15.ね、簡単でしょ?(2)
休憩を終えた瑞希が≪意思疎通≫の術式を再起動し、改めて周囲に告げる。
「言った通り因果逆転させられたし、音声も届けられたよ?」
ヴォルフガングが乾いた笑いを上げながら告げる。
「ははは……暴論を暴論のまま術式として成立させる、か。
神の血を引くからこそ、できることなのだろうな」
「ああ、それはある意味で正しいかもね。
神の血を引いていなかったら、元の世界の因果が薄くなってたし。
――今回は、お父さんの中に在る、『霧の神の血』の因果も使ったからね。
つまり、あの場所には、こちらの世界へ繋がる因果があったんだよ。
だから双方向で音声を送るなんて因果を結ぶことができたんだよ」
ソニアが呆然としながらヴォルフガングに尋ねる。
「先生、ミズキさんの言ってる言葉が、何一つ理解できないんですけど……」
「え? ≪意思疎通≫は正常に機能してるよ?」
ヴォルフガングが苦笑する。
「概念自体が相手の中にない言葉は、魔術で置換できないからね。
そこが≪意思疎通≫術式の限界だ。
その上で暴論とはいえ、超高等魔術の術理の説明をしていた。
今ミズキが口にした言葉を正しく聞き取れたのは、私だけだろう」
瑞希が小首を傾げた。
「じゃあ三人には、ほとんど置換されてない私の発言が聞こえちゃったの?」
アルベルト、ソニア、ミハエルが頷いた。
「そっかー。三人とも、魔導術式は習う前だっけ。
それなら分かるようになった時に、改めて説明してあげるよ」
ソニアが恐る恐るヴォルフガングに尋ねる。
「さっき先生は『自分でも術理を理解できない』って仰いましたけど、
説明を受けた今なら理解できたんですか?」
ヴォルフガングが苦笑を浮かべた。
「まぁ、ぼんやりとだがね。
論理の飛躍が甚だしすぎて、どうやって間をつないだらいいのかは見当もつかない。
だから術式として成立させるのは、さっきも言った通り、私には無理だ」
ソニアが再び、恐る恐るヴォルフガングに尋ねる。
「ミズキさんって、本当に魔力に目覚めて間がないんですか?」
「そう聞いているね。
王都に到着した当日にノートル伯爵から魔力操作を教えられ、その時に≪意思疎通≫を修得したそうだ。
翌日に魔力操作技術で私を追い抜き、その後に基礎の魔術を修得している。
その日の夜に≪未来視≫を即興でやってみせたね。
その時点で、今と大差ない腕を持っていたと思うよ?」
瑞希ががっくりと肩を落とした。
「そ~~~~なんだよねぇ。あれから大して進歩してないんだよ。
どうやってこれ以上魔導の腕を伸ばしたらいいのか、伸び悩んじゃってさぁ」
「伸び悩む?!」
ソニアが思わず叫び、慌てて口元を隠した。
「――失礼、はしたない真似をいたしました。
ヴォルフガング先生、これ以上ミズキさんに伸びしろってあるんですか?」
ヴォルフガングは苦笑しながら頬を掻いた。
「既に私と比べても遥か雲の上、神の如き魔導士だ。
そんな私が地上から見上げても、雲の上に居るミズキの伸びしろなんて分かりはしないさ」
瑞希はきょとんとしながら二人に告げる。
「伸びしろはあると感じてるよ?
まだまだ、思いついたことを思うままに出来ない部分があるし」
アルベルトが頬を引きつらせて告げる。
「なぁミズキ、『思いついたことを思うままに実現する』のは即ち、魔法そのものだ。
それは神の領分、人間が辿り着いて良い境地じゃないと思うんだが」
ヴォルフガングが大きく頷いた。
「たとえ出来たとしても、≪未来視≫のようにペナルティを受ける可能性が高いね。
あまり欲張り過ぎない方が良いだろう」
瑞希がしょんぼりとして応える。
「やっぱりそう思う?
いくつか試してみたい魔術はあるんだけど、どれもこれもペナルティを受けそうだから試せなくてさー。
実験できる範囲が狭まっちゃって、それで余計伸び悩んでるように感じるんだよねぇ
――ところで、ソニアはどうして直接私に話しかけずに、ヴォルフガングさんに聞いてるの?」
ソニアの頬が引きつった。
「えーっと……なんだか、同じ人間とは思えなくて、ちょっと恐ろしくなりました」
瑞希がきょとんとして小首を傾げた。
「同じわけが無いじゃない。
私は異世界人だし、霧の神の眷属だよ?
