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本物のおふくろの味はジェノベーゼ

今話はセファース君視点です。

言葉数少なめのセファース君、実はめっちゃ色々考えてます。

チンジャムはどうやってあの魔方陣を思い付いたのかなぁ。ボクの真似してばかりだと思ってたけど、いつの間に追い越されていたのか。成長してくれてボクは嬉しかったんだけど、随分驚いていたなあ。


ほんの二週間前の事を思い出しながら植え込みの縁に座って空を見上げたら、こっちの世界に来た時と同じように綺麗な水色の晴れ空だ。太陽が地面を強く照らして空気を温めているけれど、弱い風が吹いてるおかげで暑くなくて、座っているだけで気持ち良い。


目の前に整列したカラスと通子さんが居る大きな建物を見比べながら、頭のなかを整理してみる。

カラス達の向こう側の大きな道路を途切れることなく自動車が走っていく。この二週間図書館で辞書や図鑑を見続けてきたから、目の前を通って行く車が、乗用車、バス、トラック、タクシーなど形によって呼び方が違うことは理解した。だけどまだ、どうやって動いているのかは勉強できていない。通子さんはここまでボクをサイドカー付きのバイクで連れてきてくれた。バイクも石油で動いてるって言ってたっけ。


それにしてもチンジャムは元気にしてるかなぁ。あの魔方陣どうやって思い付いたんだろう。あんな魔方陣が思い付くなら、こちらの自動車のような物、いやそれよりもっと便利な物が作れそうだよなあ。

ふと故郷の事に思考を飛ばすとカラス達が代わる代わるに足を突っついてきて、今はこの世界の事を考えろとでも言ってるみたい。ボクには使い魔なんて居なかった筈だし、そもそも今は魔法使いでもないんだけど。



魔術がなくても便利な道具が沢山ある世界。平和で穏やかなのはこの国の特徴で、他の国は戦争をしてる事も知った。けれどこの国の様子が精霊達が求めた景色に近いことは間違いないし、この国の事を知る事にボクが転移した意味があるんだろうな、きっと。

そう言えば最近通子さん元気無かったけど何か困ってるのかな。困った人は助けなきゃって沙穂が言ってたの、ボクも実践したいけれどボクは魔法が使えなきゃ何もできないんだよなあ。新しい飾り切りでも考えたら喜んでくれるかな。


「あの、もしかして暇だったりします?音楽とか興味ないですか?」


思考に耽っていると不意に正面から人の声が聞こえて驚いた。足元を見るとカラス達が首を傾けてこっちを見ている。これは呆れてるのかな?って事は気付いてなかったのはボクだけか。丁寧な言葉なのに軽く聞こえる独特な口調の乾いた声の聞こえる方に顔を上げた。

見上げたところに居たのは、少し小柄な眼鏡をかけた男の人だった。


「カラスに餌あげてると警察呼ばれますよ。とりあえず、僕と一緒に行きましょう。あっ、お酒飲めます?まぁ音楽に興味無かったとしても、料理は美味しいしお酒も有るんで。て、いうかお兄さんどこの国の人?あっ、日本語分かります?」


グイグイっと寄ってきて早口で話しかけられる。ニコニコと笑っている様に見えるけれど、じっとボクを観察する目はしっかりと開かれたままだ。返事をする隙も無かったのにボクが返事をしないのは言葉が分からないせいだと思われたらしい。


「言葉は分かりますよ。音楽の事は分からないですけれど美味しいごはんは気になりますね」


「めっちゃ日本語上手ですね。でも片言でちょっと分からない振りしてるくらいの方がモテるんですよ。まぁいいや、とりあえず行きましょう。あ、僕、前桐っていいます。なんて呼んだらいいです?どこから来たんです?」


サッと握手の形に出された手を思わず握ったら、そのまま引っ張られた。まだ気になるとしか言ってないのにもう行く事になっているらしい。ちらっと足元を見たら、五羽揃って頷いた。行った方が良いのか。


