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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:霧の国へようこそ

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45.瑞希の誕生祝賀会

 ――シュライヴ皇国、皇帝の執務室。


 シュライヴ皇帝ゼネヴァスは、ここ最近は胸を占める不安を払拭ふっしょくしようと執務しつむに明け暮れていた。

 ドライセン王国に身を寄せる異世界人、霧上瑞希――その脅威の魔導の噂の数々、どこまでが真実なのか。判断に苦しんでいた。


 シュトルム王国に圧勝してみせた事実がある。

 魔導兵器をなんらかの方法で封殺したならば、軍事力で見れば勝利するのが当然だ。

 だがあまりにも短期間で圧勝して見せ、そのかげに瑞希の魔導の噂が付いて回っていた。


 苦悩を続けるシュライヴ皇帝の元に、侍従がやってきて告げる。


「リーマン侯爵がご帰国なされました。至急報告をしたい事があるとのことです。

 それと、デネブ王国の外交官、エルツィン侯爵がお見えになっておりますが、いかがなさいますか」


 この時期に外交官が皇帝への謁見を望むなど、心当たりがなかった。

 気にはなるが、それよりも先にリーマン侯爵からの至急の報告を聞いておくべきだろうと考えた。


 シュライヴ皇帝がわずかに逡巡した後、侍従に応える。


「エルツィン侯爵は待たせておけ。

 先にリーマン侯爵をここに通せ」



 侍従が去り、しばらくすると青い顔をしたリーマン侯爵が執務室に姿を現した。

 その口から、夜会で瑞希が見せた魔導の片鱗を告げられた。



「たとえどれほど信じがたくとも、噂はすべて真実と見て今後の手を打っていくべきではないかと愚考いたします。

 ドライセン王国は危険です。直ちに出征の準備を開始するべきではないかと具申いたします」


 リーマン侯爵の手によって新たにまとめられた、瑞希に関する噂話の数々が記された報告書に目を走らせながら、シュライヴ皇帝が苦悩で顔をしかめた。


「……だが噂が全て真実であれば、兵数で上回ろうと我が軍に勝ち目はない。

 なんとかミズキを封殺する方法はないのか?!」


「私の目の前でアラーニアの刺客すら簡単に跳ねけて見せ、彼らの使う毒薬すら飲み干してみせました。

 彼女を暗殺するのは不可能でしょう。

 そして彼女の魔導を封殺する方法など、ドライセン王国のヴォルフガングですら思いつかぬのではないかと」


 シュライヴ皇帝がヒステリックに叫ぶ。


「諜報部を総動員してでも隙を探し出せ! 貴様はただちにドライセン王国に戻り、諜報部と連携をせよ!」


 リーマン侯爵が「はっ」と短く答え、執務室を辞去した。


 シュライヴ皇帝は侍従に酒を用意させ、一息で飲み干した。

 グラスをテーブルに叩きつけて侍従に告げる。


「……軍備を整えてる気配を気取けどられる訳にはいかぬ。

 早急に軍部の重鎮を集め会合を開く! 手配せよ!」


 侍従が応える。


「かしこまりました。

 それよりも、先程からエルツィン侯爵がお待ちです。

 これ以上お待たせするのは、いかがなものかと存じますが」


 既に一時間近くをリーマン侯爵と費やしていた。

 デネブ王国は軍事同盟国だ。長く待たせるのは外交関係を悪化させかねないだろう。

 ドライセン王国を前に、傍に敵を増やしたくなど無かった。


「――わかった。支度をする」


 シュライヴ皇帝が立ち上がり、謁見の準備を整えていった。





