第7話 御棟梁! びっくり仰天で御座います
「おい、ツルムよ」
我が主も、彼女の善意に目を丸くしたようだ。「あの娘、役目の奉公でも忙しくしておる様子なのに、わしの身のまわりの世話も、あんなにも、まめまめしくやってくれるぞ。
どうやって、手なずけたのだ? 」
「手なずけた・・・・・・など、ただもう、あちら側から、善意を寄せてくれましたものです」
「それは良い娘に、めぐり会えたものだな」
主の言いまわしや表情に、何やら先走った気配を感じはしたのだが、この時の私は、あまりそのことを深く考えはしなかった。
娘の方も、移動手段を見つけるために動いてくれているようだったが、私は私で、精力的に探し続けた。
同じ人物にも、何度も繰りかえして交渉をしかけ、こちらで受け入れ可能な条件での、移動手段確保を目指した。
しかし、娘の方も私の方も、なかなか上手くいかなかった。
「申し訳ありません、ツルム様。本日もあなたに、色よい返事を申し上げることができません。
こちらから希望を抱かせるようなことを言っておきながら、ふがいない自分を、恥じ入るばかりですわ」
「いや、そんな・・・・・・。そもそも、御棟梁が私に、余りにも無茶なわがままを、おっしゃられておるだけなのだ。
お前に責任などない。気にしないでくれ」
見返りを期待するわけでもなく、偶然目にしただけの私に、これほどに尽くしてくれるなんて。
優しい心根に驚愕するばかりだった。
一方で我が主のわがままは、今さらながらに腹だたしい。
私一人が苦労する分にはいいが、まったく無縁のはずの娘をも巻きこんだとなれば、冷静ではいられない。
こんな日が続いた。
更には、必死の捜索を繰り広げる私や娘を横目に、わがままを言っている本人は、いたってのんきに、悠々自適の日々を過ごしておられる。
与えられた居室で、ふんぞり返って座っていたり、だらしなくごろりと横になっていたり、そんな姿ばかりを見せつけられる。
御自身が見栄を張らずに、他の門閥を頼るなどしてくれていれば、一時の思いつきで政府に直接催促をするなどと言い出さなければ、私も娘も、こんな苦労をすることはなかったのだ。
それを、分かっておられるのだろうか?
「ごめんなさい、ツルム様」
娘の悲し気な視線が、私には痛かった。「本日も、色よい返事を差し上げかねます」
「私もだ。どいつもこいつも、無理な条件ばかりを、ふっかけてきやがる」
「おい、ツルムよ」
なぜあんな、お気楽な声が出せるのだろう。「まだ政府のもとへは、行けぬのか。早く催促をして、褒美を手にしたいのだがな」
私に話しかけた、ついでのように、「おい、娘」
と彼女にまで、気楽な態度で声をかけ、「茶」
「はい、今すぐに、お持ちいたします」
殺意すら覚えた。
彼女の慈悲にすがることでわが主は、ここでこうしてのんきな時間をすごせるのだ。
その彼女に、家来に対するがごとくに茶を求めるなんて。何と、恩知らずなのだ。
そんなケチな用事は、せめて、私だけに言ってくれ。
「おい、ツルムよ」
彼女を追い越して茶を用意しかけた私に、主は言った。「お前は疲れているのだから、はやく休め。そして明日も、四方八方を駆けずり回るのだ」
「いや・・・・・・しかし、御棟・・・・・・」
「そうでございますわ、ツルム様。
さあ、早く寝室へ。お身体を、しっかりお休めになってくださいませ。
こちらはわたくしに、お任せくださってかまいませぬので」
再び私を追い越して、茶の準備をしながらそう告げた娘の背中を見る私の心中では、怒りと申し訳ない気持ちが綯い交ぜとなって、二重らせんを描いていた。
こんな私を横目に眺めていた、主の顔に浮かぶ意味深な薄笑いに、気付いてはいたのだが、その理由などは深く考えなかった。
私たちの心の底を探るために、わざと娘に横柄に当たっていたなんて、思いもよらなかった。
