Ⅰ-Ⅷ 交渉-②
「何だ、その顔立ちは」
トニトリウスの声にハッとして、暗さを取り戻した中庭から、回廊へと跳び込む。中庭は雷の射程内、トニトリウスの支配する危険地帯だ。
屋根の下に入り、戦闘姿勢を取る。
だが、しかし――トニトリウスとの戦闘を続けていいのか?
トニトリウスを殺そうとしていたのは、不自然な雷により、彼が基底現実から落ちてきたチート持ちだと判断したから。
だが、人ではなくエルフであるなら話が違う。
混乱している頭を無理矢理にでも回し、情報を整理する。
トニトリウスはチートを持っている。
だが、彼はエルフだ。
よって、彼は俺の属していた世界線束とは違う現実からの降着者だと判断できる。
基底現実とは、俺が暮らしていた時代に近しい可能性値・時空値の世界線束を指す定義だ。
基底現実には人間しかいない。よって、エルフが基底現実から落ちてくることなどありえない。
ピーカブースタイルを維持しながら、思考を続ける。トニトリウスも剣を構えているようだが、攻撃はしてこない。
トニトリウスがチートを持っている以上、俺がいた世界線束とは違う、全く別の高準位現実から落ちてきたのは間違いないのだ。
拳を強く握る。異能を用いて異世界を統治する事は正しくない。ましてや、統治者が進んだ文明の者であるならなおの事。
だが、そもそもの話、世界の準位と文明の発展度合いは比例しない。比較的に基底現実から近い異世界なのに――メタ世界準位が高いのに中世初期の文明レベルだった異世界の例がある。逆も然りだ。
トニトリウスが高準位の世界から来たとしよう。彼がこのマーレよりも古い時代から来たとするならば、彼はマーレ帝国を自らの世界に都合の良い形に改造しようとしている訳ではないと判断してよい。
それならばどうだろう。ルール違反ではない、か?
確認が必要だ。
「トニトリウス。貴方の出身地はどこですか」
つい先ほどまで殺そうとしていた相手に丁寧なラテン語で話しかけるのは妙な気分だが、そうは言っても必要な確認だ。殺すべき相手かどうかを見極めなければならない。
正直に異世界だと答えたなら、そしてそれが進んだ文明を持っていないならば不殺。何かしらの嘘を吐いたなら抹殺だ。
「……マーレ市だ」
嘘。
俺の質問が想定外だったのだろう、とっさに答えようとして、言い淀んだ雰囲気があった。捻り出した答えであるならば、それは嘘に相違あるまい。
嘘をつく理由など、別世界線束から降着してきた事を隠すため以外にあるまい。
殺すべき相手だ。そう判断し、左のジャブを放とうとする。しかし、俺はすんでの所で攻撃行動を停止する。
回廊に松明の明かりが差し込んだのだ。
一体誰が松明を? そう思って目をやると、そこにはエスィルトが立っていた。なぜここに? 逃げてくれと言ったはずなのに。
だが、彼女は臆した様子もなく、松明を掲げて、対峙する俺たちへと歩み寄ってくる。
「アキラ、トニトリウス帝の出身地は属州イベリアのイタリカ市だよ」
イタリカ市――この異世界の出身者だというのか?
トニトリウスが舌打ちをする。思わず彼を注視してしまう。
嘘を吐いた理由はそれなのか? 異世界出身なのを隠そうとした訳ではなく?
元老院の知識を寝物語に聞いてきたエスィルトの話だ。少なくとも、その情報の確度は高いはず。
だが、それが事実だとするならば。
その事実は、トニトリウスがチートを持っている事実と真っ向から対立するのではないか?
「どうして嘘を吐いたのですか?」
混乱のあまり意味のない質問をしてしまう。
トニトリウスはバツが悪そうな顔をして、エスィルトを睨みつけながら苦々しく言った。
「属州出の皇帝は外聞が悪い。公式にはマーレ市の出身ということにしている」
嘘が感じられない言葉。ならば、トニトリウスは本当にこの異世界出身だというのか? ならば何故チートを持っている?
