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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:新しい時代

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58.粗暴な侯爵家令息

 ――軍略の講義、休憩時間。


「ねぇワルターさん。ハンスさんのことはどう思ってるの?」


 ルートヴィヒ侯爵が渋い顔で応える。


「最近の素行は目に余りますな。

 あいつは、私の悪い所ばかりを受け継いでしまったようです。

 都度つどしかってはいますが、言葉が心に響く様子も感じられません。

 今のままなら、侯爵家から勘当することにもなりかねません」


「以前のハンスさんは、どういう人だったの?」


「思慮に欠け、器が小さいと欠点ばかりが目につきますが、我が家でもっとも信心があつい人間でした。

 本来はあれほどの乱暴狼藉を働く男でもない。

 もしかすればミズキ殿下の言葉なら、素直に聞いてくれるかもしれません」


「今は礼拝堂に通ってないって聞いたけど、なんで通わなくなったのかな?

 やっぱりロルフに家督を奪われるのが濃厚になったから?」


 ルートヴィヒ侯爵が少し考えこんだ。


「……いえ、年末の婚姻の儀が、最後に礼拝堂に立ち入った日になります。

 礼拝堂に通わなくなったのは、あれ以降ですな」


 つまり、アリシアの婚約が確定する前から通わなくなったということになる。

 ロルフが家督を継承すると言われるようになったのは、アリシアとの婚約が決まり、放課後サロンに通い出してからだ。

 つまり、礼拝堂に通わなくなったのは家督とは別問題、となる。


「そっか……ワルターさん、夜会の前、なるだけ早い時期にお茶会しようか。

 私がルートヴィヒ侯爵家全員に招待状を出すよ。

 それなら、ハンスさんも参加してくれるかな?」


 ルートヴィヒ侯爵が目を見開いた。


「それは構いませんが……殿下が我が一家を招くと、そういうお話ですか?

 殿下直々の招待状であれば、ハンスも断りづらいとは思います。

 ――わかりました。早急に全員の都合をつけさせましょう」


 瑞希は会心の笑みで応える。


「よろしくね! ――さぁ、講義の続きをしようか!」





****


 ――休日の午前。


 王太子妃が開く小さなお茶会の席に、ハンス・フォン・ルートヴィヒも姿を現した。

 瑞希が初めて目にするその男性は、アッシュグレイの髪を無造作に撫で付けた、いかめしい大柄な男性――その顔は、ルートヴィヒ侯爵によく似ていた。


 明るい金髪の女性がカーテシーで瑞希に挨拶を告げる。


「レーナ・フォン・ルートヴィヒでございます。

 本日はご招待下さり、まことにありがとうございます」


「そんなに堅苦しくしないで大丈夫だよレーナさん!

 これは私の私的なお茶会だもん。

 他に誰も見てないんだから、もっとリラックスしていこう!」


「で、ではそのようにいたしますわね。

 ――さぁハンス、ロルフ。ご挨拶なさい」


 直接言葉を交わすのは初めてではないのだが、やはりレーナ侯爵夫人はまだまだ緊張がほぐれないようだ。


 ハンスがロルフの背中を乱暴に押して、前に突き飛ばした。


「うわっ! 兄上、危ないですよ!

 ――申し訳ありませんミズキ殿下。どうやら先に挨拶しろ、ということのようです。

 私たちにとっては、いつものサロンの延長、という感じでしょうか」


「そうだね、確かにいつもと変わらないね!

 ――ハンスさん、どうして前に出て来ないのかな?」


 ハンスは何も応えず、目線すら合わさずにたたずんでいた。

 ルートヴィヒ侯爵が厳しい目でハンスを睨み付けた。


「ハンス! お前は初対面だろうが!

 王太子妃殿下にきちんと挨拶せんかっ!」


 それでも動こうとしないハンスに、瑞希が歩み寄った。


「ハンスさん、どうして目線を合わせてくれないのか、教えてもらえる?」


「……」


「そんなに私が怖いかなぁ?

 でも怖がってるって感じでもないね。

 そんな態度しか取れないのに、お茶会に参加したのはなんでなのか、聞いてもいい?」


「……」


「当ててあげようか?