この世界の純粋な人間であるソニアと同じだと、どうして思ったの?」
ヴォルフガングが小さく笑った。
「ははは、言われてみれば、我々と大きく隔たりがあって当然だな。
ミズキと同じことをしようとしても、出来ないのが普通なんだ。
そのことを思い煩う必要はあるまい」
瑞希が片眉を上げて反論する。
「ヴォルフガングさん?
私はあくまでも魔力を制御して術式を成立させる、魔導術式の枠の中で魔導を使ってるよ?
私の才能が飛び抜けてるとしても、同じ魔力の強さで、同じ精度の魔力制御をして、同じ術式を積み上げれば、同じ結果を得られるのは間違いないんだけど?
そこは大前提――私が人間である以上、みんなと同じ枠内でしか力は使えないんだよ?」
ヴォルフガングは楽しそうに笑って聞いていた。
「確かに、ミズキの言う通りだ。
その点において、我々には一切の違いがない。
そこが魔導の面白いところだね。
我々だって、研鑽を積んだ先にはミズキと同じ魔導を使う姿がある――実に浪漫があるとは思わないかい?」
ミハエルが困惑したように呟く。
「なんだか、人間じゃないと主張してるのか、人間だと主張してるのか、わからなくなりました……」
アルベルトが苦笑しながらそれに応える。
「『同じ人間ではない』が『人間』なんだ。
決して神ではない――そういうことだよミハエル」
ヴォルフガングが頷いた。
「ミズキの高い才能は、神の血を引くことが強く影響しているだろう。
神の血の因果を使った魔術も、ミズキなら使う事ができる。
だが、大きな違いはそれくらいだ。
他は生まれた世界が違うだけの、人間という枠の中の存在なんだ。
――これで理解できたかな?」
ミハエルがおずおずと頷いた。
「えっと、なんとなくですが、はい……」
瑞希がじっとミハエルの顔を見つめた。
「なんだか元気がなくなっちゃったね。
ソニアみたいに、私が怖くなっちゃった?」
ミハエルが戸惑いながら応える。
「えっと、まだ理解が追い付かなくて、混乱してるだけだと思います。
怖いとは思ってませんから、安心してください」
瑞希が今度はソニアを見る――ソニアがびくっと肩を震わせた。
「……そんなに怖いかなぁ?
ソニアだって、この世界の中なら同じ魔術を使う事ができるんだよ?
遠い場所の現在の姿を映す≪現在視≫も、それに音声を乗せるアレンジも、ソニアの魔力で成立させられる術式だからね?
異世界に直接因果がないみんなが異世界の映像を映すことは難しいけど、私と言う因果があるから不可能でもないんだよ?」
ソニアが戸惑う様に瑞希に応える。
「えっと……ですからミズキさん。
仰ってることの半分も聞き取れないです……」
ヴォルフガングが笑いながら告げる。
「ははは! ミズキはね、ソニア殿下にも今ミズキが使って見せた魔術を使う事ができると言ってるだけだよ!
それがたとえ机上の空論同然だとしても、不可能ではないと言ったんだ」
ソニアが眉をひそめて応える。
「……それ、本当ですか? 私でも使える魔導術式なんですか?」
ヴォルフガングが頷いた。
「ミズキが言った通り、映す場所がこの世界の中なら、魔力自体は足りている。
あとはミズキと同じくらいの精度で魔力制御をして、同じ術式を積み上げれば、必ずソニア殿下にも使える魔導だよ。
異世界の映像すら、ミズキという因果を利用すれば不可能ではない――その点も、確かに間違っていない」
ソニアの表情がようやく柔らかくなり、小さく息を吐いた。
「それなら、ミズキさんが人間だという主張を認めることが出来そうです。
――ヴォルフガング先生がおられなかったら、何一つ理解できず恐ろしくて逃げ出してましたよ」
アルベルトがソニアの背中を優しく叩いた。
「ミズキはお前が恐れるような人間ではない。
そこは私が保証するから安心しろ。
お前の方が優秀な面すらある、その程度の人間だ」
瑞希が大きく息を吐いて椅子に背中を預けた。
「本当にそうだよ~。
早朝ランニングだって、私より体力があるところを見せつけてくれたばかりじゃない。
私は息が上がってたのに、ソニアは息一つ乱さず走り切ってたんだから。
どうしてそんなに怖がるのか、ちょっと理解できないなぁ」
アルベルトが楽しそうに瑞希に笑いかける。
「仕方あるまい?
