01:出演交渉。
第三ダンジョンにほど近い場所にある高層ビルの最上階にて、濡羽色の髪にすべてを悟っているような目をしている青年と、赤髪を後頭部で団子にしてスーツを決め、できる感を出している女性がソファに座って対面していた。
「番組の企画でダンジョンに行くってものがあるらしくて、それに付いて行ってくれない?」
「イヤ、無理、ダメ、断る」
「そんなに否定しなくてもいいじゃない。これはSランクの勇にしかできないことなのよ?」
「なら断れ」
「それができたら苦労しないわよ……」
「ははっ、いい気味」
「うざっ、ガキが」
無表情とまではいかないが、その顔で笑い声を出している青年、最上勇。
逆に眉間にしわを寄せてキレそうになっている女性、万幸恵。
「あのね、何回も説明しているとは思うけど、この『ゾディアックギルド』は芸能界とつながりがあって主にそれを仕事としているのよ。しかも今回のは結構断れない感じだから……」
「そうなのかー、大変だなー」
「クソガキ……!」
「今思ったことを言えば、今までそういう仕事をしてこなかったからしなくていいと思っていたな」
「あー……ウチのギルドに所属している芸能向きの冒険者とは違って、勇はちゃんとした冒険者でしょ?」
「あぁ、ここのギルドは精々がCランクどまりだもんな」
「勇と彼らでは、業務内容も必要な技術も違うから、彼らには芸能界方面での仕事をやってもらい、勇には冒険者として頑張ってもらっているわ」
大半のギルドはダンジョンへの冒険を主な目的にしているが、この『ゾディアックギルド』では人々に見せる冒険者をコンセプトに作られた一風変わったギルドであった。
「いい言い方をすれば適材適所。悪い言い方をすればザコの集団というわけか」
「そういうことよ。でも、今回はそういうわけにはいかないのよ。相手方が勇を指名してきているから」
「俺を? なんで」
「さぁ。Sランク冒険者の話題が欲しいのかは知らないけど、かなり来てほしいみたいよ」
「ふぅん……」
「最初は、勇はそういう仕事を引き受けることはしませんってやんわりと断っていたんだけど、全く引いてくれなかったわ……」
「断ってはいたのか。おつかれ」
「疲れたわよ! すっっごく! あんなしつこくされた挙句に他の仕事のことまで言うなんてどんだけ腐ってるのよ! すっっっごく腹立つわ!」
「……最近見つけた新種のリンゴ、『リンゴッド』で作ったジュースがあるんだが、いるか?」
「のむぅ……!」
勇が手を伸ばすと段々と勇の手が消えていき、手を引くとボトルとコップを持っていた。
ボトルの飲み物をコップに注ぎ、幸恵に渡す勇。
「……おいしっ! 何これ!?」
「リンゴッドのジュースだ。もう一杯いるか?」
「もらうわ」
リンゴッドのジュースを一口飲んですぐに全部飲み干した幸恵の表情にはもう疲れ切った感じはなかった。
勇から二杯目を注がれた幸恵はコップに少し口をつけてから口を開く。
「このリンゴッドは勇が見つけたのよね?」
「そうだ。第一ダンジョンの四十一階層は、ある一か所を除いて大地は死に、酸素も薄く、灼熱地獄のような場所なんだ」
「その一か所にあるものが」
「リンゴッドだ。一階層丸ごとそのリンゴッドが実る木を生かすために環境が激悪なわけだ。四十一階層の広さはユーラシア大陸ほどだ」
「新種ってことは、まだ誰も知らないのよね?」
「あぁ。第一ダンジョンの四十一階層なんてまだ誰も行ってないだろうからな」
「ということは、申請はまだなのね?」
「あぁ、いつも通りな」
「これは……売れるわ!」
「これを売ったら他のリンゴ農家から文句を言われそうだな。リンゴッドを食べたら地上でどれほどいいリンゴを作ったとしても美味しくないと感じそうだ」
「ダンジョン産は高級品だから仕方がないわ。後でリンゴッドを頂戴ね」
「了解」
二杯目のリンゴッドのジュースを飲みほした幸恵が、もう一度真剣な表情をして勇を見る。
「リンゴッドのことは置いておいて、やってくれない?」
「……そう言われても、俺は芸能向きの冒険者ではないからな」
「でもやれるでしょ? それに相手方にそれを伝えても問題ないと言っていたわ」
「やれるって、どういう根拠で?」
「芸能界と関わる上で、何が必要だと思う?」
「顔」
「それも少しはあるけれど、私たちは冒険者ギルドをしているんだから単純明快よ」
「強さ、いや違うな。分かりやすい強さか」
「正解。見えない、分からない、理解できないという強さは芸能界は求めていない。だからCランク冒険者の方がこういう仕事に役に立つというわけね。でも、多彩な強さを持っている勇なら、そこは問題ないはずよ」
「まあ……」
「だからお願い! 私を助けて!」
両手を合わせてお願いする幸恵を前に、勇は断ることができなかった。
「……分かった。でも失敗してもしらないぞ」
「そこは大丈夫よ! ちゃんとした人を付けるから!」
「失敗してはいけないのか。もう嫌になってくるな」
「そこはスキルで何とかして」
「はいはい。受けたんだからしっかりとする」
かなり嫌そうな顔をしている勇だったが、特に不安な表情はなかった。
「勇をサポートしてくれる子を今呼ぶわね」
「今空いているのか?」
「今日は休みのはずだし、あの子は休みでもここにいるはずよ」
テーブルに置いていたスマホを手に取った幸恵が連絡をかけた。
「……ええ、今いいかしら? ……そ、そう、元気で何よりよ。今すぐに社長室に来て頂戴」
幸恵が少し引きながらも電話を切ったとほぼ同時に社長室の扉がノックされた。
「入りなさい」
「失礼します!」
元気よく社長室に入ってきたのは、元気に満ち溢れた雰囲気を持つ黒髪をポニーテールにしている女性だった。
「この子が勇をサポートしてくれる子で、勇を除けばこのゾディアックギルドで一番有能な瀬戸明日香よ」
「瀬戸明日香っす! よろしくお願いします!」
「最上勇です。こちらこそよろしくお願いします」
明日香に差し出された手を握る勇。そして明日香はその手を嬉しそうにブンブンと上下させているが勇は特に気にすることなくされるがままになっている。
「明日香。勇に仕事の依頼が来たから、それを手伝ってほしいのよ」
「自分がっすか!? 光栄っす! 尊敬している勇さんのサポートができて嬉しいっす!」
「……尊敬?」
明日香が言っていることに全く心当たりがない勇。
「勇、あなたはSランク冒険者でゾディアックギルドの根幹を担っている存在なのよ。武具や魔道具もあなたが作っているのだから、尊敬の念を抱かれるのは当然ね。それにウチが苦しい時でも変わらず活動ができたのは勇のSランク冒険者としての実力があったからで、それをみんな知っているわ」
「はいっす! もう勇さんには感謝しかありませんよ!」
「そうなのか……」
幸恵と明日香に言われても、あまり自身がしたことを理解していない勇。
「それなら、と言うわけではありませんが、仕事の時はお願いします。俺はダンジョンに潜ったことくらいしかありませんから」
「そこはお任せください! 今度は自分がしっかりとサポートします!」
「お願いします」