65.初代様との邂逅
――王宮のサロン。
魔導学院馴染みの面々が、腰を下ろして紅茶を嗜んでいた。
クラインがカップに目を落としながら瑞希に告げる。
「そう……やはり、退学してしまうのね。
一緒に卒業できないのは、とても残念ね」
「あはは……私もそう思うんだけど、学院に通ってももう、教養科目を習うだけだし。
お腹の子がとんでもない子だってわかったら、とても学院に通ってる余裕があるとは思えないからさ。
アルベルトやソニアの警護は、学院内に近衛騎士を入れる方向で調整するみたい」
ゲルトが瑞希に告げる。
「確かに、周りの各国関係者がほとんど信用できないんじゃ、近衛騎士を入れるのは仕方がないな。
だがお腹の子はその後どうなんだ? 声は聞こえるのか?」
瑞希がゆっくりと首を横に振った。
「あれからはまた黙ってるね。
なんだか寝坊助な所も霧の神そっくりだよー」
『え、お母様そっくりだなんて言われると照れちゃうな。
でも胎児なんだよ? 寝ている時間が多いのは当たり前じゃない?』
全員の目が急に瑞希に注がれ、瑞希はその視線を受け止めていた。
イーリスがおずおずとミズキのお腹に向かって声をかける。
「もしかして……今のは、お腹の子の声?」
『そうだよ? あなたたちには直接声が届かないだろうから、≪念話≫の術式で話しかけてるんだ。
はじめまして、瑞希の友人たち。
久しぶりに魔術を使うし、この体だと加減が巧くできるか分からないから、苦しかったら遠慮なく言ってね』
ゲルトが頬を引きつらせた。
「腹の中に居る時から魔術を使う子供、か。
確かに、これは学校に通いながら育てられる子供じゃなさそうだ」
アリシアは静かに紅茶を口に運んでいた。
「ミズキ殿下の子供なのよ? 非常識の塊が非常識の塊を産むだけですもの。
これはそんなに驚く事なのかしら?」
ロルフが微笑みながらアリシアに告げる。
「いやあ、さすがアリシア様だなぁ。
私は驚いて、紅茶を零しかけましたよ」
コルネリアが白い目でロルフとアリシアを見つめた。
「そう言いながら、ロルフ様もいつもとかわらないわよ。
ほんとあなたたち、いい夫婦になりそうね。
――ねぇ、初代様って言ったっけ? 一つ聞いてもいい?
前から不思議だったんだけど、霧の神の子供がなぜ人間の世界、それもミズキの世界に居たの?」
『あなたも中々いい度胸してるんじゃない? コルネリア。
――私は霧の神が地上に残した最後の子供。
霧の神も、元は人間だったんだよ。
神同然の魂を持った人間――それが、地上に居た頃の霧の神だよ。
そして最後の試練で命を落とし、神となった。
その子供であった私は、その結果神の子になったんだよ。
瑞希の世界に居たのは、ちょっと魔術の実験に失敗したからだよ。
お母様に会いに行こうと思って、神の世界に渡る魔術を使ったつもりが、転移先が瑞希の世界になっちゃってさ。
気が付いた時には……んーと、瑞希の知識だと、メソポタミア文明って言えば分かるかなぁ? そこに辿り着いてたんだよ。
時間も空間も世界も飛び越えてしまって、その時に私は力の大半を失くしちゃってさー。
帰れなくなったから、そのままそこで一生を終えたんだ』
クラインが困惑したように応える。
「魔術の実験で世界を飛び越えるとか、さすがミズキの祖先ね……
母親に会いたいからって神の世界に行こうと考えるのも、瑞希によく似てるわ。
メソ……なんとかはよくわからないけど、力の大半を失ってしまったの?
