46.異変
周囲が状況を理解できない瞬間が続いていく。
瑞希たちもまた、混乱して即座に対応が出来ずに居た。
下位貴族とすり替わった刺客が、倒れた瑞希の首筋目掛けて刃を振り上げた。
――次の瞬間、刺客の体がユリアンによって取り押さえられていた。
「ミズキさん、傷は大丈夫?!」
真剣な顔で尋ねてくるユリアンの声で、瑞希も我に返る。
刺されたのは腹部の急所、刃は内臓より手前で止まっている。
防刃魔術を施したドレスは刃を完全に防ぐことはできていないが、致命傷には程遠い。
ご丁寧に毒も塗っていたようだが、瑞希を即死させるには至っていない。
「大丈夫、これぐらいならすぐに治癒できるよ」
治癒術式で自分の傷を癒し、毒を中和していく。
それと同時に刺客に≪捕縛≫の術式を施して自由を奪った。
アルベルトも我に返り、瑞希を支えながら立ち上がるのを手伝った。
「ミズキ、何が起こったんだ?」
瑞希の目が、床に倒れ込んで痙攣している刺客に向けられた。
「……この感じ、多分アラーニアの刺客、だね。
でも≪捕縛≫術式がちょっと遅かったみたい。
もう毒を飲んで死にかけてる。私の術式じゃ、命を救うのは無理かな」
「傷はもう大丈夫か?」
「うん、ドレスの防刃魔術結界のおかげで、致命傷は避けられたから。
毒も塗ってあったけど、私には効かなかったみたい。
ちょっと痛みは残ってるけど、それくらい。
――ユリアンさん、ありがとう。おかげで助かったよ」
ユリアンは刺客が毒で事切れるのを確認した後、ため息をついていた。
瑞希の言葉に反応し、微笑みながら立ち上がった。
「どういたしまして。
大切な友達を守れてよかったわ。
――それにしても、あの瞬間に対応できたのが私だけだなんて不甲斐ないわね。
身辺警護は何をしていたのかしら」
ユリアンに睨み付けられた付近の兵士が、肩を震わせて萎縮していた。
彼らはこの事態に即応できず、最後まで混乱し続けていた。
わずかに怒気を孕んでいるユリアンに、優しい声がかけられる。
「まぁそう言うな。
あの瞬間にあれだけ機敏に対応できたのは、お前だからだ。
だから『近衛騎士団に入らないか』と誘ったんだ」
シュトロイベル公爵がクラインたちを連れて近寄ってきていた。
クラインが瑞希に駆け寄り肩に触れた。
「ミズキ、本当に無事?!」
「大丈夫、傷は全部治療したよ。ありがとう」
国王たちも近衛騎士を引き連れ、血相を変えて駆け寄ってくる
「ミズキ! 無事か!」
「大丈夫?! ミズキ!」
瑞希は微笑んで応える。
「大丈夫、心配は要らないよ国王陛下。
このドレスのおかげで、大事にはならなかったから安心して」
二人は瑞希の無事を確認して、ようやく安堵のため息をついた。
王妃がユリアンを見つめて告げる。
「ユリアン。あなたの仕事、確かに見せてもらったわ。
あなたにドレスを発注してよかったと、今は心の底から痛感しているの。
本当にいい仕事をしたわね。ありがとう」
ユリアンは微笑んで王妃に応える。
「あら、ありがとう王妃殿下。
仕立師の仕事で褒められるのは、私としても誇らしいわ」
シュトロイベル公爵が刺客の刃を確認しながらユリアンに告げる。
「――この刃、防刃魔術結界対策が施されているな。
よくもこれから命を守り切ったものだ」
国王がユリアンを見た。
「ユリアン・フェッツナー子爵令息、だったな。
後で褒賞を与える。
お前の仕事がミズキの命を救ったのだ。
刺客を取り押さえた事も含めて、大いなる貢献だ。
――ミズキ、ドレスが破れてしまった。着替えに戻ろう」
そのまま瑞希はアルベルトの付き添われ、国王と共に控室へ移動していった。
****
控室に移った国王の目が、瑞希を静かに見つめた。
「今回、ミズキは油断をしていたのか?」
瑞希は俯いて応える。
「それは否定できないかな。
だけど、いつも通りの対応はしていたはずだよ。
途中で刺客が紛れ込むのを許したのは、言い訳のしようがないけど」
アルベルトが国王に対して声を上げる。
「父上!
ミズキを責めるようなことはなさらないでください!
ミズキだって人間です!
油断くらいはします!」
国王が慌ててアルベルトを手で制した。
「いや、そんなつもりはない。
――すまなかったミズキ。言い方が悪かったようだ。
気にしないでくれ」
ミズキは苦笑を浮かべ、静かに首を振った。
「気にしてないから大丈夫。
それより、アラーニアが私を襲う理由が分からない。
国王陛下は、どうしてだと思う?」
国王が俯いて思案した。
「……死んだ刺客から、何か情報は辿れないのか?」
「命を失った人の因果を辿るのは、とっても危うい気がするんだ。
多分、魔導の禁忌に触れてしまいやすいんだと思う。
とっても気を付ければできなくはないと思うんだけど、できればやりたくはないかな」
「では、会場にはまだ刺客が居ると思うか?」
「少なくとも、今は居ないよ。
刺客のような危ない因果を持っている人は、見当たらなかった」
国王が思案を続けた。
「今わかるのは、『面目を潰された報復』の可能性くらいか。
アラーニアすら歯が立たぬ相手、というのはそれだけで許しがたいのかもしれん。
着替え終わったら、今夜はフェッツナー子爵令息と共に行動をしてくれ。
近衛騎士団も着けるが、それだけでは心許ない」
瑞希がふと気が付いて、控室を見渡した。
「あれ? ヴォルフガングさんは?