もはやトニトリウスとの戦闘など眼中にない。俺は顎に手をやり、思考に集中することにした。
異世界転移事故に伴って発現するチートは、異世界と基底現実の落差が元となったもの。
この仮説が正しいならば、異世界生まれの者にチートが発現するはずはない。
だが、異世界生まれのトニトリウスがチートを持っている。それが事実だ。
――事実と仮説が矛盾した場合、棄却すべきは仮説。
考え方を変えてみよう。一旦『チート=メタ世界的位置エネルギー仮説』を捨て、チートの発現理由を説明できる、包括的な仮説を捻り出そう。
とはいっても、拾うべきところは拾う。エネルギーさえあれば知的生命体はチートを発現できるという所までは使っていいはず。
トニトリウスはどこかからエネルギーを拾い、それを用いて電場異常を引き起こしていると考えよう。
そのエネルギー源は何だ?
「アキラ」
何がエネルギー源になりうる?
落差以外の何か。例えば、魂が生まれつき持っているエネルギーが原因だとしたらどうなる?
「ねえ、アキラ」
魂は存在する。少なくとも、基底現実の科学ではそういう事になっている。基底現実がある世界線束の中で起こる世界線移動現象は魂の転移で説明されているのだ。
なるほど、この線ならば落差で説明できるのか。
トニトリウスの異能は世界線移動によるものだと仮定すればいいのだ。それがあり得るかどうかは分からないが、世界線束の中を落下し続ければ、いずれ異能を発揮するだけのエネルギーを魂に内包できる――かもしれない。
そうだとするならば、トニトリウスはこの異世界束の出身であり、チートを持っている現地民なのだ。
だが、これはいささか仮説に執着しすぎている。
もっと包括的な考え方は無いものか?
例えば、メタ世界落差を抜きにして魂がエネルギーを得るための方法――
「アキラ!」
ハッとしてエスィルトの方を振り向く。俺は思考に熱中しすぎて、その場をぐるぐると回りながら考えていたらしかった。トニトリウスはと言えば、剣をしまって、呆れ顔で俺を眺めている。
「アキラ、トニトリウス様に襲い掛かったのはどうして?」
「……彼が先に攻撃してきたからです」
「今、嘘吐いたでしょ。分かるんだよ、そういうの」
「本当の理由は言えません。言ったらエスィルトも攻撃することになってしまう」
仕方なく、努めて感情を抑えてそう答える。それ以上聞くなという脅しだ。
彼女は慄いたように目を丸くして、しかし気勢も激しく俺を責め立て続けた。
「どうあれ、何か理由があってトニトリウス様を襲ったんだよね?」
「そうです」
「で、いま戦ってないってことは、その理由は勘違いだったってことだよね?」
「ええ……まあ、そうですね」
エスィルトが、ずいと顔を近づけて怒鳴る。
「だったら、まずはごめんなさいでしょうが!」
謝罪。たしかに、軍団基地に乗り込んでの大立ち回りは、俺を暗殺者だと誤認させるに足る事実だ。要らぬ誤解は解いておきたい。
だが、今はそんな事よりもトニトリウスのチートに関する思考に頭を回したい。そう思って顔を下に向けると、松明を投げ捨てたエスィルトが、力尽くでトニトリウスの方へと顔を向けさせた。
危ねえ、俺の首が特別製でなければ脊髄にダメージを負っていた所だ。
吹き出す音が聞こえた。トニトリウスの方からだ。
相好を崩したトニトリウスは、数度ばかり吹き出すのを耐えようとして失敗し、口を覆いながらニヤついた視線を俺たちに向けてくる。
なんだよ。そんなに面白いか?