ミズキの祖先は、とても強い力を持っていたと言われていたのでしょう?」
『周りの人間からしたら、それでも規格外だったのは事実だね。
今の瑞希みたいな存在といえば、想像がしやすいんじゃない?』
アニエルカが、カップを震わせながら紅茶を口に運んでいた。
「ミズキ殿下みたいな非常識な存在、『とても強い力を持った人』として語り継がれてもしょうがないわね……
ミズキ殿下も、間違いなく後世に語り継がれる人間ですわ。
しかも生まれてくる子は、さらに強い力を持つだなんて……どんな子供になるのかしら」
ゲルトがアニエルカの肩を叩いた。
「無理をせず、狼狽えても構わないぞ?
ミズキ殿下で慣れている俺たちも、頭の中は真っ白だ。
質問をぶつけているコルネリアは別格だから、真似しようとしなくていい」
アルベルトが苦笑を浮かべていた。
「ゲルトの言う通り、これは驚くのが普通の出来事だ。
驚かなくなった私たちの真似を、無理にする必要はないさ。
――ミズキ? なぜ火の初級魔術なんて使ってるんだ?」
瑞希は手のひらに火を生み出しながら応える。
「あーうん、初代様が魔術を使ったことで、少しだけ今の体に慣れたみたい。
まだ簡単な術式くらいしか使えないと思うし、魔力制御は目も当てられないけど、全く使えない訳じゃないね。
これなら、出産が終わったら元通りの魔術を使えるんじゃないかなぁ」
『さすが、私の血を強く受け継ぐ子だよね……
今の乱れ切った体内魔力環境で、よく魔術なんて発動できるね。
それはもう、神の奇跡に等しいよ? 理解できてる?
その魔導センスだけは、私を上回るんじゃないかなぁ。
それを受け継ぐ私がどんな子になるのか、今から楽しみだね!』
アルベルトが瑞希のお腹に尋ねる。
「生まれてくる子は、間違いなく私とミズキの子でいいんだな?
そこだけは、今のうちに確認しておきたい」
『うん、そうだよ? 私の魂が宿るだけで、肉体も精神も、アルベルトと瑞希の子供であることは間違いない事実だよ。
ただし、性別はおそらく王女が確定してしまったね。
私という魂が宿ることで、女子である因果が決まってしまったはず。
何か不確定要素でも紛れ込まない限り、第一子で王子が生まれてくる事はないはずだよ』
「そうか……王子が生まれてくるまで、また励まないといけないな」
瑞希がジトっとした目でアルベルトを睨んだ。
「アルベルト……それって、みんなの前で宣言する事じゃなくない?」
「そうなのか? それはすまなかった」
クラインが小さく息をついた。
「王族の感覚は、一般的な貴族とも異なるものよ。
ミズキ殿下からしたら、許容するのが難しいのも仕方ないわ。
でも王家を維持し、国家を安定運営させる為にも王子は複数人欲しいのも確かよ。
そこは精一杯頑張って、たくさん男の子を生んでね」
「他人事だと思って気軽に言ってくれちゃって……
アルベルトの相手をするの、大変なんだからね?!」
イーリスが微笑みながら瑞希に告げる。
「男性に疲れたら、いつでも私がお相手して差し上げますわよ?」
「間に合ってます」
全員の頭の中に笑い声が響いた。
『あはは! 瑞希は友達に恵まれてるんだね!
こんな非常識な人間、恐れて距離をとってしまっても不思議じゃないんだけど。
この縁は、大切にした方が良いと思うよ?』
「言われなくても大切にするよ!
この世界で心から友達と言えるのは、ここに居るみんなと、ユリアンさんくらいなんだからさ。
――ソニア? どうしたの? 顔色悪いけど、大丈夫?」
顔面を蒼白にしたソニアが、おずおずと応える。
「……いえ、大丈夫ですわ。
私の姪がとんでもない子だと、今から気が重くなっているだけです。
――はぁ。伴侶を探すのが、また難航しそうですわね」
アルベルトが微笑んでソニアの肩に手を乗せた。
「お前が気負うことはない。
たとえ悪用する様な奴でも、それを許す私たちではないさ。
お前は自分と相性がいい相手を探す事だけを考えればいい」
瑞希も微笑んでソニアに告げる。
「そうだよ!
