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おふくろは美味しい物を食べて欲しい

男性二人組の化学反応と評されるハーモニーを二時間たっぷり堪能して、それでも待たせている人が居るから急ぎ気味にホールを出たら、待っていたのは人間ではなくて五羽のカラスだった。夕方と言える時間だけどまだまだ空は青くて、太陽がジリジリと暑い。都会って風が吹かないものだね……なんて一瞬現実逃避をしてしまった。

もう一度辺りを見回すけど、居るはずだった青年の姿はどこにも見えない。えっ?あんなに仲良くなったのに、挨拶もなしに帰っちゃったの?カラスに代理の挨拶をさせるなんて!と思ったら、カラス達がわたしの周りをグルグルと飛びはじめた。


「わたしは、アンタ達の飼い主じゃないから言いたいこと分からないんだよ」


まるでわたしの言葉を理解しているかの様に目の前で輪になって、何やら首を縦に振ったり、横に振ったりし始めるカラス達。沙穂の適当過ぎる地図でうちまでセファースを案内してきたというし、相当賢いのは分かるけども……


「アンタ達なんで飼い主についていかなかったんだい?」


返事なんて返ってくるとも思わずに問いかけたら、五羽揃ってわたしを見上げてきて、それからよく分からないカラス芝居が始まった。残念ながらわたしには全く理解できないけれど。


「ゴメン。よく分からないんだけど、アンタ達がセファースの居場所を知ってるなら、そこに案内してくれるかい?」


カラス達が一斉に首を縦に振って、歩き出した。飛ばずに歩いて案内してくれるらしい。一列に並んでトコトコと歩くカラスの姿にすれ違う人たちが2度見をしている。それから後ろを歩くわたしを見てギョッとしている。いやこいつらの飼い主じゃないんだけど。警察呼ばれたらどうしよう。

横断歩道をいくつか渡って、一度も曲がる事なくたどり着いたのは、今日宿泊予定のホテルの前だった。え?先にホテルに戻ってるだけ?


「通子さん!!」


聞き慣れたすりガラスの様な声で、後ろから勢いよく呼ばれて振り返ったら、ふわふわと赤毛を靡かせた背の高い青年が駆け寄ってきた。わたしの心配なんて微塵も感じてない笑顔に思わず、私の目線が鋭くなって、足元でバサバサっと風が起きた。


「勝手に居なくなったら心配するじゃないか!」


一瞬キョトンとした顔をした後目尻に盛大に皺を作って嬉しそうに笑った青年は、本当にこっちの気もなど考えてもいない様だ。30㎝くらいの身長差を見上げている状況では、こっちの腹立たしさとか、心配とかは伝わり難いのだろうけども。


「ボクの事心配してくれるんですね!ありがとうございます。……心配されるって、不思議な気持ちですね」


いや、気持ちはちゃんと伝わってるらしい。それで嬉しそうな顔をしたのは、いつもセファースが言ってる、善良な気持ちに触れると幸せになるって所か。わたしの方が相手の気持ちを分かってなかったんだね。


「それで、なんで勝手にいなくなったのさ?」

「え?カラス達が伝言してくれるみたいな素振りで、行けって言ったので」


そのカラス達はさっきどこかに飛んでいってしまった。おおかた上手く伝言できなかったから気まずくなったってところかな。まぁ、セファースに危険な行動をけしかけた罰は必要だし、しばらく店の残り物はオアズケにしようかね。


「そうだ!通子さん。これお土産です。お酒が効いてて、甘いものが苦手な通子さんにも美味しく食べられると思うんです。美味しい物は元気のもとでしょう?」


差し出されたのは、濃い茶色のしっとりしたパウンドケーキだった。受けとると掌にずっしりと重みを感じる。


「ありがとう。美味しそうなパウンドケーキだけど、これはどこのお菓子屋さんで買ったの?」


「お菓子屋さんじゃないんです。あそこは何て言うんだろう?音楽を聞いて料理を楽しむ所に連れていってもらったんです」


待って、色々気になる事だらけなんだけど。相変わらずニコニコと笑ってるセファースと一旦ホテルの中に入る。静かなホテルのロビーはふんわりとアロマが香っていて、心を落ち着けてくれる。暖色系の落ち着いた照明も相まって結構冷静になれた。


