63.降臨
――王太子の食卓。今朝も瑞希の姿はない。
代わりに国王と王妃の姿がそこにはあった。
「なるほどな……のるかそるか、賭けにはなるが……一か月で露呈するなら、そこはどんな手を打っても大差はなかろう。
午前中に重臣たちを集め、公表する方向で対応を検討する。
昼に大々的に公表し、国を挙げて祝うことにしよう。
同時に明日の夜会を準備させておく。
無理をさせない範囲で、ミズキにも出席してもらえるか聞いてみてくれ」
ソニアが不安気に国王に尋ねる。
「そんなことをして、本当に大丈夫なのですか?
お話を伺う限り、攻め込まれることが前提のように聞こえましたが」
「ミズキが言った通り、一か月以内に懐妊が露呈するならば、攻め込まれるのは避けられん。
後は、どうやってそれを切り抜けるか、という話になる。
体面を重視する友好国ならば、我々に協力する方向で動くだろう。
友好国が恥も外聞もかなぐり捨ててミズキを排除しようと動くなら、もうこの国が滅ぶのを止める手はない。
そこも、ミズキの言う通りだろう。
大々的に公表する事で、多くの民衆がミズキの懐妊を知ることになる。
霧の神の信徒たちから、志願兵を募ってみよう。
おそらく、それなりの数が集まるはずだ」
ミハエルが首を傾げた。
「僕たちは、姉上のご懐妊を他の人に教えてもよいのでしょうか?」
王妃が微笑んで告げる。
「ミハエル、それはお昼まで待って頂戴。
お昼になったら、お友達に教えてあげても良いわよ。
そうしたら、周りのみんなと一緒に喜んであげて」
「わかりました母上!」
シュワルツ公爵が苦笑を浮かべていた。
「魔力が使えなくても、なお最善を尽くすか。
導を命じられたが、私が教えるまでもなく、やるべきことをやれているのだな、瑞希は。
私がここに居る意味とは、なんなのだろうな」
ヴォルフガングが苦笑を浮かべて応える。
「それはこちらのセリフだよ。
ローヤに『ミズキを導いて欲しい』と頼まれたが、そんな機会は滅多にない。
まったく、立つ瀬がないね。
――だが今なら、我らが魔術で支えることが出来るはずだ。
それぞれが出来る範囲で、彼女を支えれば構わないのではないかな?」
ヴォルフガングとシュワルツ公爵が目を合わせ、頷いていた。
リーゼロッテが元気に声を上げる。
「白竜教会も総力を挙げてミズキをバックアップするよ!
創竜神様にも、お願いしておくよ!
赤竜おじさまも、最後まで協力してよね!」
リーゼロッテのまっすぐな瞳を受け、レッド公爵が苦笑を浮かべた。
「……それがお前の願いなら、聞き届けよう。
だが、お前の命が奪われるような事態になれば、私はお前を連れてこの国を去る。
それだけは、忘れないでおくれ」
「ここが攻め込まれたぐらいで逃げてたら、許さないからね!
私の目の前に、怖い人が来た程度でも駄目だよ?!
本当に私が死にそうになった時は、しょうがないから逃げるのを我慢してあげる!」
「ははは……わかったわかった、だから落ち着いて、朝食を食べなさい」
****
昼になり、瑞希が姿を見せる。
リビングではアルベルトがくつろいでいた。
「あれ? 学院はどうしたの?」
「今日は休んだ。
お前の身に危険が及ばないとも限らないからな。
明日からは近衛騎士団が身辺警護を強化できるよう、準備を進めているところだ。
クラインたちには、ソニアから事情が伝えられることになっている」
「……そっか」
瑞希が食卓の席に付くと、アルベルトもその隣に腰を下ろした。
二人だけの静かな昼食の時間が続く。
「ねぇ、赤竜さんや黒龍さんはどうしたの?」
「さぁな。全員が朝から出かけていった。
だがレッド公爵はおそらく、リーゼロッテ王女と共に行動してるのだろう。
――今日の体調はどうだ?」
「んー、昨日と変わらないかな。
やっぱり魔力を巧く動かせないね。
魔力を目で見ることも、巧くできないみたい。
魔力の光がちかちかして見えて、目に悪い気がする」
アルベルトが苦笑した。
「――そっちじゃない。
だるさはどうだ?
