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いにしえの食べ物達

セファースと旅行をしてからひと月が経った。あのときセファースはわたしの事を「お母さんみたい」って言ったけど、正直言えば複雑な気分だね。そりゃセファースが見た目通りの年齢ならわたしの息子でもおかしくない年齢差なんだろうけども。

いやそれにしたって、そもそもわたし独身だし!いやまあ、わかってるんだよ。セファースが家族って存在に対して強い憧れと願望を持ってる事くらい。だから余計に複雑な気分なんだよ。


仕込みの手を止めて、カウンター越しに店の掃除をしているセファースを何となしに見れば、見違えるほど手際が良くなったなぁと思う。手早く整えられたテーブルの上には、整然と並んだ調味料とその後ろに立て掛けられたメニュー、テーブルの上に広げるオススメメニューが、全てキッチリ同じ位置におかれている。

細かい作業が得意とは聞いていたけれど、こういう事にも細かいなんて想定外だったわ。


「おっ?今日もピッチリしてるねぇ。流石ファー君だ!」


ガラガラと開店時間ピッタリに扉を入って来た常連のオッチャンが、入ると同時にセファースの事を褒めて、そして一番奥のテーブルを陣取る。このオッチャンは、サ行の滑舌が悪すぎて名前が呼べなかったので、ファー君と呼んでいる。


「いつも通りで良いですか?それともたまにはハイボールにしますか?」


「いつも通りだ!」


ガハハと笑うオッチャンとのやり取りも毎回の事。オッチャンは瓶ビールしか飲まないのに、何が楽しいのかセファースは毎回ハイボールを勧め、それからツマミもおでん盛り合わせしか頼まないのに、なぜか毎回、納豆ネギ巾着を勧める。そして断られて二人仲良くケラケラガハハと笑い声を響かせている。ホント一体何が楽しいんだか。


そんなオッチャンは自動車整備士で、次のお客さんが来るまでの間セファースは自動車についての話をアレコレと毎日聞いている。セファースはどう考えても免許が取れない筈で、学んでも扱えないものをなぜ学ぶのかと問えば、自動車は男のロマンだと、オッチャンと二人して言っていた。楽しそうで何よりだね。

次のお客さんが来るまで長くて一時間。それでも毎日続ければ、一月で三十時間。セファースの自動車ノートも遂に四冊目に入ったらしい。


セファースは日常生活も自立できそうなくらいのレベルになったと思う。料理も、掃除も、洗濯も出来るようになった。常識だと思うことを知らないのは相変わらずだけど、それでも生活をする中で、人との会話に違和感はなくなってきたかな。あとは、公共交通機関の使い方を教えておくくらいか。


「セファース、今度の休みにちょっと出掛けようか。アタシの趣味だけど付き合ってよ」


「どこか連れていってくれるんですか?!ありがとうございます」


日曜日の朝セファースとえちぜん鉄道福井駅の券売機に並んで、路線図を見つつ、五百円をセファースに渡した。


「通子さん、今日は電車で出掛けるんですか?えっと、五百円を渡されたって事は、下志比か、西春江?」


「永平寺に行こうと思ってね。永平寺口までの切符を買って」


「永平寺口ですね」


ニコニコと受け答えをしたセファースは何の迷いもなく、券売機で切符を買って、どこか得意気にわたしに笑顔を向けた。えっ?なに褒めて欲しいの?驚いて欲しいの?


「ここに来るときに、教えてもらったんですよ。岡山駅と新大阪駅で練習もしました」


「えっ?それは、切符を何回も買わなくても乗り換えれたと思うんだけど?」


「はい。そう聞きました。でも『これしか教えれないから』って言ってわざわざ買い直す様に切符を買いました。もしかして、通子さんも電車の乗り方を教えてくれようとしました?」


「わたしの趣味に付き合って欲しいだけだよ」


キョトンと丸めた目で真っ直ぐに見られて気まずい。沙穂、教えてたならそう手紙に書いておいてよ!

わたしはツイっと目を逸らして改札に足を向けた。


電車に乗ってからは、窓から見える色んな物に興味津々で、セファースはずっと特筆することのない景色を楽しそうに見ていた。セファースの呟きを聞きながら車窓を眺めてたら、わたしまで見慣れた景色を新鮮に感じた。

永平寺口駅で降りてバスに乗り換えてトータル約二時間揺られた。


「セファースお寺は初めてだよね」


「ここと似た雰囲気の場所、えっと、そう!出雲大社には行きました」


「あー、あそこは神社だね。似てるけど全く違うよ」


山門をくぐって、樹齢が数えられないくらいの木々の間を通っていく。繁った葉を抜けて届く木漏れ日が根っこの苔に反射して木陰でも明るく感じる。山梨で会ったあの画家さんがこの景色を見たらどんな絵になるのだろう?


