36.異世界懇親会(3)
ソニアが困惑しながらぽつりと呟いた。
「……さすが大魔導士同士の会話ですわね。≪意思疎通≫がまったく通用してませんわ。
結局、なにがどうなってどうなるのやら……」
ヴォルフガングが苦笑しながらソニアに応える。
「私でも、はっきりと術理を理解することが難しい会話だ。
他の者に理解するのは無理だろうね。
ローヤは私と互角の魔導と言ってくれたが、やはり私以上の魔導の腕を持つように感じるよ」
祖父が楽しそうに笑った。
『はっはっは! ヴォルフガングさんが霧上家に居れば、充分理解できた術理だろう。
私は霧上家の人間だから理解できているだけだよ。
霧上家と縁がないヴォルフガングさんがある程度理解できるだけでも、とんでもないことだろう。
もっと自分に自信を持って構わないはずだよ。
――ヴォルフガングさん。今の会話を聞き取れたなら、あんたが傍にいることで、瑞希が間違った道に進まないよう戒めることが出来るはずだ。
孫をお願いしても、構わないかな?』
ヴォルフガングが微笑みながら頷いた。
「引き受けよう。可能な限り、ミズキの傍で助言を与えて行こう」
アルベルトが祖父に向かって告げる。
「私もミズキの傍で、危険から守り続けよう。
私たちの未来を守り通し、私たちの子供の顔を必ず見せることを約束する」
国王がそれに続く。
「我々はミズキに多大な恩がある。
その恩を返しきる前に死なれては、王の面目が立たん。
何より、これからミズキには妃として、この国を導いてもらうつもりだ。
国家の総力を挙げて、最大限の努力をすると約束しよう」
祖父が嬉しそうに微笑んだ。
『あんたがたの努力にも、期待しているよ。
異世界に居る私たちでは、何も手助けしてやる事ができない。それが歯痒いね』
王妃が手を打ち鳴らした。
「さぁさぁ、暗いお話はお終いなのでしょう?
もっと楽しいお話をしましょう!」
それからは、二つの世界の家族が明るい未来に思いを馳せ、会話を交わす時間が続いた。
父親もようやく瑞希の嫁入りに納得したのか、途中から明るい顔で会話に加わっていた。
瑞希は満足して、とても暖かい時間を堪能していった。
「じゃあお父さんお母さん、そしてお爺ちゃん。またね!」
『瑞希、くれぐれも気を付けるんだよ』
『孫の顔、楽しみにしてるわね。良いお母さんになるのよ?』
『また会える日を、楽しみにしているよ』
≪異世界間映像通話≫の魔法が途切れ、炎の大画面が掻き消えた。
国王が満足そうに微笑んでいた。
「さすがミズキの家族、良い人間ばかりだったな」
王妃がそれに頷く。
「あんな方々と親戚になれるだなんて、私たちは幸運ね」
瑞希が苦笑する。
「お爺ちゃんとは、この世界に飛ばされる直前に少し会話をしただけなんだけどね。
でもヴォルフガングさんとそっくりだから、お爺ちゃんの言葉も素直に受け取れたよ。
やっぱり心もヴォルフガングさんにそっくりなんだろうね」
ヴォルフガングが大きく笑った。
「ははは! あんな大魔導士とそっくりと言われると、少し照れ臭いね!」
国王と王妃が時計を見た。
「もっと先程の余韻に浸って居たいが、我々はこれで引き上げさせてもらうよ。
ミズキ、共に苦難を乗り越え、明るい未来を手にしよう」
瑞希は笑顔で応える。
「そうだね! 私が必ずこの世界を救って見せるよ!」
国王と王妃が部屋から退出し、残った面々はダイニングに移動していった。
ソニアが紅茶のカップを手に、大きなため息をつく。
「異世界のミズキ姉様の御家族と懇親会だなんて、未だに信じられませんわね。
姉様の傍に居ると、私たちまで常識を失ってしまいそうです」
ミハエルは楽しそうに微笑んでいる。
「でも、とても楽しい時間を過ごしました!