****


 シュライヴ皇帝が玉座からエルツィン侯爵を見下ろして告げる。


「して、此度こたび何用なにようまいった?」


 エルツィン侯爵は余裕の笑みを浮かべて告げる。


「恐れながら、シュライヴ皇帝に現在の状況をお伝えし、お心変わりして頂こうかとしてまいりました」


 シュライヴ皇帝の片眉が跳ねあがった。


「現在の状況、だと? 詳しくもうせ」


「はい、既にシュライヴ皇国包囲網は完成しております。

 シュライヴ皇国が軍備を整える兆候を見せれば、即座に北方周辺各国がシュライヴ皇国に攻め入るよう同意が取れております。

 ドライセン王国攻略を諦め、大人しく手を引くのが皇国を守ることにつながると申し上げます」


 シュライヴ皇帝の顔が蒼白となり、愕然としていた。

 リーマン侯爵によってシュライヴ皇国がドライセン王国に敵意を持っていると知られたのは一か月前だ。

 たったその程度の情報で、リーマン侯爵が報告をまとめて帰国するまでの間に、包囲網を作り上げるなど不可能だ。何より時間が全く足りていない。


 言葉を失っているシュライヴ皇帝に、エルツィン侯爵が余裕の笑みで告げる。


「既に北方同盟各国は、ドライセン王国を中心として三度の首脳会談を開き、即座に三万の兵を出す準備が整っております。

 半年後には五万の兵をシュライヴ皇国に向かわせることも可能です。

 ですがドライセン王国への敵意をおさめれば、我らは手を出さないという同意も取れております。

 シュライヴ皇国民のためにも、愚かな考えはお捨てになられた方がよろしいかと。

 ――お疑いでしたら、国内の各国外交官を呼び出し、話をお聞きになられても構いませんよ?」


 この一か月で北方各国と三回も首脳会談を開いた――そんな気配は、一切感じなかった。

 各国の王が移動したなどという動きは、全く見られなかったのだ。

 第一、会合場所へ移動するには余りにも時間が足りなすぎる。


 何もかもが分からないまま、一つの閃きがシュライヴ皇帝の頭をよぎった。

 シュライヴ皇帝が、絞り出すように応える。


「……それも、異世界人ミズキの魔導か」


 エルツィン侯爵が不敵に微笑んだ。


「詳しいことをお教えする訳には参りませんが、その通りです。

 彼女に逆らうだけ無駄だ、とお伝えいたします。

 ――それでは失礼いたします」


 謁見の間から去り行くエルツィン侯爵の背中を、シュライヴ皇帝は呆然と眺めていた。

 侍従に声をかけられ我に返ると、すぐに国内の各国外交官を呼び寄せるように指示した。


 エルツィン侯爵の言う通り、各国外交官も同様の言葉を口にした。

 ある者は怯え、ある者は諦観を浮かべて『彼女には逆らうべきではない』と告げていった。


 国外の情報ならば、時間差で報告が遅れることはあるだろう。

 だが国内に居る外交官の動向に『国外に出た』といったものはない。

 国内の情報を見逃すことはないはずだった。

 何が起こったのか、想像もつかない事態だ。


 北方周辺国、その認識のすり合わせが終わっていることを思い知ったシュライヴ皇帝は、諦めきった表情で項垂れていた。





****


 瑞希は一連の様子を眺めながら、暢気のんきに会議室でお茶を飲んでいた。


「すっかり心が折れたね。

 この後はもう大丈夫だと思うよ」


 国王が満足そうに頷いた。


「ごくろうだったねミズキ。

 これで我が国も、国力を回復することに専念できる」


 瑞希が大きなため息をついた。


「ほんとうに大変だったよ。

 あれだけの人数と≪映像通話≫をするのは、いくら私でもきついんだよ?

