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生活魔術を極めた役職魔術師は魔力のない世界に飛ばされる  作者: 徳崎 文音


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2/15

神の国で蕎麦

松江駅で電車を降りて、のんびりと歩きながら松江城に向かう計画だった。真っ青な空と生温い風は散歩日和で私の日頃の行いの賜物かな。バスのロータリーを通過していざと思ったところで、その人を見つけてしまった。


整列したカラスと対面して植え込みの淵に座る人。カラス達はその人の顔を見上げているのに、俯いたままピクリともしない。変わったデザインのコートのフードを被っているから表情はよく見えないけれど、何となくその人が困っている様に感じた。


「こんにちは、高名な魔法使いさん」


小さい頃に何かの本で見た『魔法使いはカラスと仲良し』っていうのを目の前に見てる気がして、思わず声を掛けた。フードの隙間から見える長く伸びた赤い髪と、線の細いシルエット的に女性に見えたのだけど、振り向いたその人の首にはバッチリ喉仏が有ってビックリした。今時の男子っぽく中性的なタレ目の顔立ちも女性っぽいけど、ゴツゴツと節の目立つ指は男性的。一緒に振り向いたカラス達の嘴がパカッと開きっぱなしな事に気付いて思わず吹き出した。


「えっと? ボクの事を知っているの?」


「知らないけど、困っているように見えたから声をかけたんだけど?困っている人には親切にしないとね」


不思議な形の黒いフード付きロングコートも、どことなく魔法使いっぽいけど、まさか町中でそんな悪戯?あっ!YouTuberなのか!で、どこでカメラを回してるんだろう?クルッと辺りを見回しても全然カメラの気配はない。


「えっと……ボクの事を知ってて話しかけてくれたんじゃないの?あぁ、でも困ってはいるんだ。その、助けてくれる?」


青年がコテっと首を傾げると。一緒に並んでる五羽のカラス達もコテっと首を傾げた。なんだろう、めちゃめちゃ可愛い。もう、これはジョークでもドッキリでも許せる。頼りなさ気な顔の整った男性と、妙に仕草の可愛いカラス。うん、そのジョーク乗ろう!


「ごめんなさい。貴方の事は知らないのだけど、この可愛いカラス達は貴方の使い魔か何かかしら?カラスを使い魔に出来るのは凄く立派な魔法使いだけだという伝承を思い出したの。私の手助けで貴方の困りごとは解決できるの?」


「あー、……えっと、使い魔ではないし、今は魔法が使えないんだ。凄く魔力が遠くて。ここは、何て言う国なの?あと、とてもお腹が空いていて困ってるんだけど、何か食べ物を分けてもらえないかな?」


つっかえつっかえ小さな声で話すのは日本語に慣れてないせい?言われてみれば日本人より白い肌だし、よく見たら瞳もアイスグレーで、北欧の人っぽくも見える。海外の人の方が日本人よりこの辺りを観光するの好きだし日本人ではないのかな。でもなんで国名を聞くんだろ?


「日本よ。貴方、どこの国から来たの?」


「ニホン?知らない国だ。……あぁ!なんて失敗をしたんだろう。こんなに魔力が遠くちゃ帰りの魔術を作るにも作れない……」


青年は下を向いてブツブツ一人の世界に入ってしまったけれど、カラス達はじっと私の顔を見上げてくる。どうにかしろってこと?このカラス達は一体何者なんだろう?一先ず鞄の中を確認したら、食べ物はあった。というかさっき駅から出るときに売店で買ったばかりだ。今夜のお楽しみの筈だったんだけどな。


「ええっと、貴方迷子なの?どこに帰りたいの?どこの国から来たの?」


声をかけつつ、青年の目の前に『のやき』を差し出す。ハッと顔を上げてまっすぐにこちらを見る瞳は一瞬だけ驚きに見開かれた後、困ったように一層目じりを下げて、『のやき』と私の顔を見比べる。仕方がないから、封を切ってからもう一度渡してあげた。


「炙った方が美味しいけど、そのままでも並の竹輪よりははるかに美味しいよ」


「ありがとう。ボクはメジェボルーケの魔術師局生活魔術部部長のセファースという。ボクの知る世界地図にニホンのいう国は無かったのだけれど、君はメジェボルーケを知っているかい?」


モグモグと口を動かしながら話す内容はドッキリにしても子供向けで、でもそれを深刻な様子で話す表情がアンバランスだった。でもそのあまりに真剣な表情以上に気になる事がある。


