26.入学式典(3)
教師が去ると、教室内は再び賑やかになった。
成績上位者の集団――エリート中のエリートの集まりだ。
当然、顔見知りが多くいるようだった。
生徒たちは、そんな顔見知りと語り合い、雑談を交わしていた。
瑞希が時計を見る――まだ十一時前だ。
教師が告げた全校懇親会は十二時から。
だいぶ時間があった。
瑞希はふぅ、と小さく息をついた。
「全校懇親会ですか。また視線にさらされるのでしょうか。
憂鬱ですわね……」
同級生のみならず、二年生や三年生といった上級生が混じってくる。
浴びる視線は、朝の比ではないだろう。
歳末夜会よりはマシだろうが、瑞希は気が重たくなるのを避けられなかった。
アルベルトが瑞希の背中を優しく叩く。
「お前は私の婚約者だ。
下手に近寄ってくる奴は居ない。
そこは安心しておけ。
注目を浴びるのは、避けようがないから諦めてくれ」
クラインが立ち上がって瑞希の手を取った。
「マウリッツ先生は『自由時間だ』とだけ仰ったわ。
『教室に居ろ』とは仰られなかったのですから、サロンにでも移動して気分転換しましょう」
マウリッツ先生――先程の男性教師の名前らしい。
瑞希が小首を傾げて尋ねる。
「クライン、あの方――マウリッツ先生をご存じでしたの?」
「マウリッツ・ベルツォーニ先生――あの方は中等学校に務めてらっしゃったのよ。
今年度から魔導学院に異動になったの。
あなた以外は知ってる生徒ばかりよ。
だからうっかり自己紹介をし損ねたのね」
クラインに促されて瑞希も立ち上がり、その場の六人で教室の外に出た。
同じようにサロンへ向かう人間がちらほらいる様だ。
瑞希がふと気になってクラインに尋ねる。
「こんなに大勢がサロンに向かって、場所が足りるのかしら」
「埋まってしまったら食堂にいくか、別の場所で時間を潰せばいいだけよ。
小さい部屋なら数が充分用意されているはずだから、六人なら多分大丈夫よ」
空いているサロンを見つけ、表の黒板に全員が名前を書いて入室していく。
ソファに腰を下ろした瑞希に、クラインが告げる。
「さぁ、もう素で話しても大丈夫よ。
今のうちに、肩の力を抜いておきなさい」
瑞希が小さく息を吐いてから叫ぶ。
「あーもう! 肩がこる!
上流階級の作法ってめんどくさいよ!」
くすくすと笑うクラインが、優しく瑞希の頭を撫でていた。
含み笑いを浮かべるコルネリアが、全員分のティーカップと紅茶の入ったポットを持ってくる。
それぞれがソファに腰を下ろし、紅茶を飲んで一息ついていた。
アルベルトが瑞希に尋ねる。
「密偵から何か情報は得られると思うか?」
「んー、ちょっと聞いてみようか」
瑞希が顔の前に大きな火の画面を作り出し、そこにヴォルフガングの横顔が映った。
「ヴォルフガングさーん、何かわかったー?」
瑞希の声に反応するようにヴォルフガングが振り向いた。
『ああ、ミズキか。いや、”奴らがまだ何もわかっていない”ということだけだな。
前回、ミズキが拠点を一網打尽にしたのが効いているようだ。
あの時はご苦労だったね』
「そっかー、わかったよありがとー」
火の画面を消した瑞希を、ゲルトたちが呆然と見ていた。
「……ちなみに今のは、どういう術式なんだ?」
瑞希がきょとんとして小首を傾げた。
「え? 見ればわかったでしょう?
≪現在視≫で王宮に居るヴォルフガングさんを映して、その因果を逆転させてこちらの映像もあっちに映したんだよ。
映像が繋がってるから、音声を乗せるのも簡単だよね?
そんな感じで双方向で会話をしたんだよ?
