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4.辺境伯の令嬢

 採寸のために別室に呼ばれた瑞希が元の部屋に戻ってくると、マイヤー辺境伯の隣に瑞希と年齢の近い少女が座っていた。

 少女は瑞希を見ると立ち上がり、流麗なカーテシーをして見せた。


「マイヤー辺境伯が息女、クラインと申します」


「あっと、私は瑞希だよ」


 瑞希が反射的にペコリと頭を下げるお辞儀をしてみせると、クラインがクスリと笑った。


「異世界の方と伺っていましたが、礼儀作法は似たようなものなのですね。

 でも、お名前はとても珍しい響き。

 それに伺っていた通り、とても綺麗な方。

 ガーネットのような真っ赤な瞳も珍しいわね」


「えっと、ありがとうございます……」


 容貌を褒められても、自分の顔だと言う実感が湧かないので嬉しくもない。

 この少女は貴族らしいが、異世界の貴族の作法など瑞希は知らない。

 思わず挙動不審になりながら、なんとか言葉を返していた。


 部屋で待っていたアルベルトが、優しく微笑みながら瑞希に告げる。


「クラインは同い年、来年は私と同じく魔導学院に通う令嬢だ。

 ミズキも通うことになれば、同じ学院に通う仲間になる。

 もし何かあれば、クラインを頼るといい。

 必ずミズキの力になってくれるはずだ」


 クラインが不満気にアルベルトに顔を向けた。


「あら殿下、そんなことをおっしゃられても、私はお約束できませんわよ?」


「同性だからこそ助けられる状況が、きっとあるだろう。

 そういう時に、手を差し伸べてくれればいい。

 別に『世界を救う手助けをしてやれ』と言っている訳じゃない」


 クラインがニコリと微笑んだ。


「そういうことでしたら、出来る限りお力になりましょう」


 穏やかに微笑んでいるクラインを、ミズキはぼんやりと見つめていた。

 亜麻色の艶やかな長い髪、驚くほど小さな顔は整っていて、深い栗色の瞳は可愛らしく優しい印象を受ける。

 どうやらアルベルトとも、旧知の仲のようだ。


 気になったので、瑞希は素直に尋ねることにした。


「二人はどういう関係なの?」


 アルベルトがそれに応える。


「昔からマイヤー辺境伯の家とは付き合いがあってな。

 いわゆる幼馴染、という奴だ」


 クラインは苦笑を浮かべて告げる。


「あら、腐れ縁の方が近いんじゃありません?

 私はいつも殿下の面倒を見てばかりだった気がしますわ。

 最近なんて婚約者候補にまで選ばれてしまって、逃げるのに苦労致しました」


 瑞希がきょとんとクラインに尋ねる。


「逃げる? 王子様のお嫁さんになるのを拒否したの?」


 クラインが小さくため息をついた。


「これからの人生まで殿下の面倒を見るだなんて、私は御免こうむります。

 私はもっと気楽な伴侶を見つけて、のんびりと生きて行きたいと思っておりますので」


「アルベルトって、そんなめんどくさい人なの?」


「殿下ご自身が面倒という訳ではありませんが、面倒事を背負い込もうとする方なのは確かです。

 そばに居るとそれに巻き込まれてしまうので、それが大変なのですよ」


 マイヤー辺境伯が楽しそうに告げる。


「だが、陛下はまだお前を殿下の婚約者にする事を諦めてらっしゃらないようだぞ?

 未だ殿下の婚約者の座は空席になっているからな。

 実は密かに、何度も打診は受けているんだ」


 クラインが、その綺麗な顔をしかめた。


「……お父様、キッパリお断りするようお願い申し上げたはずですが?」


「もちろん断っているよ?

 それでも諦めてくださらないと言ってるんだ。

 もうお前が諦めて、殿下に嫁いだらどうだ?

 お前が望むような婚姻相手の目星も、付いていないんだろう?」


 クラインが小さくため息をついた。


「殿下の伴侶候補であれば、アリシア様がおられるじゃありませんか。

 なぜそこまで私に拘りになるのか、理解できませんわ」


 瑞希がアルベルトの袖を引っ張って尋ねる。


「アリシアさんって、どんな人?」


 アルベルトが困ったように微笑んだ。


「可憐な花のような女性だよ。

 気高く悠然ゆうぜんとした公爵令嬢だ。

 公爵家の姫として、恥ずかしくない方と言える。

 ただ、ちょっとのんびり屋過ぎるとは思うがな」


「……アルベルトはアリシアさんが苦手なの?」


「苦手というのも間違いではないんだが……妻とするには不安がある、というのが正直な所だ。

 私の我儘わがままに付いてきてくれる人ではないからな」


 つまり、面倒事を背負い込んだアルベルトを助けてくれる人ではない、ということらしい。

 そういう意味では、文句を言いつつも一緒に付いてきてくれるクラインの方が、伴侶として相応しいと国王が思っているのだろう。


「でも、お兄さんが居て、次の王様はその人がなるんでしょ?

