48.コア奪還作戦
瑞希は朝食が終わると、ヴォルフガングとアルベルトを交えてこれからの対策を相談していた。
緊急事態なので、また魔導学院は欠席することにした。
瑞希は王都の地図を前に、腕を組んで考えこんでいた。
ヴォルフガングが興味深そうに瑞希に尋ねる。
「『魔導で魔族を追いかけるな』と言われただろう?
地図を使って、何をするつもりなんだい?」
瑞希が腕組みをしながら応える。
「多分それは『直接見てはいけない』ってことなんじゃないかって、そんな気がするんだ。
前に≪過去視≫でアラーニアに所属する人間は映せたし。
会場に居た刺客の過去を辿る事もできたから、組織の人間が全て魔族って訳でもないんだと思う。
危なくなったら私には多分わかるし、その時に術式を中断すればいいだけだと思うんだ」
ヴォルフガングが顎に手を当てて考えた。
「ふむ……確かに、間接的に知る方法はあるだろう。
だがなんども魔導で魔族の背中に迫るような真似は、やはり控えた方が良いと思う。
それは繰り返すほど、徐々に魂が穢れていく行為になるはずだ。
近寄らずに情報を得る手段を考えるといい」
「近寄らずに情報を得る、か……じゃあこれならどうだろう」
さっそく即興魔術を組み上げ、発動させる。
地図の上に火が一つ灯り、位置を示していた。
悪寒を感じる事もないようだ。
「うまくいった――魔導兵器のコアの場所だよ。
周囲を探るのは怖いからやってないけど、映像は映してみるね」
≪現在視≫の画面が現れ、一人の男が映った。
映像が乱れてよくわからないが、どこにでもいる平民の姿をしているようだ。
廃屋のような場所で腰を下ろし、休んでいるようだった。
ヴォルフガングが瑞希に尋ねる。
「なぜこれほど映像が乱れているんだい?」
「魔導兵器のコアの因果も、追いかけるのが大変なんだ。
術式を安定させるのが難しくて、どうしても乱れちゃうみたい」
アルベルトが告げる。
「ともかく、この位置に留まっているようだな。
騎士団から精鋭で討伐隊を編成して向かわせよう」
瑞希がアルベルトに叫ぶ。
「ちょっと待って!
ヴォルフガングさんがやられちゃうような相手だよ?!
騎士団の精鋭で相手が出来るの?!」
ヴォルフガングが楽しそうに笑った。
「ははは! 私はローヤと同じで、もう大きな魔導を使うことはできないさ。
若く屈強な騎士団の精鋭が数を揃えれば、なんとかなる相手だと思うよ。
――それより、その場所には刺客が多く潜んでいると見るべきだ。
充分な数の兵力を向けた方が良いが、そうすると気配を察知し、逃げられることになるだろう。
どうしたらいいか……」
瑞希がきょとんと小首を傾げた。
「私がこうやって≪現在視≫で見張りながら、魔導兵器のコアの位置を討伐隊に知らせればいいんじゃない?
この際だし、ユリアンさんにも協力してもらったら頼もしいかも?
――ちょっと話をしてみようか」
瑞希が≪映像通話≫をユリアンにつなげると、ユリアンは術式に驚いたようで、即座に大きく飛び退いていた。
『なに?! なんなのこれ?! あなた、ミズキさん?!』
「あはは、ごめんねユリアンさん。驚かせちゃった?
ちょっと助けて欲しい事があるんだけどさ――」
瑞希はアラーニア討伐隊に加わって欲しいと、事情を簡潔に説明した。
『んー、他ならぬミズキさんのお願いだし、数日くらいなら応じてあげてもいいけど、それ以上は私も忙しいから無理よ?』
瑞希は笑顔で頷いた。
「充分だよ! ありがとう! それじゃあ今すぐ王宮に来てもらえるかな?」
『わかったわ。すぐに向かうから待ってて』
瑞希が≪映像通話≫の術式を終え、アルベルトに振り向く。
「じゃあアルベルト、討伐隊の編成はお願いね!」
アルベルトが頷き、部屋を出ていった。
ヴォルフガングが嬉しそうに微笑んで告げる。
「ようやく『いつものミズキ』に戻ったね。
これなら、魔導兵器のコアを奪還するのはすぐにできるだろう。
だがアラーニアの首魁を倒すというのは、とても難しいことだと思う。
その所在すら、知ることが出来るか分からない。
それについて、何かアイデアはあるのかい?」
瑞希はしばらく腕を組んで考えた後、笑顔で応えた。
「まず、国内に居るのかどうかを確かめてみようか!」
****
瑞希の前には、ドライセン王国を簡易に表現した箱庭が置いてあった。
その材料には少しずつ、瑞希の血を加えることで魔術的因果を加えてある。
――類感魔術によって構築された、魔術的にはドライセン王国そのものといえるミニチュアだ。
そのミニチュアの中で、染み込ませた自分の血が穢れている場所を探っていった。
魔族が存在しているのなら、その場が魔術的に穢れているはずだ、という直感だ。
「――あった。ここだよ。
王都から結構距離があるね。
ここにアラーニアの本拠地があるんじゃないかな」
瑞希の指が指し示したのは、王都の南西にある森の中。
かつては古い街があったと言われる場所だ。
隣国から侵攻を受けて街が滅んだ時、そのまま放置されたと言われていた。
ヴォルフガングが腕組みをして顎に手を当てて思案していた。
「なるほど、人が寄り付かない廃墟の街か。
アラーニアの本拠地かは分からないが、国内の拠点、その一つだろう。
だが廃棄された街だ。近くまでは街道を使えるが、アラーニアが潜む森の中を進まねばならない。
注意はしておいた方が良いね」
瑞希がしばらく天井を見上げた後、静かに告げる。
「これは多分、私も現地に行かないと対処しきれない。
相手は神話に出てくるみたいな相手なんでしょう?
