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再会の納豆ネギ巾着

 大分駅の改札から出た所での思わぬ再会に驚いた。ニコニコと手を振りながらボクの方に駆けてくる人。ボクがこちらの世界で初めて出会った沙穂さんだった。


「わぁ! セファースさん! こんな所で会えるなんて、あの子の遅刻が役に立つこともあるのねぇ」


「お久しぶりです」


「うんうん。すっかり日本語上手になりましたねぇ」


「沙穂、ごめーん」


 後ろからの声に振り返ると、ボクより少し長いくらいの黒髪を靡かせた女の人が、手を合わせて謝りながら走ってきている。全然謝っている風に見えない。


「彼女、三時間の遅刻なの」


 沙穂さんは笑いながら小さい声で教えてくれた。ボクの知っている常識では三時間の遅刻はもっと怒って良いと思う。けれど沙穂さんはニコニコと再会を喜ぶ挨拶をして、ボクの事を紹介した。


「陽ちゃんの遅刻のお陰で久しぶりにセファースに会えたの。今日だけは陽ちゃんの遅刻に感謝するよ」


「ほんまゴメンって沙穂っち」


「全然いい。本当に!だけど、今日はセファースも一緒に行動で良い?」


「かまへんよ。歓迎歓迎!」


 ボクの意見を一つも聞くことなく、沙穂さん達と一緒に大分観光することが決まった。まぁ、目的地が同じだったから、ボクも異論はないんだけど。だけど、意見くらいは聞いて欲しかった。


 沙穂さんが運転するレンタカーの後部座席で、ボクはただただ黙っているしかなかった。遅刻してきた沙穂さんの友達は、信じられない早さでよく喋った。ボクとは普通に話してた沙穂さんも同じくらいの早さで喋っていて、相槌を打つ隙すらなかった。高速道路の走行音でよく聞こえなかったのもあるけど、ただ、二人の喋る速度が早いのは分かった。


 ものすごいスピードのお喋りの勢いに懐かしい気分になって、よくよく思い出したら、前桐さんだ。通子さんも、前桐さんも元気にしてるかな?横を流れていく山の景色を見ながら、福井の皆の事を考える。


「それにしても、セファースはよく耶馬溪に行こうと思ったよね」


 沙穂は高速道路を降りたタイミングで話しかけてくれた。ボクに聞こえてないの気づいてたんだろうなぁ。相変わらず優しい。


「パワースポットなんですよね?」


「えっ?そうなん?有名なん?ウチは知らんねんけど」


 沙穂の問いに答えれば、助手席の陽子さんが振り返ってボクを見た。黙ってこちらを見てたのはほんの一瞬だったけど、気づいた。この人黙ってたらすごく美人だ。

 喋っているときに顔が崩れている訳じゃないけど、口を閉じた正面の顔は一分の隙もない美人。整った眉、パッチリ二重を長い睫毛が縁取った猫目。細く通った鼻筋と少し薄めの唇。沙穂さんは可愛らしい印象だけど、この人はキリッとした美人さんだ。


「でも言われたら納得やなぁ。ええ景色やし、空気美味しいし。あ、水も綺麗そうやから地酒も美味しそうやなぁ」


 目があったと思う。けれどボクがすこし観察をしてる間に前に向き直って、ボクの返事を聞かずにまた喋り始めた。ホント前桐さんみたい。喋りながら陽子さんが窓を開けたから、車内に風が吹き込んできた。心地良い風だけど、空気が美味しいってどういう事だろう?


「っていうか沙穂っちさぁ、これめっちゃ遠回りなんちゃう?」


「遠回り?これでも大分予定省略したんだけど?陽ちゃんが遅刻したからねぇ」


「嘘やな。ウチが時間通りに来たら追加する所を考えてあったけど、これが沙穂っちの計画通りの予定なんやろ?」


 前の二人のお喋りにボクが入る隙間はない。けれど寂しくないし、居心地も悪くない。車は山に囲まれた道を進んでいく。夏なのに風がすこしヒンヤリして気持ち良い。風の気持ちよさを感じていたら、車内が静かになっていた。


「あっ、陽ちゃん寝ちゃった。セファースごめんね騒がしくて」


 沙穂が別人みたいにゆっくり話しかけてくれる。ルームミラー越しに目があったら、初めて会ったときみたいにニコっと笑ってくれた。ボクも笑い返しておく。


「みっちゃんとは合わなかった?」


「ううん。よくしてもらった。料理もできるようになったよ。ただ、ボクが世界の不思議を知りたくなったのと、通子さんとあのお店を必要としてる他の人に出会ったんだ」


「みっちゃんのお店を必要とする人って前桐さんだよね?その人ね、陽ちゃんの旦那さんなんだ」


「えっ?」


 思わず大きな声が出たら、沙穂が唇に人差し指を当てて笑った。陽子さんが起きたら、こんなにゆっくり喋れないもんね。


「今、前桐さんは陽ちゃんを説得中なの。今日は、そんな陽ちゃんの愚痴を聞く予定だったんだけど、セファースに会えて助かったよ」


 沙穂は、陽子さんと前桐さんの事を教えてくれた。前桐さんはあれからすぐにオッチャンに叱られて、連れ戻す為に陽子さんの実家にやって来たらしい。今日はお子さんを説得中なんだって。 