「セファース、この参道もカラフルに見えるの?」


「ここですか?ここは、たぶん通子さんと同じように見えてます。上の方が明るい黄緑で、僕の目線辺りが緑色で、足元が濃い緑で……」


「樹海の木々は全然違う色に見えた?」


「そうですね。……ここは、その……人が整えた場所だからでしょうか?」


わたしにとっては、どちらも爽やかな空気が漂う木々に囲まれた場所なんだけど、セファースにとっては違うらしい。何度も首を傾けながら違いを説明しようとするセファースが悩んでいる間に通用門の前についた。

手水舎で清めて、門の中に入る。拝観料と、そうだなぁ、今日は時間もあるし写経もしていこう。

お坊さんの話を聞いて、有名な天井画を見学して、すれ違うお坊さんに会釈をしながら、板張りの回廊を歩いていく。ちょっとわたしにとってはキツい階段を昇って、写経をする広間に辿り着いた。


「通子さん、この世界にも魔法があるのですか?」


「何言ってるのさ?」


写経の見本を見たセファースが、今までで一番訳の分からない事を言い出した。いやうっかり忘れるけど、そう言えば異世界の偉大な魔法使いさんだったんだっけ?


「これは魔法の呪文ではないのですか?ボクの知る物とは違いますが、何か特別な呪文なのでしょう?」


写経堂に誰も居なくて良かった。真剣な顔で魔法の話を始める赤い髪の若者なんて厨二病の不審者にしか見えない。一緒に居るアタシまで変な人に思われちゃう。


「アタシも詳しくは分からないけど、心を鎮めて物事を見つめ世の真理を知る修行だよ。まあでも今は、一般的にお釈迦様に頼み事をする為の定型文みたいに使われてるけどね」


セファースはいつの間にかキレイな正座が出きるようになってたし、筆の持ち方も何故か上手で、強弱の付いた線で日本人のアタシより達筆だった。最後のお願い事の所には、不思議な文字が書いてある。


「セファースのお願いは何て書いてあるの?」


「あるべき姿、あるべき場所、ですね。これはボクの国の文字なんですけど、この国の文字で書かなきゃだめでしたか?」


写経の最後を母国語で書く人は初めて見た。そもそもお経が漢文で願い事を日本語で書いているんだから、特に言語は問題ないのかな?どこかで機会が有ったら聞いてみたい。

写経を終えて足のシビレが治まってから、また板張りの回廊を歩きながら順路通りに見学をしていく。山門からお堂を見上げると、整えられた庭がすごくきれいで、思わずため息が出るほどだった。


お参りを済ませた後はバス停近くのお蕎麦屋さんで早めの昼食を取る事にした。

おそばと炊き込みご飯、煮物とごま豆腐が並んでる。少し多いかなと一瞬思ったけれど、ぐるりとゆっくり一周お寺を見て写経までしたんだし、これくらいは食べてたってきっと大丈夫。写経の力でカロリーゼロでしょう!


一口おそばをすする。辛味大根がツンと刺激した後からそばの香りが通って、一段と風味豊かに感じる。辛味刺激を和らげるカツオ粉も後からふわりと香ってやっぱりおいしい。お蕎麦をセファースも啜り始めた所で、次の予定の事を思い出した。


「お昼からはセファースの用事に付き合う番だね」


「ボクの用事?ですか?」


モグモグと品よくお蕎麦を食べていたセファースが首を傾ける。いつも思うけど、このやたらあざとい仕草は一体誰に習ったんだか。

セファースの反応を見つつゴマ豆腐をはしで切ってお味噌を乗せて口に運べば、甘味と旨味が口の中に広がっていく。もっちりとした独特な食感がゴマの香りを口の中に広げていく。はぁごま豆腐はやっぱり落ち着く味だね。


「地球の歴史とか、土の中の物に興味があるんでしょ?」


香ばしさと微かな甘味が広がった口は塩気を求め始めた。煮物のにんじんに手を伸ばすと、ほどよく塩気を持った薄目の出汁がじゅわっと広がった。やっぱり和食と言えば出汁よね。うん美味しくて幸せになるね。

パチパチと瞬きをした後にセファースがニッコリと笑った。わたしも似たような表情をしているんだろうけど、理由は違うんだろうね。


またバスと電車を乗り継いで、恐竜博物館に向かった。予約をしておいた野外博物館への出発時刻には何とかギリギリ間に合って良かった。

無茶な日程を組んだせいで、本館の展示をあまり見ないままに、野外博物館に向かう事になってしまったから、移動のバスの中の説明が十分に理解できなくて、わたしもセファースもポカンとしてしまった。だって、そんなに狭い範囲から何種類もの新種の恐竜の化石が出ているとは思いもしないじゃないか。