仕方あるまい。内心でため息を吐いて、トニトリウスに頭を下げることにした。
「トニトリウス、申し訳ありませんでした」
「トニトリウス様でしょ、アキラ」
「申し訳ありませんでした。トニトリウス様」
頭を下げる俺と一緒に、エスィルトも深々と頭を下げる。
それを受けたトニトリウスは、もはや耐えきれんとばかりに腹を抱えて大笑いし、時折腹の痛みに顔をしかめながらも、笑い続けた。
俺たちは頭を下げたまま、彼の気が済むまで5分ばかり待つことになったのだった。
時が過ぎ、日の出直前。俺は気絶させた兵士たちを介抱して回る事になった。
当たり前だが、この地の兵士に人間はいない。兵員の多くを構成しているのはやはりオークとゴブリンだが、時たま、毛むくじゃらの人狼――エスィルトと同じ氏族が見受けられる。
なんでそんな事をしているのかと言えば、それがトニトリウスとの交渉の席に着く最初の条件だと言われたからだ。哨戒の兵は、居眠りをしたら処刑される軍律になっているという。
起き出してきた兵士たちに気絶している兵が見つかったら処刑騒ぎになる。北方蛮族を迎え撃つための要塞の中で大騒ぎが起こるなど、トニトリウスにとっても望む所ではない。
そういうわけなので、俺は今、エスィルトではなく陶器壺を抱えて走り回っている。トニトリウスにそうしろと言われたのだ。中に入っている葡萄酒は発酵が進んで酢になりかけており、気付けに良いだろうということらしかった。
口一杯に葡萄酒を含ませると、彼らは一様に「酸っぺえ!」と声を上げて目覚める。俺は、彼らに視認されないように次の被害者の元へと走るのだった。
そして、最後の気絶者、最初に当て身を入れた門衛に葡萄酒を飲ませる。彼はゴブリンだった。傷の多い顔だ。多くの戦いを経験してきた猛者なのだろう。セクストゥスを思い出して胸が痒くなるが、それはひとまず置いて、空になった陶器壺を草地に投げ捨てる。証拠隠滅だ。そのまま跳躍して城壁の上に上り、今度は屋根上を一足飛びでトニトリウスの宮殿の方へと駆け出した。
隠密行動を捨てれば、エボラクム城塞を突っ切るのに数分もかからない。
俺は兵舎の屋根から宮殿の中庭に向けて跳躍し、一時間前にトニトリウスと一戦交えた場所へと着地。
気絶させた守衛は既に起きてきている。彼らは、音を立てて着地した俺を、ざわめきながら遠巻きに眺めている。彼らに無造作に近付くと、小さく悲鳴を零した。しかし、トニトリウスには敵対するなと命じられているのだろう、剣を抜くことはなく、ただ俺を見つめて気丈に胸を張っている。軍隊の事はよく分からないが、よく訓練された兵だと思った。
「トニトリウス様に呼ばれています。案内していただけますか?」
彼は頷くと、果物運びの奴隷を連れてきた。コボルドである。その者が彼か彼女かは分からないが、無言で案内するコボルドに従って宮殿を進むと、その先にトニトリウスとエスィルトが居た。
トニトリウス個人の食堂である。膝上ほどの高さしかない長方形の卓上には、3人分のパンと果物、チーズが取り分けられていた。パンは焼きたてらしい。この寒気の中で、芳醇な香りと共に湯気を放っている。
長方形の卓を囲むように、3つの長椅子が置かれている。トニトリウスは短辺側の長椅子で寝そべっている。エスィルトは長椅子に座り、トニトリウスと会話をしているようだった。廊下から漏れ聞こえた内容からすると、身の上話と、ここに来るまでの経緯について話していたらしい。
朝の光が差す中で、金の毛を輝かせる2人のエルフ。美しい光景だと思った。
そう――何度見ても、やはりトニトリウスはエルフだった。雷光の照り返しだけならば見間違いかもしれないし、松明の明かりでも見間違いの可能性はあった。だが、陽の光の下で見てしまえば間違いない。
先ほど、何度もトニトリウスがエルフであることを念頭に考察した。だが、それを把握した上でもなお、それは信じがたい事だった。
「トニトリウス様、気絶させた兵士を起こして参りました」
部屋の中にはトニトリウスとエスィルト以外に誰も居ない。衛兵も見張りには立っていなかった。トニトリウスは手酌で葡萄酒を注ぎながら、横目で俺を見る。変わらず、涼やかで重い声が俺を出迎えた。
「ご苦労。朝食を始めよう。少なくともこの場では、お前たちを客人として扱うことに決めた。朝食ゆえ簡素だが、遠慮せず食べてくれたまえ」
「では、頂戴します。作法を知らぬ蛮族ですので、ご不快な思いをさせたら申し訳ありません」
「……ふむ。多少の無礼なら許すとも」
実際のところ、少し腹が減っていたのである。俺は開いている長椅子に座り、パンを一口サイズに千切って、チーズを乗せて口に入れる。俺はこの異世界で最も気に入っていたセクストゥスのピザ的な食べ方を、もう一度でいいから味わってみたいと思っていたのだ。トニトリウスは手酌で杯に葡萄酒を注ぎ、それを飲みながらも俺をじっと見つめている。というか、朝から酒だし飲酒のペースも早くないか?