お前の使う魔導は、魔導術式とは思えない代物だ。
理解できないものに恐怖を抱くのは、人間の本能みたいなものだ。
ミハエルはさらに理解が遠く及ばず、恐怖を抱くことすらできずにいる。
ヴォルフガングという通訳がいて、ようやく話が通じる超高等魔術の世界だからな」
瑞希が唇を尖らせて応える。
「≪意思疎通≫の術式を使ってる私に通訳が必要とか、納得がいかないんですけど?!」
「そこは教育者としての経験があるヴォルフガングと、未経験のお前の力量の差だ。
悔しかったら、未熟な相手に高度なものを理解させる技術を習得するしかないな。
――この国の言語を修得するのでも構わないぞ?」
瑞希があからさまに嫌そうな表情を浮かべて応える。
「うっ、それができたら苦労はしてないんだよ!
私は外国語科目は赤点ばっかりだったんだから!」
「あ、なんだか急に親しみがわいてきました」
ソニアが柔らかい表情で微笑んだ。
瑞希がジトっとソニアを見据えて尋ねる。
「……外国語が苦手なの?」
ソニアがとても良い笑顔で応える。
「いいえ? 近隣五か国の言語を修得しております」
「どこで親しみがわいたのさ?!」
「私より劣るところがあるのを認識して、等身大の人間にようやく見えてまいりました」
ソニアはさきほどまでの怯える様子から、打って変わって柔らかく微笑んでいた。
割と良い性格をしている少女である。
アルベルトが噴き出すのを堪えながら告げる。
「外国語だけじゃない、作法も礼節も教養も、今の時点では魔導以外、なにもかもソニアの方が上だ。
ミズキは著しく歪な能力を持っているからな。
魔導だけに目が囚われてしまうと、見誤るのだろう」
瑞希が肩を落として落ち込んでいた。
「君らみたいなエリート中のエリートと比べないで欲しいな……
こっちは平凡な小市民だって言うのに……
アルベルトの婚約者だって、私には分不相応だってのにさー。
護衛だから仕方なく頷いたけど、婚約者として振舞う自信なんて、これっぽっちもないんだからね?」
アルベルトが瑞希の背中を優しく叩いた。
「まぁそういじけるな。少なくとも年内には教養でソニアを追い抜く。
来年の入学までには、他の講師から教えを受けて並ぶか追い抜くかするだろう。
魔導学院入学時点で、ソニアに劣るのは外国語くらいになるんじゃないか?」
確かに一歳年下のソニアが身に着けているものであれば、これから増える講師の授業で追い抜くはずだった。
それは瑞希も理解しているし、そのつもりではいるのだが、自信を持てるかと問われると話が別だった。
瑞希が大きく長いため息をついてぼやく。
「今日一日のんびりしたら、明日からはまたガイザー先生の講義かぁ……
身体がもつかなぁ……」
ソニアが不思議そうに瑞希に尋ねる。
「それほど高い魔導の腕をお持ちなのですから、
魔導でサポートすれば楽に教養を身に着けることも可能ではないのですか?」
瑞希が俯いたまま、陰気に応える。
「そんなもの、魔導を使えばそれこそ一日で全部覚えられるよ?
でもそれじゃあ意味がないんだよぉ……
自力で覚えて見せる必要があるんだってば」
「「「は?!」」」
アルベルト、ソニア、ミハエルの三重奏だ。
瑞希が顔を上げた。
「当然でしょ?
私自身に能力がある事を証明してみせなきゃ、周囲だって納得しないじゃない。
それに私も、できるだけズルはしたくないしさぁ」
ソニアが猛然と瑞希に食って掛かる。
「そこではなく!
一日で中等教育の教養科目を覚えるって、どういう魔術ですか?!」
「んー? 概念や知識を頭に注入する術式を使うだけだよ。
講師からそういったものを受け取るのが一番確実だけど、多分教本からでも使える魔術のはずだよ?
私が外国語を覚える、みたいな苦手なものを克服することは難しいけど、教養科目ぐらいなら私でも理解できるものだから、成功率は高いはずだよ?」
ソニアがゆっくりとヴォルフガングに振り返った。
ヴォルフガングが苦笑を浮かべて告げる。
「……もちろん、そんな魔術は聞いたことがないよ。
ミズキの即興魔術だろうね」
ソニアとミハエルは呆然と、項垂れている瑞希の顔を見つめていた。




