34.異世界懇親会(1)
――シュトルム王国、会議室。
不機嫌そうなシュトルム国王が、グライツラー侯爵に尋ねる。
「つまり、『なにも分からなかった』という理解で構わないな? ハーケン」
グライツラー侯爵は何も言えず、俯いて次の言葉を待った。
真偽不明の噂の数々を確かめるために無理を通して打った、王族誘拐という一手。
その結果は『王族救助において、ミズキという異世界人はまったく力になれなかった』という事実が分かっただけだった。
それまでの『魔導に秀でる』という噂を完全否定する結果だ。
出来る限り情報を漁ったが、その事実を覆す情報は得られなかった。
未だに真偽不明の噂は根強く残っているようだが、どうやらドライセン王国内部でも『ミズキという異世界人の魔導は大したことがない』という評価が大勢を占めているようだった。
それでいて、新しく魔導に優れた逸話が噂として聞こえてくる。
掴み処のない相手と言える。
そして無理を通した結果、諜報部の優秀な人材が大勢敵国の手に落ち、消息を絶った。
これでシュトルム王国の諜報部は、大きく力を落としたことになる。
報告できる内容は何もない――大失態だ。
「……既にドライセン王国が出兵準備を整えているという情報がある。
魔導兵器を使えない我が国を、今のうちに潰しておきたいのだろう。
いつ頃攻め入ってくるかは判断が難しいが、年内の遠くない時期だと思っている。
――魔導兵器の改良はどうなっている!」
宮廷魔導士が応える。
「調査は続行し、試運転に異常は見られません。
大規模に力を発動したときにのみ起こる不具合と予想されますが、試運転でそこまで出力を高めることはできません。
実際に戦場に投入し、結果を見るしかないかと」
つまり、兵士たちに『死を覚悟させて使わせる』という手段しかない。
再び暴走するならば、その結果を分析し、改良していくことになる。
試作型魔導兵器は一切効果を発揮しなくなり、失敗作として処分されていた。
頼れるのは『死を振りまく』と古い文献に残された、この魔導兵器のみだった。
シュトルム国王の目がハーケン・グライツラー侯爵を見据えた。
「では魔導兵器運用部隊をハーケン、貴様に任せる。
汚名を返上したければ、なんとしてでも結果を残してみせよ。
貴様の部隊の活躍が我が国の命運を分けることになる。責任は重大だ。心してかかれ」
「……はっ、かしこまりました」
****
――七月下旬、瑞希の部屋。
早朝ランニングを終えた瑞希は、いつものように自習を行っていた。
その内容を今では、教養科目から軍略に置き換えていた。
講師からの評価も良く、順調に軍略を修めていた。
自習を進める瑞希の背後から、ザビーネが声をかける。
「ミズキ様、そろそろ朝食のお時間です。お切り上げください」
瑞希は息をついてペンを置き、教科書とノートを閉じて返事をする。
「わかった、すぐ行くよ」
食卓には国王と王妃の姿もある。
「今日はこの後、ミズキの両親に会えると聞いた。楽しみにしているよ」
国王は楽しそうに微笑んで告げた。
王妃は少し心配そうにしている。
「異世界の方に失礼のないよう振舞えるかしら。不安だわ」
瑞希が明るく笑った。
「あはは、大丈夫だよ。
礼儀作法は似たようなところが多いし、陛下も王妃殿下も一目で外国人と伝わる外見だもん。
お父さんもお母さんも、その辺は理解してくれるはずだよ」
ヴォルフガングが目を輝かせて瑞希に尋ねる。
「私が同席してしまって本当に構わないのかい?
ミズキの祖父にあれほど似ているんだ。
話がややこしくなるだろう?」
「お父さんはお爺ちゃんの実の息子だもん。
ちょっと話せば、お爺ちゃんとは別人だってわかるはずだよ。
それでも不安なら、その場でお爺ちゃんと≪念話≫してもらえばいいし。
それにヴォルフガングさんも、この魔術に参加したくてうずうずしてるんでしょ?」
ヴォルフガングがとてもいい笑顔で応える。
「もちろんだとも! またあの大魔術を目に出来るかと思うと、今から待ちきれないよ!」
「あはは、正確には、あの魔術をトレースした魔法だけどね。
今回は長く話すつもりだから、霧の神に助けてもらうんだ」
「なに、それならなおさら参加せずにはいられないさ。
魔法を使える人間など、現代史に一人も居なかったんだからね」
アルベルトは緊張しているようだ。
口数も少なく、黙って朝食を口に運んでいた。
瑞希は思わず声をかけてしまう。
「ちょっとアルベルトぉ? なんでアルベルトがナーバスになってるのさ」
「いやしかし……事後報告とはいえ、ご息女を頂くと伝えるのだぞ?
