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3.死が身近な世界

 霧の神と会話することを控え、瑞希は糧食の干し肉を食べ続けた。

 三本の干し肉を食べ終わり、ようやくお腹が落ち着いた。


「ふぅ、『まずは魔力の扱い方を覚えろ』、か」


 瑞希の独り言に、アルベルトが反応した。


「魔力の扱い方か?

 王宮に戻れば、魔導の講師が居る。

 そいつから教わることはできるはずだ」


「魔導の講師が居るってことは、アルベルトも魔導を使えるの?」


「春からは魔導学院に進んで覚えることになるが、まだ基本的な魔力の扱い方を修得しただけだ」


「魔導学院ってことは、学校に行けば魔法を覚えられるの?」


「魔法? いや、人間が使えるのは魔導術式だけだ。

 魔法は神の力。

 普通の人間が使うことはできない」


 『魔導』と『魔法』と『魔導術式』の違いがわからず、瑞希が小首を傾げた。

 アルベルトが微笑んで優しく告げる。


「魔力を使う技術の総称を『魔導』と呼ぶ。

 人間の魔力を使うものを『魔導術式』や『魔術』と呼び、

 神の魔力を使うものを『魔法』と呼ぶ。

 ――そんな難しい概念じゃないさ」


「私が魔法を使えるようになると思う?」


「私には判断が付かないな。

 さっきの口ぶりだと、ミズキは霧の神と会話できるんじゃないのか?

 神はなんと告げていた?」


「えーっと、『神の気配を手繰たぐり寄せれば使える』って言ってたかな。

 でも今の私には、それができないらしいんだよ。

 だからまず、魔力の扱い方を覚えて、それが出来るようになれって」


 アルベルトが腕を組んだ。


「王宮の講師だけで済めばいいんだが、それでは足りなかった場合、ミズキも魔導学院に入学した方がいいかもわからないな。

 ともかく、まずは講師に付いてもらって判断するしかあるまい」


(異世界に来てまで勉強かぁ……そういえば受験はどうなるんだろう)


 瑞希は来年の高校入試に備えて、勉強をしていた最中だ。

 それが無駄になるかと思うと、げんなりとした気分になってしまう。

 元の世界に帰る保証すらないのだから、それがいつになるかもわからない。

 無事に戻れても浪人確定だ。


「どうしたんだミズキ。そんなに落ち込んで」


「なんでもない。ほっといて」


 説明しても、異世界の受験事情など理解してもらえるとは思えなかった。

 うつむいていると自分の髪の毛が顔にかかる――そこでようやく瑞希は気が付いた。


「――私の髪の毛、なんで銀髪なの?!」


 アルベルトが不思議そうな顔をした。


「なんでも何も、ミズキは最初から銀髪だぞ」


 アルベルトが椅子の下の収納から手鏡を取り出し、瑞希に手渡した。

 恐る恐る瑞希が手鏡を覗くと、そこには銀髪で赤い瞳をした美少女が映っていた。

 彫りの深い、西洋人の容貌だ。


「――なにこれ?! 私の顔が変わってる?!」


 アルベルトは、困惑したように黙って瑞希を見つめていた。

 仕方なく、瑞希は霧の神に語りかける。


(ちょっと霧の神! 外見が変わってるのはどういうこと?!)


『こちらの世界に移動するときに、あなたという因子が、この世界に合わせて再構成された結果よ。

 この世界でのあなたは、そういう姿なの。

 私の血を色濃く受け継いでいることが、外見に現れたのね。

 元の世界に戻れたら、ちゃんと元の姿に戻るはずよ』


 まじまじと鏡を覗いてみるが、自分の顔だと言う実感はなかった。

 だが確かに、自分が思った通りに顔を動かす美少女が鏡の向こうに居た。


 アルベルトが噴き出し、その笑いで瑞希はアルベルトを睨み付けた。


「なにがおかしいの?」


「いや、突然百面相を始めるものだから、面白くてな」


「こっちは突然顔が変わる一大事だよ?!