熱はまだ、下がらないのか?」
「ああうん、それも昨日と変わらないね」
突然、外が騒がしくなった。
大勢の人間が声を上げているようで、地響きのようになっている。
アルベルトが窓の外を眺め、小さく息をついた。
「――民衆に発表されたか。
これでもう、後戻りはできないな。
私も、気を引き締め直しておくとしよう」
瑞希はのんびりと紅茶を口に含んでいた。
「やれることをやるだけだよ。
あとは、なるようにしかならないし。
焦らずに事を進めていこうね」
アルベルトが瑞希に振り向いて顔を見つめた。
「……なんか、ミズキの性格が少し変わったか?」
「そうかな? 自分じゃわからないなぁ。
――ザビーネは何か気付いた?」
ザビーネが静かな表情で応える。
「少し、穏やかになられたように思います。
それが何を意味するのかまでは、わかりかねます」
「いつから?」
「本日からです。
昨日までは、今までのミズキ殿下であらせられました」
(母親の自覚が、心に定着したってことかなぁ?)
お腹を優しくさすりながら、瑞希は昼食を再開した。
****
昼過ぎにリーゼロッテたちが、夕方になりソニアとミハエルが帰宅してきた。
ソニアが疲れたように告げる。
「外は凄いお祭り騒ぎですわね。
普段より、馬車の時間がかかりましたわ」
アルベルトが微笑んで応える。
「霧の神の血を引く、新しい子が産まれるんだ。
しかもその血が、王家に入る。
信徒である民衆たちは、祝わずに居られないのだろう」
瑞希が思わず手を叩いた。
「ああっ! そうなるのか!」
(日本の神道みたいな感じになるのかぁ。
そうなると、なじみ深い気がしなくもないなぁ)
ソニアが楽しそうに口元を隠して笑った。
「姉様、今さら何を驚いてるのですか?
婚姻の儀でも、さんざん話題になっていましたわよ?」
「いやー、そうなんだけどさ。
あの時は実感が湧かなかったというか……
どこか他人事だったというか」
帰宅したミハエルは、リーゼロッテとリビングで楽しそうに生まれてくる子供に思いを馳せているようだ。
その二人の表情を見た瑞希が、ぽろりとこぼす。
「……え?! あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったの?!」
ソニアが瑞希の顔をまじまじと見つめていた。
「あの二人の心が近づいているのは前からですよ?
今まで気が付かれなかったのに、今日はどうされたんです?」
困惑する瑞希がソニアに応える。
「どうしたって言われても、急に目についたり、気が付いたりしたことだから……なんでだろう?」
ヴォルフガングが人の良い笑みを浮かべて応える。
「おそらく、今までは親しい人の心の機微を読まないように気を付けていたんじゃないかな。
うっかりすると心を読めてしまうから、無意識でそれを避けるようにしていたのだろう」
レッド公爵が続く。
「……いや、それだけじゃないね。
おそらく、お腹の子の影響だろう。
既にその子に魂が宿り、その子の性格や感受性が瑞希に影響を与えてるね」
瑞希がレッド公爵に尋ねる。
「その言い方、普通はこんなに早く魂が宿らないってこと?」
「性別がはっきりする頃になると、それに合わせた魂が降りてくるように感じている。
その前に魂が降りてくるのは、私も初めて見たよ。
それが何を意味するのかまでは、創世の神にでも聞かないとわからないだろうね」
瑞希の頭に、聞き覚えのない女の子の声が響き渡る。
『私が創世の神にお願いして、少し早めに降ろしてもらったんだよ』
驚いた瑞希が周囲を見渡しながら声を上げた。
「――今の誰?!」
だが、周りに居るのは見慣れた面々だけだ。
周囲は瑞希の様子にきょとんとした顔をしている。
『私だよ私。瑞希は”あわてんぼ”って言われない?』
瑞希が自分のお腹を見つめ、ゆっくりと手を添えた。
「……まさかお腹の子の声?」
『そうだよ? 今この時期だけの特別な経験だから、有難く思ってね。
私はかつて”初代様”って言われた魂。
記憶が消える前の魂だよ』
「もっとわかりやすく状況を教えてよ!
