21.合格祝賀会
一年の最終日、日本では大晦日と呼ばれる日がやってきた。
王宮内は、前日から夜会の準備で慌ただしい空気に包まれている。
刻印魔術の書物を眺めながら考え込んでいる瑞希に、ソニアが尋ねる。
「ミズキさん、最近はその本をずっと眺めてらっしゃるけど、そんな難しい本を読めるのですか?」
瑞希が書物を眺めながら応える。
「ヴォルフガングさんに言葉で説明してもらったから、なんとかわかるよ」
苦笑を浮かべるアルベルトが瑞希に告げる。
「だが今夜は夜会があるんだ。そろそろ私たちも準備を始めなければならない。
いい加減、本をしまって着替えてしまってくれ。
私たちは今夜の主役だから、手は抜けないぞ」
瑞希は書物を閉じ、顔を上げた。
「……そうだね。夜会としても失敗できない日だし、準備をしようか」
夜会のドレスに身を包んだ瑞希がアルベルトにエスコートされて控室に入っていく。
ソファに腰を下ろしている瑞希たちの元へ、盛装したソニアやミハエルがやってくる。
「わぁ、瑞希さんが着飾るとやっぱりお綺麗ですね」
「ありがと。ソニアも綺麗だよ。
……そろそろ時間かぁ。ちょっと緊張してきたな」
ミハエルがきょとんとした顔で瑞希に尋ねる。
「ミズキさんも緊張なんてするんですか?」
瑞希が苦笑しながら応える。
「するに決まってるよ。
私は庶民、夜会なんて慣れないてないし。
しかも今夜は大勢の人が集まるんでしょう?」
アルベルトが瑞希の姿に微笑みながら応える。
「王都だけではなく、近隣の貴族たちにも招待状が出されている。
参加者は前回の比ではない。
せいぜいしくじらないよう、私たちも気をつけねばな」
「うえぇ……緊張で気分が悪くなりそう」
笑いの巻き起こった控室に、国王と王妃が姿を現した、
「おやおや、緊張しているかと思ったが、リラックスしているようだね」
瑞希が涙目で応える。
「緊張してるって話をしていたばかりだよ!
今日は何人くらい参加するの?」
「招待状は千人以上に出しているよ。
全員が参加するわけではないだろうから、もう少し少なくなるだろう」
中学校の全校生徒よりは確実に多い人数だ。
全校集会の数倍の大人たちが集まることになる。
青い顔になった瑞希に、王妃が優しく声をかける。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。
周囲に居る私たちがあなたを支えてあげるから、もう少し肩の力を抜きなさい」
横からアルベルトも瑞希に声をかける。
「気分が悪くなったらいつでも遠慮なく言ってくれ。
そこは無理をしなくてもいい」
「うぅ~、わかった。そうする」
時間となり、国王たちと共に瑞希も会場へと移動していく。
夜会会場は、大勢の貴族たちでひしめき合っていた。
瑞希が入場すると視線が集中し、瑞希の全身に冷たい汗が流れていく。
思わず瑞希が小声で、隣にいるアルベルトに尋ねる。
「ねぇ、どうしてこんなに見られてるのかな」
「仕方あるまい、話題の人物だからな。
お前を初めて見る人間も大勢いる。
噂は多いが、今までお前はほとんど人前に現れていないんだ」
国王が夜会会場のステージに上がり、声を張り上げた。
「本日はよく集まってくれた!
今夜は是非楽しんでいって欲しい!
だが夜会を始める前に、皆の者に伝えておきたい事がある!
我が息子、アルベルトが無事、魔導学院に合格した!
異世界からの客人、ミズキもまた、試験を満点で突破している!
そんな二人の婚約を、この場で皆に伝えたい!」
動揺と共に会場が騒然とした後、次第に拍手が鳴り響き、会場中から瑞希たちを祝福する声が上がった。
(満点……手ごたえは感じてたけど、試験で満点なんて初めて経験したな……)
国王が手を挙げると拍手が止み、再び国王が告げる。
「では夜会を始めよう!」
瑞希たちの元に、続々と貴族が押し寄せ、祝いの言葉を伝えていく。
絶え間なく続く挨拶攻勢に、瑞希はなんとか笑顔でお礼を伝え捌いていく。
当然、顔も名前も覚えられはしない。
作法のできていない瑞希の言動に、侮蔑するような笑みを浮かべる人間も確かに居た。
だがその都度、アルベルトが相手を窘め、瑞希を庇っていった。
しばらくすると、見知った顔に出会った――マイヤー辺境伯とクラインだ。
「ミズキ様、婚約おめでとう」
「ありがとうマイヤーさん!」
クラインは上品に微笑みながら瑞希の手を取った。
「改めて、おめでとうミズキ。
アルベルト殿下をよろしくね?」
「いや、だから――」
「この場で否定しては駄目よ? みんな聞き耳を立ててるんだから」
クラインに窘められ、瑞希はぐっと言葉を飲み込んだ。
確かに、婚約しておきながら『結婚はする気がないから!』などと言ったら顰蹙を買うだろう。
恨みがましい目を向ける瑞希に、クラインは穏やかに微笑んだ。
「私もこれで、ようやく肩の荷が降りた気分よ。
もうアルベルト殿下のお守りをしなくていいんですもの」
「私にはクラインの代わりなんて、務まらないと思うんだけどなぁ」
クラインがおかしそうに笑みを零した。
「そんなことはないわよ?
