13.命の重さ
翌日、瑞希はアルベルトの野盗退治に同行して王都を出発した。
随行するのは騎士が六人に兵士が二十人、そしてヴォルフガングだ。
三日後には陳情があった森林地帯に到着し、アルベルトは一行を停止させた。
「よし! 野盗の根城を探し出して殲滅する!」
騎士三人がアルベルトに付き、残り三人が瑞希についた。
兵士たちは五人ずつに分かれ、森林を捜索していく。
瑞希は隣を歩くヴォルフガングに尋ねる。
「この広い森で、野盗を探すの?」
「そういうことになるね」
「手掛かりなしじゃ、大変じゃない?」
「なんとか野盗が生活している痕跡を探し出すしかないね」
「……魔術を使っちゃだめなの?」
ヴォルフガングの目が輝いた。
「ほぅ、何か思いついたのかね?」
「人の気配を探し出せばいいんだよね?」
瑞希は魔力を細い網のようにして森の広範囲に張り巡らせていった。
しばらく目をつぶって集中していた瑞希の魔力に、森に生息する人間が引っかかった。
「――居たよ。あっちの方角。
距離は二キロ弱だね」
ヴォルフガングが楽しそうに告げる。
「それは警戒魔術だね。
多様な理論で様々な術式があるが、その中でもシンプルなものだ。
だが、よくそれほど広範囲に張り巡らせられたね」
瑞希はきょとんとして応える。
「この手応えなら、半径五キロは広げられるよ?」
ヴォルフガングが笑いながら告げる。
「さすが、神の血を引く人間だ。
普通は数十メートルが限界なんだ」
「それは多分、広げる魔力の無駄が大きいんじゃない?
私だって、隙間なく広げたら数十メートルが限界だよ。
網目状にして引き延ばしてるだけ」
「それでもだよ。
普通の人間は網目状で数十メートル。
私ですら、一キロに届かない。
それだけ、魔力操作技術が卓越してる証拠だ」
アルベルトを先頭に、騎士や兵士が瑞希の指し示した方角へ進んでいく。
歩きながらヴォルフガングが瑞希に告げる。
「教えた通り、今回経験しておきたいのは『人を殺した手応え』だ。
それで自分の心がどれほど傷付くのか、自覚するんだ。
自分がそれに耐えられないと思ったら無理をせずに、以後は殺し合いを諦めなさい」
瑞希は黙って頷いた。
瑞希の警戒網に、多数の野盗たちが息をひそめているのが引っかかっている。
野盗の潜んでいる場所をアルベルトに耳打ちし、兵士たちで包囲していく。
野盗が遂に我慢できずに叫ぶ。
「てめぇら! やっちまえ!」
藪の中から、次々と湧いて出てくる野盗を、兵士たちが相手取っていく。
アルベルトや騎士たちは、黙ってそれを見守っていた。
瑞希は手近な野盗に対して、教わった通りに魔力の斬撃を見舞う。
(――肉を割く手応え、骨も砕いてる!)
この術式は感覚のフィードバックがある。
剣を持って戦うのと、大差ない手応えを感じる術式だった。
瑞希の目の前で、大きく切り裂かれた野盗が血を吹き出し、地面に倒れた。
そのまま命が牛われて行く様子を、瑞希は震える手を押さえながら見守っていた。
野盗が息絶えるのを見届けた瑞希は、痛む胸を押さえながら息を整えていた。
(――次!)