実際にお会いできないのが悔しいくらいです!」
アルベルトも満足そうに頷いた。
「ミズキのご両親に恥じない家庭を作らねばならないな」
ヴォルフガングも楽しそうな笑顔で紅茶を口に含んでいた。
「みんなは忘れているようだが、先程まで経験していたのは魔法――神の奇跡だ。
伝承にしか存在しない魔導を体験できたことで、私は身が震えるほどの興奮を覚えているよ」
瑞希も余韻を楽しみながら紅茶を飲んでいた。
「確かに、霧の神のおかげで随分長い時間、私の世界と通話できてたね。
私の魔力だったら、五分も維持できないからなぁ。
――お爺ちゃん、最初に会った時は≪過去視≫をしただけで疲れてたのに、あんなにたくさん私の死の気配を辿ってた。
今頃、倒れてないと良いんだけど」
ヴォルフガングが優しい微笑みで応える。
「それだけ、ミズキのことを大切に思っていたんだろう。
――なに、あれほどの大魔導士だ。
自分の限界を見極め損ねることなどあるまい。心配は要らないさ」
ソニアが頷いた。
「最後まできちんと座ってらっしゃいましたし、無理をなさっている様子も見受けられませんでした。大丈夫ですよ」
瑞希は俯いて思案した後、明るい笑顔で応えた。
「――そうだね! ヴォルフガングさんだったら、そんなことにはならないって思えるし!
ヴォルフガングさんそっくりのお爺ちゃんなら、きっと大丈夫だね!」
****
瑞希は真っ暗な部屋のベッドの中で、昼間のことを思い出していた。
自分が世界を滅ぼす可能性すらあったという事実を知らされた。
その可能性は、魔術を戒められたことで消えたはずだ。
では、そろそろ未来が収束したのではないかと思えた。
霧の神の気配を手繰り寄せ、話しかける。
(霧の神、今日はありがとう)
『どういたしまして。
楽しんでくれたなら、無理をした甲斐があったというものね。
さすがにあれほど長い時間は、私でも何度もできることじゃないわ。
次にあの魔法を使うのは、あなたの結婚式か、あなたの子を見せる時かもしれないわね。
その時ぐらいは、また無理をしてあげる』
(無理をしたって……なんでそこまでしたの?)
『私は、あなたも世界も救いたいのよ。
そのために出来る努力を、私もしただけ。
今日の出来事で、この世界が滅ぶ未来はほとんど潰えたわ。
あなたが最善を尽くせば、世界が滅ぶ事はなくなったはずよ』
(……やっぱり、私が世界を滅ぼす未来も多かった?)
『揺蕩っていた未来の何割かはそんな未来よ。
あなたは私の子にそっくり。
閃いてとんでもないことをしてしまう子だもの。
人間の身で神の力を振るえてしまうから、禁忌を犯しやすいのね』
(じゃあ、あとは私が死なない未来に辿り着くだけだね)
『そうね。でもその未来はまだ、収束していないの。
詳しいことは言えないわね。
シュトルム王国を打倒して魔導兵器を破壊し、貴方が生き残る――その道を目指して、頑張って頂戴』
(そこまでは未来が収束したってこと?
随分はっきりとやるべきことを言ったね)
『おそらく、それが最もあなたが生き残りやすい可能性だもの。
でも決して油断はしないで。
シュトルム王国を打倒しても魔導兵器を持ち去られてしまう――そんな未来もあるの。
その先は大きく揺蕩っている可能性。
誰がどうやって持ち去るかはわからないけど、そうなったらまた、最善を尽くす日々になるわ』
(前から不思議だったんだけど、どうしてそんなに未来が揺らいでるの?)
『元々未来は揺らぐものだけど、今は特にひどい状態。
――あなたという因子が、その世界に居る影響よ。
あなたは元々、別の世界の人間。
そして私の眷属――神の仲間だもの。
存在するだけで、未来に強く影響を与えてしまうの。
あなたがその世界で生きている限り、未来は普段より大きく揺蕩い続けるわね』
(魔導兵器を壊しても、世界が滅ぶ可能性が残るってこと?)
『わずかな可能性になるでしょうけれど、おそらく全て消える事はないわ』
(……私がこの世界に居ることで、この国が滅ぶ可能性ってあるのかな)
『あなたが原因となって国家が滅ぶくらいは、色々な可能性が残ってる。
あなたが持つ力は、今のその世界では強すぎるのよ』
(……私は、この世界に居ない方がいいのかな)
『それは何とも言えないわ。
でも今から元の世界に戻っても、きっとそれはあなたの幸せに繋がらない未来になってしまうでしょう。
そんな未来を、私は望まないわ』
(……元の世界に戻る方法、見つかった?)
