35.異世界懇親会(2)
瑞希の身体が硬直していた。
死相の意味は、なんとなく知っていた。
死が近い人間の顔や気配には、特有の特徴が現れる――そんな言葉だ。
『お前の運命をさっきから見ていたんだが、どうにも死の気配が強くてね。
術式で深く追っていたのさ。
その場所は、死から縁遠い場所に見える。
魔術の結界が張られている場所なのかな?』
瑞希は動揺しながらも、頷いて応える。
「うん、この街には、私が死を遠ざける結界を敷いてるから、そのせいじゃないかな」
『そんな場所で、瑞希だけが妙に死の気配が強い。
お前はこれから、死んでしまいかねない事をする予定があるのかい?』
「……うん。世界を救うために、戦争に参加するつもりだよ」
『では、その戦争に参加するのは止めておきなさい。
お前は、その戦争で命を落としかねない運命を持っている。
死ぬと決まったわけではないが、それなりの確率で命を落とすだろう』
「でも! その戦争に私が行かないと、この国が戦争に負けちゃうんだよ!
そうなったら世界が滅んで、私も死んじゃうよ?!」
祖父が深く瑞希を見つめていた。
『なるほど、それもあって死の気配が濃いんだね。
ならば、くれぐれも命を落とさないように注意するんだ。
だが滅びかねない世界の住人の割に、そちらの人間たちは死の気配が薄い。
……おそらく最悪の場合でも、瑞希が命に代えて世界を救うのだろう。
瑞希が生き残れる道は、とても細いと言わざるを得ないね。
霧の神は、何と言ってるんだい?』
「いつも『最善を尽くせ』って。
でも私の死については最初に『死なないように気を付けろ』としか言われてない。
未来のことを私に教えると、未来がぶれてしまうからってほとんど教えてもらえないよ」
『……霧の神も、お前が死んでしまう未来を多く見ているのだろう。
お前が死なずに世界が救われる未来を、今も探し続けているはずだ。
あの神は優しい神だ。お前の命でその世界が救われることを、良しとはしないだろう。
これから先、お前は霧の神の言うことに注意しながら生活するんだ。いいね?
神が”やるな”と言った事を、やってはいけないよ?』
瑞希がしばらく言葉を噛み締め、ゆっくりと頷いた。
「……うん、わかった」
二つの世界を、沈黙が支配していた。
瑞希の父母も、国王たち王族、ヴォルフガングも黙り込んでいた。
しばらくして、瑞希の祖父が笑い出した。
『ははは! 暗い話をしてすまなかったね!
これだけは、伝えておきたいと思ったんだ。
だが先ほど言ったように、死ぬと決まったわけじゃない。
そして未来は変えられるものだ。
最善を尽くしていれば、きちんと生き残る道に辿り着けるはずだよ』
アルベルトが固い表情で祖父に尋ねる。
「それは確かなのか?
本当にミズキを助ける道があるんだな?」
祖父がゆっくりと頷いた。
『そちらの未来は大きく揺蕩っているね。
瑞希の死の気配を読み切るのは、人間には無理だろう。
だがそれでも間違いなく、瑞希が生き残る道は残っている。
君たちは、その道を目指して努力をして欲しい。
孫を頼んだよ?
――さぁ、暗い話はここまでにしよう。
明るくしていなければ、死が近づく。
そんなのは嫌だろう?』
****
衝撃で言葉を失う者が多い中、ヴォルフガングが声を上げる。
「さあ! ローヤも言っていた通り、暗くしていても始まらないよ!
――我々は我々で、最善を尽くすだけだ。
その先に、明るい未来があると信じるんだ」
国王が頷き、告げる。
「確かに、めげていてもはじまらん。
せっかくの次代の王妃、必ず守り切ってみせよう。
――ときに、ローヤといったか。
異世界から、よくこちらの世界に居るミズキの運命を、それほど詳しく読めたな。
どういう力か、説明はできるか?」
祖父が楽しそうに微笑んだ。
『霧上家の魔術は因果を辿る魔術。
我が孫に繋がる因果を辿っただけだよ。
私はもう、魔術で大きな力は使えないから、大したことはできないがね。
瑞希なら、もっと様々なことが出来るだろう。
この霧の神の奇跡も、元は瑞希の魔術だと聞いている。
霧上家でも、希代の天才と呼んで差し支えがないだろう』
「お爺ちゃん?! なんでそこでべた褒め?!」
『ははは! 事実だよ!