立派に務まってるわ。大丈夫、自信をもって」
クラインが去ると、今度はアリシアが父親とともに姿を現す。
「ミズキさん、ご婚約おめでとうございます」
相変わらずのマイペースで、ゆったりと告げるアリシア。
瑞希も元気よくそれに応える。
「ありがとうアリシアさん! ――それで、アリシアさんの方は順調?」
「のんびりと探しますから、ご心配なさらずに。
お茶会で会える日を楽しみにしておりますわね」
またしばらくすると、今度はガイザー夫人が夫と共に現れる。
「ご婚約おめでとうミズキさん。
試験を満点突破だなんて、私も鼻が高いわ」
「ありがとうガイザー先生!
全部ガイザー先生の講義のおかげだよー。
あれを受けて満点を取れない人、居るのかな……」
瑞希ですら満点が取れたのだから、優秀な人間であれば満点くらいは余裕だろう。
おかしそうに口元を隠して笑ったガイザー夫人が、瑞希に告げる。
「まず、私の講義を受け切れる生徒が珍しいですからね。
それに普段の講義はもっと短期間なの。
二週間もの長期間は、私も初めてよ?」
「え?! そうなの?!」
ガイザー夫人がゆったりと頷いた。
「普段は長くても一週間くらいなの。
今回は勉強範囲が広かったから、どうしても長期間になってしまったわね。
それを乗り切ったのですから、ミズキさんはもっと胸を張ってもいいのよ?」
ガイザー夫人が去ると、今度はノートル伯爵が姿を現す。
「婚約おめでとう、ミズキ様」
「ノートルさん! ありがとう!」
「異世界に来て言語も分からない状態で、よく満点突破なんてできましたね」
「≪意思疎通≫術式があるから、なんとかなったよー。
この術式をノートルさんが教えてくれたから、今の私があるようなものだよ」
ノートル伯爵が苦笑を浮かべる。
「教えてすぐに使えるようになる魔術ではないんですけどね。
これからもミズキ様の活躍に、期待していますよ」
その後一時間ほどかけて祝いの言葉にお礼を返し続け、ようやく人の波が途切れた。
瑞希はすっかり疲れ果て、ぐったりとした表情で立っていた。
「つ、つかれたぁ。
お腹空いたよー」
「もう挨拶は終わりだ、あとは好きに夜会を楽しむといい」
笑みを零すアルベルトが差し出したグラスを受け取り、瑞希はその中身を飲み干していく。
瑞希が横目で国王の様子を伺うと、嬉しそうに瑞希たちを見守っていた。
「……これで少しは心労を軽減できたかな」
小声でつぶやいた瑞希に、小声でアルベルトが応える。
「それは間違いないだろう。
あんなに嬉しそうな父上を見るのは久しぶりだ」
自分たちのテーブルに移り、料理を口にする瑞希の元へクラインやソニアたちが集まってくる。
「ミズキ、だいぶくたびれたわねぇ」
涙目で瑞希が応える。
「二時間も挨拶してたらそりゃ疲れるよ!