まあ、良い。気にしないのが一番だ。なんたってチーズが美味しい。基底現実のラクレットチーズと然程変わらない豊潤さだ。程よい塩気、甘みのある乳酪のタンパク質。
これは――ジャガイモとソーセージが欲しいな。
とはいえ、ジャガイモはアメリカ大陸原産だ。マーレ帝国が古代ローマ帝国に似ていたことから鑑みるに、ジャガイモは原生していないと考えて良いだろう。
仮にジャガイモがあったならば、その寒冷地適正から考えて、ブリタンニアやダキア周辺の主食になっているはず。この食卓にジャガイモが無い以上、帝国の中にジャガイモは存在しないのである。
俺は、食の好みこそあれど拘りは無い。子供工場での食事は無国籍なもので、世界各地の様々な料理を食べていた。それが、この異世界での貧弱な食生活にも満足できた理由の一つだろう。
黙々とパンとチーズを消費し、皿から無花果を取る。甘いは甘いが物足りない甘さ。バナナの方が好きだ。そうして、取り分けられた分の食事を全て終える。
その終わり際を見計らったかのように、トニトリウスが口を開いた。
「アキラ、お前はマーレの者ではあるまい。かといって、エルフでもないな」
この男はもしかして、人の隙を突いて発言するのが趣味なのだろうか? 心臓が跳ねたが、それを隠すように、手酌で葡萄酒を注いで飲み干す。兵士たちに飲ませたものとは違って、こちらはちゃんと葡萄酒だった。流石は皇帝だ。いい食事をしている。
「どうしてそう思うのですか?」
「まず、見た目が私ともエスィルトとも違う顔付きであること。耳が短いこと。エルフでないと思ったのはそんな所だな。それに、食前にララリウムで祈らなかっただろう」
と言って、トニトリウスが背後を指さした。そこにあったのは、壁に埋め込まれた奇妙な物体だった。土台、2本の柱、そして石屋根で作られた神殿――のミニチュア。中には3つの浮かし彫りがあり、それらはいずれも人の形をしていた。
ゴブリンやオークではなく、ヒトの浮かし彫りがそこにあった。
ぞっとする。どうしてだ? どうしてこんな所にヒトを見つける?
「マーレの民は、食前にララリウムの前でデウス・ラールに祈るもの。そうしなかったから、お前はマーレの者ではないと思ったのさ。となると、お前がどこの何者なのか、気になる所だ」
デウス。また出てきた知らない言葉。
この状態でどう弁明すればいい? 何をすれば弁明したことになる?
知らない概念が多すぎる。対応が難しい。
思わずエスィルトを見る。俺の視線が助けを求めているかのようだったのか、少しだけ怪訝そうに、彼女もまた俺を見ていた。
「そういえば、デウスを知らないようだったわよね、アキラ」
「いえ――」
瞬間的に否定の言葉が出て、しかし続かない。
デウスとは何だ? 基底現実の子供工場で先生たちに教わった中に、そんな概念は存在しなかった。先生たちは基底現実の全てを教えると言った。その言葉に違わず、俺の頭の中には百科の知識が詰まっている。そんな俺が知らない概念ということは、異世界に存在して基底現実に存在しない概念ということだ。
そんなものがありうるのか? 特に、この異世界は基底現実に似ている。似すぎている程に似ている。
その異世界にあって、基底現実にない概念だと?