「セファース。ボクの国は遠くて小さいから知らないと思いますよ。そうですねずっとずっと遠くです。前桐さんはこの辺の方ですか?」


会話をしながら前桐さんの隣を少し早足で歩く。信号待ちで立ち止まった目の前をバスが通って行くと、地面が揺れる。ビックリしたのはボクだけみたいで、前桐さんは顔色一つ変えずに会話を続けている。あれ?通子さんの家の近くは、バスが通ったくらいじゃ地面が揺れたりなんてしなかったけど。


「僕?この辺の出身ではないけど、日本人ではありますよ。見たらわかるか。セファースさんは見た感じヨーロッパの人っぽいけど、ヨーロッパの小さい国って言ったらどこですっけ?でもヨーロッパならサッカー好きですよね?もう友達ですね」


「サッカー?」


「あっ、フットボールって言うのかな。昨日なら一緒にサッカー見たんだけど、今日は音楽とお酒で我慢してくださいね」


駅とくっついてるビルの地下に向かう階段を降りていくと、随分と懐かしい雰囲気の扉が有った。扉の横の小さな明かりが、ボクがあの世界に残してきた魔法灯と似ているのも一層懐かしい気分になる。

前桐さんが扉を開けると心地よい音と、美味しそうな匂いがボク達を出迎えてくれた。カウンターが有って、いくつかのテーブルが並んでいて、壁際の棚の装飾がどことなくボクの世界の物に近くて、よりいっそう帰ってきた様な錯覚に襲われる。その奥の舞台の上に楽器がいくつか並んでいるけれど誰も演奏してないのに柔らかな音楽が流れていて不思議。


「気に入った?ええ雰囲気のところでしょう?取り合えずビールで良いです?僕が注文してくるんで、待っててください。これ料理のメニューね」


キョロキョロとしていたら、今度はちゃんと目の形を変えて笑った前桐さんから話しかけられた。ボクの返事も聞かずにバーカウンターへと歩いて行ってしまう。ボクはビールよりウィスキーが好きなんだけど。まぁウィスキーは二杯目で良いか。


前桐さんに渡されたメニューを見るけど、ボクの知ってる名前の料理は、ハンバーグとカレーしかない。けれどこの後通子さんと夕食に行く約束もあるし、軽いものをつまむくらいが良いんだよなぁ。さてどうしよう。ココは通子さんの店の常連さんの必殺技の使いどころかな?


「決まりました?」


「オススメをお願いします」


ボクの前にビールグラスを一つ置いて、勝手にカンッとグラスをぶつけてからビールを飲み始めた前桐さんが、メニューをちらっと見て、いくつかの料理を注文してくれた。然程待たずに運ばれて来た料理は三つで、どれも簡単につまめそうなものだった。


「美味しそうな良い匂いです」


「そろそろライブ始まりますから、ポテト以外は先に食べておいた方が良いですよ」


コロリとまんまるの茶色いボールが転がっている平皿と、海老と何かがツヤツヤと乗っている深皿。どちらも油っぽい香りが立っていて食欲をそそられる。深皿の方はバターと香草かな、母様がよく作ってくれたボクの好物と似た香りがする。


深皿の食材にフォークを立てたら外側に一瞬抵抗があったけど、なかは柔らかくて簡単に刺さった。口許まで持ち上げると香草の香りをより一層強く感じる。懐かしい香り。

ふーっふーと息を吹き掛けて冷まして口に入れれば、ボクの口の中はもう故郷に帰ったも同然だった。これはジャガイモだったか。まるっきり母様の料理と一緒じゃないか。ゆっくりと、香草の香りで調和された芋の甘味とバターの塩味を味わえば、ボクが精霊の話をする度に困ったように笑っていた母様の顔が思い浮かんだ。


「そんなに気に入りました?これ美味しいですよね?海老も食べた方が良いですよ。プリプリで味の濃い海老を使ってるんで香草の香りに負けてないんですよ」


無言で食べていたボクを驚いた様に見つめながら、前桐さんは海老をパクリと食べた。うわぁ熱そうだなぁ。薦めに乗って海老にフォークを立てれば、確かに美味しそうな弾力を手で感じた。一瞬悩んだけれど、しっかり息を吹き掛けてから口に入れると、殻が外れているのにエビ特有の香ばしさとバターの芳醇な香りが絡み合いながらが鼻に抜けていく。一噛みすれば甘味と旨味が口いっぱいに広がった。


