24.入学式典(1)
四月の朝、瑞希は魔導学院の制服に袖を通していた。
瑞希は膝丈のスカートを翻し、姿見で自分の姿を確認していく。
(なんで制服だけスカートが短いんだろう……
他の服はロングスカートばかりなのに)
異世界の不条理に頭を悩ませつつ、白が基調の制服姿に満足感を覚えていた。
さすがに素足ではなく、タイツ着用である。
半年経った今では変わってしまった自分の顔にも慣れ、正しく自分の顔として認識できるようになっていた。
銀髪と赤い瞳が制服に映え、見事な美少女が鏡の中に居る――はずだ。既にこの顔が『美少女』だという感覚も、なくなって久しい。
制服の装飾が、足が長い錯覚を覚えさせるように配慮され、小柄な瑞希でも手足が長く感じられた。
小柄だが頭も小さめの瑞希は、こうしていると身長が実際より高く感じるほどだ。
着替え終わった瑞希を、朝食に集まった面々が嬉しそうな顔で迎えた。
制服姿のアルベルトが満足げに頷き、瑞希に告げる。
「とてもよく似合っているな。
ミズキが婚約者かと思うと、胸が熱くなる思いだ」
「アルベルトも、制服がよく似合ってるよ!
……それにしても、また少し背が伸びた?」
十五歳のアルベルトは、まだまだ伸び盛りだ。
出会った頃と比べても、明らかに背が高くなっていた。
「最近、膝が痛かったからな。少し高くなったかもしれん。
私は他人より成長期が遅いようだ」
精悍さを増した笑顔でアルベルトは告げた。
出会ったころと比べれば、アルベルトもかなり男性らしい顔付きだ。
幼さと男らしさが同居する、そんな笑顔だった。
瑞希はむくれながら応える。
「なんで男子はそんなに背が伸びるのさ!
私なんて、もう全然背が伸びないのに!」
ソニアが微笑みながら告げる。
「あら、妖精のようで愛らしいじゃありませんか。
その背丈は、ミズキさんの容貌に良くお似合いですよ?」
「ソニアは背が高いからそう言えるんだよ!
背が低い人間の悩みは背が高い人にはわからないよ!」
「背が高い人間の悩みも、背が低い人間には理解できないのではありませんか?
そこはお互い様ですよ?」
国王が楽しそうに笑いながら告げる。
「ははは、そろそろ朝食を済ませてしまおう。
時間に遅れてしまうよ?」
香り袋を渡した時期から、国王の疲れた気配がみるみると薄くなっていた。
今ではすっかり生気に満ちた笑顔だ。
王妃が続けて瑞希に告げる。
「それにしても、本当に制服が良く似合ってるわね。
今度、仕立師を呼んで褒めておこうかしら」
王立ケルバー魔導学院の制服は、宮廷仕立師がデザインしたものだと聞かされていた。
新進気鋭の宮廷仕立師が、三年前にデザインをリニューアルしたばかりだという話だった。
それまではもっと古典的なデザインだったらしい。
そちらの制服も少し見せてもらったが、金糸や銀糸で刺繍された、ドレスの延長のようなデザインだった。
今の制服は、現代日本の制服としても通用するデザインだ。
瑞希も可愛い制服に作り直してくれた仕立師にお礼を伝えたい気分だった。
和やかな朝食が終わり、瑞希とアルベルトが席を立った。
瑞希たちに国王が声をかける。
「入学式典には私も顔を出す。また後で合おう」
****
瑞希はアルベルトと共に馬車に乗りこんだ。
周囲を騎兵が囲み、ゆっくりと馬車は走り出していった。
瑞希は窓の外の騎兵を眺めながら、アルベルトに尋ねる。
「王族の護衛がこの人数で大丈夫なの?」
「学院へ軍を連れて行くわけにもいかないからな。
それに近衛騎士たちは精鋭だ。
この人数でも、立派な戦力だ。
――だが、意外だな。
ミズキがそんなことを不安に思うとは」
瑞希がきょとんとした顔で応える。
「え? 不安と言うか、アルベルトの護衛が足りるのかなって。
私は自分の身は自分で守れるから、特に不安は感じてないよ?
