51.学力評価試験
「――と、いうことがあったんだよ」
瑞希は王宮のサロンで、クラインたちに今回の顛末を話していた。
「あの夜会の騒ぎから学院を休んでいる間に、そんな大変なことになっていたの?
相変わらず、とんでもない人生を送ってるわね……」
アリシアの目が、静かに紅茶を口に運ぶシュワルツ公爵に向けられた。
「それで、この方が古き竜というお話は本当でして?
どう見ても、ただの人間にしか見えませんわ」
シュワルツ公爵が不敵な笑みを浮かべた。
「真の姿を見せてやっても良いが、私は百メートルに及ぶ竜だ。
古き竜の仲間の内で、最も巨大な体躯を誇る。
王宮内で、その姿を見せてやれる場所はないだろう」
瑞希がゲルトに尋ねる。
「私たちが学院を休んでいる間、変わったことは起こらなかった?」
ゲルトは天井を見上げて「んー」と考え込み、応える。
「俺とイーリスが婚約したくらいしか、変化はないと思うぞ?」
瑞希の時間が少しの間止まり、次の瞬間には大声を上げていた。
「婚約?! ゲルトとイーリスが?!
なにがどうなったの?! 詳しく教えてよ!」
イーリスが瑞希に応える。
「なにがもなにも、ミズキの誕生祝賀会で親が意気投合してしまって、気が付いた時には婚約話がまとまっていたのですわ。
お互い、悪い評判ばかりで相手が見つからない状態ですし『それなら家格が釣り合う両家でくっつけばいいんじゃない?』ということですわね」
瑞希がイーリスに尋ねる。
「イーリスもゲルトも、それで婚姻しても不満はない訳?」
ゲルトが瑞希に応える。
「貴族の見合い結婚なんて当たり前の話だし、イーリスとは気心が知れた仲だ。
夫婦になることに不満を感じる相手ではないな」
イーリスが瑞希に応える。
「ゲルトは『浮気相手が女性なら許す』と言ってくださってますし、私も特に異存は感じませんわね」
瑞希は驚きを隠せないまま、紅茶を口に含んでいた。
「はぁ~。じゃあこれで、婚約者がいないのはクラインとコルネリア、アリシアだけってことかー」
クラインが瑞希に告げる。
「あら、私も婚約話が進んでいる最中よ?
そのうちまとまるんじゃないかしら」
「相手は誰?!」
クラインが穏やかに微笑んで応える。
「シュトロイベル公爵のご長男、つまりアリシア様のお兄様ね。
少し年が離れてしまうけれど、まだ十九歳だそうだし、お会いした感じでは、私も不満には思っていないわ。
アリシア様ほど極端ではないけれど、のんびり屋で穏やかな方よ。
――あなたの婚姻が発表された事で、あの夜会はちょっとしたお見合い夜会になっていたのよ。
丁度、同年代の貴族子女が多く参加していたものね」
「クラインはアリシアが苦手だったんじゃないの?
姉妹になっちゃうけど、大丈夫?」
「アリシア様はルートヴィヒ侯爵家の次男と婚約話が進んでおられるそうだし、順調に話が進めばそちらもまとまるわ。
時折顔を合わせるくらいは、今と変わらないもの。
そのくらいは慣れてきたから、耐えられると思うわよ?」
瑞希がアリシアを見た。
「アリシアは、その相手に納得してるの?」
「私の性格を厭う方ではないようですし、家格も悪くありません。
年下になってしまいますけれど、私も今のところ、不満はございませんわね」
瑞希の視線がコルネリアに注がれた。
コルネリアが驚いたように反応する。
「――私?! 私は多分、高位貴族の従者にでもなるんじゃないかしら。
仕事に生きてもいいし、慕ってくれる下位貴族の誰かと婚約話が出てくるかもしれないけど……
今はまだ、そこまでの話はないわね」
アルベルトがコルネリアに微笑んで告げる。
「お前が望むなら、王宮で雇ってミズキの傍に付ける事もできるぞ?
ミズキなら、お前の口の悪さがうっかりこぼれても、咎められる心配もない」
瑞希が眉をひそめてアルベルトに応える。
「私の侍女頭はザビーネだよ?
ザビーネの下で、きっちり躾けられるんじゃないかなぁ?
