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プロローグ

漸くだ。漸く、邪魔なあいつを消せる。

多種多様な洗浄の魔道具を生み出し、あらゆる国民の支持を得ている魔術師のセファース。ミステリアスだとか言われてるが、それは遠くから見ている故の印象で有って、実際は伸びきった髪と見せられない顔をローブで隠している只の無精者でしかない。ローブで隠さなければいけない理由も俺は知ってる。その理由を黙っていてやる俺を優しいと敬ってほしい。


助手としてセファースの研究室に入り込んでもうどれくらいになるだろうか?セファースは新しい物を次々に思い付くが、思い付きを組み立てたり細かい修正をかける事は苦手な様で、山積みにされたアイデアのメモと、簡潔に書かれた作りたい魔道具の要点を見て、必要な魔方陣を組み上げるのは俺の仕事だった。つまり世の中の魔道具の大半は俺が産み出したと言っても過言ではない。但し、セファースは妙な所で美意識を発揮するので、形を整え最後の仕上げは必ず自身で行う。

今、俺の手元で作業中の魔方陣は、俺の計画通りに仕上がった。あとは起動するのを待つだけだ。渡されたメモと大した齟齬はないだろうから、セファースに動作確認をしてもらいたい。棚の中から素材を出して触媒を練り上げている男、セファースの手が止まったのを見計らって声を掛けた。


「セファース様、こちらの準備は整いました」


「あぁ」


ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で返された一言と一緒に、俺の掌には金貨が一枚現れた。作業内容の確認もせずに、労いの言葉もなく、ただ給金を転移させてくるその態度も気に入らない。室内にはカチャリカチャリと小さな音が響いている。後は自分でやるから、帰れって態度か。さて、明日の朝また顔を会わせるのか楽しみにしておこう。


「では、失礼します」


再び触媒を練りはじめたセファースからの返事はある訳もなく、俺は研究室から出て、パタンとその扉を閉めた。廊下の窓から真っ直ぐ外を見れば下がり来る夜の帳が街の色を変えていて、見下ろせばポツリポツリと人工的な灯りが灯り始めていた。魔法灯を見るだけで腹が立つ。


そもそも魔法が何故限られた人間にしか使えないのか分かって無さすぎる。あんなチマチマした使い方なんかせず、本来の使い方をすれば隣の国も、その隣の国も、世界中を手に入れられるのに。

光魔法で魔法灯を、水魔法で洗浄機を、風魔法で乾燥機を、そんな事は個人で魔法を使えば良いのだ。そんな事すら魔術器機に頼る様な、弱い者の事なんて放っておけば良かったのだ。


あの偏屈魔術師が弱い者にまで魔法を使わせる魔術器機を作ったせいで、この国、いや世界が歪んだんだ。だが、それも明日迄の事だ。あいつが居なければここは潰れる。そうすれば元通りの世界、魔法は武器として正しく使われる世界に戻る。



イライラしながら歩いていたせいか、気が付けば建物から出て魔法灯の明かりに照らされた路地に立っていた。無意識のうちに歩いていてもここに辿り着くとは。

ドアを押すとカランと音が鳴りモワッとした空気が顔に纏わりつく。安酒と肉を焼く煙の匂いが混ざり合って一瞬眉を寄せたくなるが、空腹感が先立ってくる。


「二等の蒸留酒と牛の塊肉」


「おや珍しい。うちみたいな安っぽい店で蒸留酒なんて!」


掌に収まりの良いグラスに丸い氷を入れてトクトクっと琥珀色の酒を注ぐ手付きは、もっと別の通りにある高級な店のマスターと遜色ないが、店に充満する喧騒と煙で安っぽく見えてしまう。目の前に置かれたグラスをカラリと回しているうちにドンと鉄板が置かれた。ジューパチパチと音を立て、白い煙を上げながら親指くらいの厚さの肉の回りを油が跳ねている。ナイフを入れるとジュワっと肉汁が溢れて、断面は俺好みの焼き加減になっている。本当にこの店は値段と品がなんと合っていない事か。

この世には色んな肉が有るが、俺は牛が一番旨いと思う。特にヒレの部分は最高だ。油っこ過ぎず、適度な弾力が食べごたえを生んで噛む度に溢れる旨味をしっかりと堪能できる。イライラした時は無心に肉を噛んで旨味を飲み込むに限る。


「それで、今日は何にそんなに苛ついてたんだ?」


「いや、大したことはない。明日には解決する。少し焦ってしまっていた」


顔馴染みのこいつは何といったか。確か大工だったと思うが。ここに来るときは魔術局の雑用係と言っているから、誰も俺を魔術師とは思っていなくて、気安く話しかけてくる。きっと正体を知れば阿鼻叫喚するだろう。いつ、正体を明かそうか。


「雑用係が焦ったって新しい魔術器機はできねぇだろ」


「違いない!」


朗らかに笑って見せれば、それまで遠巻きにしてた他の常連達も皿とグラスを持って近寄ってきた。俺がこんなに人に囲まれて飯を食うなんて。


翌朝、研究室に出勤するとセファースはまだそこにいた。いつもなら、夜のうちに俺の描いた魔方陣の動作実験をしているのに。


「セファース様、おはようございます」


「あぁ、チンジャム。……これは素晴らしいな、良い出来だ」


いつもなら声をかけても振り向きすらしないのに、フードが飛ぶ凄い勢いでこっちに寄ってきてガシッと俺の肩を掴んで、それから少し屈んで真っ正面から俺の顔を見てフッと口許を緩めた。こいつ笑えたのか。

久しぶりに見たアイスグレーの瞳は見たことない程輝いている。そんなにも転移の魔方陣を作りたかったのか?


「本当に凄いよ。望んだ以上いや、想像以上に理想の魔方陣だ。何の不安もない! 最高だよ」


「セファース様にそこまで言ってもらえるとは……」


今までの無愛想を通り越した何者も寄せ付けない態度からは考えられない程、饒舌に機嫌良く大きな声で喋るセファースに呆気にとられていると、肩を組む様にして、魔方陣の前に連れていかれた。


「ほら、ここ! どうやってこの部分の術式を組んだの? ボクのメモにはここの部分は無かったでしょう? あぁ、本当に最高だよ。こんなに素晴らしい魔方陣を描いたのだから、君だってこの魔方陣の動作確認したいでしょう。ほらそこで見てて」


こちらが何を言う隙もなく、言葉を並べたセファースは魔方陣の中心に立つとその魔力を魔方陣に注ぎ始めた。ぐるりと囲む外周の記号に魔力が満ちて、光の中にセファースの姿が霞始めた時、キラリと光る何かがこちらに飛んできた。


「この研究室の鍵だよ。あとは宜しくね~」


気の抜けた昔みたいな声が聞こえた次の瞬間、セファースの姿は消えた。表向きの実験としては、成功だ。だが、本当にこれが俺にとっての成功なのかは今の段階では分からない。残された魔方陣は焼ききれた所もなく、正しく作動した様子ではある。

だが、正しく作動した結果がどうなるのかなんて俺にも分からない。俺が描いた魔方陣、セファースが興奮気味に興味を示していた部分は、この世界に存在しない場所を指定していたのだから。

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