野外博物館、つまり本物の発掘現場に着いてバスを降りた所で、セファースがハッとしたように目を見開いた。初夏の鋭い日差しと木々の木陰に冷やされた爽やかな風が気持ちよくて、という雰囲気ではなさそうだね。


「通子さん、恐竜っていうのは昔に絶滅してしまった動物?」


「本で読んでた?」


「沙穂と歌を聞きました。緑や黒だと思ってるけど、ピンクや黄色の奴も居たんじゃないかって」


小さい声で話しかけられた内容に思わず笑った。そう言えばそんな歌もあるけど、沙穂は確かにその歌をよくカラオケで歌っていたけども、まさか化石発掘現場でその歌を思い出すとは予想もしなかった。そんなに何回も聞かせたのかと思ったけど、聞いたのは一回きりで印象的だったから覚えてたのだという。まぁ確かに印象的な歌だよね。


案内役の人の誘導に従って、傾斜の強い遊歩道を下って行って、川を挟んだ場所から発掘現場を見学する。発掘の歴史や、どうしてここに沢山の化石が眠っているのかなんて説明を聞くと、今まで思っていた恐竜のイメージがかなり変わった。


それから実際にここから見つかった化石が展示されているという小さな建物に入った。説明を聞いたあと自由見学と言われて、展示されている化石を見始めたセファースが壁際でピタリと足を止めた。


「これ苦いんだよなぁ」


「は?」


「……ボクの故郷のハーブ、この化石の葉っぱとそっくりな形をしてるんですよ」


展示されているシダ植物と思しき化石を見ながら、セファースが懐かしそうに目を細めた。


「ほら、タイム?に似ているでしょう?間違えてこれを肉にもみ込んだら、飛んでもなく青臭くて、肉の臭みどうこうじゃない味になっちゃうんですよ。そう言えば、弟が口聞いてくれなくなったのはあの時からだったかも」


楽しそうに、まるで化石の葉っぱが故郷のハーブそのものと言った雰囲気で、思出話をするセファースの事を、近くに居た人が微笑ましげに見ている。視線を集めている事に気付いてないのは本人だけか。


装備を受け取って、発掘体験のテントの下に入るとセファースはまたハッとした顔をして、それからテントの端っこにしゃがみこんだ。拳くらいの大きさの石をじっと見つめている。


「気になるの?割ってみたら?」


カツカツっと数度叩いて割れた断面には明らかに異質な部分が含まれていた。それは二枚貝の殻だろうとの事。

セファースは次々に化石を見つけてはどんどん表情が曇っていく。他の人は見つけて喜んでいるのに。


「嬉しくないの?」


普段より更に目尻を下げたセファースは何だか本当に困ったような表情で、でも何も言わなかった。地中に埋まっている物なら何でも喜ぶ訳じゃないらしい。


記念にここの石を一つ持って帰って良いと言われて、セファースは最初に見つけた二枚貝の化石を大事そうに軍手にくるんでいた。


恐竜博物館の本館に戻って、展示物の見学をしていく。入り口からエスカレーターを下って、化石のレプリカを通り越して、始めに目に入った土色っぽい恐竜の模型にセファースは物凄く驚いた顔を見せる。


「通子さん、恐竜達は何故絶滅したんですか?」


「えっ?……わたしも詳しくはないけど、氷河期?地球の気候変動でどこもかしこも凍りついたからって一般的に言われてるよね?詳しくはここの展示を見て勉強した方が良いと思うけど」


大きな草食恐竜が小さな肉食恐竜に襲われる映像に感心したり、骨格標本から足が早かったと言われる恐竜の進化を学んだりしながら進んでいく。ほうほう、聴覚や嗅覚が進化して知能の高い種類も居たのか。


「確かにこいつらは厄介だったなぁ」


「セファース?」


さっきと同じ困った顔のセファースは、想像の話だと思って聞いて下さいね、と前置きをして恐竜の生体を話始めた。

毛のある種類の恐竜は実はすごく派手な色だったとか、雑食で知能の高い恐竜は、からだが大きくて動きの遅い草食恐竜を囮に使って肉食恐竜から逃げていたとか、まるで見たかの様に話す。


「それでね、通子さん。恐竜を滅ぼしたのは多分ボクの父様なんだ」


耳元で最後に囁かれた嘘みたいな言葉は冗談ではなさそうだ。



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