50.決戦!悪魔退治!
疾走する騎士たちは、瞬く間に森を進んでいった。
シュワルツ公爵の背中の上で、瑞希は思わず感心して声を上げていた。
「みんな、なんでそんなに速く動けるの?
もう三時間は走りっぱなしなのに」
ユリアンが余裕の表情で応える。
「ここに居るのは騎士の中でも精鋭中の精鋭よ?
これくらいはできて当然なのよ。
――それにしても、アラーニアの刺客も低級眷属って奴も出てこないわね」
シュワルツ公爵が不敵に笑って告げる。
「潜んでいた奴らは、昨晩ほとんど蒸発したからな。
残っている連中も、この速度で疾走する騎士に襲い掛かる腕は持っていないのだろう。
低級眷属なら、しばらく打ち止めだ。
伯爵級魔族程度が千体も低級眷属を出したら、魔力の大半を持っていかれたはずだからな。
今は力を蓄えているのだろう」
ふと瑞希はシュワルツ公爵の言葉が引っかかって尋ねる。
「ねぇシュワルツ公爵。
これから倒す伯爵って、シュワルツ公爵なら簡単に倒せるんじゃないの?」
「簡単かどうかはやってみねばわからんが、倒せない相手でないのは確かだろう。
だがこれは、瑞希に与えられた試練だ。
お前が倒さねばならん。
私はあくまで導。道を示しはするが、それ以上のことはせん」
「そっかー、わかったよー」
不意に瑞希は、疾走する一行の前方から、強い魔力の気配を感じ取っていた。
「魔力が高まってる。距離は――二十キロ弱かな」
シュワルツ公爵が呆れた顔で瑞希に応える。
「どういう魔力感知精度だ。
何をどうしたら、それほど遠距離の魔力を感じ取れるんだ」
瑞希はシュワルツ公爵の背中で、きょとんとして応える。
「昨日、私は≪増幅≫と≪収束≫と≪加圧≫の術式を知ったからね。
警戒魔術結界にそれらを応用してるだけだよ。
敵の位置だって分かってるし、別に不思議なことじゃないでしょう?」
今、瑞希は警戒魔術結界を大きく変形させて展開していた。
魔力を三種の術式で遠くまで打ち出し、伯爵が居ると思われる廃墟の街まで覆う結界だ。
『見てはならない』ようだが、網に引っかかった魔族の位置を知ることは問題がないようだった。
もちろん、それだけで警戒魔術結界をそれほど遠距離まで維持できる訳が無い。
瑞希の人間離れした、高度な魔力制御技術があってこそだ。
シュワルツ侯爵は少し疲れたような表情を浮かべた。
「……そうだな。考えたら負け、だったな。
それよりどうする?
相手は術式を放ってくるつもりだぞ。
一度は守ってやるが、二度目は自分で対処しろ」
瑞希は森に拓けた道の先を見据えながら思考を巡らせた。
「んー……これならどうかな?」
瑞希がシュワルツ公爵の背中から、細い≪火竜の息吹≫を放った。
空気を切り裂く音とともに、細いレーザービームが道の先まで伸びていき、掻き消えた。
「――今回も『削った』ね。
伯爵に当たったはずだよ。
魔力も小さくなったから、術式を中断させることはできたんじゃないかな」
「なぜそれほど正確な狙撃が……いや、考えるのはよそう。
予定が狂ったから今のうちに教えておくが、魔族は瘴気を持っている。
並の人間が瘴気にさらされると、心身に悪影響を受ける。
伯爵程度の瘴気なら即死することはないが、防御結界術式を使えなければ、満足に戦うこともできないだろう。
どこかで休憩をして、それを教えることにしよう」
防御結界術式――瑞希は似たものに覚えがあった。
『死の権能』に耐えるための、防御結界魔法だ。
「それなら、これでどうかな?」
瑞希が即興魔術を発動させると、シュワルツ公爵の身体を淡く赤い光が覆った。
防御結界魔法を真似た、魔術結界だ。
シュワルツ公爵が呆然として己の身体を見ていた。
「……どこでこれほど高度な魔術結界を覚えた」
「この前の戦争で、霧の神が防御結界魔法を見せてくれたからね。
同じような結果になる術式を、即興魔術で再現しただけだよ」
シュワルツ公爵が、走りながらがっくりと項垂れた。
「瑞希お前、神の領域に触れぬよう注意をしておけよ?
