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友情のラーメンバーガー

こんなに人と喋ったのはいつぶりだろう?こんなに気持ちよく目覚めたのもいつぶりだったか。セフと俺は一晩中お喋りをして、夜空の色が薄くなった頃に眠って、そしてすっかり日が上った今、目を覚ました。ん?九時半?ちょっと寝坊したかな。


コンパクトカーに身長190近い大男二人で寝てたから、もちろん変な体勢になってて、身体のあちこちは痛い。だけど、俺の気持ちはここ数ヵ月で一番スッキリしてて、それから少しだけやる気が起きている。今日こそあの場所に!


「カズ、朝御飯は何か決めてるの?」


「もちろん!ラーメンバーガーに決まってる!」


寝坊したお陰で、ラーメンバーガーを売ってる売店が丁度営業を始める時間になっている。案外、最高のタイミングで目覚めたなと思いつつ、ラーメンバーガーを四つ注文した。昨日のサバサンドで学習したのは、カラスに人間の一人前は多すぎるって事だった。


「カズ!」


車に戻ってカラス達と一緒に食べ始めた所で、セフから強く名前を呼ばれた。ビックリしながら振り向いたら、セフの手元の包み紙が空になっていた。えっ?落としたの?


「もう一個買ってきて良いかな?美味しすぎて、もうなくなっちゃった」


うん、美味しいよね。いくら美味しくてもなかなかそんな早さで食べる人は居ないと思うけど。

一人で買いに行けるというセフを見送って、自分の分のラーメンバーガーを味わう。

焼かれた麺の香ばしさは、普通にラーメンを食べるときには感じられないし、トロミを付けたスープも濃厚に感じる。挟まれている豚の角煮のジューシーな旨味だって、ラーメンの具としてだったら味わえないだろうな。


ふと、元彼女の真ん丸に開かれた瞳を思い出した。あの時は、二個目を買いに行くって言われて、絶対食べきれないって止めたんだったっけ。

セフが赤い髪を揺らしながら、腕の中にラーメンバーガーの包みを六つも抱えて戻ってきた。


「ねぇ、そんなに食べるの?」


「なんとなく?お昼ご飯が遠そうな気がしたから」


「セフの未来予知魔法?」


「ただの勘だよ」


ニカッと笑う笑顔が、昨日より随分と明るく見えるのは、俺側の気持ち的な問題かな?

荷物を整頓して烏達の場所を作って、車を発進させる。窓を開けて風を引き込めば、全てを浄化される様な気分になった。セフも風に吹かれながら、ラジオから流れる歌謡曲を気持ち良さそうに口ずさんでいる。


そう言えば元彼女もよく助手席で歌ってたっけ?俺は音楽に興味なくて、何の曲かも分からなかったけど。あの時、もっと音楽に興味を持ってたら別れなかったのかな。今さら思っても仕方ないけど。

平らな畑に囲まれた道を走って、長閑な景色を置き去っていく。俺の未練もこのまま置き去れないかな。


ノンビリノンビリと一時間弱走らせて、観光地らしい土産物屋の建物が見えてきた。それなりに広い駐車場に止めて、車を降りる。日が昇って、気温も上がってきてるし、歩くとかなり汗ばみそうだ。ドリンクはすぐ飲める状態で持っていかないと。


駐車場からそう遠くない所に、遊歩道の入り口はある。大男が二人で並んで歩く姿は少し浮いてるかもしれないけれど、今さら気にしない。

カラス達は駐車場でドアを開けたらあっという間に飛んで行った。今日は自由行動をご所望らしい。


湿った土の柔らかい道をふわふわと歩いていくと、だんだんと木々が木陰を広く、色濃くして、涼しい道になっていく。

土の香りを吸い込みながらゆっくり、ゆっくりと歩く俺の歩みにセフも合わせてくれている。数メートル歩く度に立ち止まって景色を見回すっていう歩き方の癖が全く抜けなくて、一つ目の沼に辿り着くまでに二十分もかかってしまった。


「カズも不思議な力を感じるの?」


「どういうこと?マイナスイオン的なやつ?」


沼の水面を眺めながらセフは難しい顔をしているけど、マイナスイオンを感じたら、穏やかになるんじゃなかったっけ?。こんなに気持ち良い森林浴スポットでそんな眉間に皺寄せる様な事あるかな。


