04:トラブル。
秘境から離れたことで、聖香と勇たちはすぐにモンスターと遭遇することになった。
「バットリックか。やりますか?」
通常の蝙蝠よりも大きく、全身を黒い靄に包まれているモンスター、バットリックが群れで天井に張り付いて現れた。
「やりたいところだけど、バットリックって攻撃しようとしたら当たらないよね?」
「ちゃんと真ん中を狙えば避けられることはないですけど……見えるようにしますよ」
バットリックの写真を撮った聖香の前に出る勇。
「『聖光』」
勇から放たれた光により、黒い靄に包まれていたバットリックの姿が露わになった。
「これで大丈夫ですか?」
「もうダンジョン行くなら一人は欲しい便利さだね、最上くんは」
聖香は腰に携えている剣を抜き、バットリックに向かって走り出した。
彼女に怪我を負わせるわけにはいかないため、勇も一緒についていく。
「ほい」
襲い掛かってくるバットリックを華麗に切り裂いていく聖香を見て、少しだけ感心する勇。
(Lv19で女優の割には、結構動けているな。それでも素人は素人。周りのモンスターは片付けておくか)
聖香の背後や側面から襲い掛かってくるバットリックは、聖香が映っている邪魔にならないように『雷矢』で貫いていく。
「ナイス援護!」
「どうも。天宮さんもかなり動けていましたね」
「そう? Sランク冒険者から言われると嬉しいな」
バットリックをすべて倒した聖香と勇は、先に進む。
日本のダンジョンの中で一番モンスターの遭遇率が高いのは第一ダンジョンで、倒しても倒してもどんどんとモンスターが出現してくる。
だがそんなモンスターの大半を倒しているのは勇であり、モンスターがたくさん出てきても撮影に影響が出ていなかった。
「やっぱりモンスターは画の迫力が段違いだね。まるで檻のない動物園にいるみたい」
遭遇したモンスターの写真を撮っていた聖香が、撮った写真を見直している。
「そちらの方がまだ安全ですよ。まだどこにいるのか分かるんですから」
「どこから来るのか分からないというのがダンジョンの怖さだね。そういうのも分かるの?」
「規則性は全くないので次にどこに出てくるというものは分かりません。ですが出てくるタイミングは微妙な変化があるので気付くことはできますね」
「あー、確かに誰よりも反応しているよね。それもスキル?」
「まあそんなところです」
色々なダンジョンの疑問をSランク冒険者に聞くということをしながら、聖香と勇が並んで歩いていたが、制限時間になった。
「もう時間ですね」
「もう? 二倍にしてもまだいいくらいに短いね」
聖香はまだまだやりたいと思っているが、勇はようやく終わるのか……と早く終わりたい気分で真逆の感情を持っている二人だった。
「戻りましょうか。写真は十分でしょう」
「うん、写真は十分だよ」
幻想的な光景は秘境のみだが、モンスターなどの写真をかなり撮っていた聖香。
聖香たちは真澄と智也たちと合流するために第一ダンジョンの入り口まで戻ることにした。
「いや~、それにしてもSランク冒険者がいたら他の人はいらないね」
視線は移していなかった聖香だが、暗に後ろで待機している冒険者たちのことを示した。
聖香の言う通り、待機している冒険者たちは何も仕事をせずに聖香と勇を見ているだけだった。
聖香の言葉に、少しばかり気まずそうな顔をしている冒険者たち。
「保険ですよ。何かあっても対応できる、ということを安心させるには必要なことです。それも撮影をするのに条件が入っていたんじゃないですか?」
「あー、それはあったかも。でもよくそんなに予算があったよね。Sランク冒険者を呼ぶなんて国家予算がいるんじゃない?」
「さぁ、どうでしょう。俺はそこら辺は全く知らないので」
「もしかしてSランク冒険者なのに出演料は高くない? ダメだよ~、それは! ちゃんとしないといいように使われるよ?」
「いや、そもそも俺はこういう仕事が初めてなんだから出演料とかは知らないですから」
「ま、私は最上くんとまた共演したいから出演料は高くしないでね」
「どっちだよ」
仲良く聖香と勇が歩きながら話し、ダンジョンの出入り口までたどり着いたが、智也たちはまだ到着していなかった。
「まだ来ていないんだ。鬼塚くんたち」