つまり、見たまんまの魔術だよ」
ゲルトが唖然としながら尋ねる。
「すまんが、半分くらい聞き取れなかった。
なにをどうしたら双方向で映像と音声が送れるって?」
アルベルトが苦笑しながら告げる。
「俺たちが聞き取れないのは、ミズキが母国語で説明する魔術理論が論理の飛躍を起こして、概念として理解できないからだ。
もっと噛み砕いて説明するか、ドライセン語で話してもらう必要がある。
いつもならヴォルフガングが通訳してくれるんだが、今あいつは王宮だからな」
むくれた瑞希が改めて告げる。
「だーかーらー!
向こうの映像がこちらに投影されてる時点で、二つの空間が魔術的に繋がって因果を持ったんだよ!
その因果を利用して、『あちらに映像が映っている』結果を確定させてこちらの映像を送ったの!
あちらにこちらの映像が映っているなら、その原因があるはずでしょう?
それが魔術的に決定したの! あちらがこちらを≪現在視≫しているのと同じことにしたんだよ!
つまり因果を逆転させたの!
――ここまでは理解できた?!」
イーリスが困ったように笑いながら応える。
「単語はなんとか拾えたのですけれど、何を仰りたいのかさっぱりですわね……
因果を利用したら、なぜ因果を逆転できるのか、そもそも因果を逆転できるのか、わからないことだらけですわ」
アルベルトが苦笑しながら告げる。
「因果逆転の魔術は『机上の空論だ』とヴォルフガングは言っていた。
俺たちみたいな学生が理解できる概念ではないのだろう。
原因より先に結果を確定してから原因を生み出す魔術だからな。
どんな術式を積み上げたらそうなるのか、皆目見当がつかん」
既に慣れたのか、コルネリアがのんびり紅茶を口にしてから告げる。
「どう考えても魔導の達人よね。
魔導学院に通う意味なんて全くないわ。
――どうして魔導学院に通うことになったのか、私たちには教えてくれてもいいんじゃない?」
アルベルトが微笑みながら瑞希に尋ねる。
「こいつらには教えても構わないか?
秘密は守れる奴らだ」
瑞希がゲルト、イーリス、コルネリアを見た。
「んー、そうだね。大丈夫だと思うから、構わないよ」
アルベルトが神妙な顔で三人に向き直る。
「ミズキは私の護衛だ。私の最も身近で身辺警護をしてもらう――そのために婚約者となってもらった。
だから私と共に魔導学院にも通ってもらっている。
これはミズキの能力を偽装するためでもある。
『魔導学院に通う程度の能力』だと、表向きには思わせておきたい――そういうことだ。
ミズキの秘密が知られると、こいつ自身もシュトルム王国に狙われるからな」
コルネリアがアルベルトに尋ねる。
「ミズキの秘密って何よ。『異世界人』ってだけで既にとんでもないのに、まだ秘密があるの?」
「ミズキは霧の神の血を引く人間で、神の力を使える人間だ。
シュトルム王国がつけ狙う『古き神々の叡智』そのものと言ってもいい。
だからミズキの真の能力は、王族とヴォルフガング、そしてクラインくらいしか知らん。
お前たちもこのことは決して漏らさないようにしておいてくれ。
――尤も、ミズキなら多少の軍隊相手だろうと、どうにかしてしまうだろうがな」
瑞希が憂鬱そうにため息をついた。
「いや、軍隊はなるだけ相手にしたくないよ……
また一万人近い人間の命を奪うだなんて、できればやりたくないし……
シュトルム王国の持つ魔導兵器を破壊する時は、仕方ないから諦めるけどさぁ」
イーリスが不思議そうに瑞希に尋ねる。
「敵国の持つ魔導兵器を、ミズキさんが破壊されるというお話?