「もしかしてもう夕飯は済んでいるの?」


「いえ、夕飯は通子さんと一緒に食べる約束だったじゃないですか。ボク楽しみだったんですよ、通子さんのオススメのお店」


普段通りのトーンでこの後の予定を確認して、一旦各々の部屋に戻った。少し休憩して、日が落ちた頃にロビーで待ち合わせて行く約束をする。

行く先は庶民派の店に目星をつけてある。今までもこの辺りに来たときにはよく行ってた。だけど、セファースと一緒に行くってのはそれだけで何倍も楽しみな気分になる。





「いつも和食ばっかりだし、たまにはこういう料理も良でしょ?」


連れてきたのは、庶民派のイタリアンのお店。いやイタリアンって言ってるけど微妙に日本的だったりする。お陰でわたしにも食べやすい味なんだよね。

お店の内装は普通の居酒屋っぽくて、セファースはキョロキョロしてるけどわたしは落ち着く。メニューを渡すとセファースはニッコリ得意気に笑った。


「オススメでお願いします」


それ、常連のおっちゃんが注文に悩んだときに言ってるやつよね。はぁ、こっちの世界に馴染むどころかそんな事まで学んでたんだね。


わたしのビールとセファースのハイボール、それからいくつかの料理を注文してから、言わなきゃいけない事をまずは話していこう。


「ねぇ、知らない人に着いて行ったら危ない事もあるから、今日みたいな事は二度とナシにしてよ」


「そうなんですか?沙穂も前桐さんも親切でしたよ」


「いや、そうじゃなくて。世の中親切な人ばかりじゃないし、それにあんた身分証のない不審者だからさ、何か有っても助けてあげられないんだよ」


セファースは言うなれば、身元不明の不法滞在者だし、事件に巻き込まれた時には被害者だとしても不審者扱いを受けると思う。

そういう説明をしつつ、今日の話を聞いていく。まずセファースを誘拐したのは、眼鏡の小柄な男。この国の人だけど地元の人じゃなくて、えっ?片言の方がモテるって?一体なんて事を教えてくれたのさ。

セファースはサンマリノかバチカンから来た若者だと思われたと?ヨーロッパ人だからサッカー好きと思い込まれて話を進められた?どんだけ思い込みの激しい男なんだよ。


話をしてるうちにいくつか頼んだ料理がテーブルに並び始めた。セファースはバジルソースの冷やしトマトとかバジルがかかってるつくねを嬉しそうに食べて、それらの追加の注文をした。

シロコロアラビアータを食べた時に少し寂しそうな表情をしたのは何だろう?


わたしは、アンチョビきゅうりをポリポリとかじりながら、昼間に聴いた音楽にいかに感動したかを饒舌に語るセファースを観察する。口の中はアンチョビの塩気と苦味が効いた味と、ちゃんと歯応えのあるキュウリの食感で満たされてるけれど、この妙な気持ちは何だろう?


エビのアヒージョを係の人が持ってきて、机に置いた瞬間セファースの口許がふっと緩んだ。家に居る間にアヒージョなんて食べさせた事なかったんだけど。

器用に箸でエビを持ち上げて嬉しそうに口に入れた次の瞬間に、一気に眉が下がってションボリとした表情になった。


「似てても違う味の料理があるんですね」


「ん?どこかでアヒージョを食べたの?」


アヒージョから持ち上げたエビにつくねの上のバジルソースを絡めて口に入れたセファースが嬉しそうにこの味と笑う。

それから昼間に行ってたライブレストランで食べた料理が、子供の頃の好物に似てたと話し出した。


故郷や家族の話を聞くのは初めてで、お母さんの得意料理の事を聞いたら、何となく私にも作れそうな気がした。今度マカナイで作るかな。

ついでに、さっきシロコロアラビアータを食べた時に寂しそうな顔をしてた事も指摘したら、シロコロアラビアータの味は父の好物に味が似てたのだと教えてくれた。

弟は焼いただけの固い肉が好きで料理のし甲斐がないとセファースのお母さんが嘆いてたという話には大きく納得した。料理ってのは、手間を味わってくれる人に出す方が楽しいよな。


三杯目のハイボールを片手に家族の話を楽しげに饒舌に話すセファースにやっぱり確認しなきゃ。


「ねぇ、やっぱり早く帰りたい?」


ツクネにかぶりついたセファースが、少しだけ悩む素振りをした。それは言葉を探したのか、本心を隠したのかどっちなのだろう。


「こちらの世界で学ぶ事がありますから、まだ帰れません。それにこの国はとても居心地が良いので、そんなに急いで帰らなくても良い気がしてきています」


それでも、どことなく寂しそうな表情のセファースに学びたい事を尋ねてみたら、わたしには理解できないけど、手伝える事は有りそうな話だった。いや、沙穂が最初の手紙にそれを書いてくれてれば、もっと前から力になってあげられた気がする。


「ねぇ、明日少し寄り道して良い?パワースポットに行こう!」


「ボクは嬉しいですけど、お店は大丈夫なんですか?」


「三日休むって張り紙してきてあるよ」

次回は18日の夕方更新予定です。

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