25.入学式典(2)
ため息をつきながら、肩を落として歩く瑞希の背中を、アルベルトが優しく叩いた。
「まぁそう気にするな。
お前は父上の言葉など気にかけず、やりたいようにやればいい」
コルネリアがその言葉に反応し、アルベルトに尋ねる。
「殿下、それはどういう意味?
やりたいようにやるって?」
アルベルトが苦笑をしながら応える。
「私はまだ、ミズキに婚姻を頷いてもらっていないんだ。
婚約だけは頷いてもらったんだが、攻略途中といったところだ。
だからミズキがどうしても婚姻に納得できないようであれば、婚約解消も止むを得ないと思っている」
信じられないようなものを見る目で、コルネリアが瑞希を見つめた。
「ねぇミズキ、あなたはアルベルト殿下の何が不満なの?
これだけの優良物件、国をひっくり返しても出てこないわよ?!」
クラインがそれに続く。
「そうよミズキ。
あなたはこの世界で幸せに暮らすのでしょう?
それにはアルベルト殿下と婚姻するのがもっとも近道だと、前にも言わなかった?
まだ婚姻に納得できないのかしら」
瑞希がげんなりとして応える。
「ですから、私は恋愛結婚をしてみたいのですわ。
私も、アルベルト殿下に特に不服がある訳ではございません。
ですが恋愛対象なのかは、まだよくわかっていませんの」
イーリスが観察するような眼差しで瑞希を眺めていた。
「贅沢者ですわね。
国王陛下とアルベルト殿下御本人から望まれていて、それでも恋愛結婚の夢を追いかけてらっしゃるのね。
――恋愛のご経験はありまして?」
瑞希が小さく首を横に振った。
「初恋の記憶もございませんわね。
ですがだからこそ、婚姻をする時ぐらいは恋愛をしてみたいと思っておりますの。
婚姻後に他の男性と恋に落ちる等したくありませんし、それなら恋をした男性と婚姻をしておきたいと思いまして」
ゲルトが笑いながら瑞希に告げる。
「ははは! 恋愛結婚をしていようと、伴侶に愛想を尽かして他に愛人を作るなど、珍しい話でもない!
そう怖がる必要はないんじゃないか?」
瑞希がジトっとした目でゲルト、イーリス、コルネリアを見る。
「お三方は、ご婚約はお済みでして?」
クラインが三人に代わって応える。
「この中で婚約者がいるのは、殿下とミズキだけよ?
他は鋭意募集中というところですわね」
「……その立場、羨ましいですわ。
アルベルト殿下はやはり、クラインくらい頼もしい方の方が良いと思うのですけれど」
「まだそんなことを仰るの?
前にもお伝えしましたけど、私はもう殿下のお守りは嫌よ?
それに今現在、この国で最も頼りになる人が、何を仰ってるのかしら」
ゲルトが興味深げにクラインに尋ねる。
「そんなに頼もしいのか?
クライン以上に頼りがいのある令嬢なんて、想像が付かないがな」
クラインが小さくため息をついた。
「ミズキの傍に居れば、すぐに自分たちが凡人なのだと思い知らされますわ。
エリートの自信なんて粉々にされますから、気を付けた方がよろしくってよ」
瑞希も小さくため息をついた。
「私は平凡な庶民だと、何度もお伝えいたしてますのに。
どうしてそのような評価になるのかしら。
――アルベルト!」
瑞希が手を広げ、学校裏口を≪現在視≫で映し出した。
物陰に隠れ、様子を伺う男の姿だ。
巧妙に姿を隠し、警備をやり過ごしているようだ。
その男をたちまち炎が包み、男は炎の縄で捕縛され、地面に転がった。
「密偵だよ。警備兵にはどう伝えたらいいかな?」
「――わかった、みんなは先に教室へ行っててくれ」
アルベルトが駆け出し、その場を離れた。
ゲルト、イーリス、コルネリアは呆気に取られて瑞希を見ていた。
クラインが瑞希に尋ねる。
「ミズキ、密偵の拠点は全て潰したと言ってなかった?
潰し残しでもあったの?
それに、何の目的があってここに来たのかしら」
瑞希は手のひらの火の画面を消して応える。
「あの時の拠点は全部潰したよ。
今のは新しい密偵だね。この国と因果が薄い。
入国して間がないんだ。
ヴォルフガングさんが対策を練るみたいに言ってたけど、間に合ってないんじゃないかな。
密偵の目的は、やっぱり私だったよ。私の様子を知りたがってた」
ゲルトが戸惑いながら瑞希に尋ねる。
「……そんなこと、どうやって知ったんだ?
