハエルが驚いて瑞希に振り返った。


「姉上! それはどういう意味ですか!」


 瑞希が静かな表情で告げる。


「敵の狙いは私の命。

 最悪の場合、私が囮になるよ。

 その間にミハエルは逃げて。

 リーゼロッテはレッド公爵が必ず守ってくれる。

 ミハエルはリーゼロッテの国、シュティラーヒューゲル王国に身を寄せるのがいいんじゃないかな」


 涙目のミハエルが瑞希に叫ぶ。


「そんなの駄目ですよ! 姉上も一緒に逃げましょうよ!」


 瑞希が柔らかく微笑んだ。


「私はもう、ドライセン王国の王太子妃。

 王家の血を残すことが私の役目。

 簡単に死ぬつもりなんてないけど、血が絶えるのを見過ごすわけにもいかない。

 ミハエルは保険なんだよ。

 アルベルトと私が命を落として王国が攻め滅ぼされても、ミハエルが生き残って居ればドライセン王国を再建することができる。

 だからミハエルも、自分が生き残ることを一番に考えて。

 あなたも王子なら、その覚悟はできているでしょ?」


 ミハエルは唇をかみしめて涙をこらえ、頷いた。

 そんなミハエルの肩に、リーゼロッテが静かに寄り添っていた。





****


 ――数日後、王太子のリビング。


 ミハエルとソニアは別室で近衛騎士に護衛されていた。

 リーゼロッテとレッド公爵は、ミハエルと共に居る様だ。

 室内には瑞希とアルベルト、シュワルツ公爵だけが居る。


 アルベルトが苛立つように呟く。


「そろそろ斥候が戻ってもいい頃なんだが……遅いな」


 瑞希がその手に手を重ねて告げる。


「焦らないで。やれることは全てやっているはず。

 ――そんなに不安なら、友軍の様子を見てみようか?」


 驚いた様子でアルベルトが顔を上げた。


「……今のお前に、それができるのか?」


 瑞希が苦笑を浮かべた。


「やってみないと分からない。

 でもそれで何かがわかるなら、先に手を打てるかもしれないし」


 瑞希が手のひらの上に火を作り出した。

 火は大きくまたたき、不安定に燃え続けている。

 瑞希は苦しみながら術式を積み上げていった。


「――ああもう! 言うことを聞け! 私の魔力!」


 火の中に乱れた画面が現れ、男性の姿が映し出された。

 その顔は、暗く沈んでいるように見える。


 アルベルトが見定めるように画面を凝視していた。


「これは……ラニエロ公爵か」


 瑞希が玉のような汗を額に浮かべながら応える。


「そうだよ。彼は王都に居るね。

 ――ここから、デネブ王国軍を辿る!」


 再び火が大きく揺らめき、画面が乱れた。

 しばらくすると再び乱れた画面に、馬にまたがった騎士の姿が映った。

 瑞希が魔力制御に苦しみながら告げる。


「……はぁ。これがデネブ王国軍の軍人。

 ラニエロ公爵に一番近しい人しか辿れなかった。

 位置は……王都の東?! なんで?! 国境付近じゃないの?!」


 計画では、東方諸国との国境付近に五万の兵士を配備するはずだった。

 王都の東などという、こんな近いところに居るわけが無い。


 アルベルトの表情がけわしくなった。


「そういうことか……斥候が戻らない訳だ。デネブ国王に一杯食わされたな。

 ――今すぐ陛下に報告してくる!」


 アルベルトは立ち上がると、慌てて駆け出していった。


 ≪現在視≫を解除して、瑞希も大きくため息をついた。


「――はぁ! きっつー! あの程度でこんなに疲れるなんて、我ながら情けないなぁ」


 シュワルツ公爵が静かに告げる。


「いや、そんな滅茶苦茶な体内魔力環境で、よくもそれだけの高等魔術を発動したものだ。

 下手をすれば命を削る。それ以上はやめておけ」


 瑞希は乱れた息を整えながら、無言で頷いた。


「……ふぅ。

 デネブ王国の裏切り、か。

 シュライヴ皇国とも共謀きょうぼうしてたってことかな。

 ドライセン王国軍の大半を北に引き付けているうちに、東から抵抗しようがない大兵力で一気に殲滅せんめつするって感じか。

 この分だと、東方諸国とも連合軍を組んでそうだなぁ。

 最低でも五万の敵軍……どうしようもないね」


 東と組んでいなければ、北方連合軍は、ドライセン王国軍と東方諸国軍に挟撃きょうげきを食らう形になる。

 それを避けるため、利害が一致している東方諸国とも手を組んだと見るべきだろう。


 シュワルツ公爵が告げる。


「敵は東方だけなのか?」


「――南方からも攻めてくるっていうの?!」


「北と東が組んでいたのだ。

 南と組んでいない保証などあるまい」


 瑞希は言葉を返せなかった。

 ここまで徹底してくるのであれば、それは当然考えられる。

 三方向からの包囲攻撃――自分がそこまで恐れられていることを、瑞希はようやく自覚していた。

 ならば西側も呼応していると見るべきだろうが、白竜教会の私兵団が防戦に成功していることを祈るしかない。


「あはは……これは、覚悟を決めなきゃいけないかなぁ」


 乾いた笑いを上げながら、瑞希はソファにもたれかかった。


「逃げるという選択肢はないのか?」


「全ての方向を囲まれて、どこに逃げるっていうの?

 王都を捨てて、シュトルム領かな?」


 王都に残った全軍で急いで移動すれば、間に合う可能性はある。

 だがそれは、北に向かったルートヴィヒ侯爵やマイヤー辺境伯、そして王都市民を見捨てる選択肢でもあった。

 王都で粘る方法があるなら、帰る場所は守り抜いた方が良いだろう。

 彼らも友軍が現れない事を不審に思い、東方の異変を察知すれば、王都に戻ってくるはず。

 合流してから第二軍が居るシュトルム領に落ち延びるのが、今取れる最善に思えた。


「クラインたち貴族子女の保護も必要だし、移動には時間がかかるよ。

 今残っている軍だけで王都を捨てたら、それこそ移動中に蹂躙じゅうりんされて終わっちゃう。

 北に向かった第一軍と第三軍が、早く戻ってくる事を祈ろう」


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