「まあまだ制限時間丁度くらいですから、もうそろそろで来るのではないですか?」
「そうだね。ていうかさ、勇くんは武器は使ってないの?」
「武器は異空間に収納しているんですよ」
智也たちが来るまで聖香と勇は雑談に興じ、スタッフたちはは智也たちの方にいるスタッフに連絡を入れていた。
「……何だか騒がしいですね、向こう」
「そうだね。もしかして向こうと連絡が取れないんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「えっ、一階層でもそういうことがあるの?」
「何かあるとすれば、Sランクモンスターが現れたか、でしょうね。Aランク冒険者が集まっているならAランクモンスターが出ても問題ないでしょうから」
「へ~、勝てるの?」
「Sランク冒険者はSランクモンスターを単独で撃破することができる強さを求められます。ま、Sランクモンスターは長生きですからそれができるのはごく一部でしょうが、俺なら余裕ですね」
「ほぉ、それは心強い」
勇と聖香が話していると、スタッフの一人が勇のもとに急いで来た。
「最上さん! 緊急事態です!」
「どうしましたか?」
「Sランクモンスターが現れました! 桐生さんたちが襲われていますがヤバいそうです!」
「なるほど。それなら俺が行きましょう」
「あら、予想通りになったね」
聖香は特に心配素振りを見せず、他人事な感じを見せていた。
「スタッフさんたちは外に出ていてください。俺が向こうを助けてきます」
「待ってくれ!」
勇が向かおうとした時に、ディレクターに止められた。
「どうしましたか?」
「Sランク冒険者とSランクモンスターの戦い、どうにか撮れないだろうか!」
「どうにかって、危険ですよ?」
「それを撮らずにはいられないんだよ! どうしても無理なら手を引く」
「できますよ。要はSランクモンスターの攻撃からあなたたちを守って戦えばいいんですよね? 余裕です」
「ほ、本当か!?」
「はい。急ぎましょう」
「あっ、それなら私も行こ―っと!」
「聖香くんはここにいなさい!」
「えー、でも勇が守ってくれるなら大丈夫でしょ?」
「こういう問答をしている暇もありませんから、連れていきましょう」
「分かってるね!」
勇は聖香と少数のスタッフたちと共にダンジョンの中に入って行く。
急がないといけないため、勇は聖香たちに『AGI強化』で速度を強化させた。
「これで早く動けると思います」
「助かる」
「おぉ! 早いね!」
速度を強化させて数分で真澄と智也たちのもとにたどり着いた。
「グランドリッチか」
豪華な装飾がされたローブを着て、十指に十個の宝石が付いた指輪を付け、左手には巨大なカマを持った骸骨、Sランクモンスターであるグランドリッチが、智也たちAランク冒険者や真澄、スタッフたちの前にいた。
Aランク冒険者はすでに満身創痍で、装備もボロボロで立っているのがやっとの状態だった。
「うわぁ、ボロボロだなぁ」
「俺は行きます」
智也たちを見て顔を少しゆがめている聖香を置いて、勇はグランドリッチの方に走った。
グランドリッチは智也たちに炎の塊を放とうとしていたが、智也たちは避ける力が残っていなかった。
「くっ……こんなところで……!」
悔しそうな顔をしている智也が目にしたのは、勇の背中だった。
「『炎神』」
太陽のような火力が勇から噴き出し、この場にいる全員をのみこんだが、グランドリッチ以外は一切害はなかった。
唯一炎を喰らっているグランドリッチはすぐにその場から離れて水色の宝石の指輪を光らせてこの場すべてをのみこむ水を生み出した。
「はっ、太陽に水を入れても蒸発するだけだろ」
生み出された水はすぐさま蒸発した。
「『炎神槍』」
炎でできた巨大な槍が勇の前方で五本生成され、グランドリッチに向け射出された。
グランドリッチは巨大なカマで炎神槍を打ち落とそうとするが、一本落とそうとするとその力が強すぎて姿勢を崩して四本の炎神槍がグランドリッチに襲い掛かる。
「まだ序の口だぞ」
何とか指輪の力を駆使して四本の炎神槍を消したグランドリッチだが、そこで手を休めるほど勇は甘くはない。
「『雷霆槍』、『水龍槍』、『炎神槍』」
雷、水、火の槍をそれぞれ十本ずつ出し、一気に囲い込むように射出する勇。