っていうか、今何が起こったんだ?」
瑞希が小さくため息をついて応える。
「そりゃあ、警戒魔術結界を学院の敷地の外まで広げて展開してるからね。
敵意や害意があれば、私にはわかるよ。
今のは≪現在視≫の術式。
漏れ出た敵意を感じたから、その地点の映像を火に投影しただけだよ。
心を読んで目的がわかったから、そのまま≪捕縛≫の術式で捕まえたの。
相手の持つ因果を見れば、入国間もないかどうかぐらい、すぐにわかるよ」
ゲルトが固唾を飲み込んで瑞希に尋ねる。
「あーっと……ミズキは相手の心が読めるのか?」
「読めるけど、相手は選ぶから安心していいよ。
敵以外の心を読む気は、私にもないし。
みんなも魔力同調を『ちょっと』応用すれば、すぐにできるよ」
「学院の敷地外までの警戒魔術結界って、とんでもなく広くないか?」
「そう? たかだか半径一キロの結界だよ。
それ以上広げても対応するのが大変だし、学院に居る間はその程度に抑えておくつもり。
みんなだって訓練すれば、この程度の結界は作れるはずだよ?」
「相手の持つ因果を見るって、目に見えるものなのか?」
「私は魔力を目で見ることが出来る体質だからね。
魔力同調を『ちょっと』応用すれば、因果を見ることもできるよ」
「……その応用、ちょっとで済むのか?
魔力と因果じゃ、まるで違うだろう?」
「それは考え方次第だよ。
どちらも魂に紐づいてる魔術的な力だから、『ちょっと』応用するだけで見ることはできるよ。
ゲルトやクラインだって、魔力を感じられるなら同じように因果を感じられる。簡単にできるはずだよ?」
「……≪捕縛≫の術式、この場所から裏口に術式を飛ばしたのか?
かなり距離があるだろう?
どういう魔力制御してんだ?」
「この程度の距離、目の前で術式を使うのと変わらないよ。
みんなだって訓練すれば簡単にできると思うけど。
さすがに国外まで術式を飛ばそうとしたら、工夫が必要にはなるけどさ」
コルネリアがぽつりと呟く。
「それでも『できない』とは言わないのね……」
イーリスが微笑んで瑞希に告げる。
「ところでミズキさん、お言葉が素に戻ってらっしゃるわよ?」
瑞希が慌てて口元を隠した。
「……失礼いたしましたわ」
呆然とするゲルトとコルネリアに、クラインが穏やかに微笑んだ。
「……ね? 私たち、凡人でしょう?」
****
教室に入った瑞希たちは、自由席と言うことで固まって座っていた。
ゲルトが周囲の様子を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「……あれだけの術式をミズキが使ったのに、それについて話をしてる奴が居ないな。
なんかおかしくないか?」
瑞希が静かに応える。
「周囲の注意をそらす術式を同時に起動させましたの。
近くで注目していたゲルトたちには抵抗されましたけれど、こっそり様子を伺っている程度の方々の注意はそらせたはずですわ」
「……あの瞬間、いくつの術式を並行して使ってたんだ?」
「いくつの……数えるのが面倒ですわね。
王宮に張っている魔術結界も含めれば、両手ではとても足りませんわ」
瑞希が手で数え始めようとして諦めていた。
唖然とするゲルトとコルネリアに、クラインが再び告げる。
「考えたら負けなのよ、ミズキは。
常識の外に居る子ですもの。
今だって≪意思疎通≫の術式を維持しているのを忘れてはだめよ?
この子、朝起きてから夜寝るまで、ずっと使い続けてるらしいの」
ゲルトが頬を引きつらせながら応える。
「なんで魔力が尽きないんだ?
どういう魔力してるんだよ……」
瑞希が不服そうに小さく息をついた。
「魔力制御をきちんとなされば、皆様でも丸一日術式を維持する事ぐらいできますわよ。
私の魔力が規格外なのも確かですけれど、神のように莫大な魔力を持っている訳ではありませんもの。
乱暴に魔力を扱えば一時間もせずに力尽きてしまう、その程度の魔力ですわ」
「……ちなみに、クラインの魔力制御はミズキからみて、どのくらい繊細なんだ?」
瑞希がクラインの目を見た。
「……クラインには悪いとは思うのですけれど、あまりに乱暴で目を覆いたくなりますわね。
ヴォルフガング様程度には魔力制御できなければ、皆様の魔力で丸一日術式を維持するのは難しいと思いますわよ?」
クラインが「フッ」っと黄昏ながら目をそらした。
「お聞きになりました? みなさん。
ヴォルフガング様『程度』ですわよ?
国内最高峰、近隣諸国でも魔力制御技術では他の追随を許さないと言われるあの方が『程度』扱いなの。
ミズキに会うまで、私は同年代屈指の魔力制御技術だと自負しておりましたけれど、その自信はミズキに会って粉々になってしまいましたわ」
ゲルトが戸惑いながらクラインに尋ねる。
「なぁクライン、お前は今、何か術式を使って見せたのか?
なんで目を見ただけで魔力制御が乱暴だって話になったんだ?」
瑞希がきょとんとした顔で尋ね返す。
「相手が身に纏う魔力を見れば、どの程度の魔力制御技術を持つのかは一目瞭然ですわよ?
目に見えずとも感じ取ることが出来るなら、皆様も同じように判断が付くはずですけれど?」
「……なぁクライン、お前にはそんな芸当、できるのか?」
クラインが黄昏ながら応える。
「できる訳がありませんわ。
相手の微細な魔力の流れを感じ取る、研ぎ澄まされた感覚が必要なのよ?