 百面相だろうと顔の確認ぐらいするよ!」


「悪い悪い――おっと、そろそろ昼食の時間のようだ」


 馬車の速度が落ちて行き、停車した。

 車外では従者たちが忙しそうに支度を始めている。


 しばらくすると外から呼ばれ、瑞希はアルベルトと共に馬車から降りた。

 促されるままに用意された椅子に腰を下ろし、手渡されたスープとパンを口に運んでいく。


 隣で食事をするアルベルトに、瑞希が尋ねる。


「王子様の食事なのに、質素なんだね」


「移動中の食事など、質素なものさ。

 温かい食事にありつけるだけ、マシというものだ。

 王宮に行けば、それなりの食事を食べさせてやれるが……悩ましいな」


 瑞希が小首を傾げた。


「どういうこと? 何が悩ましいの?」


「今はミズキをあまり人目にさらしたくない。

 お前の言葉がこの国の言葉じゃないのは、すぐにわかる。

 なのに意思を通わせられるとなれば、怪しまれる。

 ――ミズキが異世界人だと、周囲に悟られたくないんだ」


 瑞希がきょとんとした。

 アルベルトは苦笑を浮かべ、事情を説明した。



 ≪意思疎通≫の魔導術式は存在するが、高度な魔術だ。

 それを魔導が未熟な瑞希が扱えるのは不自然――なにか超常的な力を持っていると思われてしまう。

 隣国、シュトルム王国が狙っているのも、この国に残るそういった力なのだと。



「そういった超常的な力を『古き神々の叡智えいち』と我々は呼んでいる。

 霧の神のような、古き神への信仰を持ち続けている国は少ない。

 その神の力を扱える人間は、現代には居ない。

 神託を受けられる人間すら稀少だ。

 ミズキが神の力を使える人間だと知られれば、必ず身柄を狙われる。

 だから今は、ミズキの存在はできる限り隠しておきたい」


「……その神託を受けられる神官さんは大丈夫なの?

 霧の神から、私の事を聞いた人だよ」


 アルベルトの顔がかげった。


「先日、シュトルム王国の密偵にさらわれたよ。

 翌日には、死体が川に浮かんでるのが発見された。

 拷問を受けた跡があったから、秘密を聞き出そうとしたのは間違いがない」


 瑞希のことも、シュトルム王国に知られれば同じことが起こる可能性が高いと告げられた。

 瑞希はすっかり青い顔になり、食欲が失せていた。


「……私は、どうしたらいいと思う?」


「できれば、まずは言葉を覚えた方が良い。

 それが難しいようなら、王都で厳重に警護するしかないだろう。

 ――どうだミズキ、お前は短期間で語学を修得する自信はあるか?」


 瑞希は首を横に振った。

 日本語以外はさっぱりわからない瑞希が、異世界の言葉をすぐに習得できる訳が無かった。


「となると、厳重に警護するしかないか。

 息苦しい生活になるとは思うが、命には代えられない。

 そこは我慢してくれ」


「……その警護なら、命の心配は要らなくなる?」


「王族と同じ水準の警備を付ければ、まず大丈夫だ。

 王宮に住み、共に行動をする限り、私が守る事もできる。

 ――これでも、剣術なら自信があるからな」


「今、ここにいる人たちは信用できる人たちなの?」


「私直属の従者たちだ。

 拷問を受けても、機密を漏らすようなことはしない人間を揃えてある。

 だが迂闊うかつに神のことを口にするのは慎んでおけ」


 瑞希は黙って頷き、スープを見つめていた。





****


 夜になり、夕食が終わった瑞希が従者の馬車に呼ばれた。

 車内で侍女たちからお仕着せに着替えさせられ、着ていた服は地面深くに埋められてしまった。


 着替え終わり車外に出た瑞希を、アルベルトが出迎えた。


「客人に従者の服など着せてすまない。

 あの服は目立つから、早めに処分しておきたかった。

 サイズは問題ないか?」


 瑞希が軽く腕を動かしてみるが、肩がつっかえるということもなさそうだった。


「問題ないみたい。

 これで目立たなくなったかな?」


 アルベルトが苦笑した。


「ミズキの美貌だと、どうしても目立つ。

 目立たずにいるのは無理だろう」


(美貌……美貌か。

 これが自分の顔なら、そう言われれば嬉しいんだろうけどなぁ)


 とはいえ、瑞希本来の顔は平凡なものだという自覚があった。

 クラスで中の上程度の自負はあるが、それを超えるものではない。

 体型維持の努力をしていたので、すらりとした細い手足は自慢できると思っている。

 ――もっとも、小柄なのであまり目立たないのが玉にきずだ。


 その夜は、アルベルトや騎士たちに囲まれるようにして野営に付いた。

 寝袋のような便利なものはなく、簡易の敷物を敷いて簡易の天幕を張り、毛布にくるまるだけだ。

 馬車の中で眠るのは、馬車ごとさらわれる危険がある、ということで却下された。





 慣れない野宿に、瑞希は中々寝付けなかった。

 目をつぶってみるが、眠気はさっぱり訪れない。

 仕方なく、天幕の隙間から夜空を見上げ、星を眺めていた。


 突然、周囲の騎士たちが起き上がり剣を抜いた。

 一瞬遅れてアルベルトも起き上がり、剣を抜いている。


(何?! 何が起こったの?!)


 次々と兵士たちも起き上がり、槍を構え始めた。

 駆け出した騎士たちが、暗がりで誰かと剣を交える金属音が聞こえてくる。

 焚火の明かりで浮かび上がる光景の中、騎士の剣が誰かの首を跳ね飛ばすのが見えた。


(――?!)