いつもならこういう時、傍に来るよね?」
国王がそれに気が付き、近くの兵士に声をかける。
「ヴォルフガングはどうした!」
「は、それが……報告をしようと探したのですが、見当たりません。
自宅に戻られたのではないでしょうか」
胸騒ぎがした瑞希が、慌てて≪現在視≫でヴォルフガングの姿を映し出した。
画面には、血を流して倒れているヴォルフガングの姿が映し出されていた。
****
王宮の一室でベッドに伏せるヴォルフガングが、恥ずかしそうに瑞希に告げる。
「画面越しに治癒と解毒を行えるだなんて、さすがミズキだね。
おかげで命拾いをしたよ」
瑞希は涙目でヴォルフガングに応える。
「ヴォルフガングさんを助けられて、本当に良かったよー!
死の気配が漂ってたから、本当に生きた心地がしなかった!」
ヴォルフガングが神妙な顔で思案するように俯いた。
「……ミズキ、朝食の時点で私に死の気配はあったかい?」
瑞希がきょとんとして応える。
「え? 特に濃いって程じゃなかったかな。
全くない訳じゃないけど、それはどの人も同じだし、いつものことだよ」
ヴォルフガングが頷いた。
「なるほど、命を落とす可能性が常に見えてしまうんだね。
だが今回ほどの事であれば、おそらく朝から私に濃い死の気配が見えていたのではないかな?」
「多分そうだと思う。
なんでそれに気が付けなかったんだろう?
何か間違った行動をとっちゃったのかな?」
ヴォルフガングが思案しながら瑞希に応える。
「今日の行動で、それほど大きな人生の分岐点となるものはなかったように思う。
となると、私たち以外の人間――たとえばアラーニアが急にそういった決定を下したのではないかな。
――ミズキ、神とはまだ会話できないのかい?」
瑞希は頷いた。
「気配は充分強くなってるんだけど、まだ声には応えてもらえてないよ。
休息がまだ終わってないんだと思う。
でも、ヴォルフガングさんがアラーニアに襲われたってことなの?
どうして?」
ヴォルフガングが深刻な顔で応える。
「……魔導兵器のコアが盗まれたようだ。
解体した時の記録も、同時に盗まれている」
「ちょっと?! それじゃあ魔導兵器が盗まれたって事にならない?!
一大事じゃないの?!」
ヴォルフガングが苦笑しながら応える。
「そこまで詳細な記録ではないよ。
あれは魔導兵器に使われていた古代の魔導技術、その断片だ。
あれから魔導兵器を再現するのは、私以上の魔導の天才でも簡単ではないだろう。
だがコアが盗まれた状態を捨て置くわけにはいかない。
――どうだいミズキ。犯人を追えるかい?」
瑞希が頷いた。
「やってみるね」
瑞希が早速ヴォルフガングから刺客への因果を辿って行く――その途中で、背筋を激しい悪寒が走り、慌てて因果の糸を手放していた。
青い顔で息を荒げている瑞希に、アルベルトが心配そうに声をかける。
「どうした? ミズキ。
いつもやっていることだろう?
そんなミズキは初めて見るが」
「……なんだか、追いかけちゃいけない気がしたんだ。
とっても嫌な感じがして、因果の糸を辿れる気がしないんだよ」
ヴォルフガングが顎に手を当てて考え込んでいた。
その様子に気が付いた瑞希が、ヴォルフガングに尋ねる。
「ヴォルフガングさん、何か知ってるの?」
「ああ。古い口伝として伝わる伝承なのだが、かつてこの大陸には悪魔という存在が居たらしい。
それがいつ頃の話なのか、分からないほど古い話だ。
悪魔は神と敵対し、神は人間と共に戦った――そんな神話のような話だね。
口伝の中で『魔導で悪魔を見てはならない』という戒めがある。
見た者の魂が穢れてしまうそうだ。
信じ難いが、アラーニアは、悪魔の力を借りた組織なのかもしれないね」
「ほぅ、そこまで伝承が残っていたか。
その通り、人間のように格の低い魂が、魔族を追いかけてはいかんぞ」
突如部屋に響いた重厚な声に、その場の全員が振り向いた。
部屋の入り口に、真っ黒なスーツで身を固めた厳めしい貴族男性が立っていた。
アルベルトが瑞希を腕で庇い、男性に尋ねる。
「あなたは誰だ。
貴族のようだが、私の記憶にはない顔だ。
衛兵たちはなぜ、あなたを止めなかった」
ミズキとヴォルフガングが命を狙われた直後だ。
王宮内は、普段よりも厳重な警備態勢が敷かれている。
アルベルトが知らないほどの外部の人間を、易々と通す訳がない。
男性が不敵な笑みで応える。
「人間の目を欺くことぐらい、私には造作もないことだ。
――私はシュワルツ公爵、とでも名乗っておこう。
私の正体は、瑞希になら、うっすらわかるんじゃないか?」
瑞希はその言葉に驚いていた。
――この世界で、自分の名前を正確に発音する人間に初めて会ったのだ。
すぐに因果を辿ろうとするのだが、その糸は、まるで強い向かい風の中に居るかのように、まっすぐ見ることが出来ない。
シュワルツ公爵の持つ魔力も、自分とは比較にならないほど強大なものだ。
「この感じ、この人もしかして、人間じゃないの?」
即座にアルベルトが腰の剣を抜き、瑞希を背中で庇っていた。
シュワルツ公爵が楽しそうに不敵な笑みを浮かべている。
「その通り。私は言うなれば、瑞希の同類。
創竜神様の眷属――竜だよ」