グランドリッチは自身がグランドの名を冠する前や冠した後でも幾度となく活動の停止を感じたことがあった。
だが、目の前の人の形をしているナニカ以上に恐怖を感じることはなかった。
目の前のナニカと相対した瞬間に明確な終わりを見せられている気がしてならなかった。
終わりを見せられているとしても、今まで幾度となく危機を逃げ切ったからこそ、Sランクモンスターとしてグランドリッチは存在している。
グランドリッチが嵌めてある五つの指輪の宝石が砕けたことで、三十本の槍は消滅した。
「『魔法崩壊』か。逃げる気だな」
勇もSランクモンスターが戦闘本能や生殖本能よりも生存本能が高いことを知っている。
攻撃手段を五つ破壊することは戦闘を捨てているという意味しか込められていない。
次にグランドリッチの三つの指輪の宝石が砕けたことで、この場を支配していた勇の炎が一瞬切れ、その一瞬でダンジョンの地面を操作して地面に生き埋めにしようとするグランドリッチ。
グランドリッチは大抵の人間が仲間を守るということを知っている。モンスターにはない行動原理なため知っているが、理解はしていない。
この目の前のナニカが守ろうとしてこの場にいることを理解しているため、この手は使えると判断した。
「無駄なあがきだな。『光鎖』」
勇に守らないという選択肢はないため、手から出した幾重もの光の鎖を出して一人ずつに鎖を巻き付けて全員を空中に逃がした。
「な、何だこの炎は……?」
満身創痍な智也たちの体には光鎖をつたって淡い炎が勇から出されていた。
さらにはSランク冒険者とSランクモンスターを映していたカメラマンが撮りやすいような角度で空中に逃がしていたため存分に撮影ができる状態にあった。
唯一地面に残っていた勇はすぐさま支配権を取り戻して地面に呑み込まれずに済んだ。
「『流星』」
光の隕石のようなものが無数にグランドリッチに襲い掛かった。
闇魔法で対抗しようとするグランドリッチだが、レベルが違い過ぎてただただ『流星』を喰らっているだけだった。
「ま、さか……Sランク冒険者で、この魔法……彼が、『エンペラー』なのか……?」
満身創痍の状態からほぼ回復した智也は、勇の戦いを目に焼き尽くしながらそんなことを呟いた。
「エンペラーって、世界各地のダンジョンで暴れ回っていた『ディマイズドラゴン』を倒して世界最強って呼ばれてた冒険者だっけ」
「Sランクモンスターの中で唯一国間を飛び越えて出現して、さらには一番強いとされているドラゴンだったな」
聖香とスタッフの一人が智也の発言を拾った。
そしてそれを当然のように勇も聞いていたため、最後の仕事と言わんばかりに異空間からディマイズドラゴンの素材で作った剣を取り出した。
「これで終わりにしよう」
「間違いない! あれはディマイザーだ!」
黒を基調として、血のような赤い線が入って鍔に漆黒の宝玉がついた剣を見た智也が、それをディマイザーと呼んだ。
「ディマイザー?」
「ディマイズドラゴンを素材とした剣がディマイザーと呼ばれている。ディマイズドラゴンが討伐された証拠を提示する際に、ディマイザーが公開されたんだよ。つまりあの剣を持って、Sランクモンスターを圧倒的な強さで倒す彼は……」
「エンペラーってわけね」
話が終わるまで、グランドリッチを逃がさないように『光鎖』を巻き付けていた勇。
ついに終わらせることができるため、ディマイザーの剣先をグランドリッチに向ける。
「これはディマイズドラゴンで作り上げた剣だ。お前なら分かるだろ? これから威圧されていることを」
終焉の名を冠するドラゴンの素材から出来ているディマイザーを見たグランドリッチは、自身の終わりをより一層感じるようになった。
逃げ出そうにも光鎖があるため力が抜け動くことができないでいた。
「『終剣』」
勇とグランドリッチの距離があいているが、その状態で勇がディマイザーを振るうと、グランドリッチの命だけを刈り取って魔石へと化した。
「あれは何をしたの?」
「ディマイズドラゴンは終わりのドラゴン。望んだものを望んだように終わらせることができるんだよ」
「へぇ~、つまりは最上くんがすごいってことね」
智也は余裕でSランクモンスター、グランドリッチを倒した勇の背中をジッと見続けた。