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おふくろの味に出会う

一話の長さが一定にならず、今回は短めです

「すみません、こちらにキタヤマミチコさんは居られますか?」


「北山通子は、わたしだけどどちら様?」


「ボクはセファースです。えっと……」


背中のやたらと大きなリュックを下ろして、リュック外側のポケットから水色の封筒を出して差し出してきた。二昔前のギャルが書いたような丸文字の宛名を見て、差出人は分かったけど、確認の為に裏返せば、三島沙穂とまた丸い文字が転がってる。郵便配達には怪しすぎる赤毛の青年は、困った様な表情……いや違う。元々垂れ目で困った表情に見えやすいだけの真剣な表情でじっと私の手元を見てる。


「はぁ、手紙読むからそこに座って少し待ってて」


自分用に用意しかけてた急須に少し多めのお湯を注いで、湯呑み二つにお茶を淹れて、一つを青年の前に置いた。


「ありがとうございます」


一瞬だけキョトンとしてから、ニッコリ笑う表情がなかなかに可愛らしい。肩より少し長い赤毛は減点ポイントだけど。

袖口で手を覆ってからそっと湯呑みを持つ格好が、食事中のハムスターっぽい。沙穂が好きそうな雰囲気だわ。フーフーとお茶を冷ます様子を横目で見ながら、手紙を開いた。


『荒唐無稽で信じられない話なんだけど』と前置きをされて始まった手紙は、本当に荒唐無稽で信じられない話が書いて有った。異世界の魔法使いが、事故でやってきたみたいだから、とりあえずこちらで暮らせるように世話をしてやって欲しいってどういう事?!そりゃ人手が欲しいっていつも言ってたけど!


「あんた、ここで本当に働くの?」


「ありがとうございます!」


「いや、まだ良いって言ってないし!で、料理は出来るの?」


垂れた目尻を一層下げて笑う顔は心底困っているっぽい。あぁ、料理も出来ないから暮らすこともままならないのか。沙穂の家事能力を思い浮かべて、わたしの所に送り込んで来た理由に納得した。


「仕方ない。いいよしばらくうちで暮して。で、貴方何か得意な事はあるの?」


「細かい作業は割と得意、だと思います」


返事と同時に青年のお腹の音が聞こえた。ちょっと恥ずかしそうにお腹を擦ってる様子からして間違いなく空腹なんだろう。時計を見れば二時近くになっている。


「お昼ご飯まだなの?」


「はい」


「ご飯作ってあげるからちょっと待ってな。話はそれからにしよう」


厨房に入って冷蔵庫を確認すると、買い出し前なのにそれなりの材料はあった。まぁ一応福井名物でも食べさせておこうかな。ご飯は冷凍してあるのを温めれば良いか。


「そういえば、ここまでどうやって来たの」


「駅から歩いてきました」


準備をし始めた手が思わず止まった。何を言ってるのだろう?最寄り駅から歩いて30分以上はかかると思うんだけど?豚肉を持ったまま顔をあげると、キョトンとした表情でこちらを向く青年と目が合った。あぁ!と何かに気付いたらしい青年はポケットから紙切れを一枚引っ張り出して、こちらに向けて広げた。


「は?なにこれ?」


「沙穂が道順を教えてくれたんです」


青年が広げた紙にはポイントだけを抑えた簡易な地図が描かれている。この辺りを知ってる私でもこの地図で駅からここに辿り着くのは難しい気がするんだけど。もう一回青年の顔に視線を向けたらまた目尻を下げて笑った。


「よくその地図で辿り着けたね。それにだいぶ歩いたんじゃない?」


視線を手元に戻して、薄く切った豚肉を包丁の腹でトントンと叩いていく。まぁこの薄さだし、そこまで念入りにしなくても良いかな。打ち粉をして、さっと卵をくぐらせたら、パン粉をそっとつけてと。


「道案内してくれたんです」


「へぇ、親切な人がいたんだね?うちの常連さんかな?」


油の中に気泡を立てながら沈んでいくのを見送ったら、ご飯をレンジに放り込んで。作業を続けつつ、うちの場所を知ってて道案内してくれそうな人の顔を思い浮かべる。いや案内したなら一緒に店に入ってきてくれたらよかったのに。


「あ、えっと、その、人じゃないんです」


「は?」


ジュワジュワ、パチパチという音と共に揚げ物らしい空腹を誘う匂いが漂いはじめた鍋から思わず視線を上げると、また目尻を下げて笑う。


「後で紹介します。沙穂はボクの使い魔だっていってたんですけど」


ん?使い魔?そう言えば手紙に魔法使いって書いてあったっけ?鍋の中で浮き上がってきたまだ色が薄いカツを裏返しつつ、冷静に考える。そういえば、住み込みで雇ってって書いてあったけど、いくらわたしがババアだからって、女性の独り暮らしの家に男性を住ませるのか?


