49.前哨戦
王宮に戻ってきたユリアンは、急いで討伐隊から二十名を選抜していた。
瑞希が小首を傾げながらユリアンに尋ねる。
「精鋭を選び抜いたのに、さらに数を減らしちゃうの?」
ユリアンが瑞希に振り返りながら応える。
「とっても強い相手なのでしょう?
鍛錬が不足している人間を連れて行くのは足手まといよ。
私がフォローする必要がない人間を選んだの」
アルベルトも軽鎧姿でユリアンに告げる。
「私は瑞希を守ることに専念する。
悪魔の伯爵はユリアンたちに任せることになる。
頼んだぞ」
「そうしてちょうだい。
アルベルト殿下が前に出てきても、邪魔にしかならないわ。
死人を出したくなかったら、大人しく後ろに居てね」
アルベルトが苦笑を浮かべた。
「悔しいが、何も言い返せないな。
――目的地はここから馬車で街道をおよそ二日、森を一日足らずといったところだ。
それで問題ないな?」
ユリアンが小さくため息をついた。
「時間的にはギリギリね。
これが終わった後を考えると、頭が痛いわ。
急いで作ってる服があるのだけれど、遅れるわけにもいかないの」
瑞希が申し訳なくなり、眉をひそめてユリアンに告げる。
「ごめんねユリアンさん。
無理を頼んじゃってるよね」
ザビーネが準備を整えて瑞希の傍で佇んでいた。
「ミズキ様、私もお供いたしますので、ご承知おきください」
「だめだよ!
戦争より危ないことになるんだよ?!
ザビーネを連れていく事なんて、できないよ!」
「ミズキ様が数日の旅程をこなされるのです。
身の回りのお世話をする侍女が、一人は必要となります」
瑞希もザビーネも互いに譲らず、周囲は困ったように笑っていた。
シュワルツ公爵が小さく息をついた。
「――侍女の一人くらい、私が面倒を見てやる。
口論している暇があれば、早く出発しろ」
三台の馬車と騎兵を連れて、一行は王都を立った。
瑞希とアルベルト、ヴォルフガングにザビーネ、ユリアン、そしてシュワルツ公爵が一つの馬車に乗っている。
ヴォルフガングがシュワルツ公爵に尋ねる。
「相手の能力がどんなものか、教えてはもらえないのかな?」
「そうか、悪魔の詳細までは伝承が残っていないか。
――強い魔力を持ち、独特の魔導を使う。
浄化の炎以外では、ダメージを与える事が難しいだろう。
低級眷属を生み出し、使役する事もできる。
これ以上は、実際に刃を交えながら肌で感じた方がよかろう」
アルベルトがシュワルツ公爵に尋ねる。
「神と争う程の存在なのだろう?
神の力を借りずに、人間が戦える相手なのか?」
「伯爵程度なら、人間でもなんとかなるはずだ。
爵位で分かる通り、大した力など持っていない。
せいぜい、一瞬で王都を壊滅状態にするのが関の山だ」
ユリアンの頬が引きつった。
「……ちょっと待ってもらえる?
私たちの相手って、そんな化け物なの?
そんな相手が『大した力がない』って、どういうこと?
そんな力を振るわれたら、私たちなんて一瞬で全滅よ?」
シュワルツ公爵が不敵に笑った。
「一度くらいは守ってやる。
二度目からは、瑞希の力次第だ。
一度目で『無理だ』と判断したなら、そのまま逃げ帰るがいい。
――神と悪魔の戦いは、それほど強大な力のぶつかり合いだった、というだけの話だ」
全員の視線が瑞希に注がれた。
瑞希は明るい笑顔で告げる。
「大丈夫、なんとかなるよ!」
****
一日半が経過し、すっかり日が暮れた頃、馬車は街道沿いの森の前に辿り着いていた。
かつてはここから街へ続く道があったのだろうが、今ではその気配すら残っていない。
シュワルツ公爵が前に出て告げる。
「ここから街までの道を作ればよいのだな?」
瑞希が頷いた。
「うん、できるだけ広くて安全な道をお願い!」
シュワルツ公爵が苦笑した。
「注文が多いな――まぁいいだろう」
シュワルツ公爵が森に向かって大きく口を開けると、その口の中に眩い光が集まっていった。
次の瞬間、真っ青な太いレーザービームが轟音と共に口から放たれ、森を貫き、一瞬で焼き払っていく。
しばらく放射されていたレーザービームは次第に細くなり、空気にかき消えて行った。
レーザーに焼き払われた森には、二十メートル幅の真っ直ぐな道が出来上がっていた。
一同が言葉を失い呆然とする中、瑞希だけは真剣にシュワルツ公爵の姿を見つめていた。
「……それ、魔導術式なんだね。
すごいね、そんなこともできるんだ」
振り向いたシュワルツ公爵が楽しそうに瑞希に応える。
「瑞希に見様見真似ができるか?