魔術を一切知らずに生まれ育ち、異世界で初めて魔力を知ってから半年余りだ。
それでこれだけの大魔術を使いこなせる人間は、おそらく霧上家史上にも居なかっただろう。
――それをできるのは唯一、話に聞く初代様くらいじゃないかな』
「初代様? どういう人?」
『口伝でしか伝わっていないが、神の子と言われている人だね。
霧上家最初の当主で、とても強い力を持っていたと言われている。
今のお前なら、血の因果を辿って初代様の映像を出す事もできるんじゃないかい?』
「んー……一番最初まで辿ればいいんだよね」
さっそく≪過去視≫の座標を血の因果のルーツに設定して起動させる。
火の画面に、今の瑞希そっくりの人間が映し出されていた。
アルベルトが思わず声を上げる。
「ミズキ?! ――いや、わずかに雰囲気が違う。
だがとても良く似ているな」
『ほぅ、それほど似ているのか。
ならば瑞希は、初代様への先祖返りなのだろうね。
おそらく初代様に近い力を使えるのだろう。
つまり、神の子に近い力を使える人間だ。
今の瑞希には、好材料と言える。
――だが、因果を未来に辿ってはいけないよ? それは神の領域だ。
そんなことをすれば、人間は一瞬で死んでしまうからね?』
「え?! 即死しちゃうの?
私、一回見ちゃったけど、寿命が削れただけで生きてるよ?!」
一瞬真顔になった祖父が、大笑いをした。
『ははは! それなら、本当に瑞希は初代様同然の力を持つのだろうね!
それだけ、神の血が濃いのだろう。
普通の人間では、未来を見ようとした時点で死んでしまう。
≪未来視≫の術式を起動できたのは、霧上家でも初代様だけだと言われているからね
――おや? その術式の映像を、私にも見せてもらえるかな?』
「いいけど……」
瑞希は火の画面を反転させ、祖父に初代様の映像を見せた。
『……よく似ている魔術だが、≪過去視≫を改変している別の術式だね。
面白い術理をしている……なるほどなるほど。そんな方法があったのか。
これなら、自分自身を≪過去視≫で見ることもできるだろう。
ヴォルフガングさんといったか。あなたがこの術式の改変をしたんだね?』
ヴォルフガングが楽しそうに頷いた。
「ああ、確かに私がアレンジの助言をした術式だ。
よくぞ異世界の術理を、画面越しで読み解けたね。
どうやらローヤは、とても高い魔導の腕を持っているようだ。
おそらく私と互角か、それ以上だろう」
『ははは! 御謙遜を!
異世界の見ず知らずの魔術をこれほど見事に改変しておいて、良く言えますな!
どうやら、魔導の腕は互角、といったところでしょうかな?』
ソニアが呆然と呟く。
「え、異世界にヴォルフガング先生と互角の魔導士がおられるとおっしゃるの?
ヴォルフガング先生だって、希代の魔導士って言われるお方ですわよ?
姿や声だけじゃなくて、魔導の腕まで一緒ということですの?」
『若い頃は、霧上家史上有数の魔導士とは言われていたね。
わが国でも、技術だけなら未だに、私に並ぶ魔導士は居ないだろう。
だがその分、信一郎が受けるプレッシャーが強くてね。
それも駆け落ちの一因になってしまったかもしれないね。
信一郎は凡才、大した魔術は使えない人間だからね』
ヴォルフガングが寂しい笑みを浮かべた。
「やはり、ローヤは私とよく似ているね。
私の子供も、魔導で大成できずに苦しんでいたようだったよ。
駆け落ちまではしなかったがね」
『そこは済む世界の違い、国家や文化の違いも大きいでしょうな。
――そろそろ、皆の沈んだ気分も落ち着いた頃かな?
お昼も近い。お互い、飲み食いしながら続きをするとしましょう』
****
世界を跨いだそれぞれのリビングに、軽食とお茶が用意されていった。
和風と洋風の違いや、画面越しの会話ではあれど、ちょっとした懇親会だ。
瑞希の母親が、興味深そうに瑞希が飲む紅茶を見ていた。
『異世界にも紅茶があるのね……どんな味なのかしら』
「ん? お母さんも飲んでみる?」
「は?!」
その場で、瑞希と祖父以外の全員の声が斉唱された。
祖父は一人、楽しそうに瑞希を見ている。
『瑞希は、そんなことが出来ると思うのかい?
かなり難易度が高いと思うが』
「できる気がするから、できるんじゃない?
――お母さん用の紅茶を用意してもらえる?」
早速用意された紅茶の入ったティーカップに、即興魔術を施して起動させる。
――紅茶のティーカップは、母親の目の前にあった緑茶の湯呑に代わっていた。
周囲の人間が慌てて画面を見ると、母親の目の前には紅茶の入ったティーカップが置いてある。
祖父が楽しそうに笑いだした。
『ははは! 口伝で伝わる魔術、しかとこの目で見届けたよ!
それを画面越しに異世界間でやるとは、さすが神の子だね!』
母親は恐る恐る紅茶に口をつける。
『――ダージリンみたいな紅茶ね。とっても美味しいわ。
それに、さすが王様の使う食器ね。
こんな高級品、触るのが怖いくらい』
瑞希が苦笑を浮かべた。
「そうなんだよねぇ。
私も最初は、こわごわ紅茶を飲んでたよー」
ヴォルフガングが楽しそうな顔で瑞希に尋ねる。
「ミズキ、お茶は置換魔術で入れ替えられたが、料理はできると思うかい?」
「いやー、さすがに料理は無理だよー。
全然できる気がしないもん」
祖父が楽しそうに笑い声を上げる。
『はっはっは! そうだろうね!
