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霧の国へようこそ~普通の中学生ですがどうやら魔導の天才らしいです~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:霧の国へようこそ

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19.家庭的な食卓

 入試が終わり帰宅した瑞希は、まっすぐ部屋に戻ってきていた。


 室内では、ソニアやミハエルが待ち遠しそうにソファに座って待っていた。

 彼女たちの学校は、十二月下旬から冬休みに入っている。


「ミズキさん、入試はどうでしたか?」


 瑞希はにこりと微笑み応える。


「ばっちりだよ! 合格する手応えを感じてるから、問題ないと思うよ!

 でも、あんな簡単な試験で入試になるのかな?

 エリートばかりが通う学校なんでしょ?」


「中等学校での内申書や受験生の家柄を考慮して願書が受理されますからね。その時点で半分合格した様なものなんです。

 あとは上位からの成績順で定員が埋まるまでが合格者です。

 この世界に来たばかりのミズキさんが中等教育の教養科目の試験を『簡単』と感じるだなんて、ちょっと信じられませんね」


「あはは、ガイザー先生の講義を受ければ、あれくらいは覚えられるよ。

 ――じゃあちょっと着替えてくるね」



 部屋着に着替え終わった瑞希はソファに座り、ソニアやミハエルとのんびりと紅茶を飲んでいた。

 着替え終わったアルベルトとヴォルフガングもやってきて、室内にいつものメンバーが揃う。


 のんびりと紅茶を口にする瑞希に、アルベルトが告げる。


「これから年を越すまでは、ちょっとした休養期間だ。

 心と身体を休めておいてくれ。

 年が明けたら他の講師からの講義が始まる。

 ガイザー夫人ほどの厳しい講師は居ないが、数が多いからな。

 入学まで、また忙しくなるぞ」


 瑞希が苦笑を浮かべて応える。


「一番気が重たいのは作法の講義かなぁ。

 庶民の私が上流階級の言葉遣いや振る舞いを覚えるのは、とっても大変そう」


 ソニアが柔らかく微笑んだ。


「ミズキさんならきっと大丈夫ですよ。

 この世界に来て、わずか一か月強で『魔導学院に合格した手応えを得た』と言い切ったんですよ?

 何も知らない状態からそれを達成できるんですから、とても優秀な人だと思います。

 本当に元の世界では『必死に頑張って人並水準』だったんですか? ちょっと信じられません」


 瑞希は紅茶を含んだ後、自分をかんがみた。

 高校受験に必死だった自分と、魔導学院受験に必死だった自分。

 その違いは、必死さの度合いだろう。

 紅茶を飲み込んでからソニアに応える。


「元の世界では勉強で落ちこぼれても、誰かの命が失われる訳じゃなかったからね。

 今は私の両肩に、この世界の命運がかかってるんだもん。

 必死の質が違っても、当然なんだろうね」


 アルベルトが嬉しそうに瑞希に告げる。


「ミズキは元々、地頭が良かったんだろうな。

 境遇が甘えを許していたから、その地頭の良さを発揮できなかったんだ。

 今のお前なら語学もこなせるんじゃないのか?」


 瑞希が考えながら応える。


「んー、≪意思疎通≫術式っていう甘えがあるからなぁ。

 この術式を使ってる限り、語学には甘えがでちゃうと思うよ?

 かといって≪意思疎通≫術式を遮断できる状況でもないし、語学は苦手なままじゃないかな」


 石板が砕けた直後の二週間、≪意思疎通≫の魔法がない状態で王都に向かっていた。

 その間はクラインがコミュニケーションをとろうとあれこれやってくれていたが、瑞希は単語一つ覚える事もできなかった。

 この国の言語を修得しようとしたら、二週間以上、言葉の解らない状況に身を置くしかないだろう。

 だが今この状況で二週間を超えて≪意思疎通≫を切るのは、危険が大き過ぎると瑞希は判断している。


 アルベルトも、その危険性は納得した様だ。


「……そうだな。

 確かに今、お前を言語の解らない状態にする訳にはいかない。

 語学は割り切ってしまった方が良さそうだな。

 今は他のことに力を入れておけばいいさ」


 ミハエルが元気よく手を挙げた。


「それで、合格発表はいつになるのですか!