王国軍だけじゃ手に余ると思うんだ。
だけど森の中を進むのは、やっぱり危険だよね……そうだ!」
早速、瑞希は≪現在視≫の画面を作り出すと、画面の向こうにシュワルツ公爵が映し出された。
シュワルツ公爵が驚いた顔で告げる。
『……これはどういうことだ。
人間が我らの姿を捉えるなど、いくら神の血を引くとはいえ、できるとは思えないのだが』
「『お互いが神の血を引くから』だよ!
神の血の因果を利用して、私とシュワルツ公爵の因果を強めたんだ。
本当に霧の神の方が神格が上なんだね。私の思う通りに創竜神の因果に辿りつけたよ」
『呆れたな……そんなことを、あっさりとやってのけたとでも言うのか?
それがどれほどの大魔術か、分からぬ訳でもあるまい』
瑞希がきょとんと小首を傾げた。
「え? 大魔術なの? 私がいつもやってることだよ?
未来に干渉する魔術より、よっぽど簡単だったけど」
意表をつかれた顔をしたシュワルツ公爵が、急に楽しそうに笑いだした。
『ははは! 今までの経緯は話で聞いていたが、どうやら話以上にとんでもない人間のようだ!
――それで? 私に何を頼みたいんだ?
頼みごとがあるから、回線を開いたのだろう?』
「うん! 実はね、魔族の居場所までは突き止めたんだけど、森の中にいるみたいなんだ。
だから途中の森を焼き払ってもらえないかなって!
シュワルツ公爵なら、簡単に道を作れるでしょう?」
『……魔導で魔族を追うな、と伝えたはずだ。
どうやって突き止めた』
「王国のミニチュアを作って、穢れている場所を探し出しただけだよ?
コアの場所も、コアを追いかけることで位置だけはわかったし。
討伐隊を編成して、コアはこれから奪い返すつもり。
そのあと、魔族の――伯爵、だっけ。それを倒しに行くことになるね!」
『コアをおいかける? あの、神の分身とも言える物質の因果を追いかけたとでもいうのか?
王国のミニチュアも、魔術的概念として成立させるのは容易ではないはずだ。
……つくづく、途方もない魔導の才能だな。
いいだろう。手を貸してやろう。王宮に向かえばいいのだな?』
「うん! 待ってるね!」
****
アルベルトが室内に、ユリアンと共に慌ただしく戻ってきた。
ユリアンは軽鎧を着こんで腰に剣を帯びている。
「ユリアンが尋ねてきていたから、一緒に連れてきた。
討伐隊は騎士団と近衛騎士団から精鋭を合わせて百名。
ユリアンには討伐隊を指揮してもらう事で話が付いた」
瑞希が驚いて応える。
「ユリアンさんが騎士団を指揮するの?!
だってユリアンさん、軍人じゃないでしょ?!」
ユリアンが肩をすくめて苦笑した。
「私の顔なじみが多く揃っていたのよ。
シュトロイベル公爵が『そうした方が良い』と言ったら、ほとんど反対する人が居なくてね。
ルートヴィヒ侯爵が残りの人間を説得して、私が陣頭指揮を執る事になっちゃった」
瑞希はユリアンの甲冑姿という珍しいものを眺めながら応える。
「そっかー、じゃあよろしくね!
ユリアンさんとは、≪映像通話≫で回線を開きながら状況を進めよう!
