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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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64.懐妊祝賀会

 ――瑞希の懐妊を祝う夜会。


 会場の外、街でも多くの市民が瑞希の懐妊を祝って騒いでいた。

 出店の前で酒と言葉を交わしながら、この国の未来に思いを馳せているようだ。


 そんな光景を窓の外に見ていた瑞希が、室内に視線を移す――大勢の貴族たちもまた、懐妊を笑顔で祝っているようだった。

 だがちらほらと、今後のことをうれう顔もある。

 多少でも頭が働くならば、この国が置かれている状況などすぐに考えが至る。

 それについてどう動くべきか、頭を悩ませているようだ。



 瑞希はテーブルに用意された椅子に座って夜会に参加していた。

 その傍には近衛騎士が数名、たたずんでいる。


 会場内には普段より多くの近衛騎士が配備され、兵士たちは会場の外で厳しく目を光らせていた。



 瑞希は椅子に座りながら、来賓たちの祝辞を笑顔で受け取り、挨拶を交わしていった。

 その中には、各国外交官の姿もある。


「ミズキ殿下、ご懐妊おめでとうございます」


「ありがとうございます、ラニエロ公爵」


「ミズキ殿下が身重みおもの間は、我が王国軍が貴国の守備に加わるつもりです。

 他にも多数、北方の軍事同盟国が守備兵を派遣することになるでしょう。

 あなたが自由に動けない間、この国を守る盾となりましょう」


 瑞希が微笑んで応える。


「頼もしいですわ。頼りにしていますわね」


「今はあまり無理をしない方が良いでしょう。

 適度に控室に戻り、休息を挟んだ方が良いと思います。

 どうかご自愛ください――それでは」



 人の波が途切れると、アルベルトとレッド公爵が瑞希の元へ姿を現した。

 アルベルトが瑞希の肩にれながら、優しく微笑んで告げる。


「ミズキ。無理はせず、休息を挟むんだぞ」


 瑞希が微笑んで応える。


「ラニエロ公爵からもそう言われてしまいましたし、少し休息をとりましょうか」


 レッド公爵が微笑みながら告げる。


「それがいいだろう。

 ――その前に、ネズミを捕まえておかないとね」


 レッド公爵が会場の隅に居るヴォルフガングと目くばせを交わした。

 ――次の瞬間、会場に居る給仕や下位貴族たち五人が炎の縄で捕縛され、床に倒れ込んでいた。


 驚く瑞希に、即座にレッド公爵が耳打ちをする。


「驚いた顔をしてはいけないよ。

 いつものように、当たり前の顔をしておきなさい」


 瑞希は言われた通り、すぐに微笑みを張りつけて様子を伺った。

 打ち合わせたかのように、近衛騎士たちが指示を受けるまでもなく捕縛された五人を会場の外に連れ出していく。


 瑞希が小声でレッド公爵に尋ねる。


「どういうこと?」


 レッド公爵も小声で応える。


「見ての通りだよ。

 ここは私たちに任せて、控室に戻りなさい」


 瑞希は頷いて立ち上がると、傍に控えている近衛騎士三名に囲まれながら、会場の外に出ていった。





****


 控室では、シュワルツ公爵が待っていた。


「どうやら無事のようだな」


「さっきのはどういうこと?