何より私はアルベルトの護衛の一人だし。
守られる立場じゃなくて、守る立場だよ?」
アルベルトが苦笑を浮かべた。
「あー、確かにミズキの魔導があれば、勝てる人間は早々居ないだろうがな。
だがお前にも護衛は付ける。そこは納得してくれ」
「わかってるよ、なるだけ目立つ真似は私もしたくないし。
学院内にも近衛騎士は付いてくる?」
「いや、さすがに学院内は学院の警備で済ませる。
行き帰りの道中だけ騎士が付く。
学院内で揉め事を起こすなよ?」
「私を何だと思ってるのかな……
今までだって、王宮で揉め事なんて起こしてないじゃない」
「王宮は大人ばかりで、同年代の貴族子女など居なかったからな。
今度はそんな連中ばかりが揃う。
お前のことは社交界で噂が持ちきりだ。
年末の夜会以来、久しぶりに人前に出ることになる。
やっかむ人間も居るだろう。それが心配でな」
国賓待遇で第二王子の婚約者だが、貴族の身分を持っている訳ではない。
つまり平民の瑞希に対して、危害を加えようとする人間が居ないとも限らない――そういう話だ。
瑞希は小さく息をついた。
「その時はその時だよ。
なるだけ穏便に済ませるけど、大事になっちゃったらごめんね?」
アルベルトはしばらく瑞希の顔を見つめた後、諦めたようにため息をついた。
「……確かに、その時はその時、か。
ミズキを信頼するしかないな」
馬車が学院に入り、馬車乗り場で止まる。
アルベルトが先に降り、手を取られて瑞希も降り立つ。
既に周囲には大勢の貴族子女たちの姿があり、その視線が瑞希に集まっていた。
久しぶりに浴びる奇異の目にさらされ、瑞希の背中を冷たい汗が伝う。
(なんど浴びても、この視線には慣れないな……)
叩きこまれた上品な振る舞いを心掛けつつ、校内に入っていく。
廊下の掲示板にクラス分けの名簿が張り出されているので、自分とアルベルト、クラインの名前を探していった。
「んー……あら、三人とも一年一組で同じクラスですわね。
アルベルト殿下が何かなさいましたの?」
「私も父上も何もしていないさ。
生徒は成績順で一組から埋められていく。
私たちは入試で上位だった、という事だ」
なるほど納得の理由だった。
満点だった瑞希も、エリート中のエリートであるアルベルトやクラインも、成績上位者でない訳が無かった。
アルベルトが周囲を見渡し、知り合いに声をかけていた。
瑞希は適当にあわせつつ挨拶を交わしながら、クラインを目で探した。
「あらミズキ、誰かお探しかしら?」
背後から声をかけられ、ゆったりと振り向いた先にクラインが居た。
「クライン! あなたを探していましたのよ?
あなたの制服姿も素敵ね」
「ありがとうミズキ。
一年間、同じクラスが確定ね。
成績を落として別れ別れにならないといいのだけれど」
頬を押さえてため息をつくクラインに、瑞希は苦笑を浮かべて応える。
「……そうならないよう、努力いたしますわ」
クラインが驚いたように目を見開き、瑞希に応える。
「何を言ってるのかしら。
『私が』成績を落とさないかという心配よ。
魔導に秀でたあなたが、この魔導学院で成績上位者にならない訳がないじゃない」
瑞希は困ったように笑いながら応える。
「それこそ何を言っているのかしら。
クラインが上位から転落するだなんて、考えられませんわよ?
そんなに魔導に不安があるのかしら」
「ミズキを見ていると、自分の魔導に自信が持てなくなるのよね……
私には未だに、あの香り袋の術式を読み取れませんもの」
瑞希が柔らかく微笑んだ。
「それは知識が不足しているだけですわ。
今度、どんな術理なのかを教えて差し上げます。
それで読み取れるようになるはずですわ」
クラインが諦観の表情で応える。
「そうね、あなたはそういう人だったわね。
この世界に来て半年で、魔導で私の知識を遥かに上回っている自覚がないのがミズキよね……
もうヴォルフガング様でも、あなたの話にはついていけないのではなくて?」
瑞希が口元を隠して笑った。
「さすがにそんなことはありませんわ。
きちんと説明して差し上げれば、納得した様に頷いてくださいますわよ?
アルベルト殿下やソニア殿下に魔術の説明をお聞かせする時も、間に立って通訳をしてくださるくらいですもの」
「……それなら香り袋の術理も、ヴォルフガング様に通訳をお願いした方がいいわね」
アルベルトが瑞希たちの背中を叩いて告げる。
「そろそろいいか?