「本当に美味しい」


「でしょう?これ本当に美味しいんですよ。っていうか、めちゃめちゃ猫舌ですね。こっちを食べる時は一回割ってから食べた方が良いですよ」


前桐さんが指した平皿の上に転がる茶色い料理。丁度ひとくちサイズのそれにフォークを刺すと、プスっと小さく湯気が立った。

前桐さんの助言に従った方が良さそう。少し傾けてナイフで2つに割って、口元に持ってくる。フーフーと4~5回息を吹いて、立つ湯気が熱くなくなったのを確認して口に入れるとまた、懐かしい香草の香りを感じた。食感と見た目はお米なんだけど?


「アランチーニ。まぁライスコロッケだね。そっちのはジェノバかな。セファースさんってバジルの香りが好き?って事はイタリアの近くの出身?まさか、バチカン?!」


なんだかよく分からない事を前桐さんが言い出したと同時に照明が少し暗くなって、ステージの上に人影が現れた。重たい音と固くて軽い音が響く中に、少しずつ柔らかで頑丈な音が重なっていく。ステージの上の人影が増える毎に色々な音が重なっていって、パッとステージの照明がついたら5人の男性がそれぞれに違う楽器を演奏していた。


周囲の人がするように拍手をしながら様子を窺えば誰もが幸せそうな表情でステージを見つめていて、まるで魅了の魔術にかけられている様だった。


空気を漂う音を拾いながら、ステージの上を見れば、最初に聞こえた重たい音と固くて軽い音は一つの大きな楽器で演奏されているようだ。演奏している人もニコニコとしあわせそうで、その様子と音はボクに魔術を教えてくれたあの精霊との出会いを思い出させられた。

目を閉じて耳を澄ませば、木の幹を踏み実を叩いて葉を揺らし、魔術の呪文を唱えるリスの様な姿の精霊達が起こした温かな風魔法を感じられる気がした。


「ドラムの経験があるんですか?」


一曲目が終わったときに、これまでとは別人の様な小さな声で前桐さんに話しかけられて驚いた。前桐さんて小さい声でも話せたんだ。ドラムってのはどの楽器のことだろう?なんでボクに楽器経験があるなんて思ったんだろう?疑問が沸きすぎて、何から聞いたら良いのか分からない。こういう時は沙穂の真似をしたら良いのかな?軽く右に首を傾けて目を合わせると前桐さんはボクの手を指差した。


「ずっと手が動いてましたよ。しかもちゃんとドラムとリズムが合ってたし」


「いえ、全く楽器の経験はないです。古い友人が色々な物を叩いて遊んでいたのに付き合ってたから、つい手が動いちゃうんですよ」


ポン、チャラララチャチャン。軽くて柔らかい音が次の曲の始まりの音だった。


あっ、沙穂と車の中で聞いた曲だ。今なら歌詞の意味が分かる。この世界に来たときに地面から不思議な力を感じたからついつい地面ばかりを見てたけれど、たまには空を見上げても良いかも。ボクは昼間の明るい水色の空がすきだけれど、この歌のようにたまには夜空を見上げても良いかもしれない。


様々な音が絡み合う音楽は複雑な魔術の呪文にも似ている気がする。もしかして精霊達が魔術を使うときに、色々な音を鳴らしていた事にはなにか意味があったのかな?魔術がない世界に来て、ボクは魔術の新たな側面に気付いた。


「前桐さん、誘ってくれてありがとうございます」


「楽しんで貰えたみたいで良かったです」


約二時間、温かな風魔法の様な音楽を聞いて、ボクの心は満たされていた。呑気にテイクアウトのパウンドケーキを買って、通子さんを喜ばそうと思っていたボクは知らない。カラス達がどれ程頑張ってくれていたのかを



地名が上手く本編に入れられませんでしたが、今話は町田を舞台にしてました。


次話は11日更新予定


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