しかも椅子もないし、くたくただよぉ。
みんな、よく平気だね」
ソニアが微笑んで応える。
「夜会には慣れてますからね」
立食形式で食事をした事のない瑞希には、立ちっぱなしのパーティなど拷問に近い。
アルベルトが瑞希に壁際を示した。壁際にはわずかに椅子が用意されている。
「立っていられなくなったら、あの椅子に座るといい。
それでも体調が戻らなければ、一度控室に戻っても構わないさ」
瑞希はアルベルトの言葉に甘え、料理と飲み物を手に持って椅子に腰を下ろした。
「ふぅ。これで少しは休憩できるよー」
クラインが心配そうに眉をひそめ、ミズキに尋ねる。
「あなたは≪意思疎通≫の術式を維持しながらだもの、余計疲れるわよね。
無理をせず、控室に戻ってもいいのよ?」
瑞希は静かに首を横に振った。
「今日は最後まで会場に居るよ。
気になる事もあるしね」
アルベルトが怪訝な表情になり、瑞希に尋ねる。
「お前がそういう言葉を使うと、不穏にしか聞こえないんだが……
大丈夫なのか?」
「今すぐどうこうって話じゃないから、大丈夫だよ。
心配しないで」
その後、ミズキはみんなと言葉を交わしつつも、会場中に目を向け続けていた。
****
夜会が終わり、控室に戻ってきた瑞希がソファに倒れ込んだ。
「あ~……ほんとに疲れた。
――そういえば、ヴォルフガングさんは会場に居なかったね」
瑞希の隣に腰を下ろしたアルベルトが応える。
「ヴォルフガングは無爵、貴族から引退した身だからな。
こういう公の場には出てこれないのさ」
すぐに国王と王妃が控室に姿を現し、瑞希に労いの言葉をかける。
「お疲れ様ミズキ。
今日は私の我儘に付き合わせてしまってすまなかったね」
瑞希は身体を起こし、国王に笑顔を返す。
「婚約は前からの約束だから、大丈夫だよ。
国王陛下は楽しめた?」
国王が笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ、充分楽しんだとも。
今夜は無理せず、早めに身体を休めるといい」
国王と王妃が控室から去り、アルベルトが立ち上がった。
「父上の仰る通りだ。
私たちも引き上げよう」
「……そうだね」
瑞希はアルベルトの差し出した手を取って立ち上がり、控室から引き上げて行った。
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翌朝、早朝マラソンをする瑞希にソニアが尋ねる。
「それで、昨日言ってた気になることって何だったんですか?」
「それはもう終わらせたから大丈夫だよ」
ソニアがきょとんとした顔で瑞希の顔を見つめた。
「意味がわからないんですけど……つまり、どういうことなんです?」
瑞希は前を向いたまま応える。
「夜会の間に問題を解決したってこと。
多分、この場で説明しても言葉を聞き取れなくなると思うから、朝食の席で説明してあげるよ。
ヴォルフガングさんに通訳してもらえば、多分理解できるんじゃないかな」
「えっとそれはつまり……魔術の話ってことですか?」
「そうだよ?
詳しくはあとでね」
朝食の席、ソニアから話を聞いていたヴォルフガングが楽しそうに目を輝かせている。
「昨晩、ミズキが魔術で何かをしたと聞いた。
いったい何をしたんだい?」
「大したことじゃないよ。
この国が内乱で滅ぶ未来をいくつか潰しただけ。
少なくとも、年内に内乱が起こる可能性はなくなったと思うよ」
アルベルトが疲れたような笑みで瑞希に尋ねる。
「やっぱり、不穏なことじゃないか……
あの夜会会場に、内乱を起こそうとしている人間が居た――そういうことか?」
「簡単に言うとそうだね。
死の気配がする運命を持ってる人が、あの場所に多く居たんだ。
それで変だなって思って、死の気配の大元を辿って行ったら、精神操作された人が何人か見つかったからさ。
その人たちの心を元に戻しておいたってだけ」
ヴォルフガングが瑞希に尋ねる。
「死の気配の大元……そんなものを辿れるのかい?」
「死の因果の糸にとっても小さな波を起こして、私の起こした波が未来から伝わってくる因果を持つ人を探していったんだよ。
未来で因果が繋がって居れば、未来から波が伝わってくる、そういう魔術だね。
因果を糸の概念に落とし込む魔術だから、未来からでも波が伝わってくるんだ。
見ているのは現在だから、ペナルティはないみたい」
ソニアが唖然としたあと、慌ててヴォルフガングに振り向いて尋ねる。
「ヴォルフガング先生、通訳をお願いします!」
ヴォルフガングが困ったように笑った。
「どう説明したらいいのか……
時間を超越した魔術、ということになるが、本当にペナルティはないんだね?」
「すっごい疲れたけど、魂は削れてないよ。
でも、外的要因に絡む運命を扱う魔術は消耗するね。
あんまり多用はできないかも」
「それで朝から魔力が消耗したままなんだね。
魂は削れなかったが、衰弱はしたのだろう。
今日は一日、回復に努めなさい」
瑞希は疲れたように応える。
「言われなくてもそうするよー。
早朝ランニングしても体調が戻らないのは初めてかも。
今日は結界も最小限にして、ベッドに潜り込むよ。
その間、≪意思疎通≫も解除するから何かあったら名前を叫んで」
ソニアが驚いて声を上げる。
「そんなに消耗してるんですか?!
あの夜会の中、そんな大魔術を使ってたっていうんですか?!」
「そうだよ?
数百人の因果を辿って行くのは、ほんとに疲れたよ。
もうやりたくないねー」
瑞希は手早く朝食を済ませ、宣言通りベッドに潜り込んでいった。