「あっ、着いた。陽ちゃん、起きて。着いたよ」


 山に囲まれた広い駐車場。青い空を見上げると、カズと行った不思議な洞窟の事を思い出す。ここの駐車場は沢山車が停まっていて、随分印象が違うけれど。


「ちょぉっとぉ!沙穂っち!聞いてないんだけど!」


 陽子さんの叫び声に、見知らぬ人たちがこっそり笑っている。まぁ、確かにちょっと高いなぁ。足元も金網だしね。でも真っ直ぐ前を向けば、横を見れば、ただただ綺麗な山の景色が広がっているだけだ。


「下じゃなくて、前を見たら良いんじゃない?ここは揺れないし」


「あれ?セファース、揺れる吊り橋にも行ったの?」


 ソロソロと歩く陽子さんを置いて沙穂がスタスタ歩いていく。沙穂は意地悪じゃないだろうから、ボクも沙穂に着いていく。この三ヶ月の間に行った伊豆や徳島の吊り橋の話をしながら。


「ちょっとー!何で二人して置いていくの?」


 あっ、陽子さん走ってきた。さすが沙穂の作戦勝ちだな。端まで行って折り返して歩いていくと、ものすごく大きな滝が見えてきた。白くしぶきを散らしながら大量の水が落ちていく様子は遠いのに迫力を感じる。不思議な力は、滝の方からは感じないけど。


 車に戻ってまた移動していく。車の中で陽子さんが寝る事はもうなくて、ずーっと沙穂と陽子さんはお喋りしていた。リズムの良い会話と、気持ち良い風に揺れもあって、ボクの方が寝てしまった。


「セファース、着いたよー」


 沙穂に起こされたのは、近くを川が流れている所の駐車場。相変わらず山に囲まれている。山の木々を照らす太陽はオレンジ掛かった色合いになっている。結構明るいけど、もう夕方近くなのかな。


「ほらほら、急がないと日が暮れちゃうよ。陽ちゃんが遅刻したせいでねー」


「沙穂っち、ごめんてー」


 じゃれあいながら歩いていく二人の後ろをついていく。ゴツゴツしたトンネルの歩道を歩く。人が手作業で掘ったトンネルだと、知識としては知っていたけれど、実際自分が歩くと、信じられない気分だ。


「コツコツ掘ったとか、ホントに凄いよねぇ」


「三十年も同じこと続けるなんて、ボクは二ヶ月が限度だなぁ」


「そうねぇ。二ヶ月も説得を続けるのも大変だと思うわ」


「沙穂?」


 陽子さんが沙穂の事を睨んでるけれど、陽子さんはどれだけ前桐さんに思われてるのか分かってるのかな。あの前桐さんが、二ヶ月もずっと奥さんの為に大人しくしてるなんて、ボクには信じられない。まぁ、思い詰めるほど大切な人の為ならできるのかな。



 夕方、沙穂と陽子さんと一緒に夕食を食べに行った。地酒を求める陽子さんがどうしても行きたいと言った居酒屋に入った所でまた驚きの再会だった。


「あれ?チンジャム?どうして?」


「た、大将すみません。生き別れの兄貴です」


 大将と呼ばれた料理人さんはボクとチンジャムの顔を交互にマジマジと見た。兄と紹介されたけれど、明らかにボクの方が若く見える。というか、最後に会ってから一年も経ってない筈なのに、チンジャムがすごく老けてる。


「本当みたいだな。休憩にしていいぞ。二階使っていいからゆっくり話してこい」


 そう言いながら、カウンターの上に置いてある大皿からいくつかの料理を小皿に取り分けて、ご飯をついだ茶碗二つとその小皿をお盆に乗せてチンジャムに渡した。いったい大将はどこを見て本当だと判断したのだろう?