主の言葉通りに私は、翌日もそのまた翌日も、駆けずりまわった。
娘の方も、本業の奉公に、移動手段探しに、そして我が主の身のまわりの世話にと、寝る間も削って頑張ってくれた。
だが、なかなか、求めるものは見つからない。移動手段自体はたくさんあるのだが、条件に合うものに当たらない。
中堅クラスの商人やちょっと裕福な領民でも利用できるレベルの、比較的好条件と思える移動手段でも、貧乏旅行者の私たちには、手が出せないのだった。
主の要望に応えねば、という使命感に加えて、娘にこれ以上、済まなそうな顔をさせたくないというプレッシャーにも責められ、私の捜索活動には悲壮感がともなってきたのだが、いくら必死になっても、見つからないものは見つからないのだった。
その日も、へとへとになるまで駆けずりまわった挙句、なんの成果も無いままに、主の待つ宿泊先に戻ってきた。
「私の方でも、本日も・・・・・・」
娘の申し訳なさそうな報告を、胸が張り裂けそうな思いで受け止めた後、私は更に胸が締めつけられる報告をするために、主のもとへと向かわねばならなかった。
「御棟梁、お耳障りは承知ながら、本日もまた、心苦しい報告をいたさねば・・・・・・」
「おい、ツルムよ」
人の話は、最後まで聞いてほしいものだ。「あの娘を、お前に娶らせる手筈が整ったぞ」
「いえ御棟梁、その件ではなく、移動手段の・・・・・・はぁ!? ご・・・・ごご・・・・御棟梁、御棟梁、御棟梁っ!今、何と。メトル・・・・とは、何ですか? あの娘、とは・・・・・・いったい、誰のことを・・・・・・」
「おい、ツルムよ」
私の混乱を尻目に、主はえらく勝ち誇った顔だ。「わしの目は、節穴ではないぞ。
あの娘がお前を好いておることくらい、とっくにお見通しだ。そしてお前の方でも憎からず思っておることもな。ならば、嫁にもらっておくがいいのだ」
「いや、ご・・・・・・ごごっ・・・・・・ごごっごっご・・・・・・御棟梁、御棟梁、御棟梁っ‼ こっ・・・・ここは、我が食邑をはるか遠くにはなれた、異邦の領域ですぞ。出会ってまだ、間もない娘ですぞ。
難儀しているところを、助けてくれただけの関係性であって、色恋や婚姻を持ち込んでいい立場では・・・・・・」
「おい、ツルムよ」
何だというのだ、このドヤ顔は。「運命の出会いとは、状況や場所を選ぶものではないのだぞ。
あの娘は、間違いなくお前に惚れておる。そしてお前も。
ならば、ここがどことか、出会ってどれくらいとか、立場がどうのこうのとかは、全く問題にはならぬ。
手筈は整っておるから、嫁にもらっておけ」
「いやいや、本人の、彼女自身の意向は、どうなるのです? それに、手筈というのは・・・・・・」
「おい、ツルムよ」
ドヤ顔にしたり顔も加えて、主は述べる。「娘の方にも、今頃は、奉公先から連絡がいっておるはずだ。
段取りに抜かりはない。今にも娘の方から、顔を見せに来るはずだ」
主のその言葉と同時くらいに、私は背後に、人の気配を感じた。振りかえった途端、耳になじんだ声がした。
「あの、ツルム様」
真っ赤に染まった娘が、震える声をしぼり出す。「私では、ご不満でございましょうか? 」
「えぇえ!? 不満・・・・・・など、こんな、できすぎた話・・・・・・私ごときには、願ってもない、もったいない、身に余る・・・・・・しかし、おぬしの方は・・・・・・? 」
私が言い終わる前に、娘の顔には、パッと花が開いていた。
「不束な者ではございますが、なにとぞ、よろしくお願い致します! 」
いくつもの重要な段階を、軽やかにスキップしてしまったのでは、と思われる挨拶の言葉とともに、奇跡のごとくに愛らしいカーテシーが、私の眼前に繰り出された。
「分かっておるのか? 結婚するということだぞ。こんな私の、妻になるということだぞ。
今の奉公先とは全く別の一門に、籍を移すということになるのだぞ?