 兄上やミズキさんの合格祝賀会は行われるんですか!」


 アルベルトが苦笑を浮かべながら応える。


「それは気が早いと言うものだが、私も合格の手応えを感じている。

 合格発表は年が明けてからだ。

 合格通知が私たちに届くより先に父上の元には合否が知らされ、祝賀会が準備されるだろう。

 おそらくその席で、ミズキとの婚約を発表する事になるはずだ」


 瑞希が疲れたような表情で応える。


「とうとう婚約者の立場になるのかぁ。

 そっちも気が重たいなぁ」


 ヴォルフガングが楽しそうに微笑みながら告げる。


「年内には合否が判定され、祝賀会が開かれる予定だ。

 既に合格を前提として、夜会の準備は進んでいるよ。

 二人の試験結果が思わしくなければ、ただの歳末夜会となる。だが、その心配は必要あるまい。

 ミズキの作法は今回も目をつぶってもらう事になるが、白い目で見る者も出るだろう。

 多少は覚悟しておいた方が良いね」


 瑞希は暗い表情で応える。


「うえぇ~、やっぱり作法は早めに覚えないとダメだなぁ。

 ――そうだ、私は公の場でなんて名乗ったらいいのかな。

 ファーストネームだけを名乗るのは失礼だと思うんだけど、『霧上瑞希』って名乗っても名前が伝わりづらいと思うんだ」


 ヴォルフガングがわずかに思案してから応える。


「いや、『キリガミ・ミズキ』で構わないと思うよ。

 君が異世界人であることは公表しているからね。

 婚姻してしまえば『ミズキ・ドライセン』になって、少しは楽が出来るよ?」


「私は! まだ! それに! 頷いて! いないから!

 ――でもヴォルフガングさんがそういうなら、これからも霧上瑞希って名乗るね」


 アルベルトが含み笑いをしながら瑞希に告げる。


「今夜の夕食は、父上や母上と共に取ることになっても構わないか?

 私たちをねぎらいたいそうだ。

 この部屋に王族が揃うことになってしまうが、問題はないな?」


 瑞希がきょとんとして応える。


「え? この部屋で良いの? もっと大きな部屋の方がいいんじゃない?」


「父上や母上も、家庭的な食卓というものを経験してみたいそうだ。

 ソニアやミハエルが楽しそうに語るのを見て、興味が湧いたのだろう。

 私たちが普段集まる夕食は、会食に近い形式だからな」


「陛下たちがそうしたいっていうなら、私は構わないけど……

 でも、そんなに家庭的かなぁ?」


 ソニアが微笑みながら応える。


「ミズキさんの部屋は、そんな空気があるんですよ。

 つい気が緩んでしまう、といえば伝わりますか?」


 ヴォルフガングが笑みを浮かべながら告げる。


「部屋と言うのは、部屋の主の持つ雰囲気が強く反映される。

 庶民であるミズキの部屋は、庶民的な空気が漂うのだろう。

 上流階級の作法を修得した後には、失われてしまうかもしれない貴重なものだ」


 瑞希は困ったように笑って応える。


「あはは、それくらい作法を身に着けられると良いんだけどね。

 ――わかったよ、今夜はみんなで夕食を食べようね!」





****


 夕食の時刻となり、瑞希の部屋に国王と王妃が姿を現す。


「ミズキ、急に無理を言ってすまなかったね」


 瑞希は微笑んで応える。


「ようこそ陛下! それに王妃殿下も!」



 瑞希を中心に、王族とヴォルフガングが食卓を囲う。

 和やかな空気の食卓を、国王たちは興味深そうに楽しんでいるようだった。


 国王が楽しそうに微笑みながら呟く。


「確かに、つい気が緩んでしまう空気を感じる。

 家族の食卓など珍しいものではないはずなのに、不思議なものだな」


 瑞希が小首を傾げて応える。


「自分ではわからないんだよね。

 元の世界の食卓は、もっと家庭的だったし。

 今この場が家庭的と言われても、ピンとこないなぁ」


 王妃が嬉しそうに瑞希に告げる。


「ミズキが経験してきた家庭的な食卓の空気が、この場に継承されているのでしょう。

 これが失われてしまうかと思うと、あなたに作法を覚えさせるのを惜しいと感じてしまいますね。

 ――アルベルト、ミズキ。魔導学院の受験勉強、お疲れ様。特にミズキは、大変だったでしょう?」


 瑞希は思わず苦笑を浮かべた。


「ほんと、大変だったよー。

 我ながらよく乗り切ったなぁって思うくらい。

 ガイザー先生にもお礼を言っておかないといけないね。

 教養科目を克服できたのは、あの講義のおかげだもん」


 国王が頷いて応える。


「合格祝賀会にはガイザー夫人も呼んでいる。

 その場で礼を伝えるといいだろう」


「え?! もう招待状を出してるの?!

 入試が始まる前に招待状を出したってことだよね?!」


「ミズキの学力は逐次報告を受けていたからね。

 私は君が合格すると確信しているよ。

 ガイザー夫人の講義を乗り越えられる生徒は一握りだ。

 その中の一人となった君の学力を疑う者は居ないだろう。

 祝賀会は年内最終日の夜に行う。

 その招待状は、当然もっと早く出してある」


 最終日まで残り一週間もない。

 確かに今から招待状を出していたら、間に合わないだろう。


「えっと……祝賀会を来年に延ばすというプランはなかったの?