 チンジャムの案内で二階に上がって、ちゃぶ台を挟んで向かい合った。お腹も空いていて、目の前にご飯は有るけれど、ボクもチンジャムもそれどころじゃなかった。


「なぁ、兄さん。精霊ってのは本当に居たんだな」


「チンジャムもやっと会えたのか?」


 ボクはこれで子供の頃のような仲の良い兄弟に戻れると思ったけれど、チンジャムにとっては違うらしい。すごく嫌そうな、研究室の片付けを助手に頼んだときと同じ表情になった。


「あぁ。会えたどころか、魔方陣も使わずにここに飛ばされたよ」


「なんで?」


「兄さんが寂しがって、俺と話がしたいって言ったんだろう?」


「精霊に言った記憶はないんだけどなぁ」


 あっちの世界に居たときに精霊たちに、チンジャムにも会って欲しいとは言ったけれど、ボクが会いたいと言った覚えはない。あのカラス達が精霊だったとして、この前群馬で別れるまでの間にチンジャムの事を言った覚えもないよなぁ。あの魔方陣の事は何回か口に出したかもしれないけれど。


「だろうね。真っ黒い鳥が五羽で兄さんの事を覗き見しながら言い出したんだ」


 ボクが色々考える時間をちゃんと置いてから、チンジャムは返事をしてくれた。はぁ、ゆったり喋れるって素晴らしい。けれど言われた内容は何一つ落ち着く要素がない。覗き見って一体何のこと。


「え?それ、いつ?」


「兄さんが消えて三十年が経った頃。父さんが本物の魔王になって、竜を滅ぼして土地の形を変えたら、あの真っ黒い鳥に殺された」


「は?」


「それで、やり直す為に世界を氷漬けにするってあの鳥たちが言い出したんだ。いざ氷漬けにされて俺の人生も終わるって直前に、あの黒い鳥が俺に言ったんだよ。『セファースが貴方と話したいみたいだから、貴方だけあちらに飛ばしてあげる』って。で、聞き返す隙もなくドスン」


 何だか分からなくて色々不穏な気もするけれど、父さんが竜を滅ぼした事は予想の範疇だし、土地の形が変わったのも見てきた所と重なる。氷河期が精霊の仕業ってのは予想外だけど、それくらいの力を持っている事は知っていた。


「ドスン? チンジャムがこちらに来たのは二月くらい前?」


「ドスンって駅前の植え込みに落っこちた。そう二月くらい前だと思う」


「ボクの時は落ちはしなかったんだけどなぁ」


 二月前なら、多分箱根の時だ。あの火山ガスは不思議な力が特別強く感じたけど、精霊の力だったなら納得ものだ。


「俺が落ちたのは、まぁ精霊の嫌がらせだろ。で、打ったところが痛くて動けない間に酔っぱらったあのお喋り女に捕まって、ここに連れて来られた。で、兄さんはなんであのお喋り女と一緒に来たの?」


「ボクは沙穂さんに連れられて来たんだよ」


 それから、ボクがこの世界に来てからの出来事を話した。落ち着いて来たので、ご飯を食べながら話す事にして、ボクは真っ先に揚の巾着に手を伸ばしたら、チンジャムはボクの箸が伸びた先を見てまた凄く嫌そうな顔をした。

 チンジャムはボクの方に巾着の乗ったお皿をおいて、自分の手元にはツヤツヤな角煮が乗ったお皿を引き寄せた。肉が好きなのは相変わらずなんだな。


 こちらの世界と元の世界では時の流れが違うのかと思ったけれど、チンジャムの考えはそうではないらしい。


「多分、精霊は自由に時間を行き来できる。この世界でも居たんだろ?もう精霊魔法なんて、俺たちの理解の範囲外なんだよ」


「チンジャムでも分からないの?あんな凄い魔方陣作ったのに?そう言えば、あの魔方陣はどうやって思い付いたの?あれは、何て指定したの?」


「兄さん!」


 つい気になってた事が聞けると思って興奮したら、口のなかに巾着を突っ込まれた。もぐっと噛むとやっぱり懐かしい味がする。自分で作ってもこんなに同じ味にはならないのに。首を傾げたところで、チンジャムの呆れ顔が目に入る。


「兄さんは変わりないねぇ。今は料理に凝ってるの?」


 凝ってる訳じゃなくて、こちらの恩人が作ってくれた料理とまるっきり同じ味だから、気になるって言ったら、ボクの恩人は大将の師匠じゃないかって教えてくれた。チンジャムは随分いろんな事を知ってるみたいだ。あちらの世界に居たときは、何を聞いても答えてくれなかった気がしたんだけど。


「あれ?そう言えば、チンジャムはボクの事嫌いだったんじゃないの?」


「あれは、父さんが使ってた魔法、魔王の洗脳のせいだよ。兄さん、せっかく兄さんの望む世界、平和で便利な世界に来たんだから、これからは仲良く暮らさないか?」


 ボクは、魔法を失って大切な家族を取り戻した。これからは、誰憚る事なく弟と自由に生きていく。

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