 誰がとらわれたの?」


 シュワルツ公爵が苦笑を浮かべた。


「私たちはお前ほどの魔導は使えん。相手の素性まではわからんさ。

 赤竜が敵を検知し、ヴォルフガングがお前の術式を真似て捕まえる。

 そういう手筈になっているだけだ。

 傍目はためには、お前がいつも通りに捕まえたように見えるはずだ。

 取り調べは、のちほど行うことになるだろう」


「黒龍さんは、ここで何をしてるの?」


「控室に不信な輩が紛れ込まぬよう、見張っているだけだ。

 会場は赤竜とヴォルフガングが居る。私まで居る必要はないだろう。

 お前は近衛騎士から離れぬよう、心がけておけ」


「……これでごまかせるのかな。

 なんだか不安で怖いんだけど」


「お前は今まで、人間離れした魔導で周囲を把握しながら過ごしてきたからな。

 その全てを封じられて、未知という恐怖を久しぶりに味わっているのだろう。

 戻るのが怖ければ、体調がすぐれないと言ってこのまま部屋に帰っても構うまい。

 妊婦なんだ。それぐらいは大目に見てもらえるだろう」


「私がそんな様子だと知られると、隙を見せることになっちゃうよ。

 なるだけ隙を見せないように振る舞わないと、付け込もうとする勢力が出てくる。

 だから私は、頑張って平気な姿を見せ続けてないと」


 シュワルツ公爵が微笑んで告げる。


「無理はするなよ。

 お前が無理をする必要はないんだ。

 今は周りに頼っておくがいい」


 瑞希も微笑んで応える。


「わかった、ありがとう」


 瑞希は控室でソファに座り、十分ほど心を休めた後、再び立ち上がった。


「いよっし! 第二ラウンド、はじめようか!」





****


 近衛騎士を従えて会場に戻った瑞希に、貴族たちの視線が集中した。

 魔導を使えない瑞希には、その視線がどういうものか判別がつかず、心が落ち着かない。

 それでも平静を装い、テーブルの椅子に腰を下ろす。


 国王や王妃、そしてアルベルトは、国内の貴族たちや他国の外交官と積極的に言葉を交わしているようだ。

 成人しているソニアの姿もある。学友たちと、楽しそうに会話をしていた。


 グラスを傾けながら会場を見渡している瑞希の前に、また一人、貴族が姿を現した。


「ミズキ殿下、お身体の具合はいかがですか」


「――ライツラー侯爵。ええ、少し疲れていましたけど、休憩を挟みましたから大丈夫ですわ」


 ドルトウム王国外交官、ライツラー侯爵。

 南方でドライセン王国の領土を狙う一国だ。

 特に南方は白竜教会のごたごたのおりに、ドライセン王国に攻め入る気配を見せていた勢力でもある。

 瑞希は気を引き締めて、微笑みを維持していた。


 ライツラー侯爵はいかめしい顔に柔らかい微笑みをたたえ、瑞希に告げる。


「ご無理はなさらず、体調が悪ければ早々に退出してしまった方が良い。

 顔色も良いとは言えない。

 祝いの席で倒れるなど、あってはならない事ですよ」


(そんなに顔色が悪いのかな……

 でも体調が悪いことを、南方国家に知られたくもないし)


「少し疲れやすいのは確かです。

 ですが慣れない懐妊という経験ですもの。

 慣れてしまえば、大したことはありませんわ」


「……そうですか。

 くれぐれもご自愛ください」


 ライツラー侯爵が背を向けた。

 瑞希は目立たないように、小さく息をついた。


(相手のことが分からない怖さなんて、本当に久しぶりだなぁ)


 気疲れを誤魔化ごまかすようにグラスを傾ける――ふと視界にソニアたちが目に入る。

 学友に気を使い、近衛騎士が少し離れて控えていたソニアに向かって、下位貴族の一人が突然駆け出していくのが見えた。


「――ソニア!!」


 慌てて立ち上がり叫んだ瑞希の目の前で、下位貴族が一人の背の高い男性に組み伏せられていた。

 近衛騎士よりも速く動ける男――ユリアンだ。


「まったく! 相変わらず、ここの近衛騎士たちは鍛錬が足りてないわね!」


 ソニアは顔を青くして口元を押さえ、震えている。

 学友たちがソニアに駆け寄り、声をかけているようだ。


 瑞希が大きく安堵あんどのため息をついた。


「――ふぅ。ユリアンさん、来てくれてたんだ」


 周囲の近衛騎士が瑞希の前に出て、警戒しはじめた。


(赤竜さんでも察知できない相手か……やっぱり油断が出来ない夜会だなぁ)


 物思いにふける瑞希の背後――少し離れた位置にたたずんで居た給仕が、瑞希に向かって駆け出していた。

 それにいち早く気付いたユリアンが、大きく叫ぶ。


「――ミズキさん! 後ろ!」


 はじかれるように身を翻した瑞希の目前に、凶器を持った給仕が迫っていた。


(まずい、ユリアンさんでも、この距離は無理――?!)