たとえ、この子を誘拐するような男でも! その時は拷問する程度で命までは奪わないでおいてあげるし!
心配しないで相手を選べばいいよ!」
クラインが白い目を瑞希に向けていた。
「さらっと怖いことを口にされるのね。
母親の自覚をもって、凶悪さが増したのかしら」
「そりゃあ自覚ぐらいはするよ。
あの日から急に胸が張るようになって、日常生活も大変なんだから。
それまでは気になる程の変化じゃなかったんだけどね。
ずっと頭が重たいし、巧く考えもまとまらないし。
でも周りの人の話だと、私はすっごい軽い症状なんだって。
そういうのが出にくい体質なんだろうね」
アリシアがぽつりと呟く。
「子供を産むのって、勉強をしたよりずっと大変そうですわね。
本当に、王家に嫁がなくて良かったですわ。
侯爵家なら、そこまで子供を産むプレッシャーは受けませんもの」
ロルフがのんびりと告げる。
「私たちは私たちなりに、授かったら産み育てる、くらいでよいのではないでしょうか」
コルネリアは暢気に紅茶を口にしていた。
「私は今のままなら、出産を経験する事もなさそうだし、みんなの応援だけしてるわね」
瑞希がジト目でコルネリアを睨んだ。
「ほんと、その立場は羨ましいな……。
私はこの子を育てながら王妃もやらないといけなくなるんだよ?!
私こそ気が重たくなるよ!」
「この国の命運はミズキ殿下の双肩にかかってるんだから、がんばってねー?」
和やかな時間がゆっくりと過ぎ去っていった。
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――某日、ドライセン国内、ドルトウム王国在外公館。
ライツラー侯爵が人払いのされた応接間で、ラニエロ公爵を迎えていた。
「貴公が私に会いに来るなど、何の用件だ?
現在、最も貴公らに警戒されている自覚ぐらいは持っているつもりだ」
深刻な顔のラニエロ公爵が、分厚い封筒をライツラー侯爵に手渡した。
「それは読み終わったら、すぐに燃やしてくれ。形に残されると困る代物だ」
怪訝な顔をしたライツラー侯爵が、封筒から書類の束を取り出して目を通していく。
読み進めるほど顔が険しくなるライツラー侯爵が、ラニエロ公爵に尋ねる。
「……こんな物を私に見せて、何をさせたいのだ?」
「あとは貴公に任せる。貴公の判断で動くがいい」
「……デネブ国王は、本気なのか?
私には貴公が何を考えているのか、全く理解できないが」
その書類の最後には、間違いなくデネブ国王の署名が記されていた。
「私は公爵家の人間だ。できることなど、これが精一杯、ということさ」
「この事を、彼らには知らせないのか?」
「そこまでは、いくら私でもできない。
苦渋の決断、といったところだ」
「何故私を選んだ? この書類を見せるのは、私でなくとも良かったはずだ」
ラニエロ公爵が肩をすくめた。
「貴公なら、もしかしたらと思ってな」
ライツラー侯爵が不敵に笑った。
「買いかぶられたものだ。
だがデネブ国王の意志、確かに受け取った。
言われた通り、後はこちらの勝手で動かせてもらおう」
「そうしてくれ。
――ミズキ殿下が魔術を使えない状態なのは、いつまでだと思う?」
「早ければ冬の前に力を取り戻す、という見方が多いが、私は恐らく出産まで続くのではないかと読んでいる」
「……そのことを、陛下に伝えても構わないか?」
ライツラー侯爵が再び不敵に笑った。
「好きにしろ。所詮は憶測。根拠などないからな」
無言でラニエロ公爵が立ち上がり、応接間を後にした。
ライツラー侯爵が火の術式で書類を燃やし尽くし、風の術式で灰を粉々に砕いていった。
そのまま立ち上がり、応接間の扉を開いて叫ぶ。
「今すぐ出かける! 急いで馬車の用意をしろ!」
応接間の扉が閉められ、無人の部屋には塵だけが残されていた。