 次々と騎士たちや兵士たち、アルベルトが襲ってくる誰かを切り捨てていく光景を、瑞希は呆然と眺めていた。

 全てが終わると兵士たちが穴を掘り、そこに死体を埋めていく。


 戻ってきたアルベルトが瑞希に声をかける。


「どうした? 青い顔をして――ああ、野盗に襲われるのは初めてか?」


 瑞希は黙って頷いた。

 手が震え、声も出ない。


「……そうか、人が死ぬのを見るのも初めてか。

 この大陸では、このぐらいは珍しくない。

 人を殺せるようになれとは言わんが、人の死に慣れるぐらいはしておけ」


「――さっき、この辺りは平和だって言ったのに」


 ようやく、絞り出すように瑞希が声を出した。

 アルベルトが苦笑を浮かべて応える。


「充分平和さ。

 そのくらい、この大陸は死で溢れている。

 野盗の出ない国など、この大陸にはないからな」


 そんな世界で、これから生きて行かねばならない。

 神が『死んだら終わりのデスゲーム』と例えた意味を、ようやく肌で理解していた。

 それだけ、死が身近な世界なのだ。


 瑞希が青い顔でアルベルトに尋ねる。


「人が死なない場所は無い――そういう理解で合ってる?」


「まぁそうだな。治安の良い王都だろうと、盗賊は出るし死人も出る。

 だが王族の警護を受けている限り、今のように護衛が仕事をして守ってくれる。

 王宮で内部抗争が起これば、そんな王族でも死ぬ事はあるが……次の王太子は兄上だと噂されているし、それに反対する者はいない。

 今の代で、その心配はないだろう。

 それを理解したら、お前は寝ておけ」





****


 翌日の夕方になり、馬車は大きな街に辿り着いた。

 その中の大きなやしきに馬車が入っていき、停車した。


「今日はここに一泊する。

 天候次第だが、王都までは十日前後で着く」


 アルベルトと共に、瑞希が馬車から降りる。

 二人が降りた先で、一人の老紳士が出迎えた。


「アルベルト殿下、首尾はいかがでしたか」


「問題ない。続きは中で話そう」


 アルベルトに促されるように、瑞希は邸の中へ入っていった。





 老紳士はマイヤー辺境伯と名乗った。

 東の国境を守る貴族だと説明を受けた。

 アルベルトはマイヤー辺境伯を信頼しているらしく、知っていることを全て打ち明けていた。


「なるほど、異世界の人間ですか。

 霧の神が予言した世界の滅亡から我らを救う救世主が、こんな年若い少女とは思いませんでした」


「ああ、だがミズキの素性は極力伏せておきたい。

 王宮でかくまうつもりだが、どうしても限界はあるだろう。

 噂になるのを防ぐ手はないと私は思っている。

 なにか知恵はないか」


 マイヤー辺境伯が、瑞希の顔をまじまじと眺めていた。


「確かに、この美貌では噂にするな、という方が無理がありますな。

 素性も漁られ、辿れなければ怪しまれるでしょう。

 ――となれば、逆に隠さなければ良いのではないでしょうか」


 アルベルトが眉をひそめた。


「それはどういう意味だ?

 お前もシュトルム王国が古き神々の叡智を狙っているのは理解しているだろう?」


「堂々と異世界からの客人として、王家が警護すればよろしいのです。

 必死に隠しても隠しきれないのであれば、その労力が無駄になる。

 ならば素直に打ち明け、相応の対応を施した方が建設的でしょう」


 アルベルトは腕を組んで考えこんでしまった。


 瑞希にも、隠しても隠しきれないなら、その努力をするのは無駄に思えた。

 そもそも、名前からして珍しいと言われてしまうのだ。

 何をどうしたって目立ってしまう。


 ならば労力を警護の方に注いでもらい、瑞希は世界を救う努力に力を注いだ方がマシだろう。

 そうすれば、元の世界に帰れる可能性が上がるのだから。

 こんな異世界で世界滅亡に巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだった。


 アルベルトも同じ考えに至ったようで、渋々頷いた。


「確かに、素性を偽っても警護の手を抜けるわけじゃない。

 それなら最初から隠さない方が、ミズキも動きやすいか。

 ――すまんがマイヤー辺境伯、ここから王都までの警護を増やしたい。

 兵をいくらか貸してくれ」


「お安い御用です。

 五百の兵を同行させましょう。

 それと、ミズキ様の服も用意させます。

 客人として不自然ではない恰好をしていただき、王都へ戻って頂きましょう。

 二日か三日ほど滞在して頂くことになりますが、問題ありませんか?」


 アルベルトが頷いた。


「私は問題ない――ミズキ、お前はどうだ?」


「私はそもそも、この世界で何をどうしたらいいのかも分からないんだし、問題ないよ。

 今はアルベルトに付いて行くしかないんだもん」


 マイヤー辺境伯が両手を打ち鳴らした。


「決まりですな。

 さっそく採寸をさせていただきましょう。

 娘の使い古しになりますが、服を仕立て直してお譲りします。

 後ほど、娘もご紹介いたしますよ」


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