記憶が消える前ってどういうこと?!」
『さすがに私でも、お腹の中から外に出たときに記憶が消えて、新しい人間として生まれ変わっちゃうんだよ。
それまでの間、私が瑞希を守ってあげるよ。
今は私の感覚に瑞希の感覚が振り回されて、巧く魔力を扱えなくなってるでしょ?』
「私が魔術を使えなくなってるのは、あなたの影響ってこと?!」
『簡単に言うとそういうことだね。
今は私と貴方の体が繋がってるから、いろんな感覚が共有されちゃってるんだ』
「なんで私の世界の人間だった初代様の魂が、この世界で宿るの?!」
『んー、なんでだろう? それは創世の神にでも聞かないとわからないかも。
気が付いた時には、私は創世の神の前に居たからさ。
でも瑞希の役目の一つに、私の魂をこの世界に戻すことが含まれてたんじゃないかなって感じるよ』
「……初代様の魂が宿ったお腹の子は、どういう存在になるの?」
『古き神の子、本来の力を持った人間として生まれてくると思うよ?
育児は大変だろうけど、頑張ってね』
「神の子本来の力って、どういう意味?!」
『瑞希の世界だと、古き神の力はほとんど使えなかったからね。
生前の私よりずっと強い力を持った、半神本来の力を持った子供として生まれてくるよ』
「半神本来の力って、どんな力になるの?!」
『どんな……神の領域に触れても、ペナルティを受けないって言えば分かる?
今の世界だと、古き神と変わらない力に見えるかもね』
「神と同じ力って……とんでもなくない?」
『でも肉体や精神は人間のものだから、もちろん制限は付くよ?
それに今はそこまで大きな力も使えないし。
だから瑞希には、きちんと私を産んでもらわないと困るんだ。
それまでの間、よろしくね』
「ちょっと待ってよ?! 霧の神はそんなこと一言も言ってなかったよ?!」
『それはそうだよ。
霧の神が眠った後に決まった事だもの。
これは霧の神が知らなかった新しい可能性。
霧の神が起こした大奇跡を見た、創世の神が決めた事。
――それじゃあ私は少し眠るね』
「ちょっと?! 言うだけ言って眠っちゃうの?!
初代様?! 初代様ってば!」
静まり返った部屋で、瑞希は周囲からの視線を浴びていた。
シュワルツ公爵が沈黙を破り、瑞希におずおずと尋ねる。
「……瑞希、今のはどういう事だ?
初代様とは、誰のことなんだ?」
瑞希は戸惑いながら応える。
「私の世界に居た、霧の神の娘が『初代様』って呼ばれてたらしいんだ。
今の私によく似た女の子だったみたい。
その人の魂が、お腹の子に宿ってるんだって」
「……それで、さっきのお前の気配に、霧の神の気配が混じっていたのか。
深く探ると、お前のお腹の子の奥に、小さな神の気配の塊がある。
おそらく生まれてくる子は、神の気配を持った子になるだろう。
かつて『古き神の神の寵愛』を受けた人間が、そんな存在だったという。
それに似た人間が生まれようとしているのだろうな」
「ねぇ黒龍さん、『半神本来の力』って、どういうものだと思う?」
「……恐ろしく強い力だろう、としか推測できないな。
我々古き竜を凌ぐ、大きな力だろう。
我々からすれば、神の力と変わらないようにしか感じられないほど強い力になるのではないかと思う。
他に何か言っていなかったか?」
「『創世の神が決めた事』だとは言ってたかな……あとはよくわからなかった。
でも『私を守る為に早めに魂を下ろしてもらった』とも言ってたかな」
シュワルツ公爵が神妙な顔つきになった。
「そういうことか……これから、よほど大変な目に遭うと、そういうことか。
ともかく、瑞希はその子供を無事に生み育てることだけを考えるんだ。
おそらくそれが、お前がこの世界で与えられた役割のはずだ」
アルベルトが大きな声で告げる。
「今この場で見聞きしたことは他言するな!
特にミハエル! お前が一番気を付けておけ!」
ミハエルが居住まいを正して応える。
「はい! 兄上!」
リーゼロッテがその肩に触れ、優しく微笑んだ。
「私がミハエルを見張るから、安心してよ!
――ね! ミハエル!」
ミハエルが顔を赤くして俯いていた。
アルベルトが微笑みながら小さく息をついた。
「私はこの事を父上に報告してくる。
明日は夜会がある。
各自、気を引き締めていこう!」