緊張するなと言う方が無理がある」
どうやら王家の威光が通用しない相手で、さらに緊張が増しているようだ。
国王や王妃も、苦笑を浮かべていた。
瑞希も小さくため息をついてしまった。
「そりゃあ、大きな国の王子として生まれ育ったから、それが通用しない相手は緊張するかもしれないけどさー。
言葉が通じる相手なら、いつものアルベルトになれば大丈夫だって!」
「そうだろうか……いや、ミズキの言葉だ。信じよう」
ようやくアルベルトの顔の緊張が和らぎ、少しずつ口数が増えて行った。
ソニアが困ったように笑っていた。
「兄様、意外なところで頼りない面がおありだったのですね。
全く気が付きませんでしたわ」
ミハエルはいつもの笑顔だ。
「僕は親しみがわいて、よりいっそう兄上が好きになりました!」
王族とヴォルフガングは全員が王族の正装を身にまとっている。
瑞希は魔導学院の制服を選んでいた。
事前に≪異世界間念話≫の魔法で今日の日取りを決め、両親にも用意してもらっていた。
日本では土曜日――休日の朝だ。
こちらでも休日の朝なので、この日が選ばれた。
食事が終わり、全員がリビングに移動した。
さっそく瑞希が霧の神の力を借り、≪異世界間映像念話≫の魔法を起動する。
大きな炎の画面が現れ、少しすると炎の中に瑞希の自宅のリビングが映し出された。
そこに座って居るのは両親と祖父だ。
「あれ?! お爺ちゃんもいるの?!」
父親が瑞希の声に反応した。
『その声、瑞希か?! 姿が変わってるって、それが今の姿なのか?』
「そうだよ、これがこっちの世界での私の姿だって、霧の神が言ってた。
霧の神の血を色濃く受け継いでる影響なんだって。
ところで、お爺ちゃんも来るのは聞いてなかったよ?」
画面の向こうで、祖父が人の良い笑顔で笑った。
『私には、お前を儀式に参加させてしまった責任がある。
事態を最後まで見届けたいと思ってね。
無理を言って参加させてもらったんだよ』
ヴォルフガングが感心したように声を出した。
「声質までわたしにそっくりだ……本当に鏡を見ているような気分だよ。
――失礼、私はヴォルフガング・ネーベルゴット。
ミズキにこちらの魔術の指導をしている人間だ。
尤も、私が教えられる事など、ほとんどないがね」
祖父が今度は楽しそうに笑った。
『ははは、まさにまさに。
同感だよヴォルフガングさん。
――私は霧上狼也、瑞希の祖父だ。
手ほどきはしなかったが、瑞希に最初に魔術を見せた人間ではあるね。
そちらの言語は聞き覚えがないが、名前の響きはドイツ語に近いね。
ドイツ語だとすれば、名前も同じような意味になるはずだ。
運命が重なっているのかもしれないな。
――瑞希、これは≪意思疎通≫の魔術を使っているね?』
瑞希が驚きながら頷いた。
「そうだよ、今こっちに居る全員に私が魔術を施してる状態。
そっちにも、≪意思疎通≫の術式が伝わってるの?
どれくらい同じ魔術が伝わってるんだろう?」
祖父が楽しそうに応える。
『異世界の魔術自体は、それほど多くは伝わっていないよ。
新しく霧の神から教えられることもあるが、おそらく五十もないだろう。
だが、そちらの世界では失われた術式も、おそらく混じっているはずだ。
霧上家の魔術は、古い時代の術式だからね』
ヴォルフガングが目を輝かせて尋ねる。
「ちなみに、どれくらいの歴史がある魔術の家系なのか、教えてもらっても構わないかな?」
祖父が頷いて応える。
『文献では、一千五百年くらい前までは遡れるね。
それ以上は口伝になるが、三千年以上の歴史を持つとも言われているよ。
だからおそらく、それ以前の時代の術式だろう』
ヴォルフガングが満足そうに頷いた。
「なるほど、こちらの術式は古くても一千年ほど前と言われている。
同じ術式が残ってる方が珍しいかもしれないね。
――さて、ミズキのご両親が待ち侘びている。
我々は席を譲って、後ろで眺めさせてもらおう」
『はっはっは! そうしましょうか!』
ヴォルフガングが王族の後ろに、祖父が両親の後ろに移動した。
不機嫌そうな父親がぶちぶちと文句を言い出す。
『まったく親父は! 魔術のこととなると目の色が変わるんだから――
瑞希、今日は婚約相手を紹介すると言っていたね?