この所領からも、出ていかねばならなくなるのだぞ? 」
「どこまでも、付いて参ります。決して、お邪魔になるようなことは、いたしません」
「邪魔だ、など・・・・・・あり得ぬ・・・・・・が、いいのか? 本当に、こんな私の、妻に・・・・・・」
「はい! 」
何が何だか分からなかった。
撹拌された頭で、それでも、この娘と夫婦としての時間を過ごすことになる喜びが、少しずつ私の中に、温かい塊を形成し始めていた。
この娘に、いつの間にか、恋慕の情を抱いていたのだということを、この胸の中の塊が、私に自覚させたのだった。
「しかし、御棟梁」
少し経って、やや冷静になった私は、ある疑問に行きあたった。「この娘は、ここの領主の家臣のもとに、奉公に上がっているのですぞ。娶るなら先方にも、承諾を頂かねば」
「おい、ツルムよ」
顔をしかめる我が主。「話を、聞いておったか? 手筈は整っておると、言ったではないか。承諾など、得ておるに決まっておるではないか」
「しかし、そんなこと、あり得ぬはず。奉公先にとってはこの娘は、ただの使用人なのかもしれませんが、それにしても、我らのようなどこの誰とも分からぬ旅の者に、いきなり、嫁にやるなど・・・・・・」
「誰かは、知れておるわ。わしがちゃんと、名乗ったからな。
伝統ある門閥の棟梁から、幹事級の家宰のために、使用人を嫁にもらいたいと乞われれば、断る理由などあるはずも無いのだ、ワハハハハ・・・・・・」
「な・・・・・・名乗ったのですか? そんな危険なことを。
よその所領に、たった2人だけで入りこんでいるというのに、正体を明かしてしまうなど・・・・・・。
それに、よその門閥に借りを作るのは、我が一門の面子に関わることなのでは? 」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/7/2 です。
一人の娘との出会いから結婚までが、一話のなかで完結してしまいました。
こんなことあり得るのか?
昔の宿場町でなら、こんなこともあったのじゃないかと思います。
旅が困難な時代で、色々な人に色々な助けを貰わないと乗り越えられないことが多かったからこそ、こんな出会いもあり得たのでしょう。
スマホ一つで一人で何でもできてしまう時代には、あり得ない出会いが、昔には有ったのだと思います。
そう思うとスマホというのは、遠くの人とをつなぐ一方で、近くの人との分断をもたらしているのかもしれません。
旅をする側も、宿場町の住民の助けが必要ですが、住民の側も、旅人と深い関係になる以外には、そこを飛び出して遠くの世界を見分する機会は、無かったでしょう。
この物語に登場する娘が、そんな打算を持っていたかどうかは、定かではありません。
まあ、打算があるなら、もっと見るからに金や権力を持ってそうな人を狙いそうで、ツルムのような貧乏旅行者丸出しの男を相手にはしてないかもしれません。
でも、かつての宿場町では、町から連れ出してもらうことを目当てに、旅人に懇意に接した人というのもいたでしょう。
小さな宿場町の中で、程度の知れてしまった人生を送るより、リスクを覚悟で飛び出してみようと考える冒険者は、いつの時代にもいたのではないでしょうか?
そんな人物をモデルにした物語を、未来の宇宙を舞台に描いてみるのも、楽しそうです。
いつか描くかもしれないので、楽しみにして頂けると嬉しいです。