 ハンスさんは、霧の神の血を引く私の招待を断れなかったんでしょ?

 霧の神が直接お願いしてたもんね。『私を支えて欲しい』って。

 でもどうしていいか分からなくて、今もどんな態度をとっていいのかわからない――違う?」


「……」


「目を合わせることすらおそれ多くてできない、だから目線をそらしてる。

 言葉を交わすことすらおそれ多い。

 そんなハンスさんに、私からお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」


「……なんでしょうか」


「あなたはきっと、侯爵家の後継者として私に力を添えられない自分を恥ずかしいと感じてる。

 でも、そんなことは関係ないんだよ。

 一人の騎士としてこの国を支えてくれれば、それで充分、私は支えてもらえたことになる。

 私は魔導は得意だけど力仕事が苦手だから、どうしても騎士や兵士のみんなの力を借りることになる。

 ハンスさんには、そうやって力を貸してくれる一人になってもらいたいんだ。

 そして霧の神に恥じない人間として、人生を送ってもらいたい――これは、霧の神の眷属である私からのお願いだよ。

 今みたいに悪い噂ばかりが流れる態度を、改めて欲しいんだ」


「……今さら態度を改めたところで、噂は消えません」


 瑞希はハンスの背中を思い切り手のひらで叩いた。


「肝っ玉がちいさぁぁぁぁい! 悪評は自業自得! そこは背負い込みなさい!

 これからの人生で汚名を返上していけばいいだけだよ!

 アルベルトだって、ハンスさんは戦場で活躍できる騎士だと認めてる。

 人を率いる力はなくても、一人の騎士として戦場を駆け抜ける力があるって。

 その力を、私のために役立てて欲しいんだ!

 それを約束してくれるなら、破談になりかけてる婚約、私が間を取り持つよ!」


「……殿下に、そこまでしていただく価値など、私にはありません」


「だーもう! 本当に器が小さいな! そこは自覚して改める癖を付けなさい!

 霧の神の眷属が、直々に仲を取り持つって言ってるのを断る気?!

 ハンスさんにそれを断る勇気はある?!

 私が取り持った婚約を、破談にする事が出来る?!」


「……ですが、私にはもう、何もありません。

 マルガレーテも、俺のような男と婚姻などしない方が幸せになれます。

 彼女の幸せのためにも、この婚約は破談になった方が良いのです」


 瑞希がレーナ夫人に振り返った。


「レーナさん! ちょっと聞くけど、マルガレーテさんとハンスさんの仲はどんな感じ?」


「え? ええ……彼女はハンスの良い所を見つけ、微笑んでくれる優しい女性です。

 ですが最近のハンスの素行の悪さを、彼女の両親が嫌がっています。

 今のまま婚姻を結ぶのは、いくら殿下が仲を取り持つと言っても、難しいのではないでしょうか」


 ルートヴィヒ侯爵が続く。


「ハンスは騎士爵しか持たない一兵卒。

 悪評を背負った今、娘が嫁ぐことに頷く親は居ますまい。

 そこを無理強いすれば、殿下に悪評が付くことに繋がりかねません。

 お進めは致しませんよ」


 瑞希が少し思案し、一声叫んで駆け出した。


「ちょっと陛下に相談してくるよ! すぐ戻るね!」


 呆然とするルートヴィヒ侯爵一家を残し、瑞希は部屋から出ていった。





 仕方なくテーブルに着き、お茶を飲んでいたルートヴィヒ侯爵一家の元に瑞希が戻ってきて告げる。


「陛下の了承が取れたよ!

 ハンスさんは今日付けで私の近衛騎士隊に組み込まれたから!

 まずは学院の送迎に参加する程度からみたいだけど、よろしくね!」


 ルートヴィヒ侯爵が目を見開いて叫んだ。


「ハンスが近衛騎士?! マルクス騎士団長は納得したのですか?!

 奴はハンスのような粗暴な人間を嫌う男です!」


 瑞希がウィンクしながらサムズアップで応える。


「私が直々に説得しました!