 思わず目をつぶった瑞希の目の前で、そばの近衛騎士の一人が素早く身を翻し、給仕を切り伏せていた。


 そっと目を空けた瑞希が、安堵あんどのため息をついた。


「――ありがとう、ハンス侯爵子息」


 ハンス・フォン・ルートヴィヒ侯爵子息は瑞希に微笑みを返しながら、剣を腰に納めていた。



 ざわつく会場に瑞希が目を走らせる。

 その目が、悔しそうに俯くレッド公爵とヴォルフガングの姿をとらえた。

 周囲の貴族たちは、何かを見定めるかのような視線を瑞希に投げかけている。


(……いつもの私なら、り得ない状況、か)


 会場に再び入り、充分な時間が過ぎていた。油断をしたというには、長すぎる時間だ。

 普段なら、因果を辿って素性を把握し、彼らが行動をする前に捕らえていただろう。



 背後から視線を感じて振り向くと、やはり見定めるような視線を向けるライツラー侯爵が居た。

 瑞希と視線が交差しても、ライツラー侯爵は瑞希を見つめていた。


(……魔術が使えない事を悟られた、と見ておいた方がいいかな)


 異変は察知された。ならば、無理をして虚勢を張る意味も、おそらくないだろう。


「……少し疲れました。控室に戻ります」


 瑞希は駆けつけてきたアルベルトと共に、近衛騎士に守られながら控室戻っていった。





****


 そのまま瑞希が会場に戻らぬまま、夜会は終わりを告げた。


 王太子のリビングで、部屋着に着替え終わった瑞希が憂鬱な気分と共にため息をついた。


「あーあ、大失敗。

 特に、一番知られたくない勢力に知られちゃった。

 無理をしないで、すぐに引っ込んじゃった方がよかったね」


 レッド公爵がすっかり落ち込みながら瑞希に応える。


「すまない瑞希。

 私の警戒魔術結界では、彼らを検知する事が出来なかった。

 敵意も害意も心に持たずに動ける人間を防ぐ手は、私にはない」


 そんな魔術は、瑞希も持っていない。事前にその場の全員の素性を洗うという荒業あらわざを、他人に要求する気にもなれない。

 レッド公爵を責める気持ちを、瑞希は持てなかった。


 ヴォルフガングが静かな表情で告げる。


「あれはおそらく、アラーニアの残党だろうね。

 取り調べはしてみたが、何も情報は得られなかった。

 私の魔導では力不足だ」


 アルベルトも神妙な顔つきで告げる。


「あの場に居た多くの者も、ミズキの魔導に変調がある事に気が付いただろう。

 今、シュトロイベル公爵がユリアンを説得している。

 彼を説得できれば、瑞希の傍にユリアンを置く事もできるはずだ。

 ユリアンとハンス侯爵子息が居れば、ミズキの身の安全だけは、ほぼ守れると言っていいだろう」


 瑞希が顔を上げて応える。


「そういえばハンスさん、ユリアンさんの声に誰よりも早く反応して刺客を切り伏せてたね。

 あんなに強い人だったとは知らなかったよ」


「私が見る限り、ユリアンと勝負をしてもいい所までいける腕があるはずだ。

 相変わらず、思慮に欠けるのが欠点だがな。

 刺客を切り殺さずに取り押さえられれば、もしかしたら何か情報が掴めたかもしれないんだが」


 ヴォルフガングが苦笑した。


「おそらく、結果は変わるまい。

 それにユリアンと組むのであれば、彼がハンス侯爵子息を巧く扱ってくれるだろう。

 ユリアンは人を率いる力も高い。

 そういう人間の下に居れば、ハンス侯爵子息は充分に実力を発揮できるはずだ」


 瑞希が俯いて思考をめぐらせた。


「……それにしても、アラーニアの残党が潜り込む時間なんてあったのかな?