そちらの料理は見た事もない料理、材料もかなり異質だろう。
それを置き換えられる料理が、こちらにはないからね。
おそらく、こちらの人間がそちらの世界に行っても、まともに栄養を得られないだろう』
瑞希が不安になって尋ねる。
「そんなに異質なの? 確かに、食べた事のない味かなって思うけど」
『おそらく栄養素そのものが別物だね。実際に目の前で調べてみないとわからないが、分子のレベルで既に別の物質だと思うよ。
紅茶はどうやら、こちらの世界と共通だ。水や茶葉はほぼ一緒、無害な代物だね』
アルベルトが祖父に尋ねる。
「ミズキはそんなものを食べ続けても大丈夫なのだろうか。
ミズキの子供に、影響は出たりしないのか?」
『そこは安心して構わないよ。
瑞希自身がどうやら、そちらの世界に合わせて変化しているからね。
今の瑞希に問題が発生することはないだろう』
ミハエルがぼそりと呟く。
「なんだか本当に、ヴォルフガング先生が二人いるみたいですね」
ヴォルフガングが苦笑する。
「なるほど、みんなには、私はああいう風に見えているんだね」
瑞希が落ち込んだままの父親に気が付いて声をかける。
「おとーさーん? どうしたの?」
父親がようやく顔を上げ、しょぼくれながら告げる。
『だって……私の大切な瑞希がこれから大変だというのに、私には何もできないじゃないか。
魔術でなにかをしてやりたくても、私の魔導ではせいぜいお前の代わりに死んでやることしかできない。
しかもその魔術は、成功率がとても低いだろう。現実的ではないからね』
瑞希が小首を傾げた。
「え? 『代わりに死ぬ』ってどういうこと? それはどんな魔術?」
父親は俯いて黙り込んでしまった。
ヴォルフガングが祖父に向かって尋ねる。
「ローヤ、それはどんな魔術か、見当がつくかい?」
祖父が苦笑を浮かべながら告げる。
『この魔術はできれば教えたくないと思っているんだが、息子がヒントを口にしてしまった。
おそらく自力でも瑞希は閃いて使えてしまうだろうから、きちんと教えた方がよさそうだね。
――因果の糸、つまり運命を断ち切る、という大魔術がある。
本来なら神の奇跡でようやく成し得るほどの現象だが、初代様は魔術でそれを行えた、という口伝があるんだ。
初代様同様の力を持つ瑞希なら、おそらく同じ大魔術を扱えるだろう。
その大魔術で、死の気配がする因果の糸を切ってしまうのさ。
並の魔導士では、その負荷に耐え切れず、魔術を起動する前に死んでしまう。
だが≪未来視≫を起動出来た瑞希なら、使うこと自体はできるだろう』
瑞希には近い魔術に思い当るものがあった――≪隔離≫の術式だ。
「ああ、『因果を遮断する魔術結界』なら使えるけど、その遮断する力を因果の糸に向ければ、確かに切断はできるだろうね」
祖父が楽しそうに微笑んだ。
『ほぅ、自力で≪隔絶≫の術式に辿り着いていたか。
それも口伝で初代様だけが使えたと伝わる術式だが、やはり希代の天才に恥じない子だね。
――その通り、そういう術理だよ。
人間が因果の糸に干渉しようとするとフィードバックが大きい。
特に未来に対して干渉しようとすると、神の領域に近くなってしまうからね。
だがその大魔術で瑞希が死んでしまう因果の糸を断ち切ることができれば、お前の代わりに死んでやることはできるだろう。
――そしておそらく、瑞希はその大魔術で世界の代わりに死んでしまう可能性を持っている。
だから教えたくはなかったんだ。
まったく信一郎の馬鹿者は、娘が大切なのか殺してしまいたいのか、わからないね』
瑞希が小首を傾げた。
「教えたくないのに、どうして詳しく教えたの?」
『霧上家の魔術は、自分の因果に関わる事を苦手とする――そもそも、それ自体が魔導の禁忌に近いんだ。
うっかり”自分が死んでしまう因果を断ち切ってしまえばよい”と思ってしまわないよう、戒めておこうと思ってね。
そんな大魔術を使ってしまえば、瑞希は禁忌を犯した負荷で死んでしまうだろう。
死んでしまう未来を断ち切ったことで死ぬ――大きな矛盾を起こしてしまうことになる。
それはおそらく、その世界を壊してしまうことに繋がる。瑞希が世界を滅ぼす可能性を持っている、という事だ。
そんな魔術は、決して使ってはいけないよ』
「……わかった。使わないよ。ありがとうお爺ちゃん」
祖父が優しく微笑んだ。
『なに、構わないさ。
――今の話で、瑞希の死の気配が濃くなったね。
やはり、お前はこの大魔術で死んでしまう可能性をもっているようだ。
そんな未来が訪れないことを祈っているよ。
瑞希もそんな状況にならないよう、最善を尽くしなさい』
瑞希は静かに頷いた。