「メジェボルーケなんて国は知らないし、地球上に魔術師局なんて部署を持ってる国はないよ。所で、貴方急に流暢な話し方になったけど、日本語喋れたの?」


「ん? 言葉? もしかすると、この世界の食べ物を食べたからかな? 爺さまの日記にそんな事が書いてあった気がする」


「それで、あなたの困りごとは解決した?」


なんでそんな聞き方をしたのか、自分でもよく分からない。いや、少しの下心が有ったのだと白状しておく。一人旅よりイケメンと旅行するほうが楽しそうだから連れまわしてやろうなんて計算と、カラス達と私も仲良くなれるかもしれないなんて非現実的な希望故の言葉だった。

青年と話している間カラス達は大人しかったし、駅前にも関わらず人が通る事もなかった。さすが観光シーズン外の平日午前だ。


「ボクの困りごとは……残念ながら増えてしまったよ。ここでの暮らし方も、帰り方も見当がつかなくなったからね」


「一つは、ここでの暮らし方を教える事ならできるかな。でも、私は私の予定を大きく変えるつもりはないからさ、ついてくる?」


選択させるような疑問形の口調で言ったけれど、多分、彼に選択肢はなかっただろう。ちょっと狡かったかもしれない。頷いた彼の膝にカラスが一羽パサリと乗ると、不思議な形のコートの身ごろを嘴で引っ張り始めた。もう一羽がフワフワと飛びながら、フードを脱がせている。


「コート暑くない?その子たちコートを脱がせようとしている様に見えるんだけど、あと荷物は何もないの?」


「確かに暑いかも。持ち物は……これだけ。」


脱いだコートの内ポケットから茶色い巾着を出してきた。巾着の中身が金貨なのを確認して、本当に逆異世界転移が起きているんだと思った。

セファースの金貨を質屋に持ち込んで、この国で使えるお金に換えてあげたら喜んだ。私の予定通り、商店街を散歩しながらカラコロ工房へ向かう途中で何回か寄り道をして、セファースの洋服や鞄を買った。カラス達は少し離れた空を飛びながら付いてくる。


「ねぇ、セファース。あの子達は何者なの?」


「ボクにも分からないんだ。魔術師だったけど、使い魔なんていなかったし、気が付いたらあの場所にいて、目の前に並んでたんだ。沙穂の言う伝承では魔法使いはどうやってカラスを従えていたの?まぁ、今のボクは魔法使いでも魔術師でもないんだけど」


「魔法使いがカラスを従える方法は、私の読んだ本にはなかったと思う。よく分からないけど、賢そうだし、可愛いしいっか」


セファースは案外背が高くて、並んで歩きながら話をすると見上げる格好になる。昇りきった太陽はまるでセファースの後光の様で眩しい。顔を見るたびに目が眩むけれど、一緒に歩くのはすごく楽しい。セファースが何にでも興味を示すから、普段の私が全く気に留めない、電線の雀、宍道湖に浮かぶ船、ストリートピアノ、お店に並ぶ雑貨、そういう物がセファースとの会話を通して見るとどれも新鮮に感じられる。


「ねぇ、セファース船に乗ってみる?」


「乗りたい!」


きっとセファースはさっき橋の上から見た、宍道湖遊覧船みたいな立派な船を想像しているんだろうけど、残念ながら違うんだな。石畳の商店街を抜けて大通りに面した所にある船着き場で二人分の乗船料金を払うと、タイミングよく船がやってきた。


靴を脱いで乗り込みペタリと座る。船が進み始めて船頭さんの案内に耳を傾ける。セファースも右に左にと目線を動かしながら案内を聞いていて楽しそうだ。

ゆったりと進む船の向きが変わった所で船頭さんから頭を下げてと言われた。セファースも見よう見まねで身を屈めているけど、少しいやかなり窮屈そうに見える。スーッと下がってくる屋根にセファースの目がまん丸になっている。


松江城の前の乗り場で船を降りるとお昼前の時間になっていた。私もお腹空いてきたし、お昼ご飯にしよう。土産物屋さんに入って二階の食事処を目指したけれど、並んでる土産物にセファースの興味が尽きなくて、大した距離じゃないのに、なかなか辿り着けない。


「ねぇセファース、食べてからゆっくり見ない?」


どうにかたどり着いた食事処で、窓際の席について、目の前のお盆を眺める。ふふっ。ついついにやけちゃう。

三段に重ねられた赤くて丸い漆器の中に色の濃い蕎麦が盛り付けられて、その隣には薬味の乗った丸皿と土瓶が並ぶ。関東ならもう一つ小さな器が並んでいる筈で、初見の人は付け汁を入れる器がないと焦るかもしれない。テーブルの上には食べ方を書いた紙が置いてあるし、そんな人は滅多に居ないだろうけど。すっかり食べ慣れた私はふふふんと鼻歌気分でお盆の上を眺める。一枚目には何を乗せようか。