 いくらなんでも、気が早すぎない?」


 王妃がおかしそうに口元を隠して笑った。


「それがね? 陛下がミズキを早くアルベルトの婚約者として確定したいと言って譲らなかったのよ。

 あなたは、よほど陛下に気に入られたのね」


 魔導学院に落第するようでは、第二王子の婚約者としては体面が悪い。

 どうしても合格が確定してからの婚約発表とならざるを得ない。

 だが来年まで我慢する事もできない。

 それを踏まえた結果が、『年内の合格祝賀会での婚約発表』ということなのだろう。


 国王が照れるように微笑みながら応える。


「アルベルトの『事実上の婚約者』では不安だったのでね。

 早くミズキの立場を確定してしまいたかったんだよ。

 ――迷惑だったかい?」


 瑞希は優しい微笑みを浮かべながら、首を横に振った。


「迷惑じゃないから大丈夫だよ。婚約は前から納得していた事だし。

 これで陛下の気持ちが楽になるなら、私は構わないよ」


 国王が心から嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。


「――ありがとう。これでひとつ、心のつかえが取れた気分だよ。

 だがこの部屋にいると、それ以上に気分が楽になって行く気がするな。

 とても不思議な気分だ」


 瑞希は静かに微笑んでいた。





****


 満足した国王と王妃が、笑顔を浮かべながら部屋を去っていった。

 ソニアやミハエルも部屋に戻り、室内には瑞希とアルベルト、ヴォルフガングだけが居る。


「ザビーネ、人払いをしてくれる?」


「かしこまりました」


 控えていた従者たちを従え、ザビーネも部屋を辞去し、扉が閉められた。


 困惑するアルベルトが瑞希に尋ねる。


「ミズキ、私に『部屋に残っていて欲しい』と言ったのは、なぜなんだ?

 人払いまでして、何を話すつもりなんだ?」


 瑞希は静かな表情で応える。


「王族代表で、アルベルトには知っておいてもらっても良いかなって思って。

 ヴォルフガングさんにだけ伝えても良かったんだけどね」


 ヴォルフガングが瑞希に告げる。


「陛下の体調に関する事かね?」


 瑞希が頷いた。


「今日、出来る限り陛下の生命力を回復しておいたけど、やっぱりかなり弱ってるからね。

 あまり無理をして欲しくはないけど、そうも言ってられない状況だろうし、これからも衰弱はしていく気がするね」


 アルベルトが驚いて目を見開いた。


「それは、どういう意味なんだ?

 生命力を回復って、何をしたんだ?」


「この部屋は魔術的に安定するように常時調整してあるんだよ。

 この中に居ると、心身を回復させることが出来るんだ。

 夕食の間、陛下の体調を観察しながら術式を調整したから、これでだいぶ持ち直したと思う。

 でも過信は禁物だから、アルベルトからも無理はしないように伝えてみてもらえるかな。

 ――もちろん、この部屋の術式のことは秘密にしておいて。

 その方が陛下の心身に良い影響があるから」


 つい気が緩む家庭的な食卓――その正体が魔術だったと知ってしまえば、気落ちしてしまうだろう。


 アルベルトがヴォルフガングに尋ねる。


「ヴォルフガング、お前はそれに気が付いていたか?

 この部屋がそんな場所だと、お前なら気が付けたんじゃないか?」


 ヴォルフガングが苦笑した。


「魔術的な場所であることはわかっていたが、術式の具体的な内容までは読み切れていないよ。

 この場所に設置されている術式も、非常に高度な魔術だ。私の手には余る。

 だが今日、夕食の間で陛下の力が増したのは感知できたからね。

 当て推量すいりょうで『陛下の体調を整えたのだろう』と言っただけだよ」


 瑞希が静かな表情のまま告げる。


「入学までに陛下が倒れるような運命は、これでだいぶ遠ざけることが出来たと思う。

 でもアルベルトの婚約者を早く確定してしまいたいと、年を越すのも待っていられないほど焦ってる。

 多分陛下も、このままだと自分が長くない事をうっすら感じ取ってるんじゃないかな」


 アルベルトが真剣な顔で考え込んだ後、顔を上げて瑞希に尋ねる。


「なぁミズキ、これからも父上を夕食に招待しても構わないか。

 それほど頻繁には通えないだろうが、父上もこの場に好印象を受けたはずだ。

 誘えば来てくれるだろう」


 瑞希は静かに頷いた。


「そうしてもらえると助かるよ。

 陛下が倒れるようなことになると、さらに良くない事が起きる気がするからね。

 次の山場は祝賀会だよ。そこでも気は抜けないから、アルベルトも気を付けて」


 アルベルトは覚悟を決めたように、ただ静かに頷いた。


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