私をここまで呆れさせる人間など、長く生きてきて初めて見たぞ。
――だが瘴気から身を守るなら、これで充分だ」
「うん、わかったよ。
それに魔力を温存するために、しばらくは休憩しておくね」
瑞希は即座に防御結界術式を解除し、≪意思疎通≫も解除していった。
警戒魔術だけは維持しているが、それも断続的に、必要最低限だ。
これで魔力を消耗する速度より、回復する速度が上回る。
瑞希たち一行が、森が開けた場所に到着した。
おそらくは廃墟の街があったであろう場所――そこは≪火竜の息吹≫ですっかり廃墟が吹き飛び、跡形もなくなっていた。
シュワルツ公爵が唖然として呟く。
「私はここまでやっていないぞ。
ということは瑞希の息吹か。
お前、加減というものを知らんのか」
「いくら私でも、初めて使う術式で、そこまで細かい加減なんてできないよ。
――あっ! あそこにいるのが伯爵じゃない?」
更地になった場所の奥で、一人の貴族男性が憎々し気に瑞希を睨み付けていた。
シュワルツ公爵が頷いた。
「間違いない。あれが伯爵だ。
しかし、随分と弱ってるな……
だが油断はするなよ? まだ人間をひねりつぶす程度は造作もない力を残している」
ただちに瑞希は≪火竜の加護≫と防御結界術式を騎士たちに施していった。
「ユリアンさん! 任せたよ!」
ユリアンが伯爵を見据えたまま、微笑んで応える。
「任せておいて頂戴!
――突撃!」
ユリアンを先頭に、二十一人の騎士が伯爵に襲い掛かっていった。
伯爵は三体の低級眷属を呼び出して応戦した。
だが多勢に無勢、低級眷属は瞬く間に滅ぼされ、伯爵は苦戦を強いられているようだった。
それでも伯爵は、腕を切り落とされても、足を切り落とされても、すぐに部位を再生させて戦い続けている。
ユリアンが叫んだ。
「きりがないわね! どうしたらいいのかしら!」
瑞希は地面に降り、アルベルトと共に戦況を見守っていた。
瑞希がシュワルツ公爵に尋ねる。
「ねぇ、どうしたらいいの?」
「それを考えるのが、お前の仕事だ」
「けちーっ!」
瑞希は伯爵を見据えながら思考を巡らせていく。
どうも平然と攻撃を受ける時と、嫌がる時があるようだ。
ユリアンや騎士たちもそれには気づいているようだが、どの部位を庇っているのか、特定するまでは至っていないように見えた。
――瑞希の脳裏に閃きが舞い降りた。
伯爵が大きくユリアンたちから飛び退き、着地する寸前の回避できないタイミングで、瑞希は騎士たちの間を縫うように細い≪火竜の息吹≫を放った。
なめらかな曲線を描いたレーザービームが、螺旋を描くように伯爵の身体を何度も貫いて行き、喉に直撃する寸前、伯爵は必死に上半身をずらして肩で息吹を受け止め、肩が吹き飛ばされていた。
瑞希が叫ぶ。
「ユリアンさん! 伯爵の喉を狙って!」
ユリアンは会心の笑みを浮かべていた。
「はーい! お手柄よミズキさん!」
騎士たちも伯爵の喉を狙うように執拗に攻撃を繰り出し始め、伯爵は防戦一方となり追い込まれて行く。
シュワルツ公爵が呆然と瑞希に告げる。
「≪火竜の息吹≫を曲げるなど、なにをどうしたらそんな真似ができる……
あれは直進する性質を持つ光の帯だぞ……」
瑞希はきょとんとして応える。
「やり方次第だと思うけど?
『曲がらないもの』って思いこむから発想が硬直しちゃうんだよ。
魔術なんだから、『ちょっと』応用すれば魔力制御で曲げる事だってできるよ?
シュワルツ公爵、ちょっと頭が固いんじゃない?」
言葉を失ったシュワルツ公爵の目の前で、遂に伯爵の喉がユリアンによって貫かれ、伯爵は塵となって消えて行った。
周囲を確認していたユリアンや騎士たちが瑞希の元へ集まっていた。
「アラーニアの残党の姿もないわね。
多分、伯爵が倒されたのを見て逃げてしまったんじゃないかしら。
帰り道も気を付けながら、急いで戻るわよ!」
「え?! あれだけ動き回ってたのに、またすぐに六時間走るの?!
体力持つの?! 少しくらいは休憩してもよくない?!」
瑞希が騎士たちの顔を見ると、やはりげんなりしているようだ。
ユリアンが騎士たちに向かって叫んだ。
「あんたたち! この程度で音を上げてどうすんのよ?!
馬車に戻れば休息が取れるでしょ?!