「沙穂。ボクは今、人生で二番目に困っている」


「ん?何に困っているの?」


セファースは食べ物も何がどんな食べ物か分からないからと、私と同じセットを頼んでいた。間違いないよ。島根に来た以上さ出雲そばとシジミ汁は外せないからね。


「沙穂、これも手掴みで食べるの?」


「セファースの国はお箸の文化がないんだね。これで食べるのよ。ほら私の真似して」


割り箸を袋から出してパチンと割ってみせると、小さく感嘆の声を上げて真似をしたセファースが可愛らしい。

とりあえず紅葉おろしを真ん中に置いて、土瓶を軽く傾ける。チョロチョロと紅葉おろしの上につゆを少しだけ垂らしてザザッと混ぜる。混ぜたこの見た目を品がないって嫌がる人も居るけど、大事なのは味じゃないかな。セファースも何故か少し顔を顰めてから真似をした。


紅葉おろしがしっかりと絡んでほんのり赤く染まったお蕎麦を箸で持ち上げて口に運び、ズズっと音を立てて啜る。紅葉おろしのピリッとした辛みが鋭く口を、蕎麦の柔らかな香りがふわりと鼻腔を刺激して、最高に美味しい。セファースは目じりを下げた顔でじっと私を見てる。

モグモグと蕎麦の風味を味わいながら目を合わせる。


「沙穂、その音は必要なの?」


「慣れない人は啜れないらしいね。啜った方が香りを吸い込めてお蕎麦は美味しく感じると思うけど、まとめて口に入れても問題ないよ」


二口目を小さく丸めて口に入れて見せたら、セファースはホッとしたように、お蕎麦をまとめて口に運び始めた。

二枚目に行く前にセットのしじみ汁を啜る。どうやって食べるのが正解なのかよく分からないけれど、私は全部のシジミを一旦殻から外す派だ。セファースも当然のようにシジミの殻を外し始めた。それからお椀を持ち上げて口につけると、セファースはまたギョッとした表情をした。異世界はやっぱり西洋文化なんだなぁ。


「スプーンで飲むスープも在るけど、このスープはこうやってお椀から直接飲む物なんだよ。この国の汁物はだいたいこうやって飲むから慣れた方がいいよ」


お蕎麦の二枚目の皿には粉かつおと海苔を乗せて、ほとんど残らなかった一枚目のつゆを申し訳程度に落とす。それから土瓶を傾けて、さっきより多めのつゆにお蕎麦を浸して啜る。出雲そばにとって適正量のつゆを垂らせばさっきみたいに混ぜなくても全体につゆが行き渡る。

今度はそばつゆのお出汁と薬味の風味が、しっかりとした蕎麦の香りと調和して一枚目と違う美味しさを感じる。

三枚目に紅葉おろし、粉カツオ、海苔を乗せて、残りのおつゆをかける。


「沙穂、これは食べないの?」


ずっと私の様子を見て同じように食べ進めていたセファースが指しているのは、薬味皿に残っているネギ。ネギは私の天敵。食感と、辛みと、何時間も残る香りと、私にとっては全部敵なんだけど、世の中にはネギが好きな人も居る。セファースもネギが好きかもしれない。


「私は嫌いなんだけど、セファースは食べてみたら?」


セファースは残りの薬味を全部載せて、ネギたっぷりの状態でお蕎麦を食べた。モグモグと小さく口を動かしたかと思ったら頬が緩んだ様な表情の変化が見えた。どうやらネギは好きらしい。


「ボクの国は色んな種類の香草があって、香草を使う料理が多かったから、これは食べ慣れた味だよ」


「ふぅん。私がセファースの国に行ったら苦労しそう」


食事前の約束通りに、お土産を色々見て回ると焼き物と石の細工に特に興味を惹かれたみたいで、コーヒーカップと変な置物を買っていた。かなり重たそうなんだけど。


バスと電車を乗り継いで夕暮れの出雲大社をお参りした。セファースは神話や、出雲大社の建築にも興味津々で、色んな事を聞かれた。私では答えられない事も多くて非常に申し訳ない。


JR出雲駅まで移動して、居酒屋で色々な物を食べた。セファースは色々な物を食べた方が良いと思ったから。何を食べても美味しいと喜ぶ顔が可愛すぎる。

出雲駅の近くに宿をとって今日は休む事にした。宿は色々悩んだけど、別々の部屋を確保しておいた。セファースだって一人で考えたい事もあるだろうし。明日はレンタカーで移動の予定。車の中でなら、セファースの国のこと色々聞けるかな。

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