誰が相手なんだい?』
おずおずとアルベルトが瑞希の横から告げる。
「アルベルト・マティアス・ドライセン。
ドライセン王国第二王子だ。
事後報告で申し訳ないと思うが、ミズキに婚姻を頷いてもらった。
遅くても三年後には、婚姻を果たすだろう」
ガチガチのアルベルトをフォローするように瑞希が補足する。
「アルベルトは同い年で、今は同じ魔導の学校に通ってるんだよ。
こっちの国では十五歳で成人だから、私も成人扱いされてるよ。
卒業後か、在学中かはわからないけど、その……結婚、の約束をしてるの」
真っ赤になって俯いた瑞希に、父親が複雑な顔で応える。
『結婚……中学生だった瑞希が結婚か。
異世界なら仕方がないが、まるで実感が湧かないよ。
だがお前が選んだ相手なら、私たちは信じる事にしよう。
――私は霧上信一郎、瑞希の父親です。
王子ということですが、娘をよろしく頼みます。
娘を泣かせれば、霧の神の権能を使ってでも思い知らせますので、覚悟しておいてください』
「お父さん……そんな過激な性格だったの?」
少なくとも瑞希が知る父は、いつも穏やかに笑う男だ。
娘を泣かされた報復に祟り殺す男ではない。
初めて知る父の姿である。
ソニアが微笑みながら瑞希に告げる。
「さすが姉様のお父様ですわね。よく似てらっしゃいますわ。
――失礼。私、ソニア・サラ・ドライセン第一王女です。
アルベルト兄様の妹になりますわ。
私も精一杯、ミズキ姉様をお支えてして差し上げますので、ご安心ください」
続くようにミハエルが笑顔で声を上げる。
「ミハエル・ハンス・ドライセン第三王子です!
僕もミズキ姉上を精一杯お支えしたいと思っています!」
画面の向こうで母親が顔をほころばせた。
『あらあら、元気な坊やね。
――瑞希の母です。
皆様、娘をよろしくお願いします』
国王と王妃が名乗る。
「ハンス・フーベン・ドライセン第十三代国王だ。
義娘としてミズキに嫁いできてもらえることを、心から嬉しく思っている。
ミズキには何度もこの国を救ってもらった。
これからも王妃として救い、導いてもらう事になる。
我が国を任せられる女性だと評価している」
「ハンス、異世界の方にそんな王様ムーブしたら駄目ですよ。
――私はカロリーネ・ルネ・ドライセン。アルベルトの母です。
私もミズキをアルベルトのお嫁さんとして迎えられることを、心から嬉しく思ってるの。
今から孫の顔を見るのが楽しみよ」
『瑞希の孫――本当、楽しみですね』
母親が国王や王妃と微笑みあっていた。
父親は、まだ気持ちの整理がついてないようだ。
難しい顔で俯いている。
ミズキが思わず声を出す。
「おとうさーん! お祝いしてくれないのー?!」
『ああいや、そういう訳じゃないんだが……
お前ともう会えないかと思うと、寂しくてつい、な』
『あなた、娘が嫁ぐ先に父親がついて行ける訳が無いでしょう?
ちょっと早い嫁入りだと思えば、普通のことよ?
いい加減覚悟を決めてくださいよ』
父親はそれでも納得がいかないようで、壁際を向いて悩み始めてしまった。
(おとうさん、親馬鹿っぽかったしなぁ)
少なくとも瑞希は、愛を溢れるほど注がれてきた自覚はある。
急に嫁入りと聞いて納得しきれないのも、仕方ないかもしれないと諦めた。
瑞希はふと思い出して、画面に映る祖父に尋ねる。
「ねぇお爺ちゃん、そっちの世界では私の扱いはどうなってるの?
行方不明?」
『そうなっているよ。捜索願も出しているし、国家にも協力してもらって探していた。
だがこうしてお前の無事が確認できたから、それらは打ち切ることにしよう』
(国家に協力……どんだけ凄い家なんだろう)
呆然としている瑞希を、祖父は神妙な顔で見つめていた。
その視線に気が付いた瑞希が、祖父に尋ねる。
「お爺ちゃん? なんかさっきから魔術を使って私を見てない?
うまく術式を読み取れないんだけど、何をしてるの?」
祖父が静かに応える。
『瑞希、お前は相手の死期を知る魔術は扱えるかい?』
「え? んーと、運命を眺めて、死の気配を感じる魔術は使えるかな」
祖父がわずかに微笑んだ。
『おおよそ、それと同じようなものだ。
死の権能を持つ霧の神、その血族である我々が持つ力の一端だね。
霧上家では≪死相≫の術式、と呼んでいる。
お前は、この術式の制約を理解しているかい?』
「……うん。自分の運命を見ることが出来ないんでしょう?
だから自分の死の気配はわからない。
その≪死相≫の術式で私を見てたの? なんで?」
瑞希の胸がざわついていた。
『……お前に、死相が出ていたからだよ』




