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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:霧の国へようこそ

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40.過失

 グライツラー侯爵は慎重に魔導兵器の調整を重ねていた。

 宮廷魔導士の報告通り、試運転には何ら異常は見られない。

 だが前回、ドライセン王国軍と共に、魔導兵器を使用したシュトルム王国軍も壊滅したのは事実だ。

 なんとかして異常の兆候を見つけようと連日連夜調査を繰り返したが、未だにそれは成果を出せていなかった。


 部隊の士気はひどいものだ。

 ただでえさえ勝ち目の見えない防衛戦だというのに、使用すれば自分たちの死が約束されている兵器の使用を命じられている。

 青い顔でおびえ、今にも逃げ出しそうな兵たちを、憲兵で無理やり抑えつけている状態だ。

 だがそれでも、結果を残さねばならなかった。



 部下がグライツラー侯爵の元へ報告にやってくる。


「閣下、ギーゼン渓谷に敵軍が差し掛かります」


「魔導兵器を敵軍に向けろ。私もすぐに行く」



 グライツラー侯爵の目がギーゼン渓谷に向けられる。


「――生き残って見せる!」


 小さく呟いた後、グライツラー侯爵は立ち上がって魔導兵器の元へ向かった。





 グライツラー侯爵率いる魔導兵器運用部隊が見守る中、ギーゼン渓谷にドライセン王国軍が入っていく。

 兵士たちの緊張感が伝わり、豪胆で知られるグライツラー侯爵でも手に冷や汗をかいていた。

 

「いいか! 決して外すなよ!」


 照準は予定通り、敵軍の後方に合わせられている。

 両軍が衝突してすぐに敵軍の後方に魔導兵器を使用し、混乱する敵軍を蹂躙するプランだ。


 部下の一人が敵軍の様子を見て怪訝けげんな表情をうかべ、グライツラー侯爵に尋ねる。


「閣下、敵軍の数がやけに少なくありませんか」


 斥候からの報告で敵軍は、一万人超の規模で行軍してきているという話だった。

 だがギーゼン渓谷に入ってきているのは、明らかに一万人を下回っている。

 眉をひそめ、思考を巡らせるグライツラー侯爵の元へ、兵士が慌てて報告に駆け付けた。


「閣下! 敵襲です! 背後をつかれています!」


 それは信じられない言葉だった。

 ギーゼン渓谷から離れた、森の中に身をひそめた一千人の部隊だ。

 隠ぺい工作も行い、斥候が遠目で確認しようと、ここに兵が居る事など分かりはしない。

 背後をつかれる訳など無かった。


 だがグライツラー侯爵はすぐさま指示を飛ばす。


「応戦しろ! 敵軍の規模はどの程度だ!」


「三千は下りません!」


「――部隊の展開を急げ! 魔導兵器の照準を背後の敵にあわせろ!」


 青い顔で一瞬怯んだ兵士が、それでも指示を伝えようと駆け出していった。


 グライツラー侯爵の耳にも敵軍の気配が届くようになり、周囲を敵軍に包囲されかけているのがわかった。


「なぜだ! なぜこれほど正確に包囲陣が敷かれている!」


 応えられる部下はいない。

 グライツラー侯爵がどれほど頭を回転させても、その理由に辿り着くことはできなかった。


「――魔導兵器を使用する! 囲まれているならどこだろうと構わん! 敵軍に向けて放て!」


 魔導兵器におびえる兵士たちの動きは緩慢かんまんだ。

 それでもなんとか発射準備が整い、あとは起動スイッチを押すだけ――だが、その最後の行為を行える兵士がいなかった。


「何をしている! そこをどけ!」


 兵士たちを押しのけ、グライツラー侯爵自ら魔導兵器の起動スイッチを、拳を叩きつけるように押した。


 魔導兵器が白く輝き、死を振りまく光が敵兵に向けて放たれた――だが敵兵たちは、何事もなかったかのようにこちらの兵を蹴散らして進んできている。

 よく見ると、ドライセン王国軍の兵士たちの体が淡い光に包まれていた。


(――既に魔導兵器対策をされていた?!)