 弟のアルベルトが苦労を背負い込むことって、あんまりないんじゃないの?」


 クラインが特大のため息をついた。


「そうだったらよろしいのですけどねぇ……

 なぜか、どこからか面倒事を見つけてきては背負い込む方なんです。

 今回のミズキ様の件だって、それはもう、とんっっっでもない面倒事……と言っても、過言ではないと思いますけど」


 クラインによる力一杯の力説を聞いて、瑞希の頬から冷や汗が流れ落ちた。


 確かにアルベルトは、この世界の命運をかけた異世界人である瑞希の面倒を見るつもりのようだ。

 前代未聞の面倒事だろう。


 申し訳なくなった瑞希が、思わず謝罪を口にする。


「ごめんねアルベルト、なんか物凄い迷惑をかけちゃってるみたいで。

 でも私も他に頼れる人が居ないし、今は頼らせてもらっていいかな?」


 アルベルトは、あくまでも優しい微笑みで応える。


「信仰する霧の神が、私を直々に指名してきたのだ。

 栄誉と思うことは有っても、迷惑とは思っていない。安心してくれ。

 クラインだって、ああは言っているが、いざとなれば頼りになる令嬢だ。

 困った人を捨て置けない性分だからな」


 クラインがわずかに頬を染めて目をそらした。


「……殿下のお節介が移っただけです。

 変な期待をされても困りますよ」


 クラインの姿が愛らしく映り、瑞希が思わず小さく笑いをこぼした。


「ふふ、クラインさんって可愛らしい人なんだね」


 クラインがさらに頬を赤く染め、俯いて照れていた。

 実に可愛らしい人だ。

 瑞希の好感度メーターがうなぎ上りでカウンターストップしていた。


「アルベルトはクラインさんのこと、どう思ってるの?」


「見ての通り、可愛らしい女性なのは確かだ。

 それに加えて頼りがいもある。

 父上が私の伴侶として望むのも、仕方のないことだと理解はしている」


「……その言い方、アルベルトもクラインさんを結婚相手としては見れないってこと?」


「親しい幼馴染だからなぁ……

 クラインが嫌がってなければ、候補の一人として考えても良かったんだが。

 本人が嫌がるなら、私としても候補から外さざるを得ない」


「つまり、そのくらいには大切な人ってことかな?」


 アルベルトが微笑みながら頷いた。


「ああ、人生で最も大切な友人だ。

 本人が望めば、妃として来てもらっても異存がない程度にはな」


「……男の人って、友達とも結婚できるものなの?」


「恋愛結婚する王侯貴族など、極一握りだ。

 信頼できる相手と婚姻できるなら、それで充分幸福と言えるだろう?」


 クラインが耐えきれないように声を上げた。


「もう! 私の事はよろしいではありませんか!

 婚姻相手なら、いっそのことミズキ様と婚姻なさってもよろしいのではなくて?!

 一生面倒を見るつもりなら、その方が手間が省けますわよ?!」


 瑞希が思わず「え゛」と声を上げた。

 完全な不意打ち、思わぬ角度からの攻撃だ。


 アルベルトが不思議そうに瑞希に尋ねる。


「その反応、私では婚姻相手として不足と考えているのか?

 後学こうがくのため、何が不足しているのか、教えてもらっても構わないか?」


 瑞希はどう説明したらいいか、考えながら告げる。


「えーっと、私は用事が済んだら、元の世界に戻るつもりで居るし……

 こっちの世界で結婚しても、それじゃあ意味がないかなぁと。

 だから、アルベルトに不足があるわけじゃなくて、最初からそういう相手として見てないってだけなので……」


 クラインが瑞希に尋ねる。


「ですが、帰れる保証もなければ、いつになるかもわからないのでしょう?

 若い時期の間に帰れなければ、ミズキ様は元の世界でも婚姻相手が見つからないのではなくって?

 それよりはこちらで人生を送るのも、一つの手だと思いますけど」


 その問いかけに、瑞希は応えることが出来なかった。


 一番良いのは、さっさと元の世界に戻る事。

 だが、世界を救うなんてことを数か月以内に終わらせられるかと考えてみても、それはおそらく無理だろう。

 何年かかるか分からない――そんな問題な気がしていた。


 二十歳程度で帰れるならまだしも、四十や五十で『帰る方法が見つかった』などと言われても、灰色の人生が待っているのは確実だ。

 それなら、若いうちからこちらの世界で人生を送る事を考えて行動をした方がマシじゃないかとも思えた。

 一方で、そんなつもりで生活を送って結婚直後や子供が生まれた後に『帰れます』と言われても困ってしまう。


 腕を組んで悩んでいる瑞希に、マイヤー辺境伯が声をかける。


「ミズキ様、焦って人生を決めずともよろしいのではないですか?