大ホールに移動しよう」
****
大ホールに移動した生徒たちは、クラス別に割り当てられた席に好きに座っていく。
同じように、瑞希たちも空いている席へ三人並んで腰を下ろした。
アルベルトやクラインを追いかけるように、男子生徒や女子生徒が近くに腰を下ろしていく。
青い髪の青年が勢いよくアルベルトに告げる。
「アルベルト殿下! 一年間よろしくな!」
「ゲルトか。ああ、よろしく頼む」
金髪の少女と白髪の少女がクラインに告げる。
「クライン、お久しぶり。一年間よろしくお願いしますわね」
「私たちが同じクラスでよかったわ」
「イーリス、コルネリア。あなたたちも一緒だったのね。
すっかり名前を見落としていましたわ」
ゲルト、イーリス、コルネリアの視線が瑞希に集まった。
瑞希は精一杯柔らかく微笑みながら告げる。
「霧上瑞希です。『瑞希』と気軽にお呼びください」
ゲルトは興味津々で瑞希の顔を見つめていた。
「ほー、これが噂のミズキか。
異世界人と聞いていたが、同じ人間にしか見えないな」
イーリスがゲルトに向かって告げる。
「あら、こんなに綺麗な子、この国には他に居ませんわ。
特に赤い瞳だなんて、とても珍しいと思いますわよ?」
コルネリアが続いていく。
「それに、話している言葉も聞いたことがない響きだし、名前の音も珍しいわよ?
それでも言葉を理解できるのがとっても不思議だけど、これが≪意思疎通≫の術式なのね」
瑞希がアルベルトに尋ねる。
「お三方とは、どういうお知り合いでして?」
アルベルトは微笑みながら応える。
「中等学校の同期生だ。
クライン共々、今まで仲良くしてもらっていた友人だ」
ゲルトが瑞希に告げる。
「ゲルト・デーンホフ伯爵子息だ、よろしくな」
イーリス、コルネリアが続く。
「グローサンシュタイン伯爵が息女、イーリスと申します。以後、お見知りおきください」
「私はコルネリア・ベルゲマンよ。私だけ子爵令嬢で下位貴族なの。ちょっと肩身が狭いわね」
ゲルトが呆れたようにコルネリアに応える。
「お前が肩身が狭いとか、どの口が言うんだ。
縮こまってる姿なんぞ見たことないぞ?」
イーリスが諦めたように小さくため息をついた。
「コルネリアに突っ込んでも疲れるだけですわよ?」
どうやら、だいぶ仲が良い集団らしい。
友人を持った経験がない瑞希は、こういう時にどんな対応をしたらいいかわからない。
柔らかい微笑みを維持しながら、黙って会話を見守っていた。
(なんか、私一人で浮いてないかな……)
大ホールの照明が暗くなり、ステージが明るく照らし出された。
それにあわせるように雑談を交わしていた生徒たちが黙り込んでいく。
ステージ袖から老年の恰幅の良い貴族紳士が姿を現し、演壇に登る。
「ではこれより、王立ケルバー魔導学院の入学式典を開始する。
生徒諸君は着席したまま話を聞いて欲しい」
どうやら声を大きく響かせる術式を使っているようだ。
静かに語る男性の声が、マイクを使っているかのように大ホールに響いていた。
「本校は、生徒の健全な精神を育み、我がドライセン王国を牽引する人材へと育て上げる事を目的としている。
我が校の生徒として、なによりドライセン王国の国民として恥じる事ない言動を心掛けて欲しい。
――続けて、国王陛下からお言葉を頂く。生徒諸君は起立したまえ」
次々と生徒たちが立ち上がり、ステージを見守る。
貴族紳士と入れ替わるように国王がステージ袖から姿を現し、演壇に登った。
「本年度の生徒諸君も、実に良い顔をしている。
諸君らには大いに期待をしている。
これからの我が国を背負える人材として巣立てるよう、精一杯精進して欲しい」
国王の視線が、アルベルトと瑞希にとまった。
「知っている者が多いとは思うが、本年度は我が息子アルベルトと、その婚約者である異世界人、ミズキが在籍している。
私の跡を継いでくれる二人だ。
諸君らは是非、彼らの力となってやって欲しい」
(ちょっと陛下?! 結婚するのは頷いてないんだけど?!)
まさかの、入学式典で逃げ道を塞がれていた。
これだけの貴族子女の前で『跡を継ぐ』と宣言されたら、非常に逃げ出しにくいというものだろう。
国王を睨み付ける瑞希に、国王はとてもいい笑顔で笑い返した。
そのまま演壇から降り、ステージから去っていった。
入れ替わるように演壇に登った貴族紳士が告げる。
「以上で入学式典を終える。
この後は各クラスに移動し、教師の指示に従って欲しい」