「カズが立ち止まる所、見上げる山や触れた木から、ボクは魔力に似た力を感じるんだ」


「俺は、セフに似た昔の知り合いと歩いた通りに歩いてるだけだよ。もしかしたら、その人と行った場所でセフの不思議な力が集めれるかもね。どれくらい集まったら、セフが国に帰る魔法を使える様になりそうなの?」


ゆっくり会話をしつつ、静かに広がる水面を眺めながら大きく深呼吸をする。そうか、帰るには色々問題があるのか。俺に出きることなんて、殆どなさそうだよな。


「カズ?それ?不思議な力を貯める方法?」


セフが俺の真似をして腕を広げて深呼吸をしながら尋ねてくる。パワースポットに行ったら、深呼吸するのが俺の定番だったし、他の人もそうしてた気がするから、まぁ間違ってはいないかな。


「貯まるかどうかは分からないけど、空気と一緒に呼吸で取り込める気がするんだよね」


二人で水面を見つめながら何回か深呼吸をしてから、次の沼に向かって遊歩道を歩いていく。遊歩道の足元から湿った土の臭いが立ち込めてくる。ゆっくりゆっくり歩いて、時折視線を上げれば、黄緑色の葉っぱをすり抜けた太陽の日差しがキラキラと煌めいている。


次の沼にたどり着いて、また二人並んで深呼吸をする。ここの湖面はエメラルドグリーンか。俺はせいぜい、苦くない抹茶の色としか表現できないんだけど、もしかしたらセフの目には違う色に見えるのかな?


「ねぇ、この水面の色、沼って名前が不思議に感じるくらい綺麗でしょう?セフには何色に見える?」


「えっ?……ボクには、うーん。虹色、かな」


「そっかー。俺には緑色にしか見えないんだよなぁ~。セフみたいに世界を見れたら何か違ったかもなぁ」


五色沼で景色と新鮮な空気を堪能した俺達はまた、一時間ほどのドライブを堪能して、俺にとっての一番の目的地に辿り着いた。昼食はセフの予告通り、車の中でラーメンバーガーを食べるだけで終わってしまい、カラス達が不満そうに飛び出していく。


それにしても、ここは相変わらず人気がないな。駐車場の端に停まってる車は職員さんの物だろうし、俺たち以外のお客がいないんじゃないか。セフも背伸びをしつつ不思議そうな表情だ。


「セフ、ここは、俺が知ってる限り一番のパワースポット、入水鍾乳洞だ!」


ジャーンという効果音が欲しくなる様な勢いでバスガイドさんの様に右手を翳して紹介したけれど、セフはポカンとした表情のまま首を傾げた。まぁ、そりゃそうか。小さな受け付け兼更衣室の建物と、洞穴があるだけにしか見えないもんな。


「はい、これ。セフの装備ね。靴のサイズは、俺と同じくらい、ってかクロックスだし大丈夫だよね」


車の中の隠しトランク、本来は万が一の時に使う工具を入れておくスペースからエコバックを二つだして、一つをセフに渡す。まさか、いつでもどこでも冒険セットヒッチハイカー用を使う日が来るなんて思わなかった。


「カズ、これなに?今からなにするの?」


袋の中を覗いて、セフがヘッドライトを取り出した。やっぱり、両手空けてないと、素人の洞窟散策は危険だからね。そのコストは削らなかったよ。


「ん?あの洞窟を探検するんだよ!洞窟の奥には触れば願い事が叶うって言われてる岩もあるんだよ!ほら?ワクワクしてきたでしょう?」


ヘラッと笑ったセフと一緒に受付をして着替えた。

軽装とクロックスにヘッドライトを付けた格好で入水鍾乳洞に入る。虫とかに噛まれたら……って思うけど、洞窟のなかは寒くて虫とかあんまいないのかな。


ヒンヤリとした鍾乳洞をペッタン、ピッチャンと歩いていく。セフは興味深そうに辺りを見回すけれど、俺を引き留める事もなくついてきている。そもそも、前を行く俺が頻繁に立ち止まるからその必要がないのか。