 そこはわかってほしいなぁ」


 首脳会談は瑞希の魔力でも、最大三時間が限界だった。

 ひどく消耗し、魔力が尽きかけるたびに休憩をはさみ、夜遅くまで説得と協議が続けられた。

 それを三回もやらされたのだ。

 もう二度とやりたくないと瑞希は思っていた。


 画面越しのラニエロ公爵が笑いながら瑞希に告げる。


『ははは、あれで君が人間であり、これが魔導術式だという実感を得られたよ。

 信じられない思いも捨てきれないけどね。

 北方各国首脳も、同じ思いだろうさ』


 ルートヴィヒ侯爵がいかめしい顔で不敵に笑った。


「これでミズキ殿下に逆らおうという国は、北方周辺国にはなくなっただろう。

 今回のこともどこからか漏れ伝わり、真偽不明の噂話の一つとして周辺国に知れ渡っていく。

 我が国が兵力を回復すれば、盤石というものだろう」


 シュトロイベル公爵がにこやかに告げる。


「だが神ならぬ人の身だ。

 全ての脅威を事前に知る事など、ミズキにはできない。

 油断はしない方が良いと思うがね」


 マイヤー辺境伯が頷いた。


「そこは諸外国との折衝せっしょうを続けていくしかありませんな。

 ですが、もうじき雪の季節。

 軍事行動を起こすには不向きな時期となります。

 大きな心配をする必要はありますまい」


 国王が頷いた。


「皆の者、ご苦労だった!

 本日はこれにて解散とする!」





****


 ――その日の夕食。


 アルベルトが優しく微笑みながら瑞希に尋ねる。


「もうじきミズキと出会ってから一年が経過する。

 早いものだな……

 ミズキの誕生日はいつになるんだ?」


 瑞希が顎に指を乗せて思案した。


「んー……カレンダーが少し違うからはっきりとは言えないけど、私の世界で十一月十二日――たぶん、私がこの世界に飛ばされた日だよ」


 誕生日の朝、瑞希は祖父に呼ばれ、儀式に参加した。

 おそらく霧上家の成人の儀は、誕生日の午前中に行うものなのだろう。


 アルベルトが思案してから瑞希に応える。


「そうか……それなら、私と出会った日をミズキの誕生日とするのがよさそうだな。

 お前の誕生日は、盛大に祝うとしよう」


 瑞希が顔を歪めて嫌がった。


「やだよ派手な夜会なんて!

 それに十二月の学力評価試験もあるし、勉強も手が抜けないんだよ?!

 夜会の準備なんてしてる暇はないよ!」


 ソニアが微笑んで告げる。


「ですが、第二王子の婚約者、救国の英雄とも噂される姉様の誕生日ですわよ?

 姉様が嫌がっても、お父様やお母様が張り切って大きな夜会をもよおすと思いますわ」


 ミハエルが楽しそうに続く。


「僕らも姉様をお祝いしたく思っています!」


 ヴォルフガングが嬉しそうに微笑みながら告げる。


「今回のことで、さらにミズキの評価が上がったからね。そこは諦めなさい。

 国外のうれいも、ほぼなくなった。

 年末までにはアルベルト殿下の立太子が行われるんじゃないかな。

 そうなれば年末の夜会で、今度は二人の婚姻を発表するように勧められるだろう。

 結婚式の時期は恐らく、来年の春頃じゃないかな」


 瑞希が戸惑いながら応える。


「とうとう婚姻かー。

 十六歳で既婚者になるのかなぁ。

 学校の勉強に支障が出ないと良いんだけど」


 アルベルトが微笑んで応える。


「子供が出来なければ、支障は出ないだろう。

 在学中は王太子や王太子妃になっても、公務が回されることはほとんどない。

 子供を授かれば、途中で休学する事にはなるがな。

 今のミズキに魔導学院は必須でもない。そのまま退学してしまっても構わないだろう。

 育児をしながら王太子妃として、王宮で講義を受けていれば充分だ。

 学院でできた縁とは、また社交場を開いて会えばいい」


 その瞬間に、瑞希の頭が真っ赤に茹で上がっていた。

 いざ『子供を授かる』ということが目前に迫り、自分が何を体験するかに考えが至った。

 十五歳の少女――それなりに、何をするかは知識として知っている。


 これまで婚約者とはいえ、スキンシップすらほとんど取ってこなかった。

 作法の授業で『貴族とはそういうものだ』と教えられているとはいえ、一足飛びで子作りだ。


「え、いや、あの、えーと、ちょっと待ってね?