 まだまだ時間はあります。

 この世界にれているうちに、答えも出るでしょう」


「……それもそうだね。

 今そんな事を考えても、答えが出る訳がないもんね。

 ありがとう、マイヤー辺境伯」


 マイヤー辺境伯は「どういたしまして」とにこやかに返事をしていた。





****


 瑞希は食後の入浴を済ませ、クラインから譲ってもらったネグリジェに着替えさせられた。

 入浴中は石板を持って入る訳にもいかず、侍女たちの言葉がわからない中、身振り手振りでなんとか意思疎通をこなしていた。

 見ず知らずの人間に裸をさらすのは少し怖かったが、侍女たちは慣れたように手際よく瑞希を洗っていった。


「さすが王家の侍女……一流のプロフェッショナルだよね」


 正確には、マイヤー辺境伯家の侍女である。

 今の瑞希には、その区別もついていない。


 お風呂でほこほこに温まった瑞希は、のんびりと客間でくつろいでいた。

 時計を見る――時刻は九時を回ったところだ。


 アルベルトから、こよみや時刻についてもほぼ一緒だと教えてもらっていた。

 現在は十一月の中旬で、もうじき雪の季節だそうだ。

 瑞希が神に呼ばれたのも十一月中旬。

 時間のずれは無いように感じていた。


 ぱたり、とベッドに倒れ込む。


(お父さんとお母さんは、今頃どうしてるかな)


 友達らしい友達が居ない瑞希にとって、元の世界の気がかりは両親だけだ。

 逆に言えば、両親のことを諦められれば、こちらの世界で人生を送っても構わないと言えた。

 両親より大切な人をこちらの世界で作る事ができたら、元の世界に戻る事を諦めてもいいのではないかと思えた。


 望んだ訳ではないが、今の自分は美少女の容貌を手に入れている。

 結婚相手で困ることは少ないんじゃないかと思えてきた。

 この世界に馴染なじめるかはわからないが、クラインの言う通り、確かにそれも一つの手だろう。


(けど、死が身近にある世界で生き続けるのか……それも大変そうだなぁ)


 いつか決心がつくのだろうかと悩みながら、いつの間にか瑞希の意識は、夢の世界に沈んでいった。





****


 朝になり、自然と瑞希の目が覚める。

 広い客間の中、静かにベッドから降りた。

 時刻は五時――いつもなら、これからランニングをする時間だ。


(でも、ランニングウェアは処分されちゃたし、侍女の服やネグリジェでランニングする訳にもいかないしなぁ)


 侍女のお仕着せは仕事着で動きやすい作りだが、今の瑞希が一人で着れる服ではなかった。

 今着ているネグリジェは、どう考えてもランニングには向いていない。


 暇を持て余し、仕方なく窓から外を眺める――白み始めた空の向こうが、大きく輝いていた。


(何? 太陽? ……は、あっちだから違うよね……なんだろう)


 瑞希は胸騒ぎがして、石板を握りしめた。


(霧の神、あれは何?)


『あれは戦争の光。

 まずいわね……隣国の魔導兵器よ。

 今ので、その国の騎士団が大打撃を食らってる。

 このままだと戦線が崩壊して、その国が負けるわ』


(つまりどういうこと?!)


『世界の終わりが近づくということよ。

 最後の手段を使うしかないみたいね』


(どうするの?!)


『その石板の力を使って、魔法を使って。

 でも代償として石板が砕け散ってしまうから、覚悟して』


(それは困るよ?!)


『じゃあ、そのまま大人しく世界と一緒に滅びる?』


(それも嫌だけどさ?!)


『なら、その石板に願いなさい。

 その国が負けないような奇跡を。

 その願いで、無理を通してでも救って見せるわ』


(――わかったよ! やればいいんでしょ!)


 そのまま、瑞希は言われた通り『この国が負けない奇跡』を石板に願った。



 次の瞬間、石板は砕け散っていた。



「……嘘。

 本当に砕けちゃった」


 慌てて窓の外に目を向けても、特に変化は見られない。

 砕け散った石板の欠片を握りしめ、瑞希は一心に語りかける。


(霧の神! 聞こえてる?!)


 返事はなく、静寂が耳に痛いくらいだった。


「……これからどうしろっていうの」


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