「あの子は一体なに考えてるんだろうね」


「不思議な人ですよね」


思わず溢れたわたしの独り言に返事をした青年は、目尻にキュッとシワを寄せて笑った。二日しか一緒に過ごしていないって手紙には書いてあったんだけど、随分仲良くなったみたいだねぇ。


「あんた、沙穂と同じくらい食べるの?」


小さく首をかしげて視線を空中にさ迷わせてから頷いたのを確認して、丼にごはんを盛った。自分の為に作るときはお茶碗で作るけど、それじゃ足りないでしょう。カツを秘伝ソースにくぐらせてからご飯の上に積み上げていく。カツ3枚で足りるかしら?足りなかったら作りおきのおかずを出してあげれば良いか。


「はい。ソースカツ丼だよ」


よく見たら瞳の色は淡いし、高く鼻筋の通ったはヨーロッパ系の顔立ちをしているし、異世界から来たという沙穂の話からするとお箸は使えないかと思ったけれど、よっぽどそこらの日本人より綺麗に箸を構えてカツを持ち上げた。ただ、カツを持ち上げて口の前に運んだ所でピタリと止まった。


「あれ?豚肉食べれない国の人?」


「いえ、熱くて。このまま口に入れるのは危険な気がするんです」


そう言えば湯呑みも袖を引っ張ってから持ってたっけ。そんなに熱いのが苦手なのか。ん?じゃあ調理の補助は向かないんじゃ?


「ゆっくり食べたら良いよ。冷めるまで少し話を聞いても良いかな?」


「はい!知ってる事は少ないですが!」


ニコッとまた笑う顔は、整ってるのに愛嬌がある感じで接客業と考えた時には武器になりそう。うん看板娘ならぬ、看板青年になって貰えば良いかな。


「髪の毛は切るか、束ねるかして欲しいんだけど?」


「耳の形が……」


ふっと横髪をかきあげて見せてくれた左耳は確かに特徴的な、悪魔の様と言われればそう見える形をしてる。子供の頃いじめられたのかな。でもまぁうちのお客にそんな事言う人は居ないだろう。けどコンプレックスは本人の気持ちの問題だしなぁ。


「じゃあ、バンダナ巻こうか?見ての通り居酒屋なんだよね。食品を扱う以上髪の毛は纏めておいて欲しいんだけど、耳を隠したいならバンダナを巻いたらいいんじゃない?」


手元に有った三角巾を私の頭に巻いて手本を見せてあげたら、またニコッっと笑って頷いた。それからさっと視線を落とすから何かと思えば、カツが冷めたらしい。食べながらで良いよと言って、漸く口をつける辺りなかなかに育ちの良さそうな気配がする。




セファースがやってきて2週間が過ぎた。セファースは細かい事が得意と言った通り器用で、野菜の飾り切りを教えたらすぐに覚えた上に、なかなかの腕前を発揮した。桂剥きや千切りも上手で、あたしの仕事は格段に楽になったし、店の料理も華やかになった。


始めは注文とりすら出来なかったけど、いつの間にか常連さんと世界情勢の話までするようになっていった。毎朝早起きして新聞を全部読んだり、休みの日は図書館に通う勉強家な一面もある。図書館で辞書を読む赤毛の外国人はちょっとした有名人になった。おかげで時々、店にセファース目当てのお客が来るようになった。本当に看板青年になってくれて、店にとってはものすごーくありがたい存在にはなってる。唯一、屋根の上にカラスが五羽住み着いた事を除けば。



お客さんの注文が一段落した所で、マカナイを作るんだけど、セファースは何でも美味しそうに食べてくれるから、ついつい作りすぎてしまう。同じ様な表情に見えるけど、好みの時は料理を見た瞬間に口許がふわっと小さく開くから、好みの物も把握できた。今日は忙しかったし、好物をマカナイに作ってあげよう。


パチっと開いた納豆にタレをかけて、刻みネギと一緒にぐるぐる混ぜる。塊だった豆達がほぐれてふんわりしたら良し。

油揚げを半分に切って袋状になるように切れ目を入れて。油あげに納豆をつめたら 口をようじで止めてと。弱火のフライパンににせておく。

ジュウという音がして、静かに静かに火が通っていくのを見守って、ゆっくりと両面に焼き目を付けたら完成。見た目も、材料も、作る過程も全て地味な一品。カリふわな食感だけが華やかさを持ってるかな。


白い丸皿に三つ並べて、味噌汁とご飯と一緒にお盆に置いたらマカナイのできあがり。


「セファース!今のうちにまかない食べちゃって!」


「わぁ!納豆ネギ巾着ですね!しかも今日は三つも!ありがとうございます!」


セファースは顔に似合わず和食が好きで、特に納豆ネギ巾着が好きらしい。ふわっと口許を緩めて笑った次の瞬間に、巾着の底をパリッと食べている。破れたアゲから零れ落ちる納豆をご飯で受け止めって、二口目はご飯と一緒に食べるんだね。


仕事中も、こうしてご飯を食べるときも、ずっとニコニコしてるけど、家に帰りたいって言ってたんじゃないのかな?わたしは美味しいものを作ってあげることしかできないなんて、ちょっとじれったいね。沙穂に聞いたら何かヒントをくれるかな?

次回は6日に更新予定です

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