目で見えたとしても、そこは変わらないわ。
ミズキの魔導センスは桁外れなのよ」
コルネリアが唖然としながら呟く。
「なんでそんな魔導の達人が、魔導学院なんて通ってるのよ……」
瑞希がきょとんとした顔で尋ねる。
「私、教わったのは魔力制御と≪意思疎通≫の術式、それに初歩の属性魔術、あとは刻印魔術くらいですわよ?
魔導初心者ではありませんが、魔導初級者と言っても間違いはないと思いますわよ?
少なくとも、達人ではありませんわ」
イーリスが頬を引きつらせて瑞希に尋ねる。
「――ちょっとお待ちになって。
警戒魔術や≪捕縛≫の術式、それに≪現在視≫、でしたかしら?
それらは教わってるはずですわよね?」
瑞希があわてて口元を隠した。
「あっ! ――今のは、聞かなかったことにしてくださいません?
習いました、全部の術式をえーっと――そう、ヴォルフガング様に習いましたわ」
クラインが黄昏ながらミズキに告げる。
「イーリスたちはあなたの秘密を漏らすような子じゃないから、教えても大丈夫よ。
――ミズキは習っていない術式でも、思い付きで使える子なの。
魔術理論をその場で考えて、その場で術式を組み立てられる子なのよ。
即興魔術と言ったかしら」
瑞希が不服そうにクラインに振り向いた。
「クライン、他人の秘密を勝手に漏らすだなんて、酷くなくて?」
「そんな不自然な言い訳をしてるからよ。
隠したいならもっとましな言い訳をしなさい。
不信感を抱かれるよりは、ましだと思わない?」
「それはそうかもしれませんけれど……」
ゲルトが冷や汗を流しながらクラインに尋ねる。
「その即興魔術、どのくらいの人間が使えるんだ?」
クラインが小さくため息をついて応える。
「ヴォルフガング様を始めとした超一流の魔導士なら、簡単なものは使えるはずですわ。
ミズキのように自由自在に、となると国内にはいませんわね」
アルベルトが教室に戻ってきて、ミズキの隣の席に腰を下ろす。
「警備兵に捕縛はしてもらった。あとはヴォルフガングが対応してくれるだろう。
……どうした? なんなんだ、この空気は」
クラインが黄昏ながら応える。
「ミズキがどれだけ常識外れか、教えていたところですわ」
「それでなんでクラインが黄昏てるんだ?
お前はミズキが常識外れなのは知ってるだろう?」
「面と向かって『目を覆いたくなるほど魔力制御が乱暴だ』と言い切られて、切なくなってるだけです。
私の事は、お気になさらないでください」
瑞希が申し訳ない気持ちでクラインに告げる。
「えっとあの……クライン? この教室の中では一番魔力制御が巧いから、そこは自信をお持ちになって?」
アルベルトがきょとんとして瑞希に尋ねる。
「なんだ? 教室の中で何かあったのか?
なんで全員の魔力制御のレベルがわかったんだ?」
「その程度は一目瞭然ですわ。
一目見れば充分ですもの」
「だが、能力を隠せる奴だっているかもしれないだろう?
万が一でも、生徒と刺客がすり替わってたらどうする?」
「因果を過去に遡って辿れば、どのような人生を送ってきたのかはおおよそ見当が付きますもの。
この教室に、きな臭い過去を持った人物は居ませんわ。
どなたも、ごく平凡な貴族子女の人生を送ってらっしゃるわね」
アルベルトは納得した様に頷いた。
「そうか、そういうことなら理解した」
ゲルトが蒼い顔でクラインに尋ねる。
「なぁクライン、因果を過去に遡るってのも、もしかして――」
クラインがしっかりと頷いた。
「ええ、ミズキの即興魔術よ。この子は因果を絡めた魔術を得意とするの。
因果は魔術の根底にある概念。つまりこの子は、魔術なら何でも自在に扱えるわ。
それこそヴォルフガング様が『不可能だ』と言い切る魔術理論でも、平気な顔で使って見せる子よ」
瑞希が不服そうにむくれた。
「私にだって不可能な魔術ぐらいありますわよ?
死者を蘇らせることや、時間を未来に超越することも、私にはできませんわ。
そういった魔術は、使う事をヴォルフガング様にも止められてますもの」
アルベルトが苦笑をしながら瑞希に告げる。
「だから、それは神の領分だ。
人間が手を出していい魔術じゃない。
可能だとしても、決して使うなよ?」
ゲルト、イーリス、コルネリアが瑞希のおおよそを把握した頃、ようやく教室に教師が姿を現した。
若いはつらつとした男性だ。
「遅くなってすまなかった、不審者が出てその対応に追われていた。
みんなも帰り道にはくれぐれも気を付けて欲しい」
ざわつく教室の空気を、教師が手を叩いて鎮めた。
「不審者は捕らえたから落ち着くように。
この後、昼食を全校懇親会としてダンスホールで取ることになる。
懇親会が終われば本日は解散だ。
それまでは自由時間だが、羽目を外し過ぎないよう注意して欲しい。
以上だ!」