『もう少しでわかるかもしれない。
……もしかして、その国を守るために帰るつもりなの?』
(だって……私が原因でこの国が滅ぶなんて嫌だし)
『大切な人たちと、二度と会えなくなるわよ?
あなたが元の世界に戻ったら、世界を跨いだ魔導も使えなくなる。
あれはこの世界が不安定だから成立している魔導なの。
元の世界に戻れば、二つの世界が安定してしまう。
そうなったら、いくらあなたや私でも、魔導を通すことはできなくなるわ』
(私をこの世界には呼べたのに?)
『あれは神の世界を経由していたし、とても無理をしたからできたこと。
同じことをしようとするなら、千年は力を溜めないと無理ね。
あなたが生きている間に同じことはできない、ということよ』
(私を元に戻すのは、すぐにできそう?)
『断言はできないけれど、方法がわかればできるんじゃないかしら』
(……じゃあ、その方法、ちゃんと探しておいてね。
選択肢は、ないよりあったほうがいいし)
『……わかったわ。
ごめんなさい、そろそろ私が休息をとらなければいけないわ。
今まで多くの無理をしてきた。
しばらく大きな力は使えないと思って』
(ちょっと待って! ――死の権能を使う魔法は、まだ使えるの?)
『戦争で使うつもり?
それくらいなら、まだ大丈夫よ』
(……わかった、ありがとう。おやすみ)
瑞希は神の気配を手放して、大きくため息をついた。
(私がこの国を滅ぼす可能性、か)
この短い間に、軍略の講義を受けてきた。
今だからこそ、大きな力を持つ自分がいる意味も理解できてしまった。
既に瑞希が異世界人で、強い魔導の力を持つ噂は広まっている。
シュトルム王国との決戦ともなれば、力の限りを尽くすことになる。
『ミズキという異世界人の活躍でシュトルム王国が滅ぼされた』という噂が加わっていくだろう。
その力に怯え、攻め込んでくる国家は居るだろう。
この力を狙い、攻め込んでくる国家も居るはずだ。
周辺の国家が瑞希の力に振り回される未来――そんなものが、必ず訪れる。
今さら力を隠す方法は、もうないだろう。
(やっぱり、帰った方が良いのかな)
この世界の親しい人と別れ、元の友人がいない世界に戻る――その道は瑞希も、選びたいとは思えなかった。
頭を悩ませながら、瑞希は暗闇に意識を沈めていった。
****
――放課後、魔導学院のサロン。
瑞希はクラインと二人で紅茶を飲んでいた。
クラインが静かにカップをテーブルに置く。
「そう……そんなことを言われたのね。
それで今日一日、元気がなかったのかしら)
「え?! 元気なかった?!」
クラインが穏やかに微笑んだ。
「婚姻を決意したあなたが浮かべる笑顔ではなかったわ。
親しい私たちなら、あなたが無理をしていることくらいはわかるわよ」
「……アルベルトも、気付いたかな」
「気づいたと思うわよ?
でも、アルベルトも居る場でお爺様からいろんな話を聞いたのでしょう?
きっと『その時に聞いた話で思い悩んでる』くらいにしか思ってないんじゃないかしら。
あなたが『元の世界に戻るか悩んでる』だなんて、言われなければわからないわよ」
クラインが再び紅茶のカップを手に取り、紅茶を口に含んだ。
紅茶で喉を潤してから、瑞希に尋ねる。
「それで、本当に戻ってしまうの?」
瑞希は紅茶のカップを見つめながら応える。
「戻りたくはないけど……私が原因でこの国が滅びるのも嫌だなって」
「私も、ミズキと別れる未来は嫌よ?
あなたが王妃となって、この国を守っていけばいいだけじゃないかしら」
「……でも、私のせいでこの国周辺が乱れたら、多くの人が死んじゃうし。
それも嫌だなぁって」
「あなたが強い力を使って、周辺国に強い影響を示すという未来はないの?
この国は元々強い国よ。そう簡単に攻めてこようとする国はないわ。
あなたは可能性に怯え過ぎなのよ。
もっと明るい未来を考えてみない?」
瑞希の指が、紅茶のカップの淵を撫でていた。
「……そうだね。確かにそうかもしれない。
それに今はまず、世界が滅ぶ道をしっかりと塞がないと!。
まずは目の前の事に集中して、最善を尽くすよ。
悩むのはその後!」
クラインが穏やかに微笑んだ。
「それでこそミズキよ。
みんなで幸せな未来を掴み取りましょうね」