なぜ異世界人のあなたが、そんなことをなさる必要があるのかしら」
「あれは霧の神の『死の権能』を振りまく古い時代の兵器なんだってさ。
それが暴走するとこの世界が滅ぶんだって。
私はそれを防ぐために、霧の神に異世界から勝手に連れてこられた、平凡な庶民なんだよ。
『血族だから解決する義務がある』とか言われてさー。いい迷惑だよね。
魔導だってこの世界に来てから初めて知ったし、達人とは言えないと思うけどなぁ。
きちんと魔術を教わったこともないから、魔導学院でも得る物はあるはずだよ」
ゲルトが困惑した顔で告げる。
「あー、つまりミズキはこの世界を救う必要がある、ということか。
随分と勝手な神なんだな、霧の神という奴は。
この世界の命運がミズキにかかってるなら、俺たちも出来る事は協力しよう」
コルネリアが楽しそうに微笑んだ。
「隣国が共通の敵なら、神の血を引いて神の力を使える、こんな魔導の達人がこの国の味方ってことだものね。
確かに、こんな頼もしい人は他には居ないわね」
イーリスが、こてんと首を傾げて瑞希を見つめた。
「それで、本当に名前だけの婚約で終わらせてしまわれるの?
そのまま本当に婚姻してしまっても、よろしいのではなくて?
コルネリアが言う通り、殿下ほどの男性を同世代で探すのは、至難の業ですわよ?」
瑞希が悩ましく眉をひそめた。
「そりゃあアルベルトは魅力的な男性だとは思うけどさぁ。
私は恋愛を経験してみたいんだよー。
不貞も働きたくないし、できれば恋が出来る相手と結ばれたいんだよー」
イーリスがにこやかに微笑んだ。
「では、恋愛対象を広げて考えてみてはいかがでしょうか」
瑞希は意味がわからず、一瞬硬直した。
「……はい?」
「男性ばかりを恋愛対象とするのではなく、女性も恋愛対象として考えてみたらいかがでしょう、という意味ですわ。
女性同士なら不貞とはみなされませんし、婚姻後でも問題ありませんわよ?
婚姻は殿下となさっておいて、女性と恋愛を経験する――素晴らしい将来設計と言えますわね」
コーネリアが「げっ!」と小さく叫び、瑞希の耳元で囁いた。
「イーリスは同性愛者の気があるの。女性が相手でも惚れちゃう子なのよ。
ミズキあなた、イーリスに目を付けられたわよ?」
瑞希がおそるおそるイーリスの目を見る――そこには、うっとりと瑞希を見つめるイーリスの瞳があった。
「えーっと……私は女性を恋愛対象として見ることは……出来ないかな……」
イーリスが優しく微笑んで応える。
「まぁそう仰らずに! 経験してみたら案外良かった、と仰る方も居ますわよ?」
「どういうこと?! 誰から聞いた話なの?!」
クラインが「フッ」と遠くを見た。
「イーリスに襲われる下級生は、結構居たのよ。
この子、小柄な女の子が大好きなの。
ミズキなんてストライクゾーンど真ん中じゃないかしら」
瑞希が慌ててコルネリアに飛びついて、イーリスから離れようとした。
「もう同性の相手が居るってこと?!
イーリスあなたそれ、浮気じゃないの?!」
「それが皆様、婚約者が出来ると私との関係を終わらせてしまいますの。
今は完全フリーですから、お気兼ねなく」
「遠慮します! 私は異性愛者なの! 特に、襲い掛かってくるような人は眼中にないの!」
「あら? 私が無理矢理奪うのは唇までですわよ?
そこから先は、お互いが同意の上ですから、ご心配は無用です」
コルネリアが瑞希の耳元で再び囁く。
「油断しないで! イーリスに唇を奪われて、そのまま心をとろかされた子は多いの! 絶対に唇は死守して!」
恐ろしい化け物を見る気分で、瑞希はイーリスを見ていた。
唇ごと心を奪う――瑞希には想像が付かない世界だ。
アルベルトが苦笑を浮かべながら告げる。
「お前たち、ミズキで遊ぶのもそろそろ切り上げないか?
ぼちぼち十二時になる。移動しよう」
イーリス、コルネリア、クラインが「はーい」と揃って返事をして立ち上がった。
急転直下の展開で、呆然とする瑞希にゲルトが告げる。
「……まぁ、こいつらはこんな連中だ。
巻き込まれて疲れるなよ?」