これが終わったらもっと大物が待ってるから、被害は最小限にしようね!」
ユリアンがきょとんとした顔で応える。
「もっと大物? まだいるの?」
瑞希はアラーネアの首魁である魔族や、その根城を突き止めた事をざっくりと伝えた。
「なるほどね。
――まぁそういうことなら、そのつもりで私も臨むわね」
「現地は任せたよユリアンさん!」
≪映像通話≫の画面から、ユリアンが告げる。
『廃屋を騎士団で取り囲んだわ
中の様子はどう?』
「そっちにも≪現在視≫の画面を転送するね」
ユリアンの視線が横にずれた。
『……気配に気が付いて、対応を考慮してるみたいね。
これなら、一気に畳込めそう。
――突撃!』
突然、身を翻して一声叫んだユリアンが、≪肉体強化≫術式を使い、恐ろしい速さで廃屋に突入していく。
画面越しでは、ユリアンの動きはまるで瑞希の目で追えなかった。
周囲の騎士たちも、ユリアンに遅れて突入し、中に潜伏するアラーニアの構成員らしき人間を切り伏せていく。
『――そこ! 油断しないで! ちゃんと鍛錬してるのかしら!
――あなたもよ! 周りをよく見なさい!』
先頭を疾駆しながらも、ユリアンは周りをフォローしながら戦い、声を飛ばしていた。
アルベルトが冷や汗を頬に流しながら呟く。
「とんでもない腕だな……近衛騎士団にスカウトされたというのは、伊達ではない。
三年間、仕立師をしていた男の動きでもない。
おそらく、ずっと鍛錬は続けていたのだろう」
魔導兵器のコアを持った人物は、突然の状況の変化に戸惑い、対応しきれていないようだ。
あっさりとユリアンがその姿を捉え、数度刃を交えただけで切り捨てていた。
男の懐をユリアンが物色し、真珠のようなものを取り出した。
『魔力が強い物っていったらこれね。
――ミズキさん、これであってる?』
「うん! それがコアだよ! ありがとう!」
ユリアンは嬉しそうににっこりと微笑んだ。
****
瑞希が画面を見ながら小さくため息をつくと、背後で拍手が鳴らされた。
振り向くと、いつの間にかシュワルツ公爵がそこに佇んでいた。
「いや、これは脱帽だ。
魔術を知って一年の人間が見せる魔導ではない。
下手をすれば、我々よりも流麗な魔導と言える。
『古き神の子』とも聞いていたが、神の奇跡のような才能だ。
――瑞希になら、この術式を真似ることもできるのではないか?」
シュワルツ公爵が腰の剣を抜き放ち、術式を起動させると刀身を魔力が包み込んだ。
そのままシュワルツ公爵が一振りすると、刀身から炎が噴き出していた。
シュワルツ公爵が剣を納めながら告げる。
「≪火竜の加護≫という術式だ。
剣を振るう者の闘気に応じて浄化の炎を発生させる。
伯爵との戦いを、有利に進めることが出来るだろう。
どうだ? 瑞希。竜の魔術だが、真似はできるか?」
瑞希は真剣な顔でシュワルツ公爵を見つめながら、アルベルトに告げる。
「――アルベルト、剣を構えて」
「今すぐか? ――わかった」
アルベルトが剣を構えると、即座に瑞希が即興魔術を施した。
アルベルトは手に持つ剣の刀身が魔力に包まれるのを確認し、気合と共に振り抜いた。
その刀身からは、見事に炎が噴き出していた。
再びシュワルツ公爵が拍手で瑞希を称えていた。
「一目で真似て見せるのはさすがだが、もう驚くほどのことでもないだろう。
今までの魔導を見ていれば、出来て当たり前の芸当だ。
竜の魔術を人間が見様見真似など……フッ、これを赤竜が知ったら、どれだけ悔しがるか」
瑞希がきょとんと小首を傾げて尋ねる。
「赤竜さんってどんな人?」
「テンションの高い、世話焼きの竜だ。
根が獰猛だから、怒らせると質が悪いがな。
人間界に降りてくるのは、もっぱら赤竜の役目だった」
「今回はシュワルツ公爵が指名されたって話だったよね。
『霧の神と相性がいい』って、どういうこと?」
「私の息吹は『黒龍の息吹』。
触れた者の寿命を奪う息吹だ。
霧の神の『死の権能』に近いものだと思えばいい。
神の権能ほど強い力ではないが、物理攻撃が通用しない相手には有効だ」
瑞希がぽんと手を打った。
「ああ、シュワルツ公爵って、本当は黒龍っていうんだね。
だから黒い服を着てるのか」
シュワルツ公爵は何も応えず、静かに微笑んでいた。