でも私が希望すれば、ザビーネと一緒に傍に居てもらう事はできるかもね」
コルネリアが肩をすくめた。
「そんな息苦しそうな環境を選ぶくらいなら、私はゲルトとイーリスのところで雇ってもらうわよ。
伯爵家なら、そこまで堅苦しい思いはしないはずだし。
二人なら私の事も十分理解してるから、首になる事もないと思うしね」
瑞希ががっくりと肩を落とした。
「その息苦しい環境で、これから生き続ける私の身にもなって……
来月から王太子妃だし、そのうち王妃になるんだよ?!
せめて、こうして息を抜ける場所は欲しいんだから、みんなちゃんと集まってよね!」
ゲルトが苦笑した。
「ミズキが王妃か……
この国の先行き、大丈夫かぁ?」
アルベルトが微笑んで告げる。
「国内も国外も、私とミズキが揃えば安定はするさ。
不安に思うような事は何もない」
シュワルツ公爵が楽しそうに頬を緩めた。
「瑞希は随分と、友人から信頼されているのだな」
瑞希が苦笑してシュワルツ公爵に応える。
「狭い友人関係だけどね。
なんとかして私とつながりを持ちたいと思ってる貴族は多いみたいだけど……
私が親しくしているみんなの悪評を知ると、やっぱり尻込みをするみたい。
おかげで助かってるけどね」
クラインが穏やかに微笑んだ。
「私たちの狭い交友関係を今度、ミズキにも紹介するわ。
素のあなたを出しても構わない相手だと思うし、息抜きが出来る相手が増えるわよ?」
アリシアが優しく微笑んだ。
「私の交友関係は、そのようなことが望めませんので、ご紹介は余りできませんわね。
下心たっぷりの方たちが揃っておりますもの。
いつも開くお茶会は、そんな皆様の苦しむ様子がとても面白くて、ついつい調子に乗ってしまいますわ」
ゲルトが頬をひきつらせた。
「そりゃあアリシア様の傍に近寄ってくるのは、公爵家の威光が目当ての連中が多いだろうが……
あんた、本当はいい性格してるんだな」
笑いに包まれたサロンの空気を、シュワルツ公爵も存分に楽しんでいるようだった。
瑞希はその微笑みを盗み見て、心をさらに温かくしていった。
****
――十二月の魔導学院、朝の教室。
瑞希は緊張した面持ちで机に向かっていた――学力評価試験の日である。
クラインが呆れたように瑞希に告げる。
「ミズキあなた、ガイザー先生まで引っ張り出して対策したそうじゃない?
それでもまだ緊張してらっしゃるの?」
「そう言われても、緊張するものは仕方がないと思いませんか?」
アルベルトも苦笑を浮かべている。
「今回は直前にごたごたがあって、学院も欠席してしまったしな。
私も今年の評価試験は、少々自信がないくらいだ」
コルネリアがのんびりとした空気で応える。
「そんなことを言う連中に限って、成績トップグループに入るのよねぇ。
なんでそこまで必死に勉強に打ち込めるのか、不思議なくらいよ」
イーリスが穏やかに応える。
「今月中に立太子する殿下と、殿下との婚姻が決まったミズキですもの。
受けるプレッシャーが段違いなのは、仕方ありませんわ」
ゲルトが暢気の告げる。
「俺たちはそういったプレッシャーがないからな。
及第点が取れればそれで充分だ」
教師のマウリッツが教室内に入ってきて手を打ち鳴らした。
「ではこれより、今年の学力評価試験を開始する!
机の上の余計な物をしまって!」
問題用紙と答案用紙が配られて行き、全員に行き渡る――瑞希にとっては、どこか懐かしい空気だ。
「それでは、始め!」
****
――学院の食堂。
座学の試験が終わり、瑞希はようやく活き活きとした笑みを取り戻していた。
「さすがガイザー先生ですわ!
おかげ様で、今回も手応えばっちりでしてよ!」
コルネリアは少し表情が陰っている。
「私はちょっと不安かな。及第点は取れてるはずなんだけど。
それに、午後からの魔導実技試験も不安ね」
クラインが意外そうに口元を隠して驚いていた。
「あら、私たちのクラスは例年と比べても優秀だと、マウリッツ先生も仰ってらしたじゃない。
ミズキの出す試験問題という訳でもないのだし、不安になる事なんてあるのかしら?」
ゲルトが困ったように笑った。
「それがな? 今年はマウリッツ先生が張り切って問題を作ったそうなんだ。
ミズキの特別授業を受けたマウリッツ先生は、あれから鍛錬を欠かさず続けて、今じゃ宮廷魔導士に匹敵する魔導の腕だとか。
元々優れた魔導士と言われていたし、試験問題もどうなるか……不安がる生徒は、それなりにいるようだぞ?」
イーリスがゲルトに応える。
「だとしても、特別授業を受けてない生徒が落第するような問題は不公正ですわ。
そんなことをするマウリッツ先生ではありませんでしょう?