しばらくいくと、足元の水が増えて、やがて十センチ程の水深になった。この先はもっと深くなっていくけれど。


「どう?セフ。足元の水に不思議な力は感じる?」


「うん。水っていうか、この場所全体が力に溢れていて、今なら簡単な魔法が使えそうな気がしてくるから不思議だね」


水深が深くなって膝の下まで浸かりながら、シャバ、ジャボンと水音を響かせながら進んでいく。

奥に行くにつれて、俺は緊張しそして気が重くなってきた。

そんな気を紛らわせる様にセフに色々と話しかけていると、セフが竜宮洞窟に不法侵入しようとした話が聞けた。わかる!あの鍾乳洞、入り口に立つだけですごいパワー感じるよね。ここもすごい心洗われる感じで良いけどね。


そんな話をしているうちに、俺の緊張の理由が目の前に現れて、セフが不思議そうに首を傾げた。


「あれ?行き止まり?」


「違うよ。ほら、ここよく見て。隙間があるでしょう?ここを通って奥に行くと、願い事を叶えてくれる岩にたどり着けるんだ。何回かこの鍾乳洞に来ているんだけど、毎回ここが通り抜けられなくてさ。セフの魔法で通り抜けれたら良いのにね」


今から通る隙間を示すとセフはその隙間に頭を突っ込んだ。


「なるほど?ボク、たぶん通れる気がするから、先に行っても良い?」


了承の意思を伝えると、セフはスルリとその隙間を通り抜けて、向こう側から俺の方に手を伸ばしながら、聞いたことのない言葉を呟いた。きっとそんなに大きな声じゃなかったと思うんだけど、鍾乳洞の中だからなのか響いて聞こえた。あれ?セフの声だけじゃない?小さい子供の様な声が……歌ってる?


「今、何て言ったの?」


「土の精霊に、カズを通してあげてって頼んだんだ。まぁオマジナイだね。現実的な事を言うなら、頭が先になるように、肩から通るように行くと良いよ」


通り方は前に元彼女と来たときに言われたのと同じ内容だけれど、なぜか、今日は俺の体が自然と動いて通り抜けられた。随分と余裕に感じたけど、俺は痩せたのか?


「本当に今まで通れなかったの?」

「セフ、魔法使えてるじゃん?」


通り抜けて、顔を会わせた途端同時に言葉を発していた。そしてお互いに首を傾げた。


「まぁ、いいか。とりあえず進もう」


全然良くないけど良い事にした。いくら初夏といえど、ずっと膝下まで水に浸かっていて体が冷えてきているのを自覚しているし、先に進んでかぼちゃ石の所まで行けばもっと何かが起こる気がしたから。



「これが、願い事を叶えてくれる石?」


「そう言われてる」


巨大な鍾乳石を見ても、不思議と何も感じなかった。あんなに見てみたいと思ってたのに。十回以上もトライしてやっと辿り着いたのにな。


「カズはここで何をお願いしようとしてたの?何回も来てたんでしょう?」


「ん?なんだったっけ?もう忘れちゃった。セフは?元の世界に帰れます様にってお願いしなくていいの?」


「今じゃないかな。なんかここでお願いして、今叶っちゃっても困るし」


帰りはセフが前を歩いた。かなり頻繁に深呼吸をしていたのは決して気のせいではないと思う。魔力体に貯めれてるといいね。


時々岩に触れて不思議な言葉を呟いたりしていたけれど、何も起こらなかった……と思う。たぶん。


鍾乳洞から出て、簡単に着替えを済ませて、車に戻ると、カラス達は屋根上で待っていた。いや、だから屋根上には乗らないで欲しいんだけど。え?昼食の恨み?そんな事言われてもなぁ。


時刻は十四時を少し過ぎたくらい。オヤツの時間と言いたいけれど、今日は車中泊じゃないから、少し急ぎたい。ナビをセットして、ルートの確認をしていく。高速を使うかどうしようか。


「次の行き先は決まってるの?」


「ん?今日はキャンプ場に泊まる予定なんだ。セフが居て良かったよ」


「夕食はどうするの?」


「道の駅で特産物でも買って、バーベキューでもしようかと思ってたんだけど」


「じゃあ、ボクが作っても良い?ボクこの前まで居酒屋に居候してたから、少しは料理できるよ?」


セフの言葉で決まった。ちゃんとした料理になるなら、食材に拘らなくても良いかな。そうなれば、寄る道の駅を選ぶ事もないし、高速で行こう。時間的に高速で行くしかなかった……わけではないよ!


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