 ……結婚したら、すぐにその……そういうことをするの?」


 アルベルトがきょとんとして応える。


「当然、そういうことになる。

 王族を増やすのも、私たちの責務の内だからな。

 夫婦となったら、躊躇ためらう必要などないだろう?」


 夕食の席で平然と言い放つアルベルトを、瑞希は信じられずに見つめていた。

 こういった王侯貴族の感覚は、まだ瑞希が身に着けていないものだ。


 真っ赤に茹で上がる瑞希に、楽しそうにソニアが告げる。


「姉様、案外うぶなんですね。

 私たちは、社交界に出る前にその手の教育を受けています。

 ――もちろん、飢えた男性に襲われないよう注意するために、ですけどね。

 子を成す行為に納得できないのであれば、婚姻を先延ばしにしても構わないのではありませんか?

 兄様だって、そこを無理強むりじいするような男性ではないでしょう」


 アルベルトが力強く頷いた。


「嫌がるミズキに無理強むりじいなど、私がする訳が無いだろう」


 瑞希は真っ赤になりながらも、そこには納得して頷いた。


「アルベルトがそんな男性じゃないっていうのは信じられるし、そこは大丈夫だよ。

 でもその……覚悟が決まるまでは、もう少し時間が欲しい……かな」



 真っ赤になる瑞希を中心に、今夜も笑いに包まれた明るい時間が過ぎていった。





****


 ――十一月中旬、王宮の夜会会場。


 今日も多くの貴族たちが集まっていた。

 なんせシュトルム王国を退しりぞけた上に、シュライヴ皇国の侵攻を未然に防いだと噂される瑞希の誕生日を祝う夜会だ。

 国内に居る他国の外交官も数多く参加し、様々な噂話が飛び交い、賑わっていた。


 国王がステージに姿を見せ、その声とともに会場に瑞希とアルベルトが入場してくる。

 今夜の瑞希は水仙をテーマにした白いドレスを身にまとい、一際ひときわ美しさを際立たせている。


 国王の傍に瑞希たちが辿り着くと、国王が告げる。


「本日、皆の者に知らせておくべき事がある。

 十二月にアルベルトが立太子することが決定した。

 それと同時に、ミズキとの婚姻も執り行う。

 今夜はその前祝を兼ねている。

 大いに楽しみ、彼女たちを祝福してやって欲しい!」


 会場中から拍手が轟き、微笑む瑞希とアルベルトを祝福する声に包まれて行った。





****


 瑞希は絶え間なく続く貴族たちの祝辞を受け、微笑みを返してさばいていく。

 今まで出会ってきた人々が送る心からの言葉も、数多く受け取っていった。

 夜会が半ばを過ぎる頃、ようやく瑞希たちは挨拶の波から解放され、一休みにバルコニーに出ていた。



 空には満月が浮かび、瑞希を照らし出している。

 雪の季節の夜ともなれば空気は刺すように冷たいが、火照った顔を覚ますには丁度良かった。


「あーあ、いよいよ王太子妃かー。

 結局、陛下たちに押し切られちゃったなぁ」


 真っ赤になって婚姻を渋る瑞希に『子供は焦らなくてもいいから、王籍には入ってくれないか』と強く説得された結果だった。

 そこまで言われれば、断る理由を瑞希は持っていない。


 アルベルトも感無量という笑顔で瑞希に微笑んでいる。


「いよいよ、ミズキを『我が妻だ』と胸を張って言えるようになる。

 その幸福で、私は満ち足りている。

 父上たちも、ミズキを早く『我が娘』と呼びたくて我慢が出来なかったのだろう」


 瑞希もまた、アルベルトを夫と呼べることに幸福を感じていた。

 照れるように微笑みを返しながら、その目を見つめている。


 冷たい一陣の風が吹き、わずかにミズキが体を震わせた。


「体を冷やすと良くない。そろそろ中に入ろう」


 瑞希は頷き、アルベルトの手を取った。


 バルコニーから室内に移動した瑞希は、見知った顔を見つけて手を振った――クラインたちだ。

 その背後で、一人の下位貴族が密かに暗器の刃を取り出した。



 瑞希が異変に気が付いた瞬間に、その刃は瑞希の体に届いていた。


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