ほらほら、急ぐわよ!」
早速≪肉体強化≫で駆け出したユリアンを、騎士たちも嫌々、後を追い始めた。
アルベルトは充分に休息をとってはいたが、再び走ることにはやはり、げんなりとしていた。
「ユリアンの奴、どんだけタフなんだ……」
瑞希がシュワルツ公爵の背中に背負われるのを確認すると、アルベルトも仕方なく駆け出していった。
****
馬車に到着する頃には、すっかり日が暮れて辺りは真っ暗だ。
馬車の付近には、かがり火が焚かれていた。
走り尽くした騎士たちは、すっかり疲れ切っていた。
アルベルトも、地面に大の字になって寝転んでいる。
ユリアンも汗は流していたが、けろりとした表情で佇んでいた。
「あんたたち、今夜はここに泊るわよ。
食事の用意はできないでしょうから、糧食でも食べて凌ぎなさい。
――ミズキさんも、糧食で我慢して頂戴ね」
ザビーネが馬車から出てきて告げる。
「いえ、ミズキ様と殿下の食事くらいでしたら、私が一人でご用意いたします。
全員分は無理ですが、ヴォルフガング様とあと一人分くらいでしたら、なんとか致しますが」
ユリアンがザビーネに応える。
「じゃあそれはザビーネさんが食べなさい。
騎士は糧食を食べ慣れてるから、気にしなくて大丈夫よ」
「ユリアン様はお食べにならないのですか?」
ユリアンが微笑んで告げる。
「今の私は仕立師じゃないわ。
騎士たちを率いる身よ。
そんな人間が部下と同じ食事をとらないでどうするの?」
戸惑いつつも、ザビーネは頷いた。
瑞希も魔術で明かりを追加して料理を手伝っていった。
焚火の周りで騎士たちが寝転ぶ中、今夜もシュワルツ公爵が不寝番を担当していた。
その横に瑞希は座り込み、静かに焚火を見つめていた。
「――これで、私は『神の試練』って奴を終えたの?」
シュワルツ公爵が苦笑を浮かべて応える。
「そうだな。私が伝えられた内容はすべてこなしているはずだ。
あとは霧の神が休息から目を覚ませば、お前は選択を迫られる事になる。
――しかし、全くもって信じられん存在だな、お前という奴は。
これほどたやすく終えられる試練ではなかったはずだ。
異世界人だからなのか、神の血を引いているからなのか、それはわからんが……
長く生きてきたが、ここまで私を困惑させた人間は、お前が初めてだ」
「霧の神も時々驚いていたくらいだし、私はよっぽど変な人間なのかなぁ?
元の世界じゃ、ただの中学生だったんだけどな。変なの」
「それで、お前は元の世界に戻るのか?
それとも、この世界に残るのか?」
瑞希は焚火を見つめて思案していた。
「んー、そこは霧の神と相談して決めようかと思ってるんだけど……
なんでそんなことを聞いたの?」
シュワルツ公爵が穏やかな笑みで応える。
「お前がこの世界に残れば、お前の魂は、この世界のシステムに組み込まれる。
いつかまた、生まれ変わったお前と出会う日があるかもわからない。
それを知っておきたくてな」
「生まれ変わり?
人間が生まれ変わる世界なの? ここは」
「そう聞いている。
人は死ぬと『創世の神』の元へ魂が導かれ、再び地上に降ろされる、とな。
――これは今の時代の人間が知らぬことだ。他の者には秘密にしておいてくれ」
瑞希が眉をひそめた。
「知られちゃ困ることなの?
そんな秘密を教えられても、私も困るんだけど」
「なに、今の時代では生まれ変わりが忘れられ、ただ『創竜神様の元へ招かれる』と言われているだけだ。
無用な混乱を引き起こしたくない。
創世の神の名も、忘れられて久しい。
あるいはどこかに伝承が残っているかも知れんが、その程度の秘密だ」
「そっか、それくらいなら別にいいけどさ。
――また私の魂と出会いたいって、シュワルツ公爵とはここでお別れってこと?」
「王宮までは見送ってやろう。
だがそこで私の役目も終了だ。
私は再び、元の世界に戻る」
「そっか。残念だね、せっかく出会えたのに。
元の世界ってどういう所?」
「人間界から少しだけ離れた場所だ。
そこから我らは、人間界の様子を見守っている。
必要があれば、人間たちに手を差し伸べるよう命じられる」
「シュワルツ公爵は初めて人間に手助けしたの?
どんな感想だった?」
「今回が初めてという訳ではないが、そうだな……赤竜の奴が人間に入れ込む気持ちが、少しだけ分かった気がする。
『お前となら、いつか再び出会いたい』と、そう思ったよ」
瑞希はニカッとシュワルツ公爵に笑いかけた。
「そっか! いつかなんて言わないで、普通にまた会おうよ!
何もせずにお話だけして帰るくらいは、きっと許されるんじゃない?
このまま王宮で少しの間、一緒に過ごしたっていいし!」
シュワルツ公爵の目が、眩しいものを見るように細められた。
「……そうだな。それもまた、少しくらいは許されるやもしれん。
少しの間、滞在させてもらおう」
瑞希は満足そうに頷くと、「じゃあ私も寝るね!」と言って立ち上がり、毛布にくるまっていった。
シュワルツ公爵は、瑞希の寝顔を静かに微笑んで見守っていた。