 忙しく頭を回転させたグライツラー侯爵が即座に叫ぶ。


「魔導兵器を王都へ持ち帰る! 撤退するぞ! 急げ!」


 部下たちが慌てて走り回る中、グライツラー侯爵も乗馬にまたがり、馬首ばしゅを王都へ向けた。





****


 グライツラー侯爵の一部始終を、瑞希は≪現在視≫で映していた。

 そばで見ていたルートヴィヒ侯爵が忌々(いまいま)しそうに舌打ちをした。


「チッ! 対応が早いな――撤退ルートを追撃する! 後方の兵を追撃戦に回せ!」


 部下たちがすぐさま指示に従っていくのを見届けた後、ルートヴィヒ侯爵が≪現在視≫の画面を見ながら瑞希に告げる。


「しかし、魔導がこれほど恐ろしいとは今まで考えておりませんでしたよ。認識を改めました。

 敵軍にこんなことをされては、勝ち目などある訳が無い。

 我が軍も対応策を考慮しておく必要がありますな」


 瑞希の傍に腰を下ろすヴォルフガングが楽しそうに笑った。


「はっはっは! こんな馬鹿げた魔導、ミズキ以外にはできやしないさ!

 対応策など考えるだけ無駄だよ!」


 真剣に画面を注視する瑞希に、アルベルトが尋ねる。


「ミズキは、この状況をどう見るんだ?」


「慣れない敵国の森の中、足場も悪いし、逃げていく敵兵を追いかけるのは苦しいね。

 向こうは士気が壊滅的だし、死に物狂いで迅速じんそくに退却していくと思う。

 多分、ここから王都まで逃げるのに三日もかからない。

 その間に魔導兵器の破壊まで行うのは、無理じゃないかな」


 ルートヴィヒ侯爵が満足そうに、いくつもある≪現在視≫の画面を眺めた。

 第一軍の戦況――シュトルム王国軍の兵士は既に脱走兵も多く、趨勢すうせいは明らかだ。

 第二軍の戦況――気持ちを立て直したシュトロイベル公爵が伏兵を蹂躙じゅうりんしている様子が映し出されている。


「ミズキ殿下がおっしゃる通り、追撃しきるのは難しいでしょう。

 ですが心配していた魔導兵器も、恐れるものではないとわかりましたな」


 瑞希がゆっくりと首を横に振った。


「霧の神の気配がとっても弱い。本当に消耗してるんだ。

 次は完全に守ってあげられる保証はないよ。

 油断なんてできる状況じゃない』


 アルベルトが神妙な顔で瑞希に尋ねる。


「どうする気だ?

 防御結界魔法がなければ、魔導兵器を使われたら最後だぞ?」


 そばたたずむルートヴィヒ侯爵も神妙な面持おももちになっている。


「……次は破れかぶれで魔導兵器を大規模に使ってくるでしょう。

 防御結界魔法に頼れないとなると、我が軍も迂闊うかつに近寄れなくなります。

 いかがしますか? 『死の権能』で敵軍を滅ぼしますか?」


 瑞希は画面を注視しながら思案していた。


「……まだ、追撃中に破壊できる可能性は残ってる。

 『死の権能』なら、籠城ろうじょうされてても使えるから、焦ることはないよ。

 今は追撃に専念しよう」


 ヴォルフガングが人の良い笑みを浮かべながら瑞希に尋ねる。


「霧の神はなんと言ってるんだい?