野盗が全滅した頃、瑞希は吐き気を我慢しながらなんとか立っている状態だった。
瑞希が手にかけた野盗は五人。
全員が息絶える姿を目に焼き付けていた。
ヴォルフガングが静かな表情で告げる。
「――初めて自分の手を汚した感想はどうだったね?」
瑞希は青い顔で応える。
「……酷いものだね。
これが、命を奪う実感なんだね」
「自分が耐えられると思うかね?」
瑞希は口を引き結んだ。
「――耐えて見せるよ」
その決意を湛えた瞳を、ヴォルフガングが見つめて告げる。
「これからしばらく、君は悪夢に苛まれるだろう。
本番は、これからだよ?」
ヴォルフガングの言う通り、帰路の間、瑞希は悪夢に苛まれた。
人間を殺した瞬間を何度も夢に見ては、うなされて起きる――そんな夜が続いた。
そのたびに、瑞希は決意を新たにして寝直していた。
王都に到着した瑞希の瞳は、静かなものだった。
自分が命を奪った事実を冷静に飲み込み、今後も同じことを行う覚悟を湛えていた。
ヴォルフガングはその瞳を見つめ、頷いた。
「――よく耐えたね。
だが、今後も自分の心が負けそうになったら無理をしてはいけない。
それだけは忘れないように」
瑞希は静かに頷いた。
****
一週間ぶりの客間に戻ってきた瑞希を、ザビーネが出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ただいまー、紅茶もらえる?」
他の侍女に着替えさせてもらい、部屋着になってからソファに腰を沈めた瑞希は、静かに紅茶を飲んでいた。
その姿を見たザビーネが、ぽつりと呟く。
「お変わりになられましたね」
瑞希がきょとんとしてザビーネに振り向く。
「そう? 変わっちゃった?」
「はい、迫力が増しました。
近寄るだけで身の危険を感じる圧力、そんなものを身に着けておいでです」
瑞希が困ったように笑った。
「あはは……まぁ実際、変なのが近寄ってきたら切り殺せるって実感しちゃったからね。
前に比べたら、物騒な人間になっちゃったかもね」
「では今、目の前に不審者が現れたら、ミズキ様はどう対応なさいますか?」
瑞希は静かに紅茶を見つめながら応える。
「捕縛術式で自由を奪うよ。
殺すのは最後の手段。それは変わらないよ」
ザビーネは安心した様に、静かに微笑んでいた。
****
夕食になり、ミズキはアルベルトやヴォルフガングと食卓を囲んでいた。
アルベルトが瑞希に尋ねる。
「今回の経験で、ミズキは何か思うところはあるか?」
瑞希は口の中の物を野菜ジュースで流し込んでから応える。
「そうだなぁ、アルベルトもヴォルフガングさんも、手を汚した人だったんだなって実感したかな」
ヴォルフガングの目が輝き、瑞希に尋ねる。
「ほぅ? それはどういう意味かな?」
「人を殺した経験の有無が、なんとなく雰囲気で分かるようになったよ。
これはこれで便利だね。
不審者が紛れ込んでいても、気づきやすくなるし」
「その感覚は便利だが、過信してはいけないよ。
一流の暗殺者は、その空気すら隠して行動できる。
うっかり油断する事のないようにね」
「はーい」
アルベルトが微笑みながら瑞希に告げる。
「手配していた講師だが、用意出来たそうだ。
明日から入試対策を始めよう。
年末の入試まで、あと二週間――大変だぞ?」
瑞希が顔をしかめて応える。
「うえぇ、今度は勉強漬けかぁ」
肩を落として落ち込む瑞希を見て、アルベルトが噴き出した。
「ははは! ミズキはミズキのまんまだな!
――安心したよ」
瑞希が顔を上げ、きょとんとして尋ねる。
「安心? なんで?」
「手を汚した経験で、人格が歪んでしまうこともある。
ミズキがそうでないのがわかって、安心したんだよ」
瑞希は食事を続けながら応える。
「私は私、何も変わらないよ。
――シュトルム王国の兵士八千人以上を殺した女だもの。
五人の命を追加で背負ったって、変わる訳ないじゃない?」
炙り肉を静かに口に頬張る瑞希を、アルベルトは何か言いたげに見つめていた。
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「私があなたの教養科目を担当する、アデラ・ガイザーです。
ガイザー夫人とでも呼んで頂戴」
矍鑠とした老婦人が、静かに瑞希に名乗った。
瑞希の記憶にひっかかるものがあり、必死にほじくり返していく。
「ガイザー、ガイザー……ああ! クラインが『≪意思疎通≫の魔術が使えそうな人』って言ってた、ガイザー先生?!」
ガイザー夫人がゆったりと頷いた。
「そう呼ぶ生徒たちも居ますね。
私は魔導も得意としています。
クラインさんが推測する通り、≪意思疎通≫の魔術も使えますよ」
「じゃあガイザー先生、さっそく質問だけど……
すっごい腕の良い講師に見えるのに、この時期に私の担当になって大丈夫なの? 忙しいんじゃないの?」
ガイザー夫人が口元を隠し、楽しそうに小さく笑った。
「ふふ、私の講義は厳しいですからね。
最近は敬遠される事が多いのよ。
だから特に忙しいということはないわ」
瑞希の顔が引きつり、冷や汗が流れた。
受験勉強はしていたが、塾に通った経験はない。
講師に付いてもらって勉強したことがないのだ。
それが自ら『厳しい』と宣言する講師を割り当てられ、気後れしていた。
「えっと、その、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく。
――じゃあ早速始めるわね」
昼食の時間となり真っ白に燃え尽きた瑞希が、魂の抜けた様子で肉を口に運んでいた。
その様子を見たアルベルトが瑞希に尋ねる。
「ガイザー先生は厳し過ぎるか?