 昨日の今日だよ?

 私の妊娠が知らされてから、ほとんど時間がない。

 これはどういうこと?」


 アルベルトが眉をひそめて応える。


「考えたくはないが……国内に居る勢力が、アラーニアの残党を飼っていた、ということだろうな。

 そうなると、どこの勢力にも可能性がある。

 友好国だとしても、気は抜けないだろう」


「でもラニエロ公爵は信用できる人だし、デネブ王国は守備兵を派遣してくれる予定だって言ってた。

 他の北方軍事同盟国も、同じことを提案するだろうって。

 それはどうするの?」


 アルベルトが頷いた。


「私もラニエロ公爵は信用できる人物だと思う。

 父上も、その提案は飲むつもりのようだ。

 国内に友軍ゆうぐんの戦力を入れ、防備を固めることになるだろう。

 一番恐ろしいのは東方諸国だ。

 シュティラーヒューゲル王国をミズキが一人で守ったことは、東方諸国では有名になっているだろう。

 お前の力を最も恐れているのは彼らだと思う。

 友軍を東方面に配置し、南方面は白竜教会の私兵団と民衆からの志願兵を配置する方向で検討している。

 第二軍はシュトルム領から動かせない。

 残る第一軍と第三軍で王都周辺を固めることになるだろう。

 おそらく半数程度は、北方面のシュライヴ皇国に備えることになると思う」


「北方の同盟軍を北側に配置しないのは何でなの?」


「単純な戦力の話だ。

 恨みを買っていると思われるシュライヴ皇国一国と、東方諸国連合軍――より脅威なのは東方だろう。

 シュライヴ皇国一国なら、我が軍でも何とか対応できる。

 そして南方から攻め込まれた場合は、私兵団と志願兵が支えている間に、友軍が駆け付ける。

 そんなプランになるはずだ」


 ソニアがアルベルトに尋ねる。


「友好国でも気は抜けないって……

 それじゃあ、北方同盟軍も信用できないって話になりませんか?

 そんな勢力を、国内に居れるのですか?」


「北方同盟軍全てが裏切らない限り、周囲が見張り合って動きが取れないはずだ。

 そして全ての国が裏切る可能性は、まずないと考えている。

 少なくとも、デネブ王国が居るしな。

 あの国が主導して、北方同盟軍を取りまとめてくれるだろう。

 ――どちらにせよ、全方位を守り切る戦力は、我が国にはない。

 最も友好的な北方同盟軍を我が国に入れるのは、避けられないだろう」


 西方諸国は軍事力で見れば、大きな脅威とはなり得ない。

 白竜教会が落ち着いている現在、王都を固める王国軍だけでも十分対処が可能だろう。


 瑞希が大きくため息をついた。


「南方を守ってくれる私兵団や志願兵に、犠牲者を出しちゃうね。

 それがちょっと心苦しいかな。

 ――ねぇ、志願兵はどのくらい集まると思う?」


「それはこれからつのるから予想がつかないが、今日の喜びようを見る限り、かなり集まると見てもいいんじゃないか?

 霧の神の血筋を守る為に、奮い立ってくれる人間が多く居てもおかしくはないだろう。

 少なくとも霧の教会の私兵団が三千程度、力を貸してくれる予定だ。

 そちらは王都の守りに回ってもらう。

 志願兵は言いたくはないが、素人の集団だ。

 命を壁として敵を足止めする役割以上は望めまい」


 ソニアが憂鬱そうにため息をついた。


「――戦争、ですのね。嫌な気分ですわ」


 祝賀会の空気がすっかり消え去った部屋で、瑞希も再び、憂鬱なため息をついていた。


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