せいぜい、一つか二つ、難しい課題が混じってる程度じゃないかしら」
アルベルトが微笑んで告げる。
「私たちも、日々鍛錬を続けていた。
不安に思うような事はないはずだ。
午後の実技試験も、全力を出し切ることに集中すればいい」
全員の視線が瑞希に注がれた。
瑞希は暢気に、食後の紅茶を楽しんでいる。
コルネリアがぽつりと呟いた。
「あんただけは、何があっても満点でしょうね……」
****
――午後、学院のサロンで、コルネリアが吼えていた。
「なんなの! あの『火と水の魔術で燃える氷を作れ』って課題! そんな術式習ってないわよ?!」
瑞希はきょとんとしてコルネリアに応える。
「え? だからマウリッツ先生がお手本を先に見せてくれたじゃない。
氷を作る術式に火を作る術式を組み合わせるだけの、シンプルな応用だよ? 応用と呼ぶのも烏滸がましいくらいの。
――多分、私の『火の初級魔術だけで氷の炎を作れる』ってのを横で見てたんだろうね。
マウリッツ先生はそこまで到達できなかったけど、似たようなことを思いついたんだよ。
まだまだ頭が固いけど、以前のマウリッツ先生に比べたら結構な進歩だと思うよ」
クラインがげんなりとして瑞希に応える。
「普通に氷と火を混ぜたら、氷が溶けるわよ……
なにをどうやったら燃えている氷を作れるのよ……」
瑞希が手を広げ、燃え盛る炎の中で静かに凍り続ける氷を作り出してみせた。
「単に、溶ける速度と凍る速度を一致させてるだけだよ。
速度を間違えると火が消えるか、氷が溶けるかしちゃう。
気を付ける点はそこだけだね。
私の特別授業を受けてない生徒でも、できる範囲だと思うよ?
自分で制御してる炎で氷を維持するんだから、簡単でしょ?」
イーリスがまじまじと燃える氷を見つめていた。
「……その炎、完全に一定の火力を維持してらっしゃるのね。
それだけでも難しい魔力制御だと思いますわ」
瑞希が小首を傾げた。
「そんなに難しい?
魔力同調ができるくらいになれば、寝ぼけながらでもできる魔力制御だよ?
みんなだって鍛錬してれば、すぐにできるはずなんだけどなー?」
ゲルトが苦笑して瑞希に応える。
「魔力同調だって、『十年魔術にたずさわってればできる』と言われる程度の術式だぞ?
俺たち学生がすぐにできるもんじゃないと思うが……」
瑞希がゲルトの鼻先に指を突き付けて告げる。
「そこだよそこ! 『できるわけがない』とか最初から思うからできないの!
異世界間で治癒術を施すことに比べたら、ぜんっっっっっっっっっぜん簡単でしょうが!」
アルベルトが苦笑を浮かべて瑞希に告げる。
「ミズキ、だからそれは、神の領域だ。
できたとしても、決してやるなよ?」
瑞希がむくれてそっぽをむいた。
「わかってるよ!
私は、どうやって神の領域を回避しつつ治癒術を施せるか、それを考えてるんだから!
私の命と引き換えにお爺ちゃんの命が救われてたら意味がないもん!」
コルネリアが瑞希に尋ねる。
「……まだ、霧の神とは会話できないの?」
「まだだね。
毎晩、声をかけてるけど、応えが返ってこない。
気配は強くなってるから、力を溜めてるのは間違いないけど。
今は待つしかできないから、私なりにどうにかできないか、術式を考えるだけは考えてるところ」
アルベルトに優しく背中をさすられながら、瑞希は強い決意で心を支えていた。
(諦めてなんていない。
きっと霧の神の目覚めは間に合うって信じてる。
それでも、今の自分に出来る事を考えていくだけだ)