変わってもらうか?」
「……いや、これくらいハードじゃないと、受験範囲に間に合わないし」
恐ろしい勢いで教本を読み進めて行き、三十分で読み終わると小テストを実施されていた。
間違えるとまた頭からやり直しである。
教本をフラッシュカードのように暗記していくスタイルだった。
教本はそのスタイルに合わせて要点を絞ってまとめてある、ガイザー婦人が作った物を用いている。
(でもこれ、十五歳が覚える一般教養でやるものなのかな……)
少なくとも瑞希が知るフラッシュカードは、幼児教育用の絵を使った教材だ。
目まぐるしく詰め込まれる情報で、瑞希の脳はオーバーヒートしていた。
ヴォルフガングが楽しそうに瑞希に告げる。
「ミズキはガイザー夫人の講義を≪意思疎通≫の術式を経由して受けている。
他の子の倍以上の負荷だ。
疲れ切ってしまっても仕方ないね」
アルベルトが不思議そうにヴォルフガングに尋ねる。
「ヴォルフガング、≪意思疎通≫の魔術で文字の読み書きもできるのか?」
ヴォルフガングがニヤリと笑って応える。
「実際に、ミズキがやってみせているだろう?
『ちょっと』応用できれば、これぐらいは簡単さ」
アルベルトが顔をひきつらせた。
「あー……ヴォルフガングやミズキの言う『ちょっとした』応用か、理解した」
つまり、並の人間からすれば高度なアレンジ魔術である。
瑞希が反論するように顔を上げた。
「でも私、ノートは母国語で書いてるよ? さすがにそこまではしないよ」
アルベルトが好奇心に満ちた目で「ちょっと見せてくれ」とノートを手に取った。
日本語がびっしりと書かれているノートを見たアルベルトが、ぽつりと呟く。
「……つまり、ミズキはあの速度で翻訳をしてる訳だな」
「通訳も翻訳も大差ないよ?」
ヴォルフガングが頷いた。
「文章を見てミズキの頭の中に伝わったイメージの母国語を書き記すだけだからね。
だが翻訳者にとっては、垂涎の技術かもしれないね」
アルベルトがノートを瑞希に返しながらヴォルフガングに尋ねる。
「ちなみに、三人が別々の言語で口論してる所にミズキが加わったらどうなるんだ?」
三人の異国人が喧嘩しているところに瑞希が仲裁に入る――そんなシチュエーションだろうか。
「ミズキの言葉だけは全員が理解できて、それぞれの言葉は発言主とミズキしか理解できない、という結果になるだろうね」
瑞希が気怠そうに野菜をかじりながら応える。
「そんな状況なら、全員に≪意思疎通≫かけて勝手に口論を続けさせるよ。
割り込むなんてめんどくさい」
アルベルトが瑞希を見ながらヴォルフガングに尋ねる。
「あー、ヴォルフガング。一応確認なんだが……≪意思疎通≫の魔術は、そんな多人数相手に使えるものなのか?」
ヴォルフガングは楽しそうに応える。
「通常は個人用の術式だね。多人数に使えるのは、極一握りの魔導士だけだろう」
アルベルトは諦観の表情を浮かべ、食後の紅茶を口にした。
――瑞希やヴォルフガング水準の魔導士に、一般常識は通用しないのだ。
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「――はい、今日はここまでよ。
ミズキさん、あなた凄いわね!
≪意思疎通≫を維持しながら私の講義を受けきれる魔導士なんて、他に居ないんじゃないかしら」
真っ白に燃え尽きた瑞希は、机の上で潰れていた。
ガイザー夫人が嬉しそうに瑞希に告げる。
「予定より大分進んだわ。
この分なら、間違いなく入試に間に合うわよ。
安心して頂戴」
瑞希が気怠そうに顔を上げ、手を挙げて質問する。
「ガイザー先生、一般教養を履修しただけで入試は突破できる?」
「魔導学院の入試は一般教養と魔力操作技術の実技よ。
魔導に関してミズキさんは何の心配もいらないから、一般教養さえこなせば突破は確実ね。
明日は私の用事があって講義はお休みさせてもらうから、一日のんびりと復習するといいわ。
――じゃあ、また明後日ね」
部屋に戻った瑞希は、ふらふらとソファに倒れ込んでいた。
「ザビーネ……甘い紅茶頂戴、ミルク入れた奴」
「かしこまりました」
ミルクティーで一息ついた瑞希を、微笑ましそうにザビーネが見守っていた。
その視線に気が付いた瑞希が尋ねる。
「なに? 私の顔に何か付いてる?」
「いえ、殺伐とした訓練を終えた直後でしたから、少し心配をしておりました。
その御様子でしたら、心配は不要ですね」
瑞希が力なく笑った。
「あはは、私は私。何も変わらないよ」