 この状況なら、神と話をしても構わないよ?」


 瑞希がゆっくりと首を横に振った。


「声が小さくて、もうほとんど聞こえないんだ。

 魔法はなんとか聞き届けてくれるけど、会話はしばらく無理だと思う。

 その魔法も、使えてもあと一回か二回が限界じゃないかな」


 ルートヴィヒ侯爵が眉を寄せながら瑞希に尋ねる。


「となれば、不確実な防御に頼るより、確実な攻めを行うべきでしょう。

 今の霧の神の魔法で『死の権能』はどれほど効果を出せますか」


「前回と同じ規模は、間違いなく無理だね。

 五千人も巻き込めればいい方じゃないかな。

 下手したら二千人も危ういかもしれない。

 そこは霧の神が、どれだけ無理をするか次第」


「……となると、『死の権能』も迂闊うかつには使えますまい。

 残存兵が半分も残ってしまえば、魔導兵器を破壊する前に使用される公算が高い。

 その時にこちらに打てる手が無くなります。

 ――いかがするおつもりですか?」


 瑞希が戦況を画面で見ながら思案していた。


「……第二軍の戦果次第、かな。

 それと追撃戦の結果を踏まえて、何か手を考えてみよう。

 これ以上霧の神に無理をさせたくないし、魔法を使わずになんとかできるといいんだけどね」



 アルベルトは真剣な瞳で、深刻な瑞希の横顔を見つめていた。





****


 敵を壊走かいそうさせた第二軍が第一軍に合流した。


 瑞希たちの元へシュトロイベル公爵が顔を出す。


「そちらの首尾はどうだい、ワルター殿」


 その顔は、余裕のある優美な笑みだ。

 ルートヴィヒ侯爵が苦笑を浮かべて応える。


「どうやら、すっかりいつもの貴公に戻ったな。

 ――こちらは追撃部隊を編成し、退却中の魔導兵器運用部隊を追わせている。

 破壊まで届くかはわからんな。

 そちらはどうだ?」


 シュトロイベル公爵が肩をすくめて微笑んだ。


「報告せずとも、ずっと見ていたんだろう?

 ――まぁ一応、伝えておこう。

 敵軍七千のうち、八割は潰せた。

 脱走兵も出しているようだから、王都に戻れるのは千も居ないだろう」


 ルートヴィヒ侯爵が頷いた。


「ミズキ殿下の映像では、ギーゼン渓谷から退却している兵は二千に届かない。

 貴公の言う通り、王都に到着する頃には千に届かない程度だろう。

 魔導兵器運用部隊の残存が三百、王都の守備兵一千と合わせて二千強といったところか」


 シュトロイベル公爵が瑞希に尋ねる。


牽制けんせいしている周辺国との国境付近に居る敵兵の動きは、どうなってるんだい?」


「膠着状態を作れてるね。三千の兵は動けないままだと思う。

 シュトロイベル公爵が頑張ってくれたから、戦況はいい方向に向かってるね。ありがとう」


 シュトロイベル公爵が怪訝けげんな表情を浮かべた。


「それはどういう意味だい?

 普通なら勝利は揺るがない状況だ。

 魔導兵器対策もあるんだろう?」



 瑞希は霧の神の状態について、シュトロイベル公爵にも伝えた。



「……なるほど、『死の権能』に巻き込めるのは、二千人と見ておく方が良さそうだね。

 それなら確かに、今の状況でギリギリだな。

 追撃部隊が魔導兵器を破壊してくれるのを祈ろう」


 ルートヴィヒ侯爵が告げる。


「我々も急いで王都へ向かおう。

 二千の兵で王都に籠城ろうじょうはできん。

 恐らく、ゲルシュタン砦に逃げ込まれるだろう。

 魔導兵器の射程外に陣を敷く。

 それ以上は、ミズキ殿下の魔導で敵軍の様子を見ながら手を考えよう」





****


 甲冑姿のシュトルム国王が、苛立たし気に報告を聞いていた。


「……魔導兵器対策、だと?

 『古き神々の叡智えいち』に対策など、我々人間にできると思っているのか!」


 グライツラー侯爵が顔をしかめながら応える。


「ですが、あれは間違いなく魔導の兆候。

 敵軍も『古き神々の叡智えいち』で防御を固めたと見るべきかと」


 シュトルム国王が激高して叫ぶ。


「我が国が魔導兵器を初めて使ってから一年も経過しておらんぞ?!

 何をどうすれば、これほど迅速じんそくに対策を取れるというのだ!

 第一、ドライセン王国が対策を取っているという報告など、届いておらんぞ?!」


 グライツラー侯爵が眉を寄せながら悔し気に、血がにじむように言葉を絞り出す。


「……おそらく、ドライセン王国の異世界人、ミズキの仕業かと」


 シュトルム国王が憎しみを込めてグライツラー侯爵を睨み付けた。


「今までなんの情報も得られなかった異世界人が、古き神々の叡智えいちを操ると、そう言うのだな?

 つまり、貴様の無能が我が国を滅ぼすと、そう言うのだなハーケン?!」


 グライツラー侯爵は言葉もなく俯き、唇を噛み締めていた。


 シュトルム国王が告げる。


「……敗残兵をかき集めても、今の王都には二千も兵がおらん。

 国境に展開している兵を呼び戻す時間もない。

 この二千の兵でゲルシュタン砦に籠城ろうじょうする。

 ハーケン、貴様は最前線で魔導兵器を使い、敵軍を打ち滅ぼしてみせよ!」


 傍に居る将校が驚いて国王に告げる。


「陛下! 魔導兵器は対策を施されていると報告を受けたばかりです!