 いやー、ちょっと手間がかかったけど、なんとか納得してもらえたよー」


 ハンスが呆然と呟く。


「俺のような人間が……騎士のエリートである近衛騎士に? 嘘だろ……」


「嘘じゃないよ? ほら、これが辞令だよ」


 瑞希が懐から一枚の書類を取り出し、ハンスに手渡した。

 そこには間違いなく、国王の署名入りで近衛騎士団入りを命じることが書き記してあった。


 瑞希がハンスの背中を再び手のひらで叩く。


「私にここまでさせたんだから、まずは近衛騎士の名に恥じない人間になって見せなさい!

 粗暴な行いも今日を限りでやめるように!

 周りから白い目で見られても、耐え抜いてみなさい!

 そして私の身の安全を守る一人になってよ!」


「……はい。必ず、なってみせます」


 我慢できずに泣き出したハンスを、ロルフが支えていた。

 ルートヴィヒ侯爵も、レーナも、嬉しそうに涙ぐんでいる。


 瑞希は満足して微笑むと、席に腰を下ろしてゆっくりと紅茶を楽しんでいた。





****


 家族を先に帰したルートヴィヒ侯爵が、瑞希に尋ねた。


「なぜ殿下が、そこまでなさったのか……伺っても宜しいですかな?

 何か理由がおありなのでしょう?」


 瑞希が紅茶を飲みながら応える。


「これからドライセン王国周辺はきな臭くなる。

 白竜教会が神経質になって、あちこちで騒ぎを起こし始めるはずなんだ。

 そんな時期に、国内に信心深い乱暴者の侯爵家令息が居ると困るんだよ。

 そんな人間は、必ず利用されて戦争の火種になる。

 特にハンスさんはワルターさんの息子。第一軍の士気にも影響する話だよ。

 だから今のうちに、猛犬の首を鎖でつないでおきたかっただけ。

 ――これはハンスさんには内緒ね」


 ルートヴィヒ侯爵が満足そうに優しく微笑んだ。


「どうやら、私の講義も立派に殿下の血肉となっておられるようですな。

 講師冥利みょうりに尽きます」


「……ワルターさんはこれから、国内外がどうなると思う?」


「リーゼロッテ王女が奔走してくださっているとは伺っています。

 それ次第となりますが……周辺国で、内乱にも似た状態になりかねないのではないでしょうか。

 白竜教会の力はとても大きなものです。

 私兵団も持ち、各国をあわせれば無視できない兵力となります。

 それが暴走して他国を攻めるのを、各国は止めきれないでしょう。

 最悪、国家を巻き込んでの戦乱が訪れかねない――その程度には、危うい状況ですな」


「周辺国だけで問題が済むと思う?」


「そこは私には判断がつかないところです。

 白竜教会の内情には詳しくありませんので。

 ですが、白竜教会の影響力が強い国家は、信仰心があつい者も多いはず。

 そういった国家は、殿下の味方となってはくれるでしょう。

 中途半端に白竜教会が力を持つ国家が危ういのではないか――そう考えます」


「そっか……今日はありがとうねワルターさん」


「いえいえ、こちらこそ、我が息子の問題を解決して頂き、感謝いたします。

 ――ですが、今回の一件は必ず、殿下に対して悪い噂を生みますよ。

 お覚悟下さい」


 瑞希は微笑んで応える。


「そのくらいは覚悟の上だよ。

 それよりも、ワルターさんはマルガレーテさんのご両親を説得できる?

 私の名前を出しても構わないし、それでも納得してもらえなければ、私がまたお茶会を開いて説得に協力するからね」


「そこは私にお任せください。ですが力が及ばなかった場合は、改めてお願いいたします。

 少なくとも今度の夜会で、彼女の両親も参加するはず。

 そこで言葉を交わせば、なんとでもなるでしょう」


 瑞希が苦笑を浮かべた。


「あー……そうか、夜会が目前だったね。

 気が重たいなぁ……」


「白竜教会との手打ちを祝う夜会です。責任重大ですぞ?」


 ルートヴィヒ侯爵は笑いながら別れを告げ、部屋から出ていった。


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