お前の魔力では、同じ芸当は難しいだろう」
瑞希が小首を傾げた。
「え? だって増幅と収束をいくつも重ねる術式でしょう?
その個数を増やせば私の魔力でも、それなりのものを再現できると思うけどなぁ?」
シュワルツ公爵が呆気にとられた。
「まさか、≪火竜の息吹≫まで一目で見抜いた上に≪増幅≫と≪収束≫まで読み解いたのか?
もう驚くのも馬鹿らしいが、お前なら神の奇跡すら使えてしまうのかもしれないな」
「ああ、それは『人間が使うとペナルティを受けるからやるな』って言われてるよ?」
「……もう何も言うまい。
それより、道が出来たとはいえ、夜の森を進むのは避けた方が良いだろう。
今夜はここで野営をするがいい」
****
街道から少し離れた場所で、一同が焚火を囲んで夕食を口にしていた。
瑞希がザビーネに告げる。
「ザビーネは馬車を守る騎士と一緒に、ここに残って居てよ。
すぐに終わらせれば、一晩野営するだけで済むし、そのためにザビーネを連れて行くのは困ることの方が多いよ。
アルベルトだって一緒だし、シュワルツ公爵だっているんだよ?
私の安全は保証されたようなものだよ?」
ザビーネも、先程のシュワルツ公爵の≪火竜の息吹≫ですっかり腰が引けたのか、大人しく頷いた。
「わかりました。
あのような強大な力が飛び交う場所に、私が居ては確かに足手まといです。
ここでミズキ様のご無事を祈願しております」
アルベルトが微笑んでザビーネに告げる。
「ミズキの身は私が必ず守り通す。
安心して欲しい」
ヴォルフガングが瑞希に告げる。
「私もおそらく、足手まといだろう。
シュワルツ公爵に全てを任せ、この場で君たちの健闘を祈っておくよ。
ザビーネのことは、私に任せなさい」
瑞希が笑顔で応える。
「わかった!
それじゃあザビーネはよろしくねヴォルフガングさん!」
夜遅く、自然と瑞希の目が覚めていた。
周囲の騎士やユリアン、アルベルトも起き上がり、剣を抜いていく。
瑞希も体を起こし、森の奥を見据えた。
(なんだろう……なんだか嫌なものが近づいてくる気配がする……)
焚火の傍で座っていたシュワルツ公爵が告げる。
「低級眷属だ。
腕試しに、軽く蹴散らしてみるがいい」
森の奥からやってくる者――それは三メートルほどの身長を持つ、全身を漆黒に染めた、人型の怪物だった。
山羊の足を持ち、牛の頭をしている以外は人間のように見える。
それが五体、俊敏な動きでこちらに迫ってきていた。
騎士たちは剣で応戦していくが、体格が違い過ぎることで苦戦を強いられていた。
ユリアンは一人、即座に順応して相手に斬撃を加え続けている。
周囲の騎士はそれを真似るように戦うことで、次第に優勢となっていった。
ユリアンが叫ぶ。
「こいつら、ほとんどダメージを受けてないわ!
ミズキさん! なんとかならないの?!」
「――任せといて!」
即座にユリアンや騎士たちに≪火竜の加護≫を施していく。
騎士たちの斬撃に炎が乗るようになり、低級眷属が斬撃を嫌がるように避け始めた。
体格が違うとはいえ、二十一対五――十五分も経つ頃には、最後の一体が斬撃を受けて塵となっていった。
息を荒げるユリアンたちに、瑞希が声をかける。
「やったね! さっすがユリアンさん!
低級眷属は、なんとかできそうだね!」
ユリアンは疲れた微笑みで応える。
「そうね、身体が大きくて力が強いだけだから、私たちでもなんとかなるわね」
シュワルツ公爵が再び告げる。
「果たしてそうかな?
低級眷属の真の恐ろしさは物量だ。
森の奥を、よく見てみろ」
瑞希たちが森の奥に目を凝らす――遠くから、黒い集団がこちらに向かっているのが見えていた。
ユリアンが叫ぶ。
「ちょっと! 百や二百どころじゃないわよ?!
どれだけの数が居るのよ?!」
シュワルツ公爵が応える。
「……ざっと千足らず、か。
伯爵からの挨拶返し、といったところだ」
アルベルトが瑞希に尋ねる。
「ミズキ、どうにかできるか?!」
瑞希は眉をひそめて思案していた。
「んー、そうだなぁ……じゃあシュワルツ公爵の真似をしてみようか!
みんなそこをどいて! 後ろに下がって!」
シュワルツ公爵を含め、一同が瑞希の一挙一動を見守っていた。
瑞希が口を開けると、その口から轟音とともに真っ青な太いレーザービームが飛び出し、再び森をつき進んでいく。
レーザービームは低級眷属の軍隊を焼き尽くし、さらに奥まで付き進んでいった。
その時、瑞希の感覚に『削った』手応えがあった。
おそらく伯爵に≪火竜の息吹≫が届いたのだろう。
レーザービームが掻き消えると、一同は静まり返っていた。
シュワルツ公爵が一人、手を打ち鳴らしている。
「いやいや、見様見真似の≪火竜の息吹≫、お見事という他はない。
よくぞ人間の魔力で、その威力を出せたものだ」
瑞希が疲れ切った笑顔で応える。
「でも、さすがに魔力は限界かな……
私はもうこれで寝るねー」
言うが早いか、瑞希は毛布にくるまり寝てしまった。
周囲も瑞希の寝顔を見て微笑みながらため息をついた後、再び毛布にくるまっていった。
****
翌早朝、瑞希はいつもの時間に目が覚めた。
周囲を見ると、まだ寝ている者ばかりだ。
シュワルツ公爵が一人、焚火の前で不寝番をしていた。
「どうした、まだ寝ていなくていいのか?」
瑞希がはにかみながら応える。
「いやぁ、毎朝この時間に起きてるから、つい起きちゃった」
瑞希も焚火の前に腰を下ろした。
十一月中旬の早朝だ。
旅装でも、手足は凍えていた。
「あったかぁ~い」
手足を焚火で温める瑞希が漏らした気の抜けた一言に、シュワルツ公爵が笑いを漏らした。
「フッ、昨晩あれほどの人間離れした魔導を見せたお前が、それほど人間臭い言葉を吐くとはな。
実に面白い奴だ。
――あれは、私が見せた≪火竜の息吹≫を真似ただけではないな?
何をどうやったんだ?」
「あー、あれ?
≪増幅≫と≪収束≫だけじゃ足りないかなって思ったから、≪加圧≫の術式を組み込んでみたんだよ。
私の魔力が小さいから、やってみただけって感じだけどね」
シュワルツ公爵が唖然として応える。
「……そんな術式、存在を知らんのだが」
「そうなの? いつも即興魔術だから、既存で同じ魔術があるかどうかなんて、わかんないんだよね」
シュワルツ公爵が楽しそうに含み笑いをしていた。
「考えるだけ無駄、という奴なのだろうな。
異世界人とは、これほど異質な存在なのか。
今まで苦労も多かっただろう」
「そうだねぇ……悪目立ちはしてきたかな。
でも周りももう、私の事は諦めてるみたいだし、もう大丈夫だと思うけど」
「元の世界に帰る覚悟は決まったのか?」
「私はこの世界で幸福になるつもりだよ!
でも帰らなきゃいけなくなったとしても、私はそこでも幸福になって見せる!
この世界の思い出を胸に、強く生きていく事ができるはずだって、そう思えるからさ!」
シュワルツ公爵の目が、穏やかに微笑む瑞希の目を見据えていた。
「……フッ、瑞希なら、きっと願いを叶えられるだろう」
「もっちろんだよ!」
****
朝食の席で、ユリアンが一同に告げる。
「私は本職の都合があるから、あまり時間をかけたくないの。
目的地まで五十キロ弱。
アラーニアに襲われる事も考慮して、≪肉体強化≫術式を維持して走り切るわよ。
そうすればお昼には辿り着けるし、日が暮れた頃には戻ってこれるはず。
ネックはミズキさんと殿下だけど――」
アルベルトは力強く頷いた。
「その程度なら、訓練でなんども走破している。
問題なく付いて行けるとも」
シュワルツ公爵が続く。
「ミズキは私が背負おう。
それで解決だ」
ユリアンが頷いた。
「じゃあ、朝食が終わったら、すぐに出発するわよ!」
一同が気勢を上げ、拳を掲げ応えていた。