 グライツラー侯爵に『死ね』とおおせなのですか!」


「ハーケンからの報告など、当てになるものか!

 此度こたびの敗走の責任を負い、必ずや敵を食い止めて見せよ!」


 それは長年諜報部を取りまとめてきた男にとって、最大の屈辱を感じる言葉だっただろう。

 唇が切れるほど強く噛み締め、蒼褪あおざめた顔でグライツラー侯爵は耐えていた。

 拳を震えるほどきつく握りしめながら、再びグライツラー侯爵が血がにじむように言葉を絞り出す。


「……はっ、かしこまりました」





****


 シュトルム王国の王都へ向かう行軍の中、瑞希は≪現在視≫でグライツラー侯爵の様子をずっと見ていた。

 高い矜持を持つ男の心を、完膚かんぷなきまでに叩き潰せた。

 仮にこの戦争を生き延びたとしても、グライツラー侯爵は負け犬根性が染みついた、みじめな人生を送るのは間違いない――再起不能だ。

 そしてグライツラー侯爵の死の気配が濃い。おそらくここで戦死するはずだ。もう彼に救いはない。


 これで、ミハエル誘拐の借りは返せただろう。


 だが魔導兵器は、やはり持ち帰られてしまった。

 脱走兵を多く出し、敵の兵数が二千を下回るということだけが好材料だ。

 それ以外は悪い材料だらけだった。


 最前線に魔導兵器を置かれるならば、死の権能で敵兵全てを巻き込むのは難しいように思えた。

 シュトルム国王が、籠城ろうじょうする砦から離れて布陣するように命じている。

 この範囲を、今の霧の神が魔法で巻き込めるかはわからない。


 何より瑞希は、周囲の人間の死の気配がみるみる濃くなっていくのを感じていた。

 ドライセン王国軍が、一様いちように強い死の気配を漂わせている。

 この状況で一人残らず全滅する――そんな事が起こるとしたら、魔導兵器の暴走以外は考えられなかった。

 神の防御結界魔法ですら防げない死の権能――それが振りまかれる可能性が高いのだ。


(しくじったな――)


 ルートヴィヒ侯爵の言う通り、森の中で魔導兵器運用部隊に死の権能を使っておくべきだった。

 味方も多数巻き込まれたのは間違いないが、あの時点で魔導兵器を確保できていれば、この可能性は潰せていた。


 暗い表情で俯き、対策を思案している瑞希に、アルベルトが優しい声で告げる。


「ミズキ、落ち着け。

 世界が滅ぶと決まったわけじゃない。

 分かってると思うが、糸を切る大魔術は使うなよ。

 俺たちは生きて、明るい明日を掴むんだからな」


 瑞希は顔を上げ、きょとんとした顔でアルベルトに尋ね返す。


「……なんで?

 なんでそんなことがわかったの?

 私、何も言ってないよ?」


 アルベルトが瑞希の目を見つめ、柔らかく微笑んだ。


「私はいつもお前を見ていたんだぞ?

 お前の様子がおかしいことぐらいはわかるさ。

 そんなに思い詰めていたら、思い付けるものも思い付けなくなる。

 いつものお前に戻れ。

 必ず打開策はある。

 私やヴォルフガングが付いている。

 ワルターやシュトロイベル公爵も居る。

 みんなで相談するんだ」


 瑞希が呆然とアルベルトの言葉を聞いている中、ドライセン王国軍から死の気配が遠のいていくのを感じていた。


(……ああ、私はそんなに自分を見失ってたのか)


 自分を見失った結果、過失が過失を呼ぶ状態だった。

 その結果、取り返しのつかない過ちを犯すところだったと自覚した。

 打開策なんて、いつもの自分を取り戻す――たったそれだけのことだったのかもしれない。


(そうだ、私は私。それを忘れちゃいけなかった)


 心を強く持つほど、周囲から死の気配が遠のいていく。

 瑞希は明るい笑顔でアルベルトに応える。


「そうだね!

 まだ時間はある!

 みんなで相談して、なんとか道を探さないと!」



 明るい笑みを浮かべて見つめあう瑞希とアルベルトを、ヴォルフガングは嬉しそうに見守っていた。


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