ああ、くそ……仕方がない。多くの教育を経て形成された、俺の中の知りたがりの側面が鎌首をもたげる。
「そうです。私はデウスというものを知りません」
トニトリウスが目を見開く。エスィルトが口を開ける。
なるほど、デウスという概念は、こんな反応が返ってくるほどに、知っていて当然の概念なのだ。
「神とは、我らの信仰する絶対者の総称だ。例えばユピテルは雷を降らせ、ウィクトリアは勝利を約束し、コンコルディアは平和をもたらす。ブリタンニアにはブリタンニアの、ペルシアンにはペルシアンの神がいる」
「私の故郷にも居たわ。神が居ない民なんてのは、聞いたこともない」
我が意を得たりと笑顔を作るトニトリウス。
「それよ。神持たぬ者、アキラよ。貴様が一体どこの何者なのか――この陽光の中で、ようやく気付いたのだ」
トニトリウスが俺を指さし、次にララリウムの浮かし彫りを指さす。
なるほど。この世界におけるデウスとは――
「私はアトナテスに留学していた時期があってな。そこで多くの神像を見たものだ。多くの氏族――小鬼、豚面人、人馬、単眼巨人を始めとした、数多の種族が入り混じったあの国で、私が見た神々の姿はな」
トニトリウスが、杯を飲み干して一息入れる。
「いずれも、お前の特徴無き顔と同じだったのだよ」
早朝の戦闘中、トニトリウスが固まったその理由が、ようやく分かった。
俺は彼の信仰する、神なるものと同じ姿だった。
それが蛮族の娘に諫められて頭を下げるだと? なるほど笑いもこみ上げるというものだ。
「神威を持つとはいえ、知恵が足りぬお前が神であるものか。ともあれ、神と同じ姿の、しかし神を持たぬ民。私はお前の故郷の話を知りたいのだよ」
内心で舌打ちする。
まずい。興味を持たれ過ぎた。
エスィルト相手ならまだ良い。だが、皇帝であるトニトリウスに基底現実の事を教えるのだけはダメだ。トニトリウスは皇帝だからだ。国家の舵取りをする者に、基底現実の――先進文明の存在を知らせれば方向を見誤らせる。
「言えません」
「ほう。何故言えぬのかは気になるが、それも言えぬということだな。お前の拙い考えでも、物事が悪い方向に転がると分かるような理由なのだろう」
歪んだ唇、細めた眦。表情から分かる。挑発だ。
だが、そう。全くその通り。俺は考えが足りず、どこにも思考が及ばない小坊主だ。
俺は彼の挑発を真正面から受け止め、頭を下げた。
「どのように仰せになろうと、私は決して故郷の事を話しません」
鼻息を一つ吐いて、トニトリウスは卓上のパンとチーズを平らげた。
「言っている意味は分かっているか? お前はお前の故郷の理屈に沿って私を攻撃した。その理由が言えんと言うのか? 動機が分からず、いつ襲いに来るか分からぬ者を子分に迎えろと? エスィルトの安全はどうする?」
その通りだ。これに関してはトニトリウスが正しい。
だが、俺は頑として拒んだ。
「理由は申し上げられませんが、私は二度と貴方を襲う事はありません。それに、エスィルトの安全は大丈夫のはず。私が再生している時、貴方がエスィルトにかけた言葉を覚えております」
『元より、名を聞いた時にお前は助けるつもりだったのだ。プラスタグスの子、エスィルトよ』
トニトリウスは確かにそう言っていた。俺が死体になり、彼とエスィルトが2人きりだと思った時に放った言葉である。ならば、それは彼の本心に他あるまい。
彼は大きく息を吐き、ついに折れた。
「先の大立ち回りで力の程は分かった。お前は確かに有用だ。私はお前を濫用するぞ」
「エスィルトを守っていただけるならば、如何様にでも」
そうして、俺とトニトリウスの契約は成った。
俺は、基底現実のサルベージが来るまでの間、彼の子分